幕間⑧ トシューラ


 ペトランズ大陸南部を占める大国・『トシューラ』。



 五大国の中ではシウト国に次いで長い歴史を持つ国である。


 王族が絶対的な権力を有する絶対王政を摂り、国民も王を至上の存在として崇める一種異様な国だ。しかし、歴代のトシューラ王達はそれをして余りある恩恵を国民に与え続けていた……。


 広大な土地に眠る豊富な資源、豊かな自然による実りある作物、確かな技術により栄えた工業。それらがバランスを取り繁栄を続け、国民は生活の困窮など無縁。かつてのトシューラはそんな国……。



 しかし、ここ近年資源は枯渇を始め自然はその力を失いつつある。いや……遡ること三百年前から既に衰退の予兆はあったのだ。



 『夢傀樹』───。



 三百年前、世界中に発生したその厄災は大地を枯渇させた。魔力だけでなく養分も奪われた土地は作物が育つことはなく、無事な土地の自然もやがて力を弱めてゆく。勇者バベルが夢傀樹を消し去らなければ、ロウド世界の大地は確実に死んでいただろう。


 実は世界で夢傀樹が確認される以前から、トシューラ国には夢傀樹が存在していた。始めは小さな苗であったその夢傀樹……トシューラ国はその特性を知り利用する為に育て、研究を繰り返していたのだ。


 その理由は、軍事利用の為──。


 夢傀樹は大地を伝いその国を疲弊させる。人間を支配し次々に領域を拡げるその力を軍事転用すれば、他国を奪う為に兵を用いる必要すら無い。世界支配すら夢ではない……そんな夢想を抱いたのが当時のトシューラ王・ジレッドの誤りだった。


 本来、覇竜王が戦うべき『厄災』だった夢傀樹……。無論、人如きが扱える代物の訳がなく瞬く間にトシューラ国の地を涸渇し始めたのである。

 大地を枯らし、水源を渇らし、人々を襲う未曾有の危機は直ぐに拡大していった……。


 しかし、あろうことかトシューラ国はその事実を隠蔽した。

 他国に恥を曝す訳にはいかない。元々他国を見下していた王族は、他国からの憐れみを良しとしなかったのである。


 そこでジレッドは一つの策を弄する。当時小国とも言えるアステ国を唆しカジーム国を奪うことを画策したのだ。

 


 カジーム国はかつての『魔法王国クレミラ』の末裔の国と聞いている。住まうのは自然豊かな森。魔法王国の技術を奪えば枯れた大地を元に戻せるかも知れない……そんな浅はかな理由でトシューラはカジーム国に攻め入ることを決めた。


 自国の失態を『魔族による災い』と吹聴し、報復の大義を掲げ利用したトシューラ国。幸い、アステ国は領土拡大の言葉に簡単に釣られた。もし失敗すれば全てアステ国に擦り付ける算段であったが、カジーム国は予想以上に抵抗が無く話し合いを求めている。

 しかしそれはトシューラ・アステ両国にとっては好都合でしかない。始めから侵略・簒奪ありきである以上、カジームに救いの道は無かったのだ。


 そうしてカジームから奪った技術でも枯れた大地を元に戻すことは不可能だった。原因たる夢傀樹を排除せぬ限り何の解決にもならぬのである。


 が……そこでトシューラ国に都合の良い誤算が発生。夢傀樹は大地を伝い、国境を超え他国にまで広がったのだ。これを利用せぬ手は無い、と隠蔽を解いたのである。

 それによりトシューラ国も被害を受けた内の『一国』となり、堂々と被害を主張し協力を求めることが出来た。


 その後勇者バベルとその仲間が必死に駆け回り夢傀樹の駆除に成功。本体は勿論トシューラ国にあり、勇者バベルは遂にそれを葬り去る。後は大地を活性化出来れば万事収まる筈だった。


 だが……。


 トシューラ国の南部は完全に枯れてしまっていた。

 既に荒野となり人の住める場所ではない。実質国土の五分の一程が失われたのだ。それが真っ先に夢傀樹が発生し対応を遅らせた代償……。


 更にトシューラ国は厄災に見舞われる。


 魔王軍の襲来。迫害を受け続けたカジーム国からの復讐者が現れたのだ。


 明らかに人智を越えた力持つ『魔王を名乗る者』とその配下は、トシューラ国に甚大な被害を齎す。無論、アステ国も例外ではない。その力は……いや、その怒りはジレッドへとあと一歩のところにまで迫った。


 結果として魔王は勇者バベルと対峙し戦闘、封印される。トシューラは……そして王は辛うじて命を拾うこととなった。


 それが後の世に【凶】となることまでは勇者バベルにはわからなかったのだろう。しかし、勇者の救済はトシューラ王族にとっては間違いなく【吉】だったのだ。トシューラはまだ亡びぬ。そのことが王族の暴走を加速させ始めた。


