第四部 第五章 第八話 見守る者、見届ける者


 ライと魔王アムドの戦いが始まる少し前──。


 トシューラ艦隊による『魔王誘導作戦』開始の連絡を受けた『討伐組』は、海岸沿いの森に設置された兵站から移動。海岸の岩影に待機し魔王出現の一報を待っていた。


 戦況をより正確に把握する為、マリアンヌとルーヴェストは上空よりの偵察を提案。自らその役を買って出た。

 マリアンヌは不測の事態に対応する意図があったのだが、ルーヴェストは一種の野次馬根性で同行を申し出たのである。


 そんな二人は現在、蒼天の空を飛翔し艦隊の動きを追っていた。


「なぁ、マリアンヌさんよ?」

「何でしょう、ルーヴェスト様?」

「何かおかしかねぇか?」

「はい。不可解に感じます」

「やっぱそうだよなぁ……何で海王の奴は反撃しやがらねぇんだ?」


 遥か海上にて行われている『誘導作戦』……その距離は並の人間では視認すら難しいだろう。


 しかし……マリアンヌは自ら持ち得た能力で、ルーヴェストは『魔斧スレイルティオ』の補助効果で作戦の様子を把握していた。


「あのトシューラ艦隊の砲撃……大した威力だな。あの海王にダメージ与えやがったぜ?」

「トシューラは長らく侵略を続ける軍事国家……当然ながらあの様な武器を開発していても不思議ではありません。しかし、確かに危機感を感じます。もし対人・対国家間戦争に使用された場合、被害は甚大……。やはりトシューラは危険な国と言えるでしょう」

「それを他国に見せ付け、戦意を萎えさせる意味も含めての今回の艦隊投入なんだろうがなぁ……。それでも海王なら問答無用で殲滅出来る筈だぜ?それを期待して『誘導作戦』に反対しなかったんだが……不味ったか?」


 もし海王が倒されればトシューラ国は北の大国トォンの海にすら侵略の魔手を伸ばすだろう。


 海王に殲滅されれば諦めるだろうと軽く見ていたが、まさか海王が逃げ回るなど予想も付かなかったルーヴェスト。海面に上がる砲撃の水柱を見ながら舌打ちをした。


「それにあの海王の姿……あまり良い気分はしねぇな。まるで……」

「まるで『弱い者苛め』みたいですか?」

「……アンタにもそう見えんのか?」

「虐待かどうかは別として、あまりに一方的過ぎて不快感はあります。特に海王の鳴き声は物悲しく聴こえることもあるのでしょうが……」


 海王が攻撃を受けたのは最初の砲撃のみである。その後は混乱したのかひたすらに逃げ回り、時折『泣き声』とも取れる『鳴き声』を上げていた。

 それは、何かに助けを求めているのかも知れないとすら感じるもの。だが……海王ほどの存在を救う者など存在しまい、とルーヴェストは考えていた。


「確かに海王は随分船を沈め命を奪っただろうが……あの海域に陣取ったのは海王のが先だろ?ナワバリに乗り込んで沈められるのは自業自得だろうがよ……」

「ルーヴェスト様は魔物に寛容なのですか?」

「そういう訳でも無ぇんだがな……。ま、忘れてくれて良いぜ」

「いいえ。批判や皮肉と言う訳では無いのです。私は元々人間ではありませんので線引きが分からないのです」

「そういや、そんな話だったな。………誘導作戦の発案があった時、何で意見しなかったんだ?反対出来ただろう?」

「海王は獰猛な魔物と聞いていましたから。しかし……その認識に誤りがあったと言わざるを得ないでしょう」


 獰猛かはともかく、考えてみれば千年生き永らえる海王は知性ある魔物の筈なのだ。ナワバリを荒らさなければ被害には遭わないことも含めて、魔物なりのルールがあるのだろう。


