第四部 第五章 第七話 半精霊 対 古の魔王


【ウッシ!じゃあ遠慮無く魔王……テメェをぶっ殺す!】


 そんな熱血な台詞を、不敵な笑みを浮かべつつ吐いた勇者ライ。


 相手はラスボスと言っても過言ではない実力者……古の魔王、アムド・イステンティクス。古代魔法王国の王族にして最凶の魔術師だ。


 そんな相手に残念勇者が挑む──故郷ストラトを旅立つ際にはそんなこと考えもしなかっただろう。


『何でか負ける気がしない』


 実に頼もしい言葉である。


 そんな勇者の現在の勇姿を御覧いただこう。



「グゲェッ!ば、馬鹿なっ!」


 お分かり頂けただろうか?


 勇者ライの勇姿……。噛ませ犬の様な驚愕の声を上げているのが我らが勇者ライであることは、賢明な皆様ならば想像に易いことだろう。


 そう……。相手は真なる魔王とも言える者。強敵などという言葉で収まる器ではない。

 当然ながらライはボッコボコである。


「くっ……くそっ!」

「どうした愚物?大層な口を聞いておきながら、まさかもう終わりか?」

「……何でアンタが纏装を、しかも【黒身套】まで使えるんだよ!」


 ライが劣勢に陥っている最大の理由……それは魔王アムドが使用する【黒身套】である。


 古の魔王故に使用出来ないと軽んじた力が、今……ライへの猛威として振るわれていた。


「ほう?これは黒身套と言うのか……。中々便利な力よな。殆どの攻撃を無力化するこれは、この時代で私が手に入れた最も価値ある力と言える」


(くっ……メトラ師匠の嘘吐き!思いっきり使われてんじゃんよ、纏装)


 纏装を使えぬとあらば力押しで圧倒出来る……そんな甘い考えは戦闘開始僅か五秒で打ち砕かれた。


 それからのライは、ひたすら特攻をかけ殴り合いに持ち込み返り討ちに遭うの繰り返しだった。


 距離を取れば、魔法に長けた魔王アムドの神格魔法に晒されるのは必至。それと渡り合える技量は今のライには備わっていない。

 必然的に近距離戦を選択する以外手が無いのである。


 だが……。


「グハッ!な、なんで届かない……!」

「クックック!遅い遅い!貴様の手など止まって見えるぞ、小僧!」

「くっそぉぉぉうっ!!」


 近距離の乱打戦。手数は明らかにライの方が多い。だが、その全ては弾かれ、往なされ、その隙を狙いライに強力な打撃が見舞われることとなった。

 それを繰り返すこと数度。現在、一撃も有効打を与えられていない……。


「小僧……やはり中々だな。打撃力や速さもそうだが、纏装……と言ったか?その熟練が見事だ。それに、回復力に関しては我を随分と上回っている」


 拳に蹂躙された顔の腫れは、会話の間にもみるみる回復されて元に戻って行く。以前に比べ上昇した自動回復は魔王アムドから見ても感嘆に値するらしい。


 ライは血を吐き出し口を拭うと、虚勢として笑みを浮かべた。


「まぁね!これでも常に研鑽してるからね!攻撃が全然届かないのがショックだけどね!」

「フッ……貴様は疑問に思っているのだろう?何故、古き魔王が纏装を使えるのか?と」

「ああ……理由を御教授して貰えれば助かるんだけど?」

「良かろう。この時代にて我の前に立ちはだかる者よ。暇潰しを兼ねた褒美として話をしてやる」


 魔王アムドは腕を組み力を幾分弱めた。会話の意思を見せたアムドに対し、ライは内心では警戒のまま構えを解いた。


 余裕──。圧倒的強者故のその余裕は、情報を集める好機でもあった。ならば尚更利用しない手はない。


「……じゃ、じゃあ先ず、何でアンタが纏装を使えるんだ?アンタが封印される時には無かったんだろ?」

「どうやら勘違いしている様だが、纏装とやらは我と戦う為に生み出された技法……。我はそれに敗れ封じられた。故に復活と共にそれを調べるのは当然のことであろう?しかし、実に有意義なものだな。この力は我にこそ相応しい」


