縁者の章

第二部 第三章 第一話 親友


 トシューラ国からの脱出者を保護してから数日が経過したエルフト。およそ千人の生活を確保することは中々の大仕事となった。


 エルフトは基本的に観光地という訳ではない。その為どうしても宿の数が少ない現実は避けられなかったのだ。


 そこでマリアンヌが木を伐り出し宿舎を建てることになる。マリアンヌの元に訓練に来ていた兵達も手伝い、数日で簡素ながらも立派な宿舎が出来上がった。


 残る問題は食糧……それもティムとノルグー卿の采配で、何とかひと月は安泰と言える状況まで漕ぎ着けた。


「ったく……ライの野郎。投げっぱなしにしやがって」


 対応も一段落しゆっくりと休息を取るティムは現在、ラジック邸のテラスにて茶を飲んでいる最中……。ライがいない間にラジック邸に増設されたテラスは、来訪者が増えたことを考慮し接客の場としてマリアンヌが用意したもの。現在はマリアンヌと親しい人間の休憩所にもなっている。


「まあ、今回は仕方ないだろうさ。何だかんだと奴は勇者だからな……見過ごすことは出来なかったんだろ。ところでティム。手紙は読んだのか?」


 ティムと同席しているのはフリオとパーシン。マリアンヌは兵の訓練中だ。


「フリオさんはもう読んだんですか?」

「ああ。謝罪から始まってそれまでの経緯が書いてあった。それと戻ったらお預けになっているお祝いをしようとさ。レイチェルの奴、張り切ってたぜ?」


 フリオとレイチェルへ心配掛けていたことがずっと気になっていたらしく、懇切丁寧な謝罪が記されていたらしい。


「じゃあ俺も読むかな……」

「ん……?ここでか?」

「別に読まれて困ることは書いてないと思うから、大丈夫でしょう?」

「まあ、お前が良いならな……」


 ティムは懐から手紙と折り畳みナイフを取り出し便箋を開封する。そしてティムは……手紙を取り出し中身を広げた時点で硬直した……。


 その様子に只ならぬ気配を察し、悪いとは思いながらもフリオとパーシンは後ろから覗き込む。


 そこに書かれていたのは何と……。



 【はずれ】



 ただ一文──。手紙も一枚のみに見える。フリオとパーシンはティム同様硬直した……。


 テラスはしばしの間静寂し、兵士達の訓練の掛け声や鳥の鳴き声がハッキリと聞こえてくる。


「……はっ!」


 ティムが我に返ると、フリオとパーシンも咳払いしながら罰が悪そうに席に戻った。


「くっ……あ、あの野郎……」

「ま、まあ落ち着けティム。奴なりの照れ隠しだと思……くっ!す、済まん!」


 フリオはジワジワと笑いの壺が刺激されたらしく、顔を背け震えている。


「ま、まあ、採掘場でもそんな感じだったから……うん」


 パーシンは気の毒そうにティムの肩を優しく叩いている。


 ワナワナと震えるティムは思わず力が入り手紙を少し握り込んでいたが、その影響で手紙が僅かに【ズレた】。

 一枚に見えた手紙はピッタリと合わさり一枚に見えただけだったのだ。良く見ると紙の縁が何かで少し糊付けされていたと気付く。


「……どおりで分厚い紙だと思ったよ。こんな手の込んだことしやがって……アホだろ、アイツ……」

「俺、ライが手紙書いてた時近くにいたんだけどさ?全然気付かなかったぜ……?」


 気を取り直し、ティムは【はずれ】と書かれた紙を丸め投げ捨てた。そしてようやく本文を読むに至る。


『チョリ~ッス!いやぁ……俺つかまっちゃってたわ~?有り得ないっすわ~。連絡取れなくてメンゴメンゴ~。で、悪いんだけど千人ほど送るからあとヨロピコ~。頼んだぜ?あ・い・ぼ・う!』


「軽ぅ!超軽い!何だコレ……」


 呆れるパーシン。だがフリオは気付いた。


「待て!まだ続きがあるぞ!」


 ティムが三枚目の紙に視線を移すと、細かい文字が隙間なくびっしりと書かれていた。


「こ、今度は凄ぇ細かいな、オイ……。で、何て書いてあるんだ、ティム?」

「え~っと…………何か愚痴ばっかみたいですよ。飯が不味かったとか修行が辛かったとか半分人間じゃなくなったとか……は?に、人間じゃなくなった?」

「何だそりゃ……パーシン、何か知ってるか?」

「あ……ええ。アイツ、磨り潰した魔石食ってたんですよ。それも二年の間、毎食欠かさず……それで、猫の大聖霊曰く【魔人】と人とのギリギリのところだって……」

「……………」

「……………」


 とうとう人外にまで手をかけたか……とティムとフリオは溜め息を吐いた。

 真の『トラブル大魔王』まであと僅か……などと頭に浮かんだが、洒落にならないので口に出すのは止めたフリオ。


 一方、ティムは四枚目の紙に目を通している。


『てな訳でそのうち戻れるんじゃないかなぁ~と思っている。何せ魔の海域を抜けなきゃ話にならないんだけど、喰われない保証はない。だから採掘場のトシューラ兵をトォンに転移させる予定だ。あの採掘場の島は破壊して埋めるつもりだし、監視の兵は国に戻れば失態で処刑されちゃうからさ?で、頼みがあるんだが、商人組合の方で家族の情報を教えてやって欲しいんだよ。トォンに呼び寄せるにせよ、そのまま見守るにせよ情報は必要だからさ?』


