第二部 第三章 第三話 女勇者とその仲間達


 王都ストラトにあるライの実家、フェンリーヴ家──。


 ティムに齎された手紙はフェンリーヴ夫妻に大きな安堵と喜びを与えた。

 息子は無事……そんな朗報にローナは涙し、夫・ロイも奇声を上げて喜びを表現している。



 両親に宛てられた手紙の内容は皆と同様の謝罪から始まり、囚われていたことから脱出までの経緯が書かれていた……。両親には特に謝罪が丁寧だったことは、ライなりの反省を表しているのだろう。


 そして……手紙はもう一通──。


「あら?小さな封筒が同封されてるわね……宛名はフェルミナちゃんによ?」

「あ~……早く読みたかっただろうな、フェルミナちゃん。可哀想に……」

「でも、そろそろ帰ってくるんじゃないかしら?フフ……ライの無事を知ったら皆、驚くわよ?」



 現在、フェルミナは旅に出ている。理由は『ライの捜索』……しかし、これはフェルミナの意思半分の行動だった。


 旅に引っ張り出したのは何と、あのマーナである。


 始めフェルミナは、ライとの『待つ』という約束を守る為に捜索への同行を拒否をしていた。しかし、強引なマーナに引き摺られるように数ヵ月前から旅を始める様になった。


 と、言っても数日毎に戻る短期探索ではあるのだが……。




 そんなフェルミナとマーナの現在地──それがシウト国と小国イストミルに挟まれた国『アロウン』である。


 アロウン国はペトランズ大陸の東南東に位置するシウト国庇護下にある小国。【同盟】ではなく【庇護】であることからその軍事力の程は知れるが、国民はそれなりに豊かに暮らせていた。

 最も大きな理由は海産業。魔物の少ない穏やかな東の海『唄鯨海』は、国の大小に関係なく潤沢な恵みを与えているのだ。



 アロウン国の港町・プロットもその恩恵を受ける場所の一つだ。


 青い海の見える小さな港街は魚介類を並べ商売に精を出す者で溢れている。街の中には、それを買い付けにくる商人や休暇に海を選んだ観光客が買い物を楽しんでいる姿があちこちに見て取れた。


 そして、観光客の中に混じり歩く二人の少女……。


「ほら、フェルミナ!あの料理美味しそうよ?食べて行かない?」

「本当ですね。いつかライさんに食べてもらう為、味を覚えるのも良かも知れません」

「ちょっとフェルミナ……そんなこと考えてるの?」

「ローナさんが言ってましたよ?ライさんを掴まえるには胃袋からだって」

「……そんなの許さないわよ?そんな奴はこうしてやるんだから!」

「……痛いれふ~、マーナしゃん~」


 赤髪の少女……マーナは、フェルミナの頬を掴み引っ張ったりと弄ぶ。痛いと言いながもニコニコしているフェルミナの顔が凄いことになっていた。


「ちょっと、ちょっと!フェルミナの顔が洒落になってないわよ!止めなさい、マーナ!」

「大丈夫ですよ、シルヴィさん。マーナさんも本気じゃないみたいですから」

「アリシア……本気じゃなくても洒落にならない痛さなのよ、アレは……。良く笑ってるわね、フェルミナも」

「つまり、やられたことがあるんですね?エレナさんもあんな顔に……プッ」

「ちょっと!止めてよ、アリシア!思い出したくもないんだから!」


 マーナとフェルミナを後ろから見守る三人の女性。捜索の旅は二人だけでなく、五人の女性で構成されていた。


 氷竜のシルヴィーネルは一週間ほど前、覇竜王ライゼルトが巣立ちを迎え自由の身になった。

 竜鱗装甲の返却にノルグーのフリオの元を訪れライの行方不明を初めて知ったのだが、ならばと直接ライの実家を訪れたのである。それからは何故か気に入られ、人の姿でフェンリーヴ家に同居させて貰っていた。