 纏装誕生の歴史に感動……する余裕がある訳もなく、ライは淡々と情報収集を続けた。


 これは時間稼ぎで策を仕込む意図も含まれている。恐らく魔王アムドはそれを知りながら放置しているのだろう。


「……アンタ、いつ復活したの?」

「二年程前、突然封印が解けた場所は北の小国。それから身を潜めつつ世界を探った。歴史を調べ、技術を調べ、社会を調べた。結果、この世界の価値に気付いた」

「価値?一体何の話だ?」

「この世界は千年前から大きく変化しているのだ。三百年前がその起点と言える様だが、ロウド世界に溢れる魔力はクレミラの時代と比べて跳ね上がっている……これは我が目的に適した世界。まさに天運だ」

「目的か……そこは教えてくれない訳ね?」

「我と来るならば教えてやらぬでもない。が、貴様は拒絶するのだろう?」

「……まぁね」


 魔王は再び魔力を高め始める。ライは身構えながら質問を続けた。


「で……?纏装を研鑽して手に入れた訳か……でも、黒身套なんて誰かから聞かなきゃ修得出来ないだろ?一体誰から……」

「我を凡夫と同等に見ること自体誤りだ。そんなものは情報を一通り見れば答えに辿り着く。それに我は千年前に纏装を見ている」

「くっ……こ、これだから天才さんは質が悪い……。因みに、俺の攻撃が届かないのは何故か聞いても?」

「貴様の研鑽が足りぬだけのことよ。黒身套とやらの研鑽は見事だが、それ以外は話にならぬ。体術一つで既に我より劣っているのだよ。我はグラハムレイト格闘術を極めし者でもあるのだからな」

「何それ……初めて聞いた」

「潰えし格闘術と言われれば幾分の郷愁もあるが、我の糧として残ればそれで良い」


 魔法王国クレミラの王家に伝わる格闘術──それは現在では既に失われた技。僅かに形を変え残っていると言われているが、別物との説もあり真偽の程はわからない。


 しかし、魔王アムドの使うその技は実に洗練されている。基本は防御のみに徹するそれは、反撃の際まるで嵐のように襲い掛かるのである。防御特化の纏装との相性が良いのは、纏装を生み出したクレミラ王がその使い手であることにも関わりがあるのだろう。

 それは、魔法攻撃を主とするクレミラらしい格闘術とも言えた。


「故に貴様は我に届かん。が、まだ貴様には隠していることがあろう?遠慮せず見せてみよ」


 両手を広げた魔王アムドは掌から時空間魔法 《闇葬刃》を発動。当然ながら高速言語を使い熟した詠唱には隙がない。


 空間すら切り裂く黒き円刃二つが、左右に揺れながらライへと迫る。


「ヤッベ!」


 ヒラリと躱したのも束の間、円刃は動きを止め背後から再び襲い掛かる。

 辛うじて身を躱したものの、円刃はライの頬を掠め一筋の痕を残した。


 《闇葬刃》は超高圧重力の極薄の刃に超高速回転が加わったもの。黒身套すら切り裂いたこの神格魔法は、大聖霊を除けば今の世に魔王アムドを於いて扱える者無き魔法……。


「やはり、黒身套と言えど凝縮した力には耐え切れぬ様だな。ほら、どうした?そのままでは切り刻まれるぞ?」

「ちっ!」


 ライが反射的に使用したのは時空間魔法 《減速陣》。魔法に於いては圧倒的不利の立場故に効率を重視せねばならない。減速陣を繰り返し使用し幾層も重ね合わせ、《闇葬刃》に衝突させた。

 だがそれは動きを止めただけのもの。ライは続いて《炎焦鞭》で側面から打ち払いようやく《闇葬刃》消滅させた。


「ハッハッハ!また面白いものを見せたな?成る程……圧縮か。それに干渉魔法まで使うとは、少々見くびっていた様だ」

「…………………」 

「どうした?もう終わりではあるまい?これは我にとって遊戯だが研鑽でもある。どうせなら全てを出し切り死ぬがよい」

「余裕見せやがって……ビビんなよ?」


 選択したのは最も速度のある《雷蛇弓》の多角攻撃……自動追尾も備えた圧縮魔法は、貫通力こそ低いものの反応に苦労するだろうと考えたのだ。


 それに、つい先刻身に付けた『額の目』で魔法威力が倍増し一泡吹かせられる……筈だった。


 だが……そう思惑通りに事は運ばない。蓄えた魔力は引き出せるものの、そもそも額の目が閉じていて増幅が使用出来ないのだ。


(嘘だろ?肝心な時に使えないとか、やめろよな……)