 『奪っても亡びぬ、謀っても、恨まれても尚亡びぬ。ならば奪うことこそトシューラが国として在るべき姿……。トシューラ王族は強欲たれ!』


 そうしてトシューラ国は強欲な侵略国家に変わっていった。国民は物、他国は資源、王族以外は……いや、王以外は全て王の為の糧なのだ、と。


 それからは以前にも増して他国から領土を奪い続け、海に出て資源を探す。計画に反しアステ国を奪い取り損なったのは、勇者バベルの存在が大きい……。

 しかし、それは些細なこと……トシューラ国が今後も強欲であり続ける限り、やがて子孫がアステ国を奪うだろう。それまでは勇者など都合良く利用すれば良いのだ。



 トシューラはそんな黒い歴史を重ねた国……。王族は強欲たれ。全ては王の為に……。







 そして時が流れた現在のトシューラ国──。


 王は既に亡く、玉座には妻たる女王の姿があった。その全ての実権を握っている頂上たる存在に相応しく、油断のない狡猾そうな容姿をしている。


 トシューラ国王都・ピオネアムンド──【白鴉城】


 現在、玉座の間には女王とその子供達が集まっていた。


 女王は玉座に、子供達はその横に並ぶ椅子に座っている。


 豪華絢爛な部屋は壁の白さと反し、赤を基調とした装飾が多い。絨毯、椅子、壁掛け、天井、と深い赤が埋め尽くすが如きである。


 トシューラ王族は女王を除けば六人の子供達だけである。親類は皆、尽くが処刑された。王族の秘密を守るための非情な体制──王と女王、そして次期王位継承権を持つ者以外の血縁は全て死に至る。それが国として当たり前なのが『トシューラ』という国──。


 当然、王の子らは命懸けである。王以外は死……つまり、生き残るには王になるしかない……。


「申し開きはあるか、ディーヴァイン?」


 玉座から投げ掛けられる冷たい声。他の王の子らが椅子に座る中、一人だけ遥か下段の床に傅き向かい合う青年がいた。それを見下ろす女王の表情はまる虫でも見るが如くである。


 『ディーヴァイン』と呼ばれた青年は、冷酷な女王とは対照的に狼狽の色を隠せない。

 痩せて神経質そうな青年はトシューラ王族の次男、ディーヴァイン・デ・スノーク・トシューラである。


「い、いえ……そのですね……」

「簡潔に述べよ」

「わ、私は悪くないんです!全て海洋騎士団が勝手に……!」

「その海洋騎士団はお前の管轄であろう?では、お前の責任だ」

「は、母上っ!お待ちください。あ、兄様!姉様!どうかお口添えを……!!」


 数日前……ディーヴァインは秘密の魔石採掘島からの脱走者達を抹殺すると名乗りを上げた。功を焦り、事もあろうか魔の海域にて待ち構えながら、【海王】に全滅させられた責を問われている最中である。

