第二部 第三章 第四話 女大魔王
美女に囲まれている『勇者シーン・ハンシー』。男なら羨まれる状況であり本人もそれを望んで声を掛けた訳だが……現実は本人の意図からかなり掛け離れている状況だった……。
場所は人気の無い海岸沿いの船屋区画。シーン・ハンシーはそこで周りを囲まれた状況で何故か正座をしている。
「そ、それで僕は何をすれば良いんだい?」
賭けの敗者である為にどんな無茶を吹っ掛けられるのか不安なシーン・ハンシー。しかし、美女に囲まれているが故に自然とニヤついているのは生来の嫌らしさからだろう。
「あなた、アロウン国出身?」
「あ……ああ。僕は生まれも育ちもアロウンだけど……」
「そう……。あなたはこの国をどう思ってるの?」
「良い国だと思うよ?海は綺麗だし、人には活気があるし……」
マーナは自分の質問の意図からズレているシーン・ハンシーを見て、深い溜め息を吐いた。
「そういう意味じゃなくて、この国の現状の話をしてるの。あなたはこの国の在り方をどう思うのかと聞いているのよ」
「在り方?」
「シウト国に頼りきりでいるアロウンはもう国とは言えないわ。もしシウト国に庇護を破棄されたらと不安にならないの?」
「それは……考えないでもないんだけど……」
「けど……何?」
「小国は小国のやり方があると思うんだ。シウト国みたいな大国から見ればみっともないかも知れないけどね」
シーン・ハンシーにもアロウン国の現状を憂える心はあるのだろう。だが、如何せんマーナから見れば楽観な印象が消えない。
マーナは再び深い溜め息を吐くと、声に少し力を込め現実を突き付ける。
「ハァ~……何か勘違いしているみたいだけど、シウト国はトシューラ国に侵略させない為に庇護をしているのであって『友好国』だから守ってる訳じゃないのよ?」
「しかし、流通なども協力関係にあるじゃないか……」
「それは経済協力の話であって、シウト国にとってはあまり価値の無いことなのよ。大体、シウト国も唱鯨海には面してるのよ?アロウン国の海産物だって安く手に入る訳でもないし、アロウン国の警護派遣を考えれば完全なお荷物でしかないわ」
アロウン国は対価として海産物くらいしか差し出せる物がない……とも言い換えられる程に産業が一極化している。故に無理にそれを安く取引すればアロウン国自体が益々衰退するのだ。
だからシウト国は負担を覚悟して庇護している。アロウン国に国外から資金が流れる様に『観光地』としてまで協力している程に……。
「今は国同士が争う乱世では無いとはいえ、トシューラ国の勢力以外にも魔王軍が存在しているの。もし魔王軍がシウト国を攻めれば、その隙を突いてトシューラ国が小国を攻めるでしょう。その中には勿論、アロウン国も含まれるわ……。今はそれが起こりうる綱渡り状態だって理解してる?」
「………」
「魔王軍がアロウン国を攻めても同じよ?その時シウト国はトシューラ国への警戒で動けない。アロウン国を救いに動けば隙を突かれるから……。シウト国は飽くまで【トシューラ国】から守っているだけなの。だから同盟じゃなく庇護なのよ。そこを理解してないアロウン人が多過ぎるわ」
困った顔で黙り込むシーン・ハンシー。確かにアロウン国は弱い。兵の数も少なく国の資財も乏しいのだ。王族は既に衰退しつつあり何とか国を動かしている状態……。マーナの指摘はもっともだった。
しかし……シーン・ハンシー自身も困り果てている。
「僕にどうしろと?それが王の選択である以上、どうしようもないじゃないか」
開き直りとも取れるこの言葉に反応したマーナは、シーン・ハンシーの頭を鷲掴みにする。
「二年前にシウト国の中を駆け回った勇者がいてね?その勇者は旅立ちから半年足らずで国の腐敗を止めトシューラ国の謀略を防いだの。あなたの言い分なら、それはどうしようもない中で為された功績になるわよね?」
「それは、その勇者の才覚だろう?」
「問題は才覚じゃなく意志よ。人は為せるものに対して努力を怠ってはいけないわ。私もそうだったし此処にいるエレナも苦労して司祭にまで登り詰めたの。それは確固たる意志の上に果たしたのよ。あなたはそれを持って行動しているの?」
「…………」
「国を憂い何の行動もしないのは、国を見離すのと同義と私は思うわ。アロウン国は厄災がいつ国民に降り掛かるか分からない状態なのよ?危機感を持つべきだと私は思うけどね」
正論故に反論出来ない。ましてや相手は三大勇者の一角……先程まで勇者を掲げていた自分を僅かでも恥じる気持ちがあるシーン・ハンシーは、反論の言葉が出なかった。
その苦悩に気付いたアリシアはマーナの肩を叩く。マーナはアリシアの慈愛の表情を確認すると、シーン・ハンシーの頭から手を離した。そしてマーナはようやく本題を切り出した。
