第七部 第九章 第四話 ロクスとルーヴェスト
ロクスから伝授された技法『
しかし、やがて森を抜け岩肌が見え始めると視界の吹雪が徐々に強くなり再び進行が阻まれる。
「折角雪の上歩けんのに今度は叩き付ける風と雪ってか」
纏装常時展開により寒さは殆ど感じない。それはロクスも同じだが、それでも問題は存在する。
一つは呼吸。纏装にて身体の外側を守れたとしても呼吸だけは取り込まねばならない。その際、肺に冷気が入り込み体温を下げるのである。
体温低下は体力を奪う。故に二人は口元を布で巻き直接冷気を吸い込まぬようにしていた。
もう一つの問題は視界。山脈を知るロクスが先導しているものの雪が多過ぎて先まで見通せないのだ。更に強風が降り積った雪を巻き上げるせいで殆ど前が見えない状態だった。
「数歩前見えねぇとかどんだけだよ……。ロクス、これで道分かんのか?」
「この辺りは木々が防風しない上に山の吹き下ろしが集中する場所だからな……。一応探知纏装も使って目印確認はしているから道は問題ない。だが、あと少し行ったら休むのに良い場所がある」
「あいよ。確かにこりゃあ腹が減るな」
「だろ? 休憩の際に取り敢えずの栄養補給をしよう」
確かめる様に進み岩壁に近付くと幾分風も弱まった。ロクスは更に奥へと進むと岩壁付近に吹き溜まった雪を小型の
「入り口が雪に埋もれてたのか」
「ああ。この洞窟は先まで続いてる。尾根を越えた反対側に出られるからその出口付近で休もう」
「こりゃあ、お前が居なけりゃ分からねぇわ……」
「登山家連中は知ってるがな。アイツらは夏の間に此処で希少鉱石の採掘をして行くんだ。ほら、見てみろ」
ロクスが指差した先には仄かに黄色い光が灯り周囲の岩壁を浮かび上がらせている。その岩壁にもキラキラと何かを散りばめた様な輝きがあった。
「黄色い光を放ってるのは『精霊結晶』だ。この辺りは地中の魔力が溜まりやすいらしく精霊が多い。その影響で魔石ができるらしい」
「じゃあ、登山家は精霊結晶で一儲けできる訳だな」
「いや……。ウォント大山脈は竜の住まう神聖な山だからな。飽くまで少しの恵みを……って感じだ。一応、国からも採掘制限が掛かっている。入山の際の一番安全なルートはソイルの街経由だ。あの街は登山家相手に生計を立てている者も居るから乱掘すると目立つ」
「だが、精霊結晶は高価だろ? 盗掘屋やら盗賊が別ルートから入るんじゃねぇか?」
「だろうな。その場合、十中八九捕まるか食われるか、または凍死だけどな」
ロウドの世界の登山家は山岳調査専門の冒険家である。国ごとに発行されている【山岳地質調査検定試験】を受験し、己が身一つで山を行き来することができるだけの能力を認められた者にのみ認定証が発行される。
登山家は全ての時期に山から生還できる技能を有するだけでなく、魔物や盗賊と対峙しても制圧できるだけの実力も必要とされる。
特にウォント大山脈は雄大な土地に広がっていて魔物も多く、更に冬の厳しさは世界随一。なのでトォン国に於ける認定は他国よりも難関となっていた。
つまり──トォン国内で活動する登山家は一流の戦士。認定証を得られた者は山での活動の自由と程々の資源採掘が報酬として容認されていた。
「程々って随分とザックリだな、おい……」
「その辺りは王の配慮だろう。登山家は長くは続けられる仕事じゃない。年齢の限界が近付く前にそれなりの財を貯めるか、他の仕事を始める資金源にする程度は……ってことだ。飽くまで欲張りすぎない範囲でだが」
加えて、実力者であれば後進指導にも一役買うことが期待できる。トォン国専属の契約を結べば得意な分野での指導官として国家機関に雇用されることも多い。欲をかいて犯罪へ走る必要がないのだ。