 慣れぬ故か魔法増幅は行えずライは肩を落とす。だが、それでも効果がある筈だと期待していた矢先……《雷蛇弓》は魔王に届かず全て消滅した。


「成る程……自動追尾とはな。だが、我が防御も自動追尾だ。残念だったな、小僧?」


 魔王アムドの周囲には先程の《闇葬刃》が浮遊している。その円刃の中心に飲み込まれた雷蛇弓は、吸い込まれるように消滅してゆく。


「くっ!小細工は通じないってか?」

「ようやく気付いたか。少しだけ待ってやる。全力を見せてみよ」


 絶望的とも言える状況を把握したライは全力の一撃を選択した。


 まず発生させたのは減速陣で出来た六面体。密かに海の中に発生させた分身六体が、その魔法……《減速陣》で一気に魔王を拘束した。


 視覚纏装で魔王が感知をしていないことは分かっていたのだ。《減速陣》は技を編む為の時間稼ぎとして切り札にしていたのである。


 同時に本体ライは更に三人の分身を海中から浮上させる。

 会話による時間稼ぎは分身で消費した魔力の回復の為のものだった。



 時空間魔法 《減速陣》を利用した数千の拳の弾幕滞留。分身と合せ四人になったライは、それぞれ《複合魔法拳・王滅回崩》を加え、その中に《王滅煉獄脚》で突入した。


 一つの巨大な黒きうねりは、魔王アムドまで続く《加速陣》の中を突き進む。端から見れば一瞬の黒き閃光にしか見えなかっただろうそれは、魔王アムドの居た空間を貫通し海中に消えた。


 その僅か後……。海面が山の如く膨れ上がり膨大な水柱を巻き上げる。



 海面には……ライが半裸で飛翔していた。肩で息を切らし分身は既に残っていない。文字通り全身全霊の一撃。


 しかしライは渋い顔をしたまま回復に努めている。

 手応えはあった……だが、倒した自信が無い。相手の底が知れなさ過ぎるのだ。


 そして……その警戒が正しいかったことは間もなく明らかになる。


 海中から浮かび上がったその影に、ライは歯噛みするしかない。



「よくも……やってくれた!」


 ライの渾身の技は魔王アムドと言えど無傷では済まなかった様である。羽織ったフードは全て消滅し、上半身はライ同様の半裸になった魔王アムドは首付近までゴッソリと左腕を失っていた。

 あわや心臓に届くところだったが、転移魔法で躱されてしまったらしい。



 油断──。そう、魔王アムドは油断したのだ。

 格下相手に余裕を見せ遊戯の様にからかったつもりなのだろう。


 しかし、窮鼠は猫を噛む……。ライの一撃はそう表現するのが相応しい、追い込まれた故の一撃。相手を軽んじた魔王アムドは自らの傲りでその腕を失ったのである。


「ハッハッハ……アンタ、結局世の中分かってないじゃん。弱い動物でも追い込まれりゃ噛み付くんだぜ?噛み付く場所が悪けりゃ死に至る。ちぇっ……あと少しだったのに……」


 その言葉で魔王アムドは余裕を消し去った。油断は魔王に屈辱を与え、怒りの波動はやがてその肉体を変化させて行く。


 その姿はまさに魔王。まるで鋼の様な質感の全身筋肉に加え、一際鋭く巨大になった角。指は鉤爪になり、胸の中央に魔石の様な硬質の光が浮かび上がる。

 肉食獣の様な犬歯を見せる口は耳まで裂け、瞳は血の様な赤一色。さらにその背には、巨大な皮膜の翼が二対四枚発生した。



 だが……失われた腕は戻らない。



 完全消失させた腕は回復魔法では癒すことが出来ない。どうやら魔王アムド自身は創生系の神格魔法は使えないらしい。魔王アムドが失った腕は、そのまま倒し得る可能性を意味してもいるのである。


