第一章 第五話 ノルグー滞在記
「レイチェルさ~ん。薪はこのくらいで大丈夫ですか?」
「は~い。まあ!こんなに沢山……助かりました」
「他は何かありますか?」
「大丈夫です。少し早いですがお昼にしませんか?丁度、ご用意出来ましたので」
フリオが仕事に出てからレイチェルの手伝いをしていたライ……時は瞬く間に過ぎ既に昼時。ライはその『無難さ』をふんだんに発揮し、水汲みや薪割り、家具の補修を見事に熟していた。無駄に自宅に燻っていた訳ではないのである。
フリオは普段忙しい様で家の雑事まであまり手が回らなかったらしい。
「すみません。調子に乗って色々頼んでしまいまして……」
「いえいえ。お役に立てて光栄ですよ」
山積みだった雑事をあらかた片付け、区切りの良いところで少し早めの昼食をとる二人。しかし、その甲斐あってかレイチェルは嬉しそうだった。
「それでライさん。午後は街を案内したいのですが、行きたい場所はありますか?」
「そう……ですね。道具屋に寄って貰えれば助かります。実は傷薬が切れまして……」
「わかりました。では食事が済んだら街を案内しますね」
王都ストラトを出てから戦闘を一度もしていないライだが、途中で便乗した馬車で怪我人の治療を行っていた。薬が切れたのはその為だ。
食事も終わり、案内がてらの買出しで街を歩く二人。なだらかな坂になっている場所に差し掛かると視界に広がり、ノルグーという街の大きさに改めて驚く。ライは思わず感嘆の声が漏れた。
「へぇ~……ノルグーは大きいですねぇ。王都なんかより余程活気があるんですけど……」
「領主様が色々なことを試していらっしゃいますから。でも娯楽施設、住宅、工房は区割しているんですよ?街並みがおかしくならないようにと考えてるんだと思います」
「この辺は住宅街ですか……どおりで昨日の場所と比べて静かだと思いました。警備も行き届いていますし、街も魔物に襲われたのは入り口だけ……被害は少ないんでしょ?」
「はい。騎士団の方々が奔走して下さいましたから」
ノルグーの騎士団はシウト国内でも特に優秀と言われている。殆どがノルグーで生まれ育った者で構成されている為に郷土愛が強く、騎士達は先人が実直に活躍する様を見ているので精進を怠らない。
また騎士団員は決して傲らず、寧ろ気軽に民と交流を持つなど身近な存在として親しまれていた。それはライと出会った時のフリオを見れば窺い知ることが出来よう。
「実は魔物が襲撃してきたあの日、騎士団はドラゴンの調査に向かう所だったんです」
「ドラゴンの……調査?」
ロウド世界の生物中では最強とも言えるドラゴン種。人里近くに姿を現すのはかなり稀なことだった。
「何でもディコンズの街付近に住み着いたとかで……。詳しくは分かりませんが、魔物騒ぎでうやむやになってしまったみたいですけど……」
「それは……ディコンズの人達も大変ですね」
「騎士団も再び調査に向かう予定の様ですが、色々忙しい様で……」
「父の話じゃドラゴンは無暗に人を襲わないそうですから、大丈夫じゃないかな……」
「そうなんですか?良かった……」
そうは言ってもディコンズに暮らす者達は気が気じゃないだろうな……とライは同情した。ドラゴンの力は人間からすれば脅威でしかない。
ライに出来るのはディコンズの街の無事を唯々祈るばかりである。
それから二人は、住宅街に隣接している商業街を散策しつつ夕飯の食材を購入して歩く。
商業街……といっても住宅街に住む者を対象にした食材屋・日用雑貨屋であり、冒険者向けの施設は殆ど存在していない。
通り沿いに並ぶのは御婦人向けの服や家具の店、雑貨に市場……。所々に騎士団の詰め所がある為、不埒な行為を働く者もなく穏やかそのものだ。
因みに冒険者向けの施設は街の入り口付近から工業区域の間に集中している。装備を望む者は工業区域に、一時の休息を望む者はすぐに旅立てるようにとの配慮だ。
「もういっそノルグー卿を王にして首都にすりゃ良いのに……」
「流石にそれは……」
平然と国への不敬を述べるライに苦笑いするレイチェル。
「ハハハ、冗談ですよ。けど、今のシウト国王がちょっと馬鹿者らしいのでつい……」
馬鹿者勇者に馬鹿者呼ばわりされたシウト国王・ケルビアム。隣国のトシューラ国の掌で転がされているというのがキエロフ大臣との交渉で理解したことだ。
今のところ只の散財で収まっているが、何時トチ狂った行動に移るかかなり不安が残る。というのがティムから齎された情報である。
「ノルグー卿はちゃんと領民を大切にする名君と聞いてますからねぇ」
「でも街が大きくなると、騎士団でも対応が出来ないことも出てきます。あまり大きな声では言えませんが、貴族を狙った盗賊がいると耳にしますし……」
「こんなにしっかり警備されていてもですか?」