「………今更遅ぇんだろうがな。ちっ……気分が悪ぃ」


 再び舌打ちをしたルーヴェストは、頭をボリボリと掻きながら目を下方に逸らした。

 すると、そこに飛翔する人影が一つ……マリアンヌとルーヴェストに近付いて来る。


 陽光に輝く髪と翼。その姿は一目で認識するに十分の──【御魂宿し】と呼ばれる存在が聖獣の力を顕現した姿……。


「クリスティーナ嬢ちゃんか……何かあったのか?」

「いえ。お二人が戻らないので様子を見に来ました」


 クリスティーナは現在、修行中の身。本来なら討伐組に参加出来るほど戦いに慣れている訳ではない。

 だが……その身に宿る莫大な力は良からぬ者に狙われる可能性もあり、マリアンヌの傍に同行させる方が安全という結論に至ったのである。


 それはアステ王子・クラウドという、得体の知れない存在への警戒が主たる原因ではあるのだが……。


「それで……何か分かりましたか?」

「ん?……動物を苛めるのは気分が悪い、ってことは良く分かったぜ?」

「……。どうして動物虐待の話になったのか分からないのですが……」

「海王がな……いや……まぁ良いや。それより、今の嬢ちゃんなら海王のこと見えるか?」

「海王は確かシャチでしたね……メルレインの力なら多分見えると思います」


 クリスティーナは目を凝らすと、しばらく沈黙し首を傾げた。


「あの方が動物虐待をなさっているのですか?そうは見えませんが……」

「……は?あの方?艦隊のほうじゃ無ぇぞ?海王のほう……」

「はい。ですから、海王の上空に飛翔している方です。……良く見れば子供も抱えていますし、見たことの無い衣装ですね」


 クリスティーナの予想外の報告に、マリアンヌとルーヴェストは勢い良く振り返り海王へと視線を戻す。


 そこには……異国の衣装に身を包み子供を抱えた、白髪の青年が飛翔していた。しかし、マリアンヌ達がその存在を確認して間もなく青年は海王を追い海中へと姿を消した……。


「何だぁ?誰だ、アイツは……少なくとも【角】って奴じゃ無ぇよな?」

「……………」

「おい、どうしたマリアンヌ?」

「………ライ様」


 マリアンヌは僅かながらの動揺を見せた。だが、更なる動揺を隠し切れない者が約二名……。


「お……おい!マ、マリアンヌが動揺してるぜ?」

「マママ、マリアンヌ様も女性ですよ?ど、動揺くらいなさいますよ、ルーヴェスト様!」


 マリアンヌは口を押え普段見せたこともない柔らかな瞳で涙まで浮かべていた。


 初めて見るそんな姿……しかし、事態が事態である。二人は何とか落ち着きを取り戻し、マリアンヌを問い質すことに……。


「マリアンヌ。ありゃ一体誰だ?一応、魔王討伐って名目で作戦やってんだ。アレが敵なら戦わなきゃならんぜ?」


 その言葉でようやく我に返ったマリアンヌは、いつもの冷静な表情へと戻る。だが、目元だけは優しさを携えたままだ。


「あの方は……敵ではありません」

先刻さっき、『ライ様』とか言ったな?もしかしてあれは……」

「はい。あの方はライ・フェンリーヴ様……シン様とマーナ様のご兄弟です。そして私の仕えるべき主。随分と姿が変化していますが、間違いありません」

「確か……消息不明だとか言っていた奴だよな?何だってこんな場所に……」


 魔王討伐の為の作戦……魔の海域のど真中。しかも海王のすぐ傍に現れたのだ。ルーヴェストが驚くのも無理はない。


「正確には所在不明です。生存は確認していましたので……。魔の海域に居る理由は分かりませんが、恐らく海王にまつわる事案かと」

「………根拠は何だ?」

「ライ様は子供を抱えて海中に入って行きました。躊躇う様子も無く水に入ったということは、あの子は海の眷族である可能性が高い。そうなると、海王の眷族ではないかと」

「眷族だと?じゃあ、あの子供は人魚か何かか?」


 戦場のど真ん中に突如出現したライに抱えられている時点で既に異質。加えて海に潜ったことを考えれば、人間の子供の可能性は確かに低い。


「海王が反撃しねぇ理由と関係があんのかねぇ……?ま、確かに情報が足りな過ぎだな。念の為に聞くが、アイツ……ライってヤツが【魔人転生】で暴走してる可能性は無ぇんだよな?」