 天の御使いアリシアは、シルヴィーネルと覇竜王を育てた後も共に行動している。神聖機構より許可を貰い鎧の行く先を見守る役目となるに至るが、すっかり地上に慣れてしまい帰る気にはなれなかったらしい。

 因みに、翼は収納しているので天使とは気付かれていない。やはりフェンリーヴ家の居候だ。


 マーナの旅の仲間だった神聖機構司祭・エレナは、二年前の『超越者の傷痕』の際に瀕死に陥った。世間では死んだと言われているがしっかり生きている。

 実はマーナが瀕死のエレナを抱えシウト国に帰還した際、既に息をしていなかった。しかし、厳密な死に到達していなかった為にフェルミナの力で復活を遂げたのである。マーナがフェルミナを恋敵として排除しないのは友人を救って貰った恩義故だが、フェルミナ当人は勿論気付いていない。やはりフェンリーヴ家にて居候の身。


 余談だが、マーナの仲間の魔術師イベルドはエレナの回復を見届け研究の旅に。戦士アウレルはエレナを守りきれなかった事を悔い、腕を上げる為に噂に名高いマリアンヌと手合わせして惨敗。現在、マリアンヌの元で修行中である。



 と……そんな事情もあり、現在五人の女性のみで捜索の旅を続けている。


 しかし……フェルミナとマーナは言うまでもなく、人化しているシルヴィーネルと天使アリシアも美少女。エレナも美形の部類に入るという『美女ご一行様』は、魔王が台頭しているご時世にはかなり浮いて見えるのが実情だ。アロウン国の様な比較的治安が良い国でも注目は免れず、良からぬ輩が寄ってくるのは必然といったところだろう。


 そしてそれは、『美女ご一行様』が世界最強格の戦力と気付かずに容赦ない不幸を齎すだろう。


 そして早速、不幸な犠牲者が……。


「ヘッヘッへ……よぉ、お嬢さん方。少し話をしようぜ?」


 『美女ご一行様』の行く手を阻む体格の良いチンピラ風の男……。周囲はいつの間にかその仲間らしき男達に囲まれていた。


 しかし……。


「いらいれふ。はらひてくらはい、まーなはん」

「嫌よ。お兄ちゃんの胃袋を狙う輩は更にこうなるの!」


 男達を無視してフェルミナを弄ぶマーナ。フェルミナさんの顔は凄いことになっていて、見るに堪えない状態だ!