「はい」
必要な買い出しを終えてた二人。立ち話も何なので近くの飲食店に入り茶を飲むことにした。話題は先程の盗賊の詳細である。
「私も詳しく聞いた訳ではありませんが、近年貴族の屋敷から盗難が相次いでいるらしいんです。被害は小さいそうですが、かなりの方が被害を受けているらしくて……」
「目撃者や危害を加えられた人はいないんですか?」
「はい。いつの間にか物が無くなってるらしいので……目撃者も怪我をされた方もいらっしゃらないと。ただ……」
「ただ……何ですか?」
「被害が昼夜問わずに起こるらしく、内部の使用人が疑いをかけられて解雇されたりしているそうです。お可哀想に」
それに貴族側からすれば面目もある。目撃者が一切無い時点で使用人は疑われていた様だが、昼夜問わずならば尚更内部犯の疑いは高まる。それはある意味、仕方無い話なのだろうが……。
「で、手掛かりは無いまま犯行が続いている訳ですね?」
「はい。ただ、最近はかなり頻度が増えてきている話もあります。ノルグー卿が由々しき事態だと判断し本腰を入れて行動に出るのも時間の問題かと思います」
優秀な騎士達が警戒しても手掛かりが掴めない……となると魔術師による犯行の可能性もある。そのことをレイチェルに確認すると、既にノルグーお抱えの魔術師が調査に乗り出したのだという。但し、如何せん人数が足りないのだそうだ。
「ノルグーは騎士の街ですので魔術師は少ないんです。魔法剣士はいらっしゃるんですが、魔術師は研究優先でエルフトの街の方に行ってしまうらしくて……」
エルフトはノルグー領内にある魔術師が集まる街。環境が整っているらしく、魔術師は優先的にそちらを住み家に選ぶ様だ。
「それは大変ですね」
「エルフトの魔術師達にも助力要請しているらしいので何れは解決すると思いますが……」
「それにしても、不謹慎かも知れませんが誰も傷付けない盗賊というのは大したものですね。もしかして義賊とか……は有り得ないか」
「その辺は兄も調べていますから聞いてみないと……いけない!もう夕飯の用意をしないと!ごめんなさい、ライさん。道具屋に行く筈が……」
「いえいえ。話を聞きたがったのは俺ですから。道具屋は場所を教えて頂ければ明日にでも行きますよ」
「今日もお泊まり頂けますよね?明日、道具屋までご案内致しますから」
内心では小躍りしているライ。しかし謙虚さは忘れていない。
「スミマセン、ご厄介になります……」
「ライさんのお話は楽しいですから寧ろ歓迎です。それに兄も喜びますし」
「じ、じゃあお言葉に甘えて……。そうと決まればレイチェルさん達の家をピッカピカに致しましょう!」
「まあ!ウフフ」
レイチェル達の家に戻ったライは、早速気になっていた部分の補修を始めた。レイチェルが料理を終えた頃に丁度フリオが帰宅したのだが、本格的に補修をしているライを見るなり苦笑いを浮かべる。
「何やってんだ、お前は」
「いや、どうせなら徹底的にやろうかと……」
「お前は職人かよ。勇者だろ?なんでそんな匠の技使ってんの?」
フリオが笑うのも仕方あるまい。今ライがやっているのは勇者の技能と関係無い壁の補修である。補修跡が目立たない様に飾り細工まで利用している拘りよう。母・ローナが見たら家での『ぐうたらさ』と比較しお怒りを買いそうな働きぶりだ。
「昔、父の友人の職人に気に入られて拉致された上に色々仕込まれまして……」
「戦いの修行じゃなくて、か?」
「はい。実は俺、本格的な修行をつけて貰ったことが無いんですよ」
「おいおい……」
そんな状態で旅立つ方もそうだが、送り出す方も大概だろうとフリオは呆れる。その微妙な表情を察し、ライは補足を加えた。
「父から一応のお墨付き貰ったんですよ?まだまだ未熟なんで、どこかで本腰入れて修行しようと思ってますけどね」
「なるほどな……じゃあ何日かなんて言わずウチにしばらく泊まって行け。本格的な修行とは行かないが、次の目的が見つかるまで手合わせしてやる」
「良いんですか?流石に長いと申し訳ないんですが……」
「俺も『何日か泊まれ』っつったけど短いとは思ってたからな……。大体、この街にしたって二、三日じゃ回りきれないだろ?」
それに盾の礼もあるからな、とフリオは快活に笑う。ライは申し出をありがたく受けることにした。そのことをレイチェルに話すと同じく歓迎してくれた様だった。
そして夕飯後。三人は談笑している。その話題はやがて昼間レイチェルから聞いた盗賊事件へと及んだ。
「何だ?【ファントム】に興味があるのか?」
「ファントム?随分とベタな通り名ですね……」
「うん……まあ、それは俺も思ったがな。だが、昼夜問わずの犯行と朧気な姿は確かに『幻影』と言っても良いと思うぜ?」
(朧気な姿?一度も確認されていない、じゃなくて?)