「ハッハッ……。魔王らしくなったな、アンタ」

「小僧……貴様には敬意を払おう。小動物程度の相手と甘く見た我の傲り、よくぞ打ち破った。褒美に地獄を見せてやる」

「へぇ……で?アンタ、左腕何処に落としたの?」

「……死ね」


 魔王アムドは残された腕で神格魔法を発動した。いや……腕だけでは無い。翼一枚ごとに魔法を一つ、計五つの神格魔法を発動したのだ。


 魔王アムドは身体の四肢と翼から魔法陣を展開し自在に魔法を発動出来る。それが魔人化によって得た……魔人化してまで求め得た力。




 神格魔法 《黒蝕牢》

 神格魔法 《闇葬刃》

 神格魔法 《喰精蟲》

 神格魔法 《現崩世界》

 神格魔法 《冥道逝響歌》



 確実に滅殺に取り掛かる魔王は、魔法を惜し気もなく放出する。


 その一つ一つが死を齎す死神の鎌……。ライが認識出来たのは《黒蝕牢》と《闇葬刃》のみ。残りは見たことも聞いたこと無いものだ。


(師匠が居れば効果が判ったんだけど……でも師匠が居たらかなりヤバかったよな、コレ)


 真っ先に効果を齎したのは《冥道逝響歌》。歌の様にも聴こえる音波攻撃……その神格魔法は、耳にするだけで全身から血が吹き出す恐ろしい魔法である。


 メトラペトラは猫の姿に体現される様に身体能力が高く、特に感覚、聴覚、嗅覚が優れていた。この神格魔法はメトラペトラの天敵と言えただろう。


 試しにライは耳を塞いでみたが、魔法の効果が薄れることは無かった。


(これは『聴く』って概念に干渉すんのか……。厄介だな……)


 音を聴いた事の無い者以外全てに干渉する神格魔法は、一撃が大きいものではない。しかし確実に肉体を蝕み続けるもので、ライの再生力を以てしてもようやく軽減の域である。

 やはりメトラペトラを離していて正解だったと、ライはこんな状況でも安堵していた。



 次に問題だったのは大量に漂う《喰精蟲》である。


 発生した蟲は細かく、いつの間にかライに取り付いているのだ。一匹づつの存在は脅威ではないが、蟲は億の数で発生しているだろう。


 加えて《喰精蟲》は生命エネルギーを喰らう。黒身套の元になる覇王纏衣は、魔力と生命力の複合……生命力を蟲に喰われると統合が取れなくなり黒身套が維持出来なくなる。

 それは即、死に繋がることをライも理解していた。



 そんな状態で迫り来る《黒蝕牢》と《闇葬刃》……。

 かつてベリドの使用した《黒蝕牢》は重力で動きを鈍らせる効果もあり、そこに容赦なく《闇葬刃》が迫る。躱し切るのはほぼ不可能で、幾度もライの身体を深く傷付けた。



 そして最も厄介な魔法 《現崩世界》……。対象にされた者の感覚を狂わせると言えば簡単だが、これが極めて厄介だった。


 魔法を受けた者の前、後、上、下、左、右の感覚を数秒毎に法則性無く切り換えるそれは、右に躱した筈が前に出たりと動きを狂わせる。必然的にライは魔法を避けることすら出来なくなっていた。



