第二部 第三章 第二話 ファーロイト


 シウト国の大臣執務室。キエロフは相変わらずの多忙さで書類の山に埋もれていた……。


 しかし、その顔は疲労具合と反し以前よりもかなり明るい。

 国の改革が順調に進むシウト国は確実に安定した国になってきている。その実感がキエロフに力を与えているのだ。


「今日も激務でございますなぁ……。キエロフ様、どうかこ自愛を。貴方が倒れては元も子もありません」

「うむ、わかっておる……心配を掛け済まぬな、バルター」


 キエロフ専属の老執事・バルターは主の身体が心配で仕方ない。確かにキエロフは優秀……しかし、身体は常人と同じなのだ。

 そんなキエロフはこの二年間働き詰め。いつ限界が訪れてもおかしくは無い。


 と、そこへ呼び鈴が鳴る。それは大臣への面会者来訪の合図……バルターは急ぎ面会者の確認に向かった。


 やがて連れて戻ったのは、今や同志とも言える若い商人の姿……。


「お久しぶりです。キエロフ大臣」

「おお……ティム殿か。直接会うのは久し振りか……まあ、掛けなさい。バルター、茶の用意を頼む」


 連絡は魔導具を介し行っていたが、互いに直接会うのは久々の二人。バルターが素早く用意した茶を含むとティムは早速、本題を切り出した。


「実はライから手紙が届きました。キエロフ大臣宛のものもありましたので私が預かって参った次第です」

「そうか!……結局、勇者ライは何処に居ったのだ?」

「宝鳴海にある秘密の孤島らしいですよ。やはりトシューラ国に捕まっていたらしいのですが……アイツらしいこと満載でしたよ。既にノルグー卿からお聞き及びと思いますが、トシューラ国に囚われていた者達がエルフトに滞在しております」

「うむ、それは報告を受けている。して……それが何か?」

「ええ。実はその中にトシューラ国の王子が含まれていました。名をパーシンと申します」


 キエロフは盛大に紅茶を吹き出した。敵対国の王子をシウト国に送るなどまともとな行動ではない。


「ト、トシューラ国の王子とな?大丈夫なのか、それは……?」

「直接話してみますか?実は今回はその為に来たんです」


 少しの間を置きパーシンは執務室に招き入れられた。しかし、更に巨体の男三人と幼い子供三人が同行して来たことにキエロフは驚くことになる。

 全員ティムの用意した礼服を着用し、更に礼に乗っ取り畏まっていた。


 やはり取り分け目立つのは三兄弟──。サイズが合う服が無いのでエルフトで急拵えをした礼服は、それでもピッチリムッチリの状態だった……。


「………」

「大臣。お気を確かに」

「……はっ!そ、それで……何だったかな?」


 あまりのことに少し白眼で逃避気味のキエロフ。とても濃ゆい三兄弟は満面の笑顔だが迫力満点……彼等が気になって仕方ない様なので、パーシンの話を円滑に進める為にも先に三兄弟を紹介した。


「こちらのお三方はライの舎弟?ということになっているそうです。それで、シウト兵として雇うことにして欲しいらしいのですが?」

「え?……あ、う、うむ。それは構わんが……」

「その前に大臣。ライの手紙をお読み下さい。その方が早いでしょう」


 ライの手紙が開封されていないのでは信頼も何もない。キエロフは促された通り手紙を開封した……。


 手紙はまず謝罪から始まり、それからその後の経緯が書かれていた。要点のみまとめた手紙だが、十分納得のゆく内容だった様だ。


「成る程な……相分かった。ジョイス殿、アスホック殿、ウジン殿、だな?かなりの実力者とある以上、確かに志願してくれれば有り難いことだ。だが……本当に良いのか?国に帰るよう手配も出来るのだぞ?」