レイチェルは自分の情報の誤りをライに謝罪すると、改めてフリオに確認を始めた。
「兄さん。私、誰も盗賊の姿を見ていないって聞いてたんだけど……」
「ん?ああ、それも間違いじゃないぞ?」
「どういうこと?」
「ファントムを見た奴の話じゃ黒い人影って話だ。顔も性別も年齢も判らない。お前の聞いた話は、実質として姿を見せてないって話だろうさ」
ぼんやりとした人影を騎士や使用人が二、三度見掛けたそうだが、見間違いや勘違いも否定できない。思い込みもあるので確証が欲しいとフリオは言った。
「ともかく調査しているところだ。もう少し手掛かりが欲しいんだがな……」
「手掛かりですか……魔術師、もしくは魔導具を使っているのは間違いないかと思いますけど、ソッチ方面からじゃ分からないんですかね?」
「ここだけの話、ウチのお抱え魔術師もそんなに優秀って訳じゃねぇんだわ……せめて何か物証、もしくは外見がわかれば探しようがあるんだがな」
やれやれと肩を竦めるフリオ。手掛かり一切無しというのは流石にお手上げらしい。
「あ。そう言えば聞きたかったんですが、義賊とかの可能性は?」
「そりゃ無ぇな。盗品を捌けば直ぐにバレる。ノルグーの民に格差があっても施しが必要な程じゃない筈だぜ?」
「じゃあ盗品に共通点は?」
「それもない。盗まれたのは金目の物に違いないんだが、その都度種類が違う」
「じ、じゃあ貴族の方に共通点があったり……」
「あのなぁ……?流石にその辺は調べるぜ?騎士団ナメんな」
「スミマセン……」
法則性が無い手当たり次第の犯行。それが騎士団の結論だった。
しかしライはまだ色々と気になっている。そこで一つ、フリオに頼みごとをした。
「……フリオさん。明日一日街を見回りしてみたいんですが大丈夫ですかね?」
ライの突然の申し出を聞いたフリオはあまり良い表情を浮かべていない。たった一日で見付かる訳がない……というのがフリオの素直な意見だ。
「間違いなく無駄骨だぞ? 」
「その時はその時で。で、ファントムの被害に遭った場所の地図とか無いですかね?」
「地図は無いが新しい地図に印付けてやる。ただ法則性は無いからな?」
「ありがとうございます。あと確認したいんですが被害に遭った貴族、狙われたのは一度だけですか?」
「ああ。全員一度だけ物を盗まれたらしい」
それからフリオは真新しい地図に犯行順でバツ印を付けていった。かなりの数が地図に書き込まれてゆく。続いて、未だ被害に遭っていない貴族屋敷には丸印を書き込んでいった。
確かに犯行には法則性らしいものは見当たらない。フリオは出来上がった地図をライに手渡すと、忠告を始めた。
「あんまり気合い入れ過ぎんなよ?それと万が一見付けても深追いすんな。何せ得体が知れない相手だからな。アジト見付けただけでも報酬出るからな?」
「了解ッス!」
敬礼の姿勢のライに呆れつつも、フリオはほんの少しだけ期待もあった。ライ自身の実力は分からないが、運の良さは出会った日に理解させられた。今回も上手くいくかは別として見付けたら儲けもの程度には考えている。
「じゃあ明日、お弁当を用意しますね」
「本当ですか?ヒャッホー!」
「ウフフ」
「………」
緊張感の無いライとレイチェルにフリオは溜め息を吐く。そしてその日の談笑はお開きになった。
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