第一章 第四話 無難な勇者



 ライは心地好い微睡まどろみに包まれていた。


 何だかんだと故郷から遥か遠いノルグーの街への旅。ゆっくりベットで休めたのは久々である。

 しかし、その微睡みは芳ばしい香りにより現実への覚醒を促されることとなった。


(ここは……何処だ?)


 辺りを確認すると知らない部屋。質素ながら掃除が行き届き、きちんと整頓されている。どうやら来客用の部屋で寝ていたらしい。

 しばらく部屋を観察していると、テーブルに真新しい赤い鎧が置かれていることに気付いた。


(思い出した……ここはフリオさんの家か)


 昨日の大勝負、結果から言えば『勝ち』だった。目的を果たし上機嫌なフリオに家まで案内され、そのままご厄介になったのである。


 ベッドから起き上がったライは戦利品である鎧に近寄り改めて確認を行う。かなり顔をしているが、こればかりは仕方無い。いきなり強力な鎧を手に入れたのである。しかもストラトを出てから一度も戦わずに、だ。


(ん?これは……お金?それと手紙と……取り扱い説明書かな?)


 鎧の横には布製の袋が置かれていた。傍らに添えられた手紙には簡単な文章が並ぶ。 


『賞品を交換した余りだ。全部やる。──フリオ──』


 中身を確認すると、元の所持額の三倍近く入っていた。


(マジですか……?)


 昨日の儲けが幾らだったのか非常に怖くなるライ。まだ夢の中にいる気分で現実感が湧かないが、気を取り直し鎧に付いていた紙を確認する。そこには鎧……【魔導装甲】の機能説明が書かれていた。


『この度は当社【エルドナ社】の商品をお買い上げ頂き誠にありがとうございます。わが社の歴史は……』


 不要な説明は読み飛ばす。早く機能を知りたい子供心で一杯だから仕方ない。


『機能、一。《軽量化》


 単純な金属の鎧と違い、竜の鱗と魔法金属を魔導科学で錬成しました。子供でも着れる軽さを実現。動き易さも折り紙付きで、各間接部は柔軟に可動します。しかも強度は鎧全体で均一。弱点になる箇所はありません』


 片手で持ち上げると確かに非常に軽い。軽すぎて逆に不安になる程だった。


『機能、二。《耐久性》


 本製品は火竜の鱗を元に造られています。耐火性能は非常に優れており、また本来弱点になる冷気に耐性がつく魔術機能も施しています。竜の吐く炎や吹雪にも耐えることでしょう。

 加えて耐魔法性能もあり、回復や支援魔法を除き攻撃魔法の効果をかなり弱めます。


 更に衝撃吸収機能により大型魔物の打撃をも受け止めます。但し、連続で衝撃が蓄積すると一時的に衝撃吸収機能が低下するのでご注意下さい』


 確かめるように何度か鎧を叩いたライ。すると──。


「つっ!い、痛い……」


 一瞬鎧が光り、突然ライの額に痛みが走る。軽く小突かれた程度ではあるが、それでライは完全に目が覚めた。慌てて説明書を確認する。


『機能、三。《反撃機能》


 本製品はランダムで反撃します。目安は平均三~七回の内に一度。蓄積した合計ダメージの半分程の威力を相手に返します。不用意に叩かないで下さい。本製品は装備者の魔力利用による自動修復機構により修理の必要はありません。くれぐれも鍛冶屋には出さないで下さい。最悪、死に至ります』


「し、死ぬの……?」


『機能、四。《魔法》


 本製品は装着者の身体機能を引き上げる付属魔法が施されています。右胸部に取付けられた魔石に触れ『身体強化』と唱えれば一定時間、身体機能が高まります。

 また、同様に左胸部の魔石に触れ魔法名を唱えれば、修得していない魔法でも詠唱無しで魔法が使えます。【注意:魔法才能のある方が対象です。魔法の才能が無い方は使用出来ません。ご了承下さい】


 現在、使用出来る魔法は【火系統】【風系統】【雷系統】【神聖系魔法】【生命魔法】の、それぞれ中級までです。詳細は別項目にて。更に機能を向上させたい方は、エルドナ社にお越し頂ければサポート致します』


『その他の機能


 他にも隠された機能がございます。ご満足頂けると確信しておりますが、気になることがございましたら【エルドナ社】までお越しください。全力でサポートさせて頂きます』





「……とんでもないものを手に入れてしまいました」


 どう考えても、そこらの上級冒険者ですら手に入らない装備である。賊に命ごと奪われそうで不安になるライだが、開き直りは早かった。凄い物を手に入れた喜びが勝ったのだ。

 となると、フリオの持つ盾も気になる。どんな品なのか是非知りたい。ライは素早く身支度を整え部屋を出た。


 休んでいたのは二階の部屋だった様で、階下から香ばしい食事の匂いが漂ってきている。釣られたようにフラフラと階段を下りると、フリオが紅茶を飲んでいる姿が確認出来た。ライに気付いたらしいフリオは手を上げて挨拶を交わす。


