第五部 第三章 第二十話 二人の王族


 ライが寿慶山で目を覚ました頃───クロウマル達は辿り着いた先で衝撃の事実を知る。


「キ、キリノスケ様が………亡くなられた?そ、そんな……!」


 釜泉郷ふせんきょう領・紐川ひもかわ。王家の保養所内にキリノスケの遺体は安置されていた。

 その姿を確認したクズハは放心し崩れ落ちる。



 ライと別れた翌日──カリンとの会談の為に久瀬峰を出たクロウマルとトビ、そしてサブロウ、クズハは、釜泉郷へとやって来た。

 ライの飛翔神具は移動を容易にし、予定より早く着くことが出来た程である。


 だが一同は……そこで、思わぬ訃報を知らされることとなったのだ……。


「ようやく苦しみから解き放たれたのですな、キリノスケ様……穏やかなお顔で……」


 サブロウは優しい瞳でキリノスケの顔を確認している。涙こそ見せないが、その肩は震えていた。


「申し訳ありません、久遠国の方々……話し合いの筈がこの様なことに……」


 涙ながらに頭を下げる少女……クロウマル達には彼女がカリン姫であることは直ぐに察しが付いた。


「いや……心中お察しする。身内を亡くすことの辛さは私も知っている。だから……どうか我々のことは気にせずに」

「ありがとう……ございます」

「お許し頂ければ手を合わせたいのだが……」

「痛み入ります……。兄も喜ぶと思います」


 穏やかな顔のキリノスケ。クロウマルとトビは手を合わせその冥福を祈る。


 久遠王の子と神羅王の子……言葉を交わすことは出来なかったが、こうして顔を合わせること自体とても大きなことだ。


(……出来れば話をしてみたかった。神羅と久遠、互いの王子が蟠りなく語り合えれば、両国の壁も崩れたかもしれない)


 しかし、これで首賭けを止めることは出来なくなった……。


 カリンとの話し合いの中で首賭け廃止の提案を纏め各諸侯を引き入れられればと考えていたが、これでは話し合いすら出来る状態ではない。


「済まぬ、ライ。約束は守れぬ様だ。……父上……」


 この状況の中で、真っ先に浮かんだのは父の顔。久遠王ドウゲンは、いつも子供達の意を汲んでくれた。

 そして同時に、王としての責務を常に一人で背負っていた。クロウマルはその力になりたかった……。


 ライの提言を聞いた時、父を救える可能性に希望を抱いたがやはり簡単には行かぬ様だと肩を落とす。


(母上は未来が見えたのでしたね……。私は……父を救えないのですか?それを知って悲しんでいませんでしたか?)


 クロウマルの母、ルリは強力な未来視の存在特性を持っていた。そんな母の言葉は時折不思議で、小さい頃はクロウマルに多くの希望を抱かせた。


 それがいつの間にか嘉神領主・コテツの忠義を見誤り、体よく始末する様な人間になってしまった……。クロウマルはそんな自分の傲慢をライに自覚させられた。


 希望に満ちていた自分を取り戻す為に……しかし、またも何も出来そうに無いことに無性に腹が立ったクロウマルは唇を噛み締める。

 諦め、焦燥。自分にライ程の力があれば……そんな心が疼き始めた時、唐突に声を掛けられたクロウマルは我に返る。


 それは黒髪の若武者。男は自らをコウガと名乗った。


「先程『ライ』と言ったのは聞き間違いだろうか?」

「いや……。確かに口にしたが……それが何か?」

「やはりそうか……では貴公らがクロウマル殿とトビ殿か。成る程、良い面構えだ」

「私を……いや、ライも知っているとは一体……」

「済まぬ。言葉が足りなかったな。俺は龍だ……燃灯山で魔獣を封じていた銀龍。封印が解ける前に少しだけ話を聞いていた」

「!……何と……そうか。銀龍殿、ライは無事なのだろうか?」

「コウガと呼んでくれ。ライ殿は無事だ……先程仲間から連絡を受けた」

「そうか……」


 安堵するクロウマル。だが、コウガの次の言葉はクロウマルを揺さぶることになる。


「ライ殿はその心を深く傷付けた為、少し前まで目を覚まさなかったそうだ。その一端は俺のせい……だが、そのお陰でキリノスケの心は救われ幸せに逝けた……」

「……詳しく聞かせて貰えるだろうか、コウガ殿?」

「わかった……」


 地脈を介してカグヤから聞いた顛末をクロウマルに伝えるコウガ。その内容に一同は無言になるしかない。


「そ、そんな……。まさか、カゲノリ兄上がそこまで……」


 ホタルの死の真相。黄泉人、そして魔獣が神羅国を危機に陥れた原因。そしてキリノスケの寿命を削ったその元凶がもう一人の兄カゲノリの仕業だった……そのことはカリンを更に悲しませることとなった。