それ程の者が管理する山──踏み込めば盗賊程度であれば瞬く間に拿捕される。もし監視の目を逃れてもそこは登山家さえも近付かぬ危険な地帯……結末は目に見えている。
「冬となれば更に生存率は下がるだろう。だから今回は俺達なんだよ」
「それだけマニシド爺に信用されてるってことか」
「そういうことだ」
足音が反響し魔石が照らす洞穴は吹雪が無い分快適で距離も稼げる。二人が順調に進む中、やがてルーヴェストは昔話を始めた。
「そういやお前の剣を手に入れた神殿の地下もこんな感じじゃなかったか?」
「言われてみれば……確かに少し似ているかもな。あの神殿、空気がやたら冷えていたし……」
「あん時は確か……十四だったっけ?」
「ああ。王は良く若造なんかに仕事を振る気になったものだと今でも思う」
ルーヴェストは力に目覚めたばかり。そのルーヴェストと鍛錬をしていたロクスも辛うじて魔纏装を展開できるかといった状態だった。
確かに経験の浅い者に遺物が眠る可能性のある神殿調査を任せるなど通常ではあり得ない話だろう。
若輩に任せた理由はマニシドの持つ『王として人材を見抜く目』──それはルーヴェストの実力を理解し、更にロクスと競わせることで成長を促すのが狙いだった。
ロクスは当時から若いながらに判断力に定評があった。二人の力ならば調査を成し遂げることができるという考えは今となって正しかったと言わざるを得ない。
ルーヴェストはその後『三大勇者』と呼ばれるまでに成長し、ロクスはルーヴェストに引けを取らぬ程の実力者となりトォン国の支えとなった。それは脅威の多いロウド世界では一国のみの利ではないとも言える。
「遺跡調査で見付けた剣は結局俺の物になってしまったな」
「なぁに、気にすんな。俺にゃあ剣は向かないってだけのこった。何てぇか軽いんだよ、剣だとな」
「そうか………」
度々この話をしているがそれが半分嘘であることはロクスも理解していた。
ルーヴェストはマニシドから戦いを学んでいる。武芸百般──特に戦士型の戦いを主流とするマニシドは全ての武器を使い熟すようルーヴェストを仕込んでいる筈。当然、剣の扱いも問題はないだろう。
ロクスに剣を譲ったのはバベルの遺産たる剣は対になってこそ真価を発揮すると理解した為だった。剣を主軸とし修行していたロクスと比べればルーヴェストは型に拘る必要はなかったことも本当だろう。
それでも、やはり譲られた側としては複雑な気分ではある。
「何だよ……まだ気にしてやがんのか。お前も魔剣の継承ん時、見たろ? 遺産は持ち主に渡るべくして渡るってバベル当人が言ってたじゃねぇか」
「それは分かってるが……どうもな」
「どのみち俺にゃスレイルティオが最高の得物なんだよ。竜鱗装甲もあるしな。それに、他の奴には殆ど見せていねぇが一応バベルの遺産も持ってるぜ?」
「そうなのか?」
「ああ。戦闘用じゃねぇから所持してるだけではあるが、ずっとあるってことは俺に必要なモンなんだろ。お前の剣も同じだろ、ロクス?」
「………」
それでもやはり後ろめたいのはルーヴェストと対等でありたいと思うから。親類にして同い年、そして兄弟の様な存在であるロクスだからこそ譲れない何かかあるのだろう。
そんな気持ちを知ってか知らずか、ルーヴェストはバツが悪そうに頭を搔きながら口を開いた。
「あ〜っ! ったく……。実はずっと言いたかったんだが俺はお前には感謝してんだぜ?」
「な、何だ、急に……」