「よう!眠れたか?」

「はい、御陰様でぐっすりと。お世話なりました」

「ハハハ、気にすんな。戦利品考えりゃ安い安い」


 フリオは親指で背後を指す。その先にはもう一つの戦利品である白い盾が立て掛けてあった。


「フリオさん……鎧の説明書見たらトンデモない物だったんですけど……」

「ハッハッハ!そりゃそうだ。エルドナ社ってのは神聖機構の事だからな?」

「えぇ!!……マジですか?」


 【神聖機構】というのは、この世界の神の代行を自負する宗教国家である。正式には【神聖国家・エクレトル】という国なのだが、国の政府機関である【神聖機構】をそのまま呼ぶ者も多い。

 なんでも神の代理である天使が神聖機構の上層部なのだという噂ある国だった。


 世界中に支部があり神の教えを根付かせる活動をしていて、各国君主とも繋がりのある大組織。三百年前、伝説の勇者を支え魔王と戦った事でも知られている。


 フリオは、エルドナ社は神聖機構の魔法研究部門だと説明してくれた。『魔導科学』という分野は神聖機構が生み出した技術で、他の追随を許さない高度な魔法技術発展を進めてきた。その装備ともなれば当然、非常に優秀な代物だろう。


「俺の方の盾もエルドナ社の物だったぜ。あらゆる攻撃威力を吸収・蓄積して、そのエネルギーを魔力変換。風系統の魔法を撃ぶっ放す代物だった……。確かにとんでもねぇよな?今更ながら手に入ったのが奇跡だよ」


 紅茶を口に含み肩を竦めたフリオだが、口角が上がっている辺り今更ながら嬉しさが込み上げてきた様だった。


「盾だけでも売ったら小さい家が建つぜ?まぁ、売らないがな?」

「盗賊に狙われませんかね? 」

「説明書読んでないのか?『登録者』の意思を反映するんだとさ。だから盗んだ他人は使用出来ない。鎧も盾も本人の意思無しに使用した場合、性能が使えないらしい。頑丈さはそのままだが魔力による再生も無いからいつか壊れちまうとさ」


(便利すぎだろ、エルドナ印……)


「昨日の勝ちはそれだけ莫大だったのさ。まあ装備は使われてなんぼだ。ただ飾っとくより世の為になるだろ?」

「確かにそうですね、ハハハ」

「だろ?ハハハハ!」


 互いの戦利品に満足し笑いを我慢出来ずにいると、一人の少女が姿を見せた。どうやら食事の用意をしてくれていたのはこの娘の様である。


「おはようございます。朝から楽しそうですね」


 ライは笑顔のまま硬直した。取敢えず慌てて挨拶を返す。


「お、おはようございます!フリオさん?この方は……?」

「ん?ああ。昨日は遅かったから会わなかったな。妹のレイチェルだ」


 紹介されたレイチェルは用意した食事をテーブルに置くと、礼儀正しく挨拶をする。


「レイチェルです。昨日は兄がご迷惑をお掛けしました」

「い、いいえ。寧ろお世話になってしまいまして。ライと申しますです」


 目の前にいる少女、レイチェルは非常に愛らしい顔をしている。

 背中で一纏めにした美しい亜麻色の髪。透き通るような白い肌。蒼い目は澄んだ優しい眼差しを醸し出している。物腰も柔らかで、どこか気品に溢れている感じがあるのだ。


 だからこそ……ライはテンパっていた……。


 そう……ライは女性に免疫が無い。人生十六年がそのまま彼女いない歴になるのだ。身内以外で女性と会話するのは知人のオバチャン達、そして恋愛とは関わりの無い営業スマイルの人達ばかりである。


 そして今、ライの頭の中では過去のトラウマの一つが超高速で甦る。それは妹マーナとその友人の会話。


『マーナちゃんのお兄さん、二人とも案外かっこいいよね』

『でもこの間、ライお兄ちゃんにお風呂覗かれたんだよ?サイテーだよね』

『嘘~?キモ~い。サイテー』


(キモ~い……キモ~い……サイテー……)


 言葉が頭の中でエコーするトラウマ。その時ライは、奈落に落ちる感じがしたという。


 彼の名誉の為に説明を付け加えるならば風呂に入っていたのはライである。確認せず後から入ってきたのは妹の方だった。しかし事実はねじ曲げられ濡れ衣が広がり、名誉挽回されぬまま今日に至るのである。