 監視の兵にまで配慮する必要は無いだろうに、とフリオは思った。しかし、ライの性分は結局勇者由来のものかと半ば諦めてもいる。


『それとパーシンのことだけど、将来的には領主になって欲しいと思ってる。ティムも直接会って判断してくれ。大丈夫そうなら力を貸してやってくれよ、親友』


 ライがそこまで自分を買っているとは思わなかったパーシン。いい加減な覚悟ではいられないと自らに誓いを立てる。


『それと頼みばかりで悪いんだけど、送った千人の帰郷を手助けして欲しいんだ。国内ならすぐに帰れるだろうけど、国外だと許可証も必要だろうし……囚われてかなりの時間経過している人、家族を失った人もいる。大変だろうけど頼むわ』


 頼みの全てが他人の為なのを呆れながらも思わず笑うティム。ライの本質が全く変わっていないことが嬉しかった。


 そして最後の紙に目を移すと、何も書かれていない白紙だった。


「白紙……?何か意味があるのか、ティム?」

「いえ……でも、アイツのことなら何かありそうですけど……どう思う、パーシン?」

「……炙り出しとか水に浸けるとか……試そうか?」


 パーシンは試しに魔法で小さな火を灯す。指先に弱く揺れるそれを、手紙を焦がさぬ様に注意しながら近付けた。


「……お?文字が出てきたな。何て書いてあるんだ、パーシン」

「えっと……『一枚目に炙り出し有り』とだけ……」

「ぐ……丸めちまったじゃねーか……」


 渋々立上がったティムは、丸めて捨てた紙を拾い上げテーブルでシワを伸ばす。再びパーシンが炙ると、【はずれ】と書かれた下の余白に新たな文字が表れる。


『スカ!』

『残念でした!』

『やーい、引っ掛かってやんの』

『どんな気持ち?ねぇねぇ?今、どんな気持ち?』


 そして下手くそな……イラっとする落書きも浮かび上がる。


「…………」

「…………」

「…………」

「このド畜生が~!!!」


 ティムはその紙を何度も破り、丸めて地面に叩き付けた。更に何度も踏みつけ息を切らしている。


「フゥ、フゥ……!あ、あの野郎……人の気持ちも知らねぇで……」

「ま、まあ落ち着け、ティム。多分、こんな手紙はお前にだけだぞ?親友だからこそこんな悪戯が出来た、と俺は思うぜ?」

「フリオさん……そ、そうなんですかね?」

「ああ……た、多分な……」


 フリオは後で自分の手紙の余白を炙ってみようと考えている。一方、パーシンは別の疑念が渦巻いていた。


(おかしい……脱出の時の僅かな時間にこんな手の込んだ事やってたのか……?手紙も五通だぜ?才能の無駄遣いだな、アイツ)


 それぞれが微妙な表情のままだが、その内容の痴れ者ぶりから手紙は疑うべくもない本物……。早速、フリオは脱出者の身元確認の為に動き出す。


 ティムとパーシンは王都ストラトに向かう準備を始めた。


 パーシンの今後の身の振り方を相談する為、一度キエロフに会う必要があるのだ。ついでに避難者達のこれからを打ち合わせするつもりである。


 外出の準備をするパーシンに気付き、三兄弟とフローラは同行を申し出た。三兄弟は臨時宿舎建造の、フローラは食事の炊き出しをそれぞれ手伝っていたのたが、一段落したらしい。


 三兄弟の兵士志願もフローラ達レフ族の事情も、キエロフへの手紙に書かれているかもしれない。しかし、直接許可を取れるなら都合が良いと同行を許可することにした。


 しかし、そこで問題が発生……三兄弟を乗せる馬が無いのだ。

 巨体故に馬に跨がった時点で、地面に思いきり足が着いている。更に少しづつ体重を掛けた際の馬の悲痛な鳴き声……流石に可哀想になり馬を諦めた三兄弟。


「えぇ~……?ど、どうしよう?」


 困ったのはティムである。この様子では、三兄弟一人辺り五、六頭の馬と頑丈な荷台が必要だ。とても直ぐには用意できない。


 だが……。


「ハッハッハ。問題ない!我らは我らで足を造れば良いからな!」

「うむ!!やるか、兄弟!!」

「了解っす!!!」 


 三兄弟は地属性オリジナル魔法の《岩大蛇》で王都まで移動を敢行。後にそれを目撃した者達が石の蛇に騎乗する魔物として噂を広げたのは余談である……。


 そして辿り着いた王都ストラト。門番が三兄弟を見て【魔物の襲来】と勘違いしちょっとした騒ぎになった。ティムの説明で事なきを得たが、ある意味良い訓練になったのでは無かろうか……?


 そんなこんなとライからの手紙は無事、キエロフとフェンリーヴ家に渡ったのである……。




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