「昔からよ……大概の奴は俺の力に付いて来れねぇし張り合うのも諦めちまう。だが、お前だけは絶対に折れなかったろ。そんなお前がトォンに残ってるから俺も好きに国外に出られた。実力が増したのも外での出逢いの恩恵がデカイ」
「そんなことは無いだろう。お前は……」
「あるんだよ。そんでそれは魔剣一本どころの借りじゃねぇ。寧ろお前に剣を譲ったからこそその機会を得たと思ってる。つまり何が言いたいかっつうとだな……」
目を閉じて深く息を吐いたルーヴェストは自信に満ちた不敵な笑みを浮かべる。
「俺の筋肉は最高ってことだ」
ロクスはガクッと体勢を崩した。
「……。何故、筋肉なんだ?」
「馬っ鹿、お前……。この世は筋肉が回してるんだぞ? “筋肉は世界を救う”って言葉を知らんのか?」
「知らんわ」
「まぁアレだ。お前の筋肉あってこそ俺の筋肉も生きるってことだな。ハッハッハ!」
訳分からん!と思いつつもロクスはとうとう笑いだした。
「ハハハハハ。全く……お前は筋金入りの筋肉バカだな」
「何ィ!? 筋肉が見たいだと!?」
「それは帰ったらカペラに見せてやれよ。……。気を使わせたな、ルーヴェスト。魔剣譲渡の話はもうしない。この剣あっての今の俺で、それがあってこそのお前なんだろう……? なら、お前の更なる進化の為にも俺はまだ強くならなければならないからな」
「へっ。わかりゃあ良いんだよ」
或いは、今回の依頼はしばらくルーヴェストと行動していないロクスへ発破を掛ける意味合いも含まれていた──そう考えるとロクスはマニシドの偉大さを改めて感じた。
そして同時に感謝した。長年感じていた“魔剣を譲られた後ろめたさ”はもう無い。ロクスは気持ちを新たに前へと進める。そのことが嬉しかった。
しかし、そこはいつもの冷静さで表情は変わらない。再び他愛のない会話を交わしつつ洞穴の先へと進む。
「そろそろ出口だ。ここで飯にしよう」
「了解だ。つぅか、ロクス……お前、料理覚えたか?」
「残念ながらだな。いつもどおり出来合いの缶詰に手を加える程度だ」
「ま、俺も似たようなモンだけどな。一通り問題が片付いたらカペラんトコで久々に呑もうぜ?」
「ああ。それも良いな」
結界装置以外の荷物は殆どルーヴェストの空間収納腕輪の中に入れてある。二十人分程の料理が作れる寸胴の鍋を取り出し、洞穴入口の雪を入れ火にかける。そこに野菜や肉を適当な大きさに切り放り込み、酒と牛乳、香草、そして塩と胡椒を加える。まさに男の料理である。
「そういえば最近、登山家用の簡易調味料が増えたって食糧屋が言ってたぜ?」
「固形のヤツだろ?」
「そうそう。で、試しに買ってきたから入れてみようぜ。この赤いヤツ」
「そうだな」
アクを取りつつ投入されたのはペレット状の固形調味料。直後、鍋のスープは赤茶色に変化した。
「匂いは……美味そうだな」
「何でもディルナーチ大陸の調味料だっつう話だぜ?」
「ほ〜……。それは俺も初めてだな」
「そろそろ良いだろ。食おうぜ」
二人が鍋から器に取り出し口に含んだ途端、香ばしい風味が広がる。
「おお。独特の風味だが美味い!」
「ああ。ちっと辛味があるのも良いな」
投入したのはディルナーチ大陸産の辛味噌。甘さと辛さの同居した風味溢れるスープは身に染み渡る様に身体を温める。
二人は瞬く間に寸胴の食材を空にした……。
この調味料はスランディ諸島のアプティオ経由で商人組合と取引された物を加工したもの。少しづつではあるが親大陸と子大陸の交流も進んでいる証だった。
因みに、辛味噌はロクスのお気に入りとなったのはちょっとした余談である。
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