「さて……じゃあ、改めて聞くわね?あなたはアロウン国をどうしたいの?『勇者シーン・ハンシー』?」
「救いたいに……決まってるじゃないか」
「そう。じゃあ賭けの敗者のあなたに命じるわ。今から千人の仲間を集めなさい」
「千人?何で千人なんだい?」
「理由は無いわ。別に二千人でも一万人でも構わないけど、最低千人という区切りよ。但し、ただ集めるだけじゃ駄目。信頼の仲間を千人。これはある意味魔王と対峙する並に大変よ?」
アロウン国は小国。総人口は八万足らずだ。人材はお世辞にも豊富ではない。
「集める人員の条件は……?」
「そうねぇ……ちゃんと活動出来る者かしら?年齢、種族、国内外問わずに集めても良いわよ。後はあなたの判断でこんな人材が必要だ、と思った様に集めなさい」
「……君は結局、何をさせたいんだい?」
マーナは満面の笑顔を浮かべる。幼い子供のように屈託なく、それでいて人を惹き付ける魅力が籠った笑顔だった。
「実質のアロウン国統括よ」
マーナの言葉にシーン・ハンシーは開いた口が塞がらない。それは事実上、アロウン国を支配しろと言っているに他ならない。
「形はどうでも良いわ。義勇兵団でもギルドでも胡散臭い何処かの宗教の真似でも……」
『どこかの宗教』のところでアリシアとエレナが無言で突っ込みを入れたが、構わず続けるマーナ。
「王族はどうこうするのではなく御輿にしとけば良い。ただ、必ず国民が頼れる集団を作り上げること。今はアロウン国の兵も殆んどが素人だし不安な筈だから」
しばらく呆けていたシーン・ハンシーは、我に返ると盛大に笑い始めた。
「ハ……ハハ。アッハッハッハッハッハ!無茶苦茶だな、君は!流石は三大勇者だ……面白いよ」
「で……どうするの?」
「賭けに負けた者は命令への拒否権なんて無いんだろ?」
「まあ、そうなるわね」
「分かった。やってみる」
シーン・ハンシーからは先程までの軽率な笑い顔は消え、今は気合いが漲っていた。それこそが勇者を名乗るに相応しい凛々しさ……。
しかし、マーナの次の言葉でその凛々しさは吹き飛ばされることとなる。
「はい、じゃあ契約完了ね。今言ったことは半年以内で宜しく」
「は、半年!そ、それは余りに短くないかい……?」
「
『大好きなライお兄ちゃん、流石!』と心の中で賛美しながら、目の前の男に無理難題を投げ付ける様は横暴そのもの……。
「くっ……わ、わかった。信頼出来る千人……それを半年で組織化か……」
「助言すると、
「しかし、君も無茶苦茶言うなぁ……こんな国のチンピラとはいえ徒党を組まれると厄介なのに」
顔が引き攣っているシーン・ハンシー……無理もない。あまりに強引な命令である。
流石に見兼ねたシルヴィーネルは少しばかり救いの手を差し伸べることにした。
「仕方ないわね……コレ貸してあげるわ。凄く強力な魔導具よ。もしマーナとの契約を果たせたらそのままアンタにあげる」
シルヴィーネルは腰に下げていた刀を外し手渡した。受け取ったシーン・ハンシーが確認の為に鞘から抜き放つと、見事な装飾がされた青いショートソードが輝く。
【氷牙剣】
ラジックが【魔導装甲】を解析した研究の一貫で造り出した剣型魔導具である。鱗はシルヴィーネルが提供した竜鱗……。売れば間違いなく一財産が出来るが、戦いの中に身を置く者がそんな愚を犯すことはないだろう強力な一品。
「本当に良いの、シルヴィ?」
「良いのよ、アリシア。どうせ私、剣使えないし。それにホラ……あの変態さんの話じゃ情報収集もされるそうだから使う気にはならないわ……」
「……えぇ……そうですね。お気持ちはわかります」
シルヴィーネルとアリシアは魔導装甲の返却の為、まずフリオの所在を捜した。ノルグー騎士団ならばライの居場所を知っていると踏んだのである。森の警備兵に礼を告げフリオの居場所を尋ねると、エルフトにいる可能性を告げられたのだ。
そして立ち寄ったエルフトで、マリアンヌやラジックと知己の間柄となったのだ。
案の定ラジックの変人モードが炸裂しシルヴィーネルが容赦なく張り飛ばしたのは余談として、ライの為に魔導具研究をしていると聞かされ竜鱗を数枚譲渡。
その試作品として渡された魔導具が氷牙剣だった。
優れた魔導具なのは確なのだろうが、如何せんシルヴィーネルは剣術の使い手ではない。結果として只の荷物になっていた一品である。
「はい、説明書。製作者は変態だけど性能は確かよ」
「へ、変態?ともかく、あ……ありがとう」
思いがけない強力な武器に喜ぶシーン・ハンシー。案外、単純で扱い易い男の様だ。
「さて……それじゃ時間は無いわよ?私達に連絡がしたい時は王都ストラトのティムという商人に。でも、目標達成まで私達は一切手助けはしない。それと一つお願い……ライと言う名の勇者を見付けたら連絡をすること。これは全てに於ける最優先事項よ」