「ああっ……!そんな、ヨダレまで……!もう止めてあげて、マーナ!それはもう、女の子としたらお嫁行けない顔よ!」


 呆れ果てたエレナがマーナの肩を叩き諌めた為、ようやく解放されたフェルミナ……。しかし、不貞腐れる訳でもなく笑顔のまま顔を撫でている。


「フェルミナも少しは怒りなさいよ……」

「?……何故ですか?」

「……もう良いわ。見ているこっちが疲れる……」


 その様子を見ながら笑うシルヴィーネルとアリシア。『美女ご一行様』は、何事も無かった様に男達の脇をすり抜けて行った……。


 慌てたのは男達である。先回りし、今度は全員が進路を塞ぐように立ちはだかる。


「お、おい!無視するとは良い度胸じゃねぇか……!俺達がアロウン国中で恐れられている『パストコ一家』だと知っていてやっ…」

「邪魔」


 口上を述べている途中でマーナに横っ面を張り飛ばされた男は、宙を舞いながら大きく弧を描き倉庫らしき建物の屋根に激突した。


「なっ!!あ、アニキィィーッ!!!」

「な、何だ、この女は!……構わねぇ!力づくで行くぞ!?」

「わ、わかった!」


 兄貴分らしき男が華麗に宙を舞ったことで錯乱したのか、実力差に気付かないパストコ一家のチンピラ達。それぞれ武器を構え距離を取る。


「ハァ~……どうする、マーナ?」

「どうするって、エレナ……当然いつもの様に全員がぶっ飛ばすけど?」

「喧嘩はいけないわ」

「アリシア……喧嘩になると思うの?」

「ならないんですか、シルヴィ?」

「ならないわよ。一方的な結末が待ってるだけよ?ね?フェルミナ?」

「マーナさんは優しいから大丈夫だと思いますよ?」


 一方的な結末……シルヴィーネルの意見が最も正解に近いだろう。男達は次々に宙を舞い瞬く間に全員が屋根の上に落下した。近くで見ていた者達からは盛大な歓声が上がる。


 しかしマーナは相変わらず何の感慨も無い顔だった。


 そんなマーナが足を踏み出したその時である。再びマーナ達の前に男が立ちはだかった……。

 今度は先程のチンピラ然とした風体ではなく、やたら豪華な鎧を着込んだ貴族風の若い男だ。


「待てぇい!麗しき女性を拐かそうとする悪党め!この『勇者シーン・ハンシー』が成敗し……あっれえぇぇぇえっ?」


 格好良く美女を救いに来たつもりが、悪党達は何処にもいないと気付き驚きを隠せない『勇者シーン・ハンシー』。どうやら出現のタイミングを誤った様である。


「あ……あの~……悪党達は?」


 その質問にはシルヴィーネルが指の動きで答える。指先を向けた倉庫の屋根には横たわる男達の姿が……。


 呆然としているシーン・ハンシーを無視し『美女ご一行様』は先に進む。しかし……シーン・ハンシーは挫けない。素早く回り込み香ばしいポーズで立ちはだかった。


「フッ……ど、どうやら僕が手を下すまでの相手ではなかった様だね……。しかし、君達は可憐ながら強いなぁ。だが油断は禁物!どうだい?僕が護身術を……」


 シーン・ハンシーがポーズを決めることに夢中になっている内に、女性達はあっさりと通り過ぎ港町の名物・焼きイカを食べ始める。全員が口にイカを咥えてあちこちの店を物色する間、シーン・ハンシーは徹底しての無視された。


「……フ、フハハハ!照れ屋な子猫ちゃん達だ!だが、照れなくて良いんだよ?さあ、僕と語り合おうじゃないか……」


 『美女ご一行様』の後を付け回し喋りまくる、挫けない男シーン・ハンシー。ライが居たならば『ヤベェ……コイツ、何て逸材だ…』と生唾を飲む相手なのだが、女性達は誰一人相手にせず自由に買い物を楽しんでいる。


 そうして無視され続けたシーン・ハンシーは、とうとう我慢の限界に達したらしく懸命に叫び始めた。


「聞こえてるの?シーン・ハンシー様だよ?新しい『三大勇者』に名を連ねるともっぱらの評判の勇者様だよ?知らないのかい?」


 その言葉を聞いて『美女ご一行様』は足を止めた。『三大勇者』に名を連ねる様な実力者ならば確認して損はない。などということではなく、大言壮語を吐いた愚か者をからかっ……試してやろうという算段なのだ。


「え~……チーン・パンジーさん?」

「違う!シーン・ハンシーだ!!」

「まあどっちでも良いんだけど、貴方そんなに実力者なの?」


 シルヴィーネルが青髪を揺らして近付くと、ようやく話を聞いて貰えた事が嬉しいシーンは鼻息荒く応えた。


「勿論だ。私はこの国……いや、親大陸屈指の実力者と自負している!」

「ふぅん?じゃあ、これを斬れる?」


 シルヴィーネルが手の平に乗せたそれは空色に輝く一枚の鱗だった。


「ハッハッハ。これを切れば良いんだね?よし!」


 シルヴィから鱗を受け取ると、近くの商売人から木箱を貰ってきたシーン・ハンシー。その上に鱗を乗せ、刃を振るう旨を伝え周囲の人間に注意を促す。実にキビキビと動く男だ。


 そしていつの間にか出来あがった人集りの中、シーンは大業に口上を述べ出した。


「諸君!私は今、美しい女性達と語らう権利を得る為に試練に挑む!しかし……私は見事試練を乗り越えるだろう。そして彼女達と心行くまで語らうつもりだ!皆にはその証人になって欲しい!!」