「我々には元々故郷は無い。流しで各国を回っていた際に酒場で酔い潰れ囚われたのだ。採掘場から救ってくれたのはライの親方。ならばその祖国を故郷としたい。是非に頼……お願い致す!」

「わかった。優遇を望むとある。悪いようにはせん。ただ、一度はエルフトでマリアンヌ殿の手解きを受けさせよ、ともあった。一先ずそれで良いか?」

「感謝します!」

「感謝します!!」

「感謝するッス!!!」


 三男・ウジンの言葉に一瞬首を傾げたが、そこはシウト国を束ねる大臣。スルーして話を続ける。


「ではエルフトまでの足はティム殿に手配をお願い致しても?」

「あ~。お三方、少しお待ち頂けます?」


 王都なら馬の数を揃えることは出来るだろう。問題は荷台の方だった。軍用の荷台は鉄製で頑丈だが、三つも譲り受ける訳には行くまい。代わりに大工を探し丸太で急拵えの荷台を造る事を考えるティム……しかし、それでは時間が掛かってしまう。


 だが……そんな様子に気付いた三兄弟はあっさり遠慮した。


「いや!我々はこのまま走って先に行かせて貰う!」

「え?……そ、それだと流石に疲れません?」

「なぁに、それも修行!!」

「じゃ、失礼するっス!!!」


 動く石像の様な三人が部屋から出た後、途端に部屋が広く感じる。気持ち温度も下がった様な印象もある。


「……。さ、さて……それで、レフ族の子らよ。国に帰ることを優先するならば勇者ライの言うように竜に頼むのも良い。しかし、生憎今は旅に出ているらしいのだ。そこで別の手段があるのだが……」


 そんなキエロフの言葉にフローラ達は首を振った。自分達の為に危険なカジーム国に同行させる訳にはいかない。それに……帰還手段は持っているのだ。


「お心遣い感謝致します。しかしトシューラ国から脱出出来た今、神具による自力での帰還が可能になりました。ただ、その為に必要な時間を少しばかり頂きたいのです」

「うむ、構わぬよ。何なら移住してくれても構わぬ……いや、これは無神経な話だな。忘れてくれ」

「いいえ……ご厚情、心より感謝を。……願わくばエルフトにてしばしの滞在許可をお願い致します」


 フローラの持つ宝具ならばトシューラ・アステの包囲網を気にせず帰還できる。しかし自然に魔力が蓄積されるまで時間が掛かるのだ。

 エルフトならば見知った顔も多い。心安らかに滞在出来る故の懇願である。


「わかった。その様に手配しよう。ティム殿……」

「了解です」

「ああ……それと『魔族の真実』の件、周知に協力しようと思っている。カジーム国解放にも出来るだけ協力をすると約束しよう。詳しい話はまた後程に」

「……はい。本当に有り難う御座います」


 フローラ達は涙を浮かべ一礼すると部屋を出ていった。


「では……本題だな。そなたがパーシン殿ですな?トシューラ国の王族の……」

「はい。お初に御目に掛かります。私はパーシン・ドリス・トシューラ……。しかし、私は既に王族を追放された身。今は姓も地位も無き只のパーシンです。どうかその様にお扱い下さい」


 パーシンは目上に対する敬礼をとった。キエロフはそれを観察している。


「トシューラ国での採掘場にライが来なければ、私はあのまま哀れに朽ちていたことでしょう……。今、此処にこうしていることも出来なかった筈です」

「そうか……。だが、済まぬが正直に申し上げよう。私はトシューラの王族を信じることが出来ぬ。例え勇者ライの友と言えどな?勇者ライは貴公に国政に関わって欲しかった様だがな……」


 鋭い眼差しがパーシンを射抜く。しかしそれは覚悟していたこと……パーシンは視線を逸らさず真っ直ぐに見返した。


「それは重々承知です。しかし、私はライには恩を返さねばならない。そしてライは私に『シウト国の問題解決』を協力しろと言ったのです。どうあれ果たさねばなりません。そこで一つ提案があるのですが……宜しいですか?」