「勇者ライ……先刻の話に出てきた行方不明の人かい?」
「そうよ」
「どんな関係か聞いても……?」
「兄よ……最愛のね」
「そうか……わかったよ」
兄と聞いた時のシーン・ハンシーは実に嬉しそうな表情を浮かべていた……。しかし、マーナ以外の女性陣は憐れみの表情で見守っている。
「それじゃ行くよ。必ず達成してみせる。そうしたら……」
「?……何かしら」
「い、いや……半年後、また会おう!!」
シーン・ハンシーは笑顔で素早く立ち上り去って行った……。
その後姿は、まるで冒険に出る少年のように生き生きとして見えた。シーン・ハンシーがそのまま勢いを落とさず街の中に消えたのは、早速旅の必需品を揃えに行ったのだろう……。
そして残った女性陣……。マーナとフェルミナを除き一斉に溜め息を吐いた。
「な、何よ……?」
「マーナ……あなた、無茶苦茶過ぎ」
明らかに呆れているエレナ。いつもの事とはいえ今回はかなりの身勝手な行為。仲間であり親友のエレナはマーナを諭す。
「『お兄ちゃん』を捜す為にあの人を利用したわね……?」
「そ……そ、そんなこと無いもん。勇者として正しいことしたんだもん!」
「あんたは子供か!」
エレナはマーナの両頬をつねり顔を自分の方に向けさせようとしている。マーナも同様にエレナの頬をつねり意地でも顔を合わせない。結果、二人とも『お嫁に行けない顔』に……。
そんな二人を冷静に仲裁するアリシア。
「まあまあ……二人とも落ち着いて。アロウン国には変革が必要だったのは確かですから一概にマーナさんを責められません。これは機会の一つだったのかも知れませんよ?」
その言葉で二人は手を離す。エレナはまだ納得が行かない様子……対してマーナは勝ち誇った顔をしていた。
しかし、そこにアリシアの一言が突き刺さる。
「でも、あの方……まだ未熟な様でしたから死んでしまうかも……。そうしたら『ライさんのせい』で『マーナさんが焚き付けた』ことに……」
「うっ!」
「それにあの方はマーナさんに好意を寄せていました。その気持ちを考えると、ただ利用されているだけのあの方が憐れで憐れで……」
困った顔で首を振っているアリシア。流石に後ろめたいマーナは視線が泳ぎ出した。そこへ更に……。
「大丈夫よ、マーナ」
「シルヴィ……」
「例えあの男が死んでも、ラジックに送られる情報で死体の場所は分かる筈。骨は拾ってやれるわ」
「うぅっ!」
既に死ぬことが前提にされているシーン・ハンシー……。 本人が知ったら涙目間違い無しである。
マーナからすれば正直、悪人でなければ誰でも良かったのだ。その後はどうなろうと兄の情報が入るのだから。
しかし、指摘されると確かに少々難題だったかも知れない。マーナは兄に関しては病的だが、だからといって冷酷な訳ではないのだ。
流石に居た堪れず泳いだ視線の先にフェルミナの姿を捉えた。救いを求めるような視線を向けるマーナ……。フェルミナなら……同じく兄を愛するフェルミナなら、マーナの行動を肯定してくれる筈……。
フェルミナはその視線を受け取りしばし沈黙した後、何かに気付いたように掌を叩く。
「大丈夫です、マーナさん。あの人のお陰でタンマリお金になりました。きっとロイさんとローナさん……延いてはライさんも喜んでくれる筈です!」
「ぐふっ!」
予想外のフェルミナの言葉が一番ダメージを与えたらしく、マーナはガックリと崩れ落ちた。滅多に見せないマーナの動揺に、フェルミナを除く仲間達はここぞとばかりに弄び始める。
「この横暴魔王」
「いえ、横暴大魔王さんではないかしら?」
「横暴女大魔王、が正しいんじゃないの?」
「キィィ!あ・ん・た・た・ち~!言わせておけば好き勝手を……!」
我慢の限界に達して腕を振り上げるマーナ。途端に蜘蛛の子を散らす如く逃げ出したエレナ、アリシア、シルヴィーネル。
海岸には、その後しばらくはしゃぐ女性達の姿があったという……。
実のところ一同は、シーン・ハンシーのことをそれ程心配はしていない。彼は仮にも【纏装】が使えるのである。そこにラジックの魔導具が加われば、アロウン国の様な小国の悪党に遅れを取ることはまず無いに等しい。
変態とは思えども、ラジックの腕は皆が認めているのだ。
そうしてアロウン国での捜索を終えシウト国に帰還した女性一行は、思いがけずライの無事を知るに至る。
歓喜と安堵……捜索は打ち切られ、それぞれが新たな目標に向け行動を始める……のだが──。
『勇者シーン・ハンシー』は、その後すっかり忘れ去られることとなる……。
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