第五部 第三章 第十九話 人と龍の関係


 意識世界から復活したライは、燃灯山から移動した記憶がない。

 自分が世話になった建物の様子を確認しつつ、ライはメトラペトラに問い掛けた。


「此処は……何処ですか?」

「カグヤの家じゃよ。ディルナーチ大陸で最も高い霊峰『寿慶山じゅけいさん』……その山頂にある大社の中じゃ」

「カグヤさん……祀られてるんですか?」

「まぁ、カグヤ程の力があるとの……それに、此処は聖地じゃから力が掛け合わされて色々な効能が出る。厄払いや癒しなどのな?」

「へぇ……」


 自らを特殊と語ったカグヤ。確かに他の龍とは一線を画した存在の様だ。


「……それで、何で俺は裸なんですか?」

「アグナとの戦いで半裸じゃったじゃろ。火鳳との戦いでもかなり焼けたしのぅ」

「あ~……そう言えば……。折角ライドウさんから貰った服なのに、申し訳無いことに……」

「仕方あるまい。ライドウの心遣いは今まで役に立ったのじゃ。感謝を忘れねばそれで良かろう」

「そう……ですね。あっ!書状は?刀は?……無事か。良かった」


 久遠王ドウゲンの書状は、小太刀・九重頼正と共にライの寝ていた布団の傍に置かれている。


「それで……これからどうするんじゃ?」


 今後の行動……やることがあると述べたライが何か決意を宿していることを、メトラペトラは悟っている。


「幾つかやることが出来ました。それらを片付けたら直接神羅王の元に向かいます」

「今すぐ出るかぇ?」

「カグヤさんにも聞きたいことやお願いがあるので、それからに……」

「分かった。では、カグヤが戻るまで少し休め……見事じゃったぞ?そして良く戻ったのぅ、ライよ」

「メトラ師匠……」


 寿慶山の社で目を覚ましたライは、顔には出さぬが未だ心の傷を背負ったままだ。勿論メトラペトラはそのことに気付いている。


 師として身内として、ライを信じ見守る──カグヤに言われ己の在り方を考えたメトラペトラは、幾分成長したらしい。



 それからしばし後……巫女幼女に戻り衣装を新たにしたカグヤは、下仕えの者達と共に戻ってきた。


「待たせたのぅ……急ぎなのは知っておるが、せめてもの礼を兼ねて食事を用意した。たんと食ってくれ。と、その前に全裸ではマズかろう」


 カグヤが用意したのは真っ黒な着物と袴。これがまた普通の物ではない。


「この着物は龍の毛で編んだものだ。火にも寒さに強く、切り裂くのも困難という代物。これを着てくりゃれ」

「こんな凄いものを……い、良いんですか?」

「うむ。我らの住まう地を守って貰った礼にしては安いがの?」

「そんなことは無いです。有り難く頂きます」


 手早く着替えようとしたライだが、巫女達がそれを手助けする様子を見せた為服を持って逃走。ライは全裸……当然こっ恥ずかしかったのである。

 どこで着替えたのか、ものの数十秒で戻ったライは中々威厳ある姿だった。


「うむ。黒は引き締まった印象がある。似合うとるぞ、ライ殿」

「ありがとうございます。大事にします」

「さて……それでは食事にしようかの」


 用意されたのは海と山、両方の幸を取り揃えた豪華な食事。ライは手を合わせた後、モリモリと頬張る。


「余程空腹だったのだな。食材もまだある故、ゆっくり食べると良いぞ」

「いやぁ……まさか新鮮な海の幸を山で食べられるなんて……流石は龍の機動力」

「これを取ってきたのはクウヤよ。どうやら昨日の詫びらしいぞ?」


 緑龍クウヤは、ライと翼神蛇アグナ、そして火鳳の戦いをずっと見ていたという。その戦いの果てに何か思うこともあったらしい。

 少なくともライの力を目の当たりにしたことで己の傲りには気付いたらしく、今朝方早くライの為に海の幸を取り揃え運んで来たという……。