「……コウガ様。それが本当ならば、龍にとってもカゲノリ様は敵となるのでは?」

「いや、サブロウ殿。龍であるラゴウもカゲノリに加担しているのだ……寧ろ龍としては人の治安を乱し申し訳が立たぬよ」

「むう……。では、これは人にしても龍にしても良からぬ流れということですか……」

「だからこそライ殿は龍達に手を下すなと……あの男はどこまで情が深いのか……」


 人と龍の関係が崩れれば共存は難しくなる。またそれは、ディルナーチ大陸の危機に繋がり兼ねない一大事。

 だからこそライは自らが汚れ役を買うつもり……とコウガは考えていた。


 しかし……トビはそれを訂正する。


「以前大聖霊と話した時、言われた……あれは渇望だ、と」

「渇望?」

「そう……恐らくライ本人も気付いていないだろう。他者を気遣い、情も深い。人道も正義感も配慮まで持ち合わせ、慈愛も宿している。だが、行動原理は渇望……何に対する渇望かまでは分からんが」


 ライの救いたがりは異常なのだ。


 下手に『見抜く目』を持つが故に敵である者すら救おうとし、力を持つ故に労力を出し切り倒れるまで諦めない。自らが死に至る可能性すらも行動の最中は思考から外すのだ。


 反面、敵と認識した相手は容赦なく屠る。その極端さは精神の乖離を疑うほどである。


 トビがメトラペトラに聞く限り、恐らくは生来のものなのだろうという。

 だが……力を得れば得る程、縁が増えれば増える程、その渇望の対象は際限無く広がっていると告げられた。


 だから、その渇望は渇きを癒す為に更なる力を求め続けている。

 皮肉にもそこに存在特性【幸運】が加わり、『救われる者』と『力を求めるライ』の果てない循環が生まれているというのがメトラペトラの見解だった……。


「ライ殿には妥協が無い。だから今も何かの為に動いていると思う」

「そうか……これは泣き言を言っている場合ではないな、トビ」

「はい、クロウマル様。私も私のやるべきことをと考えています」


 深く悲しみ、それでも足掻き続けるライという男。それはライも一人の男でしかないことの顕れ……そう思い知らされたクロウマルは己を恥じた。

 そうしてクロウマルが取った行動は突然カリンに頭を下げての謝罪。それはせめてものケジメでもあるのだろう。


「カリン殿……私は父の為、いや、久遠国の為にも諦めず行動せねばならない。そこで一つ頼みがある」

「……頼み、とは何でしょうか?」


 泣き腫らした目を布で拭い、佇まいを正したカリン。そこには王女としての威厳が含まれている。


「キリノスケ殿の御遺体を王都に運ぶ際、同行させて頂きたい。私は直接、神羅王に会う」


 無謀とも言える嘆願。悲しみに暮れていたカリンは現実に引き戻され、久遠国嫡男の正気を疑った。


「!……あ、あなたは馬鹿ですか!そんなことをすればたちまち捕らえられてしまいます!」

「王と話せればそれでも構わない。私には神羅の領主をどうにか出来る手段が無いのだ。ならば、この地位を利用してでも神羅王と会おうと思う」

「駄目です!あなたが父に会えば久遠国との関係が悪化する……最悪の場合、あなたは殺されてしまうかもしれないんですよ?」

「死ぬ気は無い。それに殺される気もない」

「一体どこからそんな自信が……」

「自信など無いよ……。だが、立ち止まる気はない。私は私がやるべきことをやる」


 真っ直ぐな目でカリンを見つめるクロウマル。そこには駆け引きの意図も悪意も無い。カリンは小さく溜め息を吐くと皮肉たっぷりに告げた。


「久遠国嫡男が“ うつけ者 ”だったとは知りませんでした」

「私も二日前までは知らなかったよ。どうやら何処かの勇者とやらに毒された様だ」

「…………」


 しかし、カリンはまだ覚悟が決まらない。明らかに根回しが足りない状態で動けば、カゲノリの策に嵌まる恐れもあるのだ。何より、クロウマル達の安全を確約する自信も無い。


 そんなカリンを見ていたサブロウは楽しげに笑った。


「ハッハッハ……これはクロウマル殿の勝ちですな」

「サブロウ……急に何を……」

「カリン様はいつものカリン様の顔に戻られた。私には、その様子を見ているキリノスケスケ様の笑顔が見えた気がしました」