 ディーヴァイン自身は船に乗らなかった為に命拾いをしたのだが、それが幸運か不運かはこの申し開きで決まる。


 当然、ディーヴァインは必死に兄弟に助けを求めた。だが……ディーヴァインはトシューラ王族というものを真に理解していなかった……。


「ハッハッハ。何を寝ぼけている、ディーヴァインよ。使えぬものは王族には不要……お前も常々そう言っていたではないか?」

「ぐっ……!!」

「そうね……。ましてやお前は国に甚大な被害を齎した。私ならば自分が赦せないわよ?せめて手を煩わせることはしないでね?」

「……ぐぐっ!!」


 苦々しげに兄弟に視線を向けるディーヴァイン。その時、涼やかな声が響く。


「お可哀想なディーヴァインお兄様……」

「おお……ルルクシア……」


 声を掛けたのは兄妹の次女、ルルクシア・ドリエ・トシューラである。


 か細く儚げで潤んだ瞳の少女は、亜麻色の髪を揺らしディーヴァインに近寄りその手を取った。そして、母である女王・パイスベルに微笑みかける。


「ディーヴァインお兄様は仮にも王族……。誇り高さは失われていない筈……そうですわね、お兄様?」

「おお……ルルクシア……。そうだ。私は誇りを失ってなどいないぞ!」


 ディーヴァインのその言葉を確認し小さく頷くルルクシア。改めて女王に向き直り提案する。


「そこでお兄様に機会を与えみそぎとして頂きたいのです」

「禊?言ってみなさい、ルルクシア」

「はい。実は『王の森』に魔物が住み着いたとのことなのですが、御存知ですか?」

「いいえ。話しなさい」


 トシューラ西部にある『王の森』──。


 古き時代の王達の墳墓がある、深い森に囲まれた聖域とも言える場所。近年そこに強力な魔物が住み着いた、という報告がルルクシアに上がっているのだという。


「私はお兄様を信じています。必ず【お一人で】魔物を討ち果たして下さい。それこそがお兄様の信頼となる筈です」

「ルルクシア……わ、わかった。母上!いいえ、女王様!直ぐにでも御命令を!?」


 女王はディーヴァインではなくルルクシアを見る。更に椅子に座っている我が子らを確認し口を開いた。


「分かりました。ではディーヴァイン……お前に『王の森』の魔物討伐を命じます。指命を果たすまで帰参は叶わぬと知りなさい」

「はっ!ディーヴァイン、身命を賭す所存!それでは……!」


 一礼し颯爽と玉座の間から立ち去ったディーヴァイン。ルルクシアはゆっくりと椅子に戻り目を閉じた。その顔は微笑みを湛えたまま……。

 その様子を見ていた女王は、改めてルルクシアに問い掛けた。


「それで……これはどういった趣向なのです?」


 ルルクシアは目を開くと周囲を見回した。全員から注目を集めていることを理解する。そして手で口元を隠し楽しげに笑い始めた。


「ウフフ……大したことではありませんわ、御母様。王の森には魔物なんて存在しません。ただ『危険人物』が一人居るだけなのです」

「危険人物?それは一体誰です……?」

「デルメレア・ヴァンレージ」


 その言葉に一同顔をしかめる。トシューラ国で知らぬ者はいないであろう人物……デルメレアはかつてトシューラ国の勇者とまで言われた猛者なのだ。


「デルメレア……まさかそんな場所に隠れていましたか」


 女王は少し複雑な表情を浮かべたが、直ぐにいつもの鋭い目付きに戻る。


「フン……かつての筆頭騎士か……。突然気が触れて仲間の騎士達を惨殺し、そのまま姿を消した男。その後もトシューラ国の兵や官僚を次々に襲っているという話ではないか……確かに危険人物だな」

「女王様。宜しいのですか?そんな者を放置しておいても」


 長兄のリーア、長女のアリアヴィータが女王へ確認を取る。しかし、女王の判断は冷静そのものだった。


「捨て置きなさい。今のトシューラ国に無駄な浪費をする余裕はありません。邪魔になる様なら改めて排除すれば良い」

「わかりました。ではディーヴァインも……?」

「そちらも捨て置いて良い。寧ろ手間が省けます」


 犯罪者とされるデルメレアには討伐部隊が全滅させられた過去がある。対峙するには大隊規模で掛からねば返り討ちになるだろう。

 そして、そんな相手に単身で向かうディーヴァインの末路は容易に想像出来る。


「全く……怖い子ね、ルルクシアは。パーシンの時といい全く油断がならないわ」

「お誉め頂き光栄ですわ、お姉様」


 そしてトシューラ王族は笑う。女王、長兄、長女、次女は身内の不運を実に愉しそうに笑うのだ……。


 あまりに歪んだ王族。そんな中、表情を変えぬ二人の王族がいた。兄妹で最も若い双子の姉妹、サティアとプルティアである。

 彼女達は双子だけあり髪型でしか見分けが付かない。サティアは髪を一つに、プルティアは髪を二つに結っている。そして特徴的なことに、二人の髪は白いのだ。


 それはトシューラ王族に稀に産まれる『先祖返り』と呼ばれる者の証……。


 サティア・プルティアは“先祖返り”故に幼いながらも破格の魔力を持って生まれた。その為、利用価値があると判断され王位争奪の暗殺対象から外れている。

 しかし、感情を持てぬ様に育成され王位を得ることは絶望視されていた。王は強欲でなければならないのだ。


「サティア、プルティア……もうお下がりなさい」

「はい。お母様」

「はい。お母様」


 女王に命令され玉座の間から出る双子。無感情、無気力、そう認識されている二人。いつも必ず二人一緒にいるのも管理が楽だから、という理由で命令されているのである。


 だが……彼女達は物ではない。間違いなく生きているのだ。それを王族達が失念しているのは彼女達にとってとても幸いなことだった……。


 自室に戻ったサティアとプルティアは、それぞれ感知魔法と防音魔法を展開した。


「サティア……どう思う?」

「プルティア……わからないわ」

「でも可能性はあるわよね、サティア」

「うん。だから信じましょう、プルティア」


 彼女達には確かな感情がある。普段は魔法まで駆使し無感情を装っているが、間違いなく聡明な心を持っていた。


 その理由。それは──。


「パーシン兄様は生きてる」

「パーシン兄様は無事」


 パーシンは彼女達に優しい兄として接し続けた。普段は気付かれぬ様にする術を教え、夜になると部屋に忍び込みさまざまな知識を伝えた。変装し外に連れ出したことさえあったのだ。

 その甲斐あって二人は優しい心を持つに至る。だがそれを不要として断ぜられるのは明白。結果としてパーシンは彼女達に辛い選択をさせた。


 しかし、それも全てはいつか二人を逃がす為に必要なこと……。


「待ちましょう、サティア」

「うん。必ず来てくれるわ、プルティア」


 二人は声を重ね笑う。


「パーシン兄様が迎えに来てくれるまで……頑張りましょう」


 伏魔殿とも言えるトシューラ王城の中、彼女達は待ち続ける。その日は必ず訪れると信じて。

 だから、それまでは……。



「おやすみ、サティア」

「おやすみ、プルティア」


 二人は感情を消し眠りに就いた。魔法を覚えてから徹底して染み込ませた感情の調整。寝起きの様な不意な事態でも決して気付かれぬ様に……。



 二人がトシューラ国にとって希望となるかはパーシン次第。その運命の行方は、何れ語られるだろう。 






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