「それはありません」


 即答で断言するマリアンヌ。


「根拠は……いや、やっぱ良い。……で、これからどうするよ?」

「取り敢えず様子を見ましょう。ただ、今回の作戦は見直さなければならないかも知れません」

「………何かもう、どうでも良くなって来たな。帰るか」

「そんな!ルーヴェスト様!」

「いや……そりゃあよ?クリスティーナ嬢ちゃんの家族の敵討ちはやってやりたいが、魔王が来るかどうかがもう賭けじゃねぇか……」

「そんなことを言ったら魔王討伐作戦自体が破綻してしまい……」


 そこでクリスティーナの言葉は途切れた。視界の先に捉えたのはトシューラ艦隊の一斉砲撃。それは海王……そして先程の青年に向けられたもの。

 あまりの事態に思わず絶句したクリスティーナは、マリアンヌの腕に抱き付いた。


「そ、そんな……人に……人に向けて砲撃するなんて……あの方は……女の子も……」

「ちっ……魔王と勘違いされたってオチじゃねぇだろうな?おい、マリアンヌ!助けなくて良いのか?」


 当のマリアンヌは無言で砲撃の様子を観察していた。そしてようやく口から出た言葉に、ルーヴェストとクリスティーナは驚愕することとなった。


「助けに行く必要はありません。あの方の邪魔になります」

「!……どういうことだ、そりゃ?」

「どうもこうもありません。あれだけの集中砲火を全て無効化したのです。あの場に行けば私達が足手纏いになり兼ねません」

「え……生きて……生きているんですか?」


 クリスティーナが再び確認すると、確かに白髪の青年の姿が飛翔している。


「マジか!ハハッ!やるじゃねぇか、アイツ!」

「いえ……これは……」

「何だよ。無事だったんだろ?良かったじゃねぇか」

「いえ……そうではなく……艦隊の方が危険かと」

「良いんじゃねぇか?先に手を出したのは艦隊なんだし、全部沈められても文句は言えねぇだろ?」


 ルーヴェストはすっかり魔王討伐ではなくライに興味が移ってしまったご様子。ライの行動が気になるらしく、目を輝かせ海を眺めている。


「あ……?また潜っちまった。何かやってやがるな、アレは」

「何か……とは一体何でしょうか、ルーヴェスト様?」

「さてな。遠すぎてアイツの力は測れねぇし、どんな能力があるのかも分からんからな。が、マリアンヌが言ったように下手に近付くと邪魔になり兼ねねぇ。しばらく様子見だな」

「…………」


 困ったのはクリスティーナである。先程の様に人が人を傷付けることを見続ける自信が無いのだ。


「私は一度、下に降ります。皆さんには報告を……」

「お待ちください、クリスティーナ様。お願いがあります。……ルーヴェスト様も聞いて頂けますか?」

「何でしょうか?」

「ライ様の件ですが……ご内密にお願いしたいのです」


 マリアンヌは改まりクリスティーナに深々と頭を下げた。


「マ、マリアンヌさん!顔をお上げ下さい!!」

「なあ、マリアンヌ。何で喋っちゃならねぇんだ?」


 顔を上げたマリアンヌは、ゆっくりと可能性を語り始めた。


「先程の砲撃で確信しました。ライ様はこの後、トシューラ艦隊を攻撃するでしょう。事情はともかく、シウト国の勇者がトシューラの艦隊を攻撃することは問題になります。加えて、魔王討伐作戦への妨害は悪評に繋がる恐れもある」

「………しかし、せめてご家族のマーナ様には伝えるべきではないでしょうか?」

「マーナ様に伝えれば、更に大きな騒ぎになるとは思いませんか?」

「うっ……た、確かにそうですね」


 マーナがマリアンヌに戦いを吹っ掛け神聖機構の塔に突入したのは、つい先日のこと。マーナがライの存在を聞いた場合、トシューラの艦隊を沈めるのがマーナに変わるだけだろう。


 只でさえ既に一度、トシューラに乗り込んだ前科があるマーナ。その際は『双子の魔王』からトシューラを救ったとしてお咎め無しということになったが、今度は国家間紛争に発展しないとも限らない。


「それに、ライ様がシウト国に戻らないことには意味があるのでしょう。まだやることがある……そう判断します。今、多くの者と会うことは心残りを増やすことに繋がりますから……」