「…………」

「キリノスケ様はカリン様の行動力をいつも誇らしいと仰っていました。きっとこの場にクロウマル殿が居られるのは、キリノスケ様のお引き合わせでもあると存じます」


 サブロウの言葉にカリンはハッと驚く。確かに一瞬ではあるがキリノスケの死を忘れたのだ。

 そして同時に、キリノスケはカリンの意思を尊重していたことを思い出していた。


 自由に生きろ──と。


(……兄上。私は自由に生きます。でも、私は王家の血からは逃げません。このまま悪王を生む訳にはいかないのです)


 横たわるキリノスケが呆れて微笑んでいるように見えた。カリンは悲しみに溺れることを止め、改めてクロウマルに問い質す。


「わかりました。キリノスケ兄上を王都に送る際の同行を容認致します。しかし、覚悟は決めて下さい」

「覚悟……?」

「私と一蓮托生の覚悟です。どのみち私は、あなたを同行させた時点で対立国に通じていたと判断されるでしょう。まぁ、あながち間違ってはいませんが……」

「成る程。私はそれは構わない。しかし、カリン殿は……」

「生き残る道はカゲノリ兄上を上回る器と証明するしかありません。それでも良いのならば共に王都へ」

「ありがとう、カリン殿」


 クロウマルは感謝を示し頭を下げた。今度は呆れた様にカリンは微笑んだ。


「となると、問題は諸侯の手回しが間に合わないこと……。ここから王都まで二日……兄上の亡骸があるのでその道程に更に数日が掛ります。その間に私に理解を示す領主が増えるとは思えない」

「失礼ながら、その点は問題無いでしょう。既にカリン様を支持してくれる者が三……いえ、四つの領地に向かっています」

「ほ、本当なの、サブロウ?……一体雁尾領で何が……」


 サブロウは改めて雁尾領での経緯を説明。取って付けた様に人材が揃っていた事に驚きつつ、その『幸運』を感謝した。


「当然、雁尾もカリン様を支持してくれるとのこと。これでようやくカゲノリ様と互角の支持勢力となるでしょう」

「ここに来てようやく……少しだけ希望が見えましたね。ですが、説得は本当に上手く行くでしょうか?」

「そればかりは信じるしかありますまいな」


 そこでトビは一つの提案を申し出る。


「私は隠密。隠密は隠密なりの行動を考えております。カリン様……サブロウ殿をお貸し頂けませんか?」


 サブロウは片眉を上げトビを見る。やがて僅かに口許が緩み頷いた。


「私からもお願いします、姫様。元隠密の私にもやれることがあるならばと……」

「……わかりました。ただ、無理はしないでね?」

「一介のジジイは、若き隠密の付き添い……大丈夫でございます。それよりも姫様達の身が心配……。誰か信用出来る強き護衛を見付けねば」


 そこで名乗り出たのはコウガだ。


「それは俺に任せて貰おう。事態が安定するまでは助力する。無論、龍ではなくキリノスケの友としてな」

「おお……!それは有り難い。ならば安心してお任せ出来る。姫様、これで……」

「ええ……」


 キリノスケの顔に再度視線を向けたカリン。悲しみはまだ癒える訳もない。だが、悲しみに溺れている場合でもない。


(兄上……どうやら悲しんでいる暇は無い様です。これは大きな転機。逃す訳にはいきません。兄上を想い泣くのは全てを終わらせてから……許して下さいますよね、キリ兄様?)


 カリンは平伏し改めて懇願した。


「皆様。今、お返し出来るものは何も有りません……。しかし、どうかお力をお貸しください。何卒……」

「頭を上げてくれ。これは久遠・神羅両国の為でもあるのだ。お願いするのは寧ろ私の方だろう?」

「クロウマル殿……」

「ディルナーチ大陸の為……謂わば我々は同志なのだ。共に力を合わせよう」

「はい……」


 釜泉郷で出逢った二人の王族。かつて袂を分かった血族が今、再び力を合わせようとしている。


 奇しくもその日は、百鬼一族が異界に渡りディルナーチに来訪した日付と同じだったことを誰も知らない……。



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