「クウヤさんが……お礼を言わないと」

「奴は帰っていったわ。何やら触発された様での……修行するとか何とか」

「それは残念……龍も修行するんですね」


 心遣いに感謝しつつ再びモリモリと食べたライは、ようやく一心地着いた。



 食事後、カグヤは平伏し改めて礼を述べた。


「この度は仲間の解放、並びにこの地の危機を救って頂き感謝します。年長者として、そしてこの地の龍を代表してお礼を」

「カ、カグヤさん!頭を上げて下さい!成り行きでのことですから」

「それでも結果は結果。ありがとう、ライ殿」

「どういたしまして……は、はい!堅苦しいのは苦手なんで、これでお仕舞いにしましょう!」


 顔を上げたカグヤはニコリと笑う。手柄を主張しないライが本当に困っていることが分かったからだ。


「うむ……やはり良い男よな。ライ殿、妾は決めたからの?」

「え?何をですか?」

「今は内緒よ。のぅ?メトラペトラ?」


 カグヤはチラリとメトラペトラに視線を向けニヤニヤとしている。ライは困惑するばかり……。


 そんなライを置き去りに、メトラペトラは話題を逸らすように問い掛けた。


「それで……カグヤに聞きたいこととは何じゃ?」

「……。それなんですけど、この国の龍は皆カグヤさんの言うことを聞きますか?」


 唐突な質問に首を傾げるカグヤ。要は龍の長が誰かという確認らしい。


「妾は年長故に皆従うが、妾自身は長ではない。現在の長はコウガ……まだ若輩故に軽んじる者も居るが、実力は群を抜いておるからの」

「反発したり勝手な行動をしている龍はいませんか?」

「無論、居ない訳ではない。龍と言えど個の性格もある故にの……それを咎めることも滅多にはない」

「では、人間の悪事に加担することは龍としてどういう立場になりますか?」

「な、何だと……?そんな輩が居るというのか、ライ殿よ?」

「……………」


 ライは渋い顔で言葉に詰まる。メトラペトラはライの懐に潜り込み改めて説明を促した。


「ライよ……ホタルの記憶に何を見た?話して見よ」

「………実は」



 ライは苦悶に満ちた表情で搾り出すように語り始めた……。



 それはホタルに起きた悲劇──このことだけはキリノスケに知られず済んで良かったと、ライは改めて思う。



 神羅国の領地の一つ『山姫道やまひめどう』──その領内。港町『暮海くれうみ』。


 山姫道はディルナーチ最西に位置する領地。神羅国最大の海洋軍事拠点である暮海は、同時に唯一交流のある外交国スランディ島との輸出入拠点でもある。


 ホタルは、そんな暮海の商人コバヤカワ・ゲンナイの一人娘として生を得た。


 ゲンナイは神羅王からスランディ島との交易を任された豪商。妻、そして子であるホタルも父を支える仲の良い家族だった。



 そんな家族に転機が起こったのは二年半程前……その日ホタルは、父の代理で釜泉郷ふせんきょう領内の温泉宿へと品物を届けに出向いていた。


 釜泉郷は温泉源が広がる地。領内の至るところから温泉が湧き、滋養強壮の薬草を揃えた薬湯が有名な保養地でもあった。


「そこでキリノスケさんとホタルさんが出会ったんです。切っ掛けは些細なことだったけど、魂の伴侶は直ぐに恋に落ちた」


 ホタルが落とした髪飾りをキリノスケが拾い手渡した……ただそれだけで恋に落ちた二人は、互いの身分を越えて惹かれ合う。

 この時点でキリノスケは王位を捨てるとホタルに告げていた。


「神羅王もキリノスケさんの身体が王の地位に向かないことは理解していたのでしょう。容認され婚約が成立。結婚まであと僅かになったその矢先……ホタルさんが姿を消したんです」