「……わかりました。では、特に何も無いとだけお伝えします」

「ありがとうございます。クリスティーナ様」


 マリアンヌが再び頭を下げようとするのを慌てて止めたクリスティーナは、討伐組の元に戻って行った。


「マリアンヌ。お前の予測通りなら、どのみちライは『魔王出現』として連絡されるぜ?どうすんだ?」

「御協力をお願い出来ますか、ルーヴェスト様?それと……アスラバルス様」


 マリアンヌは誰もいない宙空に向き直りじっと見つめている。


「おいおい……どうした、いきなり……誰もいねぇぜ?」


 ルーヴェストはマリアンヌの視線の先を確認するが、やはり誰の姿もない。

 自らの直感に自信のあるルーヴェストが気配を感じないのだ。マリアンヌの勘違いだろうと肩を竦めたその時、空間が歪み白騎士が姿を現す。


「うぉっ!アスラの旦那!何時から居たんだよ?」


 姿を現したのはエクレトル最高指導者の一人、至光天・アスラバルスだ。

 やや申し訳無さそうにしているのは、自分の行為の後ろめたさに自覚あってのことだろう。


「隠れて盗み聞きたぁ人が悪いぜ……全く気付かなかった」

「済まぬ。神格魔法の一種でな。異空間の中に潜んでいたのだ」

「にしたって、何だって隠れてたんだよ?」

「エクレトルの最高指導たる立場の者が前線に立つ訳にはいかぬのでな。こうして忍んでいたのだ。偵察に出た貴公らの後に続いたのだが、出る機会を失してな……それにしても」


 アスラバルスは感嘆の目でマリアンヌを見つめている。


「良く私のことがわかったな……正直驚いた」

「私の能力の一つとだけ申し上げておきます。それで……協力の件ですが」

「盗み聞きした手前、断る訳にも行くまい。それで……何をすれば良いのだ?」

「アスラバルス様には二つお願いしたいことが……。一つは海上に出現した魔王……つまりライ様を討伐したことにして頂きたいのです」


 ライが討伐されたことにしておけば、トシューラ・アステ両国としても面目が立つだろう。作戦として華々しい成功とすれば今後ともエクレトルで連携をとることに支障も無くなる筈だ。


「良かろう。それでもう一つは何だ……?」

「エクレトルからの通信で、他の場所にも魔王が出現したことにして頂きたいのです。目撃者は少ない方が良いので……」

「………わかった。では場所は大陸側の山向こうということで良いか?」

「はい。ありがとうございます」


 佇まいを直し深々と頭を下げるマリアンヌ。アスラバルスは掌をマリアンヌに向け頷いていた。


「代わりと言う訳ではないが、私はこちら側に残らせて貰うとしよう。ライという者がどの様な存在か確認がしたい」

「わかりました」


 次はルーヴェストに向き直り頭を下げようとしたマリアンヌ。だが、ルーヴェストはその頭を掌で止めた。


「ストップだ。俺は俺の興味で見学させて貰う。勿論、他言はしねぇし協力もしてやる。だがそれは、俺の都合だ。頭なんか下げんなよ」

「ありがとうございます」

「おっと……それより海を見てみろよ。スゲェぞ?」


 再び現れたライの手によりトシューラ艦隊に向けられた力は、魔王と呼ばれるに相応しい攻撃だった……。

 艦隊を貫く閃光により『誘導組』は瞬く間に潰滅。その様子にアスラバルスは唸っている。


「……むぅ。マリアンヌ殿に聞きたい。もし勇者ライの力が無辜むこの民に向けられたならばどうする?」


 それはライが真に魔王になった場合を意味している。だが、マリアンヌは顔色一つ変えず平然と答えた。


「それは有り得ません。私の命に賭けて絶対に起こらないと断言します」

「何故、そう言い切れる?」

「あの方はそういう存在という“ 直感 ”──では駄目でしょうか?」


 マリアンヌの中では直感というより確信に近い。ライの為に存在し献身するという、大聖霊に与えられた存在理由──。

 それは与えられただけの存在ではなく、魂の繋がりでもあるのだ。


「………フッ。ハッハッハ!わかった。マリアンヌ殿を信じよう。だが!万が一勇者ライが世界の敵になったならば、エクレトルば全力で立ち塞がらねばならぬ。それだけは忘れないで欲しい」