 ライのだらしなさ・適当さはそれからの投げやり感が要因の一つだが、それを知るのは親友のティムのみである。

 因みにその話を聞いたティムは涙を滝の如く流していた。本当に良き理解者である。 


「大したおもてなしも出来ませんが、どうかゆっくりしていって下さい。兄も喜びます」

「そうだな。ライ、何日か泊まってけよ?話も聞きたいしな?」


 フリオの問いで死んだ魚の目から脱したライだが、その頭の中では死んだ魚の目をした奇妙な魔物の群れが盛大にパレードをしていた。

 完全に混乱中である。正直、挙動不審になりそうで怖いのだ。


「え?しかし、ご、ご迷惑になりますので……」

「そう言うなって。取り敢えず飯にしようや。レイチェル」

「はい。すぐに用意しますね」


 その後……何のかんのと無難に受け答えをし少しづつ落ち着きを取り戻したライは、レイチェルの手料理に舌鼓を打った。


「うまい!凄く美味しいです!」

「ウフフ。ありがとうございます。沢山あるので遠慮しないで下さいね」


 ライは夢中になって食べた。思い返せば夕べどころか丸一日食べていなかったのである。しかし、レイチェルの料理は空腹という調味料を除いても確かに絶品だった。


 食事も終わり皆で紅茶を飲んでいると、フリオが素朴な疑問を切り出した。


「そういや、ライ。お前、何処から来たんだ?」

「王都……ストラトからです。八日……いえ、今日で九日前かな?出発して昨日ノルグーに着きました」

「……は?早馬にでも乗ってたのか?」

「いえ、ヒッチハイクで。運良く一度も魔物が出なかったのでアッサリと」


 フリオは呆れた。幸運は昨日のことで理解出来るが、やはりそんな話は聞いたことが無い。気を取り直して質問を続ける。


「で、この街には何か目的があったのか?」


 結局、ライは経緯を話すことにした。流石に余計な説明(大臣脅迫)は省いたが、それでも聞いている側は微妙な心境だろう。


「勢いで、しかもサイコロか。流石は勇者。豪快だな、ハッハッハ」

「いやぁ。今更勇者なんて珍しくもないでしょう?」

「いや?家族の中に四人てのは、かなり珍しいと思うぜ?そうなると誰か有名な家族がいるんじゃねぇのか?そういや王都ストラトは伝説の勇者の再来、マーナの出身地だったな。まさか知り合いだったりしてな?ハハハ」

「マーナですか?妹ですけど……」


 盛大に紅茶を吹き出し噎せ返るフリオ。レイチェルは慌ててタオルを取りに行く。


「ゲホッ!い、妹……?マジで?」

「はい。旅の資金問題で俺が最後の旅立ちになりましたけどね」


 フリオとレイチェルは顔を見合わせた。有名な勇者マーナの兄が目の前にいるのだ。


「……ひょっとしてお前、凄いヤツなんじゃないのか?」

「ハハ。それは無いですよ。確かにマーナは天才ですし兄も秀才ですけど、俺は親父似だから『無難な勇者』ってトコですかね?」


 肩を竦めながら他人事のように語るライを見て、フリオは苦笑いだった。


「無難な勇者って何だよ」

「可もなく不可もなく、卒なくこなすが秀でない。それが無難な勇者。有名な勇者なんて疲れるだけで大変だなぁと、いつも思いますよ」


 胸を張るライを見て二人は笑った。


「フフ。こんな楽しい朝食は初めてね、兄さん?」

「ハハハ。そうだな。おっと、ヤベェ!遅刻しちまう。また後でな、ライ」


 慌てて支度を始めるフリオだが、昨日と違い騎士の威厳を感じさせる姿だ。戦利品の盾と併せると一層凛々しく見える。


「……お、おお……何か騎士っぽい」

「いや……一応、騎士なんだがな?それよりライ。今日は街を見学したらどうだ?暇なら騎士の屯所にも来いよ。手合わせでもしようや」

「はい。時間があれば是非」

「じゃあレイチェル。後で街を案内してやってくれ」


 急いで玄関を出ていったフリオ。窓からも小走りの姿が見えたので、どうやら本当に遅刻しそうらしい。

 そしてライは……若い女性と二人きりという状況に再びテンパった。でも大丈夫。そんな時は父の言葉を思い出し心を落ち着かせるのだ……。 


『ライ……女は強いぞ?父さん、勇者なのに母さんに勝てないんだ。……見ろ、この痣。亭主関白?何それ、美味しいの?』


(…………)


 気分が萎える気がするのは間違っていないだろう。ライは思い出す言葉を間違えた。気を取り直して再び記憶を探る。


『ヒック!ご近所の皆さ~ん!わたくし、ロイ・フェンリーヴは妻のローナを愛していま~す!今晩も【ピー!】して【ピー!】しますから、また子供生まれると思いますが……おお、ローナ!愛してルブォ!!』


 流石は父の言葉である。妙に浮かれていたライの気分は、ある種の達観にも似た鎮静化を果たした。その目には光るものが有ったことは言うまでもあるまい。

 しかし、意図とは違ったが十分に肩の力は抜けた。寧ろ半端じゃない脱力感を齎したのだ。


「レイチェルさん。何か手伝えることないですか?」

「いえ。お客様にそんな……」

「ハハ……正直言うと落ち着かないんです。一宿一飯の恩もあるし、昨日の件で言えば良い人に出会えて助かったのは俺の方なんですよ?」


 人差指で頬を掻いているライを見てレイチェルは笑う。


「不思議な方ですね、ライさんは。勇者ってお強いでしょうから、もっと自信に溢れて自己主張してそうな印象でした」

「フッ。何せ俺は『無難な勇者』ですからね?修行以外は家事手伝いしてましたし、手先もそれなりに器用ですよ?」

「まあ!ウフフ」


 こうして二人は打ち解け、ライはお礼を兼ねた手伝いをすることになったのである。


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