 こんな状況でも必死に堪えていられる理由。それは回復魔法纏装【痛いけど痛くなかった】という間抜けな名の技のお陰……。


 避けることすら叶わぬと把握したライは、守りに徹することを選んだのだ。


 展開している間のダメージは、展開前の状態に戻すという効果を持つこの纏装。しかし、欠点と言える部分もある。

 一つは即死は防げぬ事。そしてもう一つは、受けたダメージが元に戻る度かなり魔力を消費すること……。


 結果──ライは体力・魔力共に削られ続け身動きが取れない状況に陥った。



「その耐久性、その精神……俗物にしては大したものだ。しかし……我が肉体を喪失させた罪、死を以て贖う以外ない。諦めて死ね」

「…………」

「最早返事も出来ぬか……。ならば一思いに楽にしてやろう!」


 転移魔法によりライの眼前に姿を現した魔王アムドは、右腕で展開していた《黒蝕牢》をそのまま放置し黒身套で手刀を形成する。それは手刀と呼ぶにはあまりに強靭に見えた。


 ライの腹部を……魔王の魔手が無慈悲に貫く──。


「ぐっ!グバァァッ!」

「フッフッフ……ア━━━ッハッハッハ!!」


 腹部を貫通したままのライを頭上に持ち上げる魔王。手足をバタつかせるライは何とか抵抗を試みるが腕が一向に抜けない。


 やがて力無く腕がダラリと下がると糸の切れた人形の様に全身が脱力を果たした。


「実際、貴様は大したものだった。我が腕を奪った誇りを胸に魂の再生を待つが良い。再び生を得る頃にはこの世界は解放される。その時に縁があれば出逢えるだろう」


 全ての魔法を解除した魔王は腕を下げライを海に落とそうとした。徐々に滑り落ち手首に掛かったところで、死んだと思われたライが魔王の首にしがみつき絞め上げる。


「しぶとい奴だ。我に効果を与える手など尽きただろうことも分からぬか……」

「ゴブッ!カハッ!へ…へへ……。アンタ……世界のどこ……まで見える?」

「……とうとう脳まで壊れたか。憐れな……」

「俺は多分……半分くらいは……見えるぜ?」

「何を言って……」

「世界が……欲しい……アンタにプレゼントだ。取っとけ……よ?」


 大角に手を移し、自らの額を魔王の額と重ねた瞬間……魔王アムドは絶叫を始めた。


 魔王の脳内に流れたのは大聖霊クローダー十万年の記憶。その膨大な負荷を一度に与えられた魔王アムドは、目や鼻から血が溢れ出していた……。

 必死にライを振り払おうと暴れ回るが大角を掴んだ手は固く、更に足で身体を挟まれ振り払うことが出来ない。


「グガアァァァアッ!」

「ハッハーッ!限定ながら十万年の記憶ってヤツだ。タップリ味わえ!?」


 そう告げたライは魔王の胸を蹴り一気に距離を取る。腹部は【痛いけど痛くなかった】の影響もあり再生した。しかし、既に魔力と体力はゴッソリと削られてしまっていた。


「ぐ……ぐぅ…ギ、ザ……マ……」

「ハァ…ハァ……アンタみたいな『頭脳に頼るタイプ』にはキツいだろ?」

「うぅ……ガァァッ!我……が……ギャアァァ!?」


 またしても油断……。脳へ掛かり続ける多大な負担もあり、魔王アムドは錯乱を始める。


(……今しか無い!)


 一切の躊躇を捨てることにしたライは、 それまで考えつつも使用を躊躇っていた方法に踏み切る。


【己の中にある力の完全統合】


 準備としてまず始めたのは分身、そしてそれを利用した魔力回復。

 分身体の最大魔法を《吸収魔法》で受けることで、分身前より増える魔力……その矛盾を利用した魔力回復を限界まで繰り返したライは、回復魔法で肉体を癒し全身の魔力を胸の紋章に集中する。


 ただ集めるだけではない。力を限界まで凝縮するイメージ……やがてそれは紋章に変化を与えた。


 クローダーの仮契約印さえも取り込み、形を変え一つになった紋章──。


 必要なのは肉体に紋章が宿るのではなく、紋章と肉体が一つになるイメージ。加えて豪独楽で僅かに感じた己の中のまだ見ぬ力すらも無意識に加え、ただひたすらに『討ち滅ぼす力』を望んだ。


 やがて胸の紋章の中から、円錐型の先端を持つ『光の槍』が顕現した……。


「……………」


 全てを注ぎ込んだ影響か、ライの顔には表情すらない。無論、それを自覚もしていないだろう。


 だが……目の前にあるのは確かに自分の力だということは理解している。


 ライはやがて槍に向かいゆっくりと手を伸ばし、確かめる様に握りしめる。丁度その時、魔王アムドは自我を辛うじて取り戻した。


「ぐっ……キサ……貴様は!殺す!殺す殺す殺す殺す殺す!?」

「…………………」


 無表情なライとは対照的に、明らかに冷静さを失っている魔王アムド……。無造作に神格魔法を発動しライへと襲い掛かった。


 次の瞬間。魔王アムドは右側二枚の翼を失うことになった。


「なっ!何故だぁぁっ!」


 何が起きたか理解出来ない魔王アムド。ライの動き……それは至極単純な動作だった。

 背後に回り込み、槍で貫いた……たったそれだけのことである。


 しかしそれが見えなかった魔王アムドは、驚愕するしかない。


「バカな!?」

「…………」

「小僧………貴様は何者だ!有り得ん!有り得んぞぉ━━!?」


 小僧と侮り軽んじた相手に追い込まれた魔王アムド。百近く発生させた《闇葬刃》で一斉にライに斬り掛かった。が、槍が宙を軽く払