「わかりました。そんな日は来ませんがご随意に」


 互いに笑みを浮かべたマリアンヌとアスラバルス。


 アスラバルスは早速エクレトルに連絡し『討伐組』を引き離すように偽の情報を手配した。


「では魔王討伐計画は変更だな。私は一度戻るとするか……」

「待て!アスラの旦那!様子がおかしい!」

「何……?」


 ルーヴェストが急に警戒を始めた理由をマリアンヌ、アスラバルス共に即座に理解した。ライの周囲に新たな力が突然出現したのだ。


 それは遠く離れたマリアンヌ達にすら知覚出来る程、強力で圧倒的な力の波動……。


「あれが魔王・【角】か?誘導に成功したということか……しかし……」

「ああ…タイミングが悪いな。ライと対峙してやがる」


 ライと魔王の邂逅……それは避けられぬ戦いを意味している。

 事情を知らぬとはいえ、欲望のまま国を滅ぼした魔王と相容れる訳がないのである。


「討伐組にも連絡して総掛かりで加勢すべきだろう」

「待った!もう一つデカい力が……何だぁ?猫だと?」

「それは大聖霊メトラペトラ様で間違いないでしょう。トシューラ国で封印を解いたと手紙にもありましたから」

「……少し様子を見るべきか」


 流石に会話までは聞き取れない状況で見守る三人。しかし……。


「おい……猫が海に潜ったぞ?まさか、魔王と和解したのか?」

「いいえ……ライ様は単身で挑むつもりの様です」

「………どうする、アスラの旦那?」


 視界の先のライは……アスラバルス達にほんの一瞬視線を向けた。


「………我々に気付いていた様だな。だが、アレは……」

「ああ。手出しすんなって顔だぜ?男だねぇ……」

「ライ様……」


 アスラバルスにとってはライを試すことが出来る好機とも言えるが、相手が相手。加勢し一気に倒すべきではないか?という逡巡が生まれる。


 だが、それを断ち切ったのはマリアンヌの言葉だった。


「手出し無用……と言われれば私は従うしかありません。ですが、皆様を止める権利もありません。お二人は如何致しますか?」

「俺はアイツの意を汲むぜ?ヤバくなったら加勢すりゃあ良い……なぁ?アスラの旦那?」

「………良かろう。勇者ライの戦い。見届けるとしよう」



 そして始まった戦いは三人の考えを改めさせられる程のものだった。


 始めの格闘戦は小手調べ。圧倒されていたライだが、それでもマリアンヌ達が介入出来るレベルではない。


 ライの渾身の一撃、魔王の全力、圧倒されて防御に徹したライ……。

 そんな激闘に、ルーヴェストとアスラバルスは動けないどころか無言のまま。


 しかし、マリアンヌは動けないのではなく動かない。主の勝利を信じ拳を固く握り堪えている。

 ライが腹部を貫かれた時は思わず飛び出しそうになったが、ライは再びマリアンヌに視線を送っていた。


(信じろ……そういうことですか?)


 そして発現したライの力により魔王は圧倒され弱体化を果たす。


 そんな状況で魔王に向かい行動を起こす者がいた。


「……私がここに来た本当の理由は仇討ちなのだ。済まぬ」


 そう言い残し転移したアスラバルス。それを確認したルーヴェストは頭を掻きながらマリアンヌの背中を叩いた。


「予想はしてたがな……。横やりを入れる形になっちまったが、どのみち戦いは終わりだったろうぜ。主の元に行ってやれ、マリアンヌ」

「………はい!」


 高速飛行でライの元に向かうマリアンヌの後ろ姿を見送り、ルーヴェストは溜め息を吐いた。


「やれやれ……とんでもねぇ力だぜ。アイツとやって勝てるか?なぁ、『スレイルティオ』よ?」


 自らの分身と言える魔導具に語り掛けるルーヴェスト。当然だが返事はない。


「上には上がいる、か。でもな……やっと楽しくなってきやがったぜ?俺もまだまだ強くなりゃあ良いだけの話。それが分かっただけでも収穫があったな」


 ルーヴェストはマリアンヌを追わず討伐組の向かった先に移動を始めた。

 先程の戦いは恐らく討伐組にも伝わっていて混乱している可能性もある。適当な嘘で経緯を説明をせねばならないだろう。



 この戦いに刺激されたルーヴェストは、改めて修行を始め更なる成長を果たす。そんなルーヴェストがライと手合わせする日が来るのかは、また後の話として語られる。




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