「何だね……?」

「私に【死の呪縛】をお掛け下さい」

「!?」


 呪縛魔法は本来、罪人に使用する魔法である。貴族や王族は勿論、一般人ですら掛けられることが躊躇われる魔法。奴隷制時代の名残りと言われている。

 その中で最も恐れられる【死の呪縛】は、裏切りや背信を思考した時点で即、死に繋がる呪縛……。


「……そこまで覚悟しているのだな?」

「はい。私は始めから行動で信頼を得る所存です。そしてその手始めは呪縛であるべきでしょう」

「………」


 パーシンの意志は固い。キエロフがティムに目を写すと肩を竦め笑っている。


「わかった。ならば望み通り呪縛させて貰おう。今後、貴公に与えられるのは試練だ。我が国に害ある行動を取った場合は確実に死に至る。その覚悟を確認する為、貴公にはトラクエル領主の補佐を任じよう」


 ここまで揺るぎない意思を見せていたパーシンだったが、初めて動揺する。


「し、正気ですか?トラクエル領はトシューラ国に接する要所……私が命懸けでトシューラ軍を誘導する可能性もあるのですよ?」

「その誘惑に打ち克ってこその試練、その狭間で苦しむことこそ禊、違うかな?」

「し、しかし……」

「無論、監視は付ける。いつでも監視されていることを忘れないことだ」


 呆然としているパーシン……。その肩をティムが叩く。


「拒否権は無い。そうですよね、キエロフ大臣?」

「無論だ。但し……これは私と貴公との賭けでもある。他者に邪魔されぬ様、貴公に新たな名を与えよう。今後は『ファーロイト・ティアジスト』と名乗るが良い」

「ファーロイト……三百年前の勇者の友ですか?」

「うむ。ティアジストは私の遠縁の家柄だ。その血は既に途絶えてしまったが、寧ろ都合が良かろう」


 新たな人生を開くキエロフとの賭け──しかし、それは建前なのだとこの時パーシンは察した。厚遇、信頼、どれを取ってもライの発言力は疑うべくもない。


 勿論、ライ当人にその自覚は無い。ちょっと貸しを返して貰う程度の気持ちだったことだろう。


 だが、パーシンは改めて決意する──。


「……私が裏切ればライは帰る故郷を失うでしょう。それでは勇者の友たる『ファーロイト』の名折れ。必ずや信頼を勝ち取って見せます」

「うむ。ではファーロイトよ。任命式まではエルフトにて待機を命ずる」

「はっ!」




 エルフトに向かう馬車の中で、ティムはパーシンと向かい合い話しをしている。


「それにしても、まさか補佐官とは驚いたよ……。俺は魔法で洗脳を受けて情報を吐き出させられると思ってた」

「キエロフ大臣は妙にライを信用してるからな。建前はともかく、ライがお前を送った意味を察したんだろ」

「意味?」

「トシューラ国全員が敵じゃないと教える為、と言ったところか。シウト国も王の暴走があったからな……今は信頼できないトシューラだけど、国政の腐敗を嘆く王族がいてもおかしくないだろ?」