 小さな港町であるプロットに娯楽は少ない。故に住民達は喜んだ。シーンの成否に関わらず取り敢えず楽しめる。当然、かなりの盛り上がりになった。


 そんな中、フェルミナとアリシアが小さな袋を広げお捻りを回収している姿を、エレナは半笑いで見守っていた……。


「いざ!我が剣を見よ!」


 叫ぶシーン・ハンシーは仄かな白い光を纏う。それには『美女ご一行様』も少しだけ感心を示した。


「纏装は使えるのね。意外だわ、チーン・パンジー。でも……あれじゃダメね」


 マーナの言う通りシーン・ハンシーの振るう刃は鱗を両断出来ず弾かれ、台にした木箱だけが砕け散った。


「くうっ……!ば、馬鹿な……!……も、もう一度挑戦しても?」

「良いわよ?でもそうね……折角だから賭けをしましょうか?」

「賭け?」

「ええ……次で斬れたら貴方の言うことを何でも聞いてあげる」


 胸を張って告げるシルヴィーネル。エレナは慌てて止めに入った。


「ちょ……ちょっと、シルヴィ!何を……」


 マーナはそんなシルヴィーネルの言葉を容認した。マーナとシルヴィーネルは互いを目配せして笑う。実に……実に悪い顔だ。


「ああ……もう止まらないわね、これは」

「大丈夫ですよ、エレナさん。マーナさんは一応勇者ですから」

「只今のオッズは成功が七、失敗が三ですよ~。間もなく締め切りますので皆さんお早めに~」

「あ、フェルミナさん。私失敗に賭けます~」

「アリシア……フェルミナ……」


 いつの間にか賭け札まで用意したフェルミナは、すっかり賭けの元締めとなり人集りを捌いていた。アリシアも賭けに参加するその姿に、エレナは更なる生暖かい微笑みを浮かべ『私は常識人であろう』と心に誓うのだった……。


 そうこうしている内に今度は観客達が台の木箱を用意し再挑戦の準備が整う。


「一つ助言をあげるわ。纏装は纏うだけでは意味がないのよ。貴方のそれは魔力を纏っただけ。それなら命纏装の方がマシね」

「え……えっ?」

「助言は終りよ。後は貴方が考えなさい。ああ、失敗したら私達の言うこと聞いて貰うからね?」


 マーナの助言を素直に聞き入れ思考するシーン・ハンシー。観客の盛り上がりも賭けの熱気も最高潮だ。何よりシーン・ハンシーの頭の中で繰り返している言葉は、猛烈なやる気を引き出していた。


『何でも言うこと聞いて・あ・げ・る!』


 勝手に色っぽい言葉遣いに脳内変換された約束。シーン・ハンシーの脳内は完全に桃色だ!その顔は類人猿に引けをとらない鼻の下の長さだった!


 そしていざ、気合いを入れて命纏装を発動したシーン・ハンシー。振り下ろされた渾身の刃は……甲高い音を立て砕け散った。鱗には傷一つ無い。折れた切っ先はそのままのシーン・ハンシーの頬を掠め彼方に飛んでいったが、その方角……屋根の上で悲鳴が聞こえたのは多分気のせいだろう。


「くっ……無念!」

「残念だったわね?筋は悪くないけど明らかに技の理解と修練が足りないわ。格好じゃなく中身を鍛えなさいよ」

「……ハハハ。全くその通りだな。それにしても君達は……」

「私の名はマーナよ」

「!……三大勇者の……道理で……」


 シーン・ハンシーはガックリと肩を落とす。その肩を優しく叩くマーナ。シーン・ハンシーが顔を上げると至極悪い顔をしたマーナとシルヴィーネルが立っていた……。


「さて……じゃあ本題に入りましょうか?」


 この時、シーン・ハンシーには勇者マーナの背後に黒い幻覚が見えたことだろう。彼はマーナが【トラブル大魔王】の妹だということなど知る由もない。



 青い空と澄んだ海が広がる小さな港街・プロット。そこに現れた勇者マーナご一行との邂逅は、勇者シーン・ハンシーにとっての試練と成長の始まりだった。



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