「姿を消した……?何故じゃ?」

「誘拐……いえ、正確には人質を取られて抵抗出来なかった。拐ったのは神羅国第一王子カゲノリ……」


 カゲノリは王位争奪の準備を数年前から行っていた。

 第一王女を推す要人を毒殺し、適当な領主との縁を結ばせ王位争いから離脱させる……そんな工作を行っていたカゲノリは、当然ながらキリノスケをも監視していた。


 ここでの不幸は二つ……ホタルはキリノスケと出会った釜泉郷で奇跡的に火鳳の【御魂宿し】になったこと。カゲノリはその力を欲したのだ。


 そしてもう一つの不幸──ホタルはその美貌をカゲノリに見初められてしまったのである。



「既に王の公認でキリノスケさんと婚約してしまっている為、カゲノリは大々的に手を出せない。だから無理矢理捕らえてモノにしようとした。けど……」

「火鳳の御魂宿しでは手が出せん、か……」

「そう……。だからカゲノリは、コバヤカワ・ゲンナイとその妻ナズナを捕らえた。カゲノリの野郎……ホタルさんの目の前で両親の首を跳ねたんです……」

「何と惨い……そこまで……」

「その上でカゲノリはキリノスケさんを同様に殺すと宣言した。ホタルさんは必死に抵抗したけど、ある男が火鳳の力を抑え込んで……」


 それでもホタルは抵抗を続けた。キリノスケを守る為に……精霊使いといえどキリノスケ自身に戦う力は無い。不意を突かれれば確実に命を失う。

 それに、カゲノリは曲がりなりにもキリノスケの兄……。だから、自分が罪を背負ってでもカゲノリを討つと覚悟を決めていた……。


「やがてカゲノリはホタルさんに怒りを向け始めた。手に入らないなら殺すと……手足を切り落とし凌辱しようとしたその時、ホタルさんは舌を噛み切った……」

「そうして『裏返り』が起こった訳か……まさかカゲノリがそこまで邪とはの……」

「火鳳の炎に巻かれたカゲノリはその顔に火傷をしています。だけど、その命までは邪魔が入って奪えなかった……」

「黄泉人の攻撃を退けるとは……一体何者じゃ?」

「浅黒い肌で黒髪の大男……カゲノリは『ラゴウ』と呼んでました」

「ラゴウだと!?」


 驚愕するカグヤ……その表情は次第に困惑、そして怒りへと変わって行く。


「済まぬ、ライ殿……妾は考え違いをしていた様だ」

「やっぱり龍だったんですね、ラゴウは……」


 ホタル……いや、火鳳の炎を防いだラゴウの腕は鱗に包まれていた。その力を感じ取ったライは、直感的にラゴウが龍の化身であることを理解したのだ。


「我々龍は人との交流は稀……しかし、接触を禁じている訳ではない。コウガがそうだった様にのぅ……だが、非道はせぬとの矜持くらいは持ち合わせておる」


 コウガはキリノスケの友として……赤銅龍ユウザンは人の中で密かに暮らし、カグヤは敬う者を見守る………そんな風に、龍はどこかで人と関わる場合もある。


 同時に龍は人より優れたその力を理解もしている。だからこそ力を悪事に向けることはない。

 それは異界からこの世界に受け入れられたことへの義。そうでなくとも龍は皆、心根は優しいのだ。


「ラゴウは黒龍よ……昔から聞き分けは悪かったが、まさか人の悪事に手を貸すとは……これは我々龍の不始末。この通り、許してたも……」


 悲しげな顔で頭を下げようとしたカグヤ。ライはそれを制止する様にカグヤにそっと近寄り優しく抱き締める。


「カグヤさんのせいじゃない。それに龍のせいでもない。これは『黒龍ラゴウ』という個の問題だ」

「ライ殿……」

「カグヤさん……謝るのは俺の方です。俺は多分、ラゴウを殺す。ディルナーチ大陸を救ってくれた龍の……その仲間を」


 ホタルの記憶を取り込んだライは、カゲノリを敵として認識した。同様に、カゲノリを支持し加担する存在全てを敵と認識して今後の行動を行うと告げる。

 当然、そこには黒龍ラゴウも含まれることになる。


「それは我ら龍がやる。龍の不始末は龍が……」

「駄目ですよ、それは。形がどうあれ龍が人に加担することを龍自身が否定することになれば、今後の人との関係が潰えてしまうかもしれない。だけど、俺がやればそれは個人の復讐で話が済むでしょう?」