 ティムの指摘は的を射ている。パーシンはまさにそれで出奔を図るつもりだったのだ。

 ティムは図星といったパーシンの顔を確認して話を続ける。


「パーシン……本当に良いのか?」

「ん?ああ、名前のことか?」

「いや、それもあるんだが……シウト国の公務に就くってことは家族を裏切るってことじゃないのか?」


 その言葉に少しだけ反応したパーシンは力なく笑う……。


「正直、家族にはあまり良い思い出がないんだ。ただ……」

「ただ……?何かあるのか?」

「家族の一番下の妹達……双子なんだが、その二人だけは何とか救えないかと考えている。だけどその為の力が今の俺には無い」

「………」

「だから実績さえ積めれば助力を願えないにしても、救出する為の人員を雇えるんじゃないかと思ってるよ」


 しかし、それも難しいと本心としては理解している。


 双子の妹、サティアとプリティアはトシューラ国で最も警戒が厳重な場所にいる。そして、二人がそこから滅多に出ることも無いのが現実だ。


「ライに妹達のこと話したのか?」

「いや……アイツ、そんなの聞いたら考えなしに乗り込んで行くだろ?」

「………あり得るな」


 実力を無視し蛮勇に走る、それが勇者ライの真骨頂になりつつある。いや、元より考えなしに感性で突っ走る男なのだ。ティムとパーシンは親指を立て笑うライを思い出し、眉間に手を当て項垂れた。その姿は見事にシンクロしている。


 パーシンの話ではライは随分と強くなった様だった。しかし敵国の中枢に乗り込むのは無謀が過ぎる。やりかねないなら尚のことライに伝えるべきではないとパーシンは判断したのだろう。


「ま、まあ最終的にはライに伝えるとして、俺も手伝うよ。情報も商人組合を使えばかなり把握出来るだろ?」

「ああ……恩に着る」


 そこでオズオズと声を上げる少女がいた。馬車に同乗していたフローラである。


「あ……あの、もし必要ならばこの宝具をお使い下さい」


 フローラの掌には小さな宝石が乗っている。トシューラ国の採石場から脱出する際に使われたレフ族の秘宝・転移宝具である。


「これはあの時の……」

「はい。注意点は転移を一度行うと再転移の為に魔力の補充が必要です。それと、人数にも因りますが魔力をかなり必要とします。一番の問題は魔法陣の構成式を理解しないと転移自体が出来ませんから、知識ある魔術師が一緒にいたほうが良いと思います」


 確かにパーシンが使えば一気に王都まで転移できるだろう。


 しかし……。


「いや。それはフローラが使うべきだろう。どのみち戦力も情報も足りないんだ。妹の救出はずっと先になる。……ありがとう、フローラ。俺はトシューラ王族なのにレフ族に何の償いも……」


 言葉を遮るようにパーシンの拳に手を重ねるフローラ……。


「あなたは魔族のことを知りながら私達を救ってくれたじゃありませんか……。私は救われたんです。世界中から憎まれていた訳じゃなかった。見捨てられた訳じゃなかった。それがレフ族にとってどれ程の救いになるか……だから、謝らないで下さい」

「……ああ。わかった。ありがとう」


 二人の話を聞いていたティムは、ふと思い付いたことがあった。


「フローラはもう少しエルフトにいるんだろ?」

「はい。宝具に魔力が貯まるまでは……」

「その間、その宝具を借りて良いかな?壊したりはしないからさ?」

「はい。大丈夫ですが……」


 怪訝な顔でティムを見るパーシンとフローラ。二人の視線に気付いたティムは要点のみを伝える。


「上手くいけば宝具の複製が出来るかも知れないんだ。丁度エルフトに滞在するだろうから都合も良いだろ?」


 神具とも言われる宝具の複製など到底信じられるものではない。流石に微妙な表情をしている二人に、ティムは当然の様な顔で笑いかける。


「まあ、物は試しさ。例え劣化品でも成功すれば何かに使えるし」

「そんな凄い方がエルフトにいらっしゃるんですか……?」

「そう。あらゆる意味で凄い変態天才研究家がね?二人とも会ってるぜ」

「変態……ってまさか……」

「ご名答。ラジック・ラングだよ。胡散臭く思うかも知れないが天才には違いないのさ」


 ティムの笑顔はいつの間にか怪しい笑いに変わっている。

 パーシンとフローラをエルフトで質問攻めにした男、ラジック……。あの男が天才?という疑念は消えない。



 一抹の不安を抱えるパーシンとフローラ。そんな彼らを乗せる馬車は、ゆっくりとエルフトに向かうのであった……。


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