「ライ殿よ……それではお主が辛い筈だ。優し過ぎるお主を苦しめることを妾は望まぬ」

「俺は……優しくなんかないですよ。もう何度も命を奪っている俺が優しい訳がない」


 そうせねばならない状況や放置すれば被害が広がる環境……ライが手を下すのはそんな中での仕方無い殺傷が殆んど。それですらライは、その都度意思確認を行っている。

 だが、一度だけ……リーブラ国が滅ぶ原因となった妖精王の死。それに関わった組織を潰す際、相手一人一人に確認を行わなかった。


 ライはその時怒りを宿しながらも、心を凍らせ行動したのだ。正しさにも邪さにも偏らない純粋な怒り……そうして組織を事実上皆殺しにした。ライは、それが出来る自分を決して優しいとは認めない。


「俺は辛くても良い。でも……カグヤさん達龍がこのことで辛いのは嫌だ。だから……俺がカタを付けます。勿論殺さずに済めばその方が良い……でも、もし倒すことになった場合は恨んでくれて良い」

「ライ殿……そなたは……」


 やはり優し過ぎる──龍と人の為、龍同士の為、そしてカグヤの為に自ら汚れ役を受け持とうというのだ。

 この時カグヤは、本心から人を愛しいと思う心が芽生える。ライ自身にその気が無くとも、影からでも支える……そう心に誓った瞬間だった。


 メトラペトラはそれを敏感に感じ取っていた……。


(フフ……。全く……口だけでなく本当に落とされているではないか、チョロゴンめ)


 だが、それで良いとメトラペトラは思う。本気の者でなければ本当の意味でライを支えることなど不可能なのだ。


 楽園計画などと言っているが、本当のところはライを支える者が少しでも多く欲しいというメトラペトラの願い。いつの世も男はそれを支える女の元へと帰る……それはライも同様の筈である。



「……それで、具体的にどうするんじゃ?」


 メトラペトラに問われたライは、カグヤから身体を離し姿勢を正す。


「先ずはカゲノリに加担している奴を片っ端から潰す」

「……やれやれ。騒ぎになるのぅ」

「どのみちカゲノリが王になればもっと騒ぎが起きるでしょう?あんな奴を王にしたら神羅だけでなく久遠にも類が及ぶ」

「……まぁ好きにせい。ワシはお主の師として付いていってやるだけじゃ」

「ありがとう、メトラ師匠」


 ライはカグヤの手を取り改めて頼みを伝える。


「カグヤさんは今の話を龍達に。そして手を出さない様に伝えて下さい。もし、俺を恨む龍が居たなら止めないで……」

「本当は妾も行きたいのだが……」

「カグヤよ……昨日の夜、お主が姿を見せたじゃろ?恐らく今後はそれを見た参拝者が大勢来る筈……。此処に居て役目を果たすことが人と龍の関係の為になると、ワシは思うぞよ?安心せい……ワシが付いておる」


 メトラペトラの言葉に首肯くカグヤは、少し切なげに頬笑んだ。

 だがメトラペトラの言う通り、先ずは人と龍の関係を確立していかねばならない。


 だから……。


「ライ殿……ご無事で。必ず、またお会いしましょうぞ」


 ライはカグヤ同様に柔らかな笑顔で応える。


「はい。必ず、また……」

「ではの、ドラゴンババァよ」

「ライ殿を頼むぞ、ニャンコババァ」




 寿慶山の大社『魂寧殿こんねいでん』から飛び立つライは眼下の参道に目を向けた。そこには祀られた金龍を参拝しに大勢の者が足を運ぶ姿が……。


「これも人と龍の関係の一つじゃの……」

「ディルナーチ大陸は信仰心が強いですからね……でも、確かに信仰は感謝でもある」

「……。大丈夫か、ライよ?」

「ちゃんと自分は見えてますよ……でも」

「良い。自分を見失わなければそれでのぅ……たとえ世界が赦さずともワシが赦してやるわ」

「ありがとう……ございます」


 これから数日の間、昼夜を問わず神羅国の空を移動する人影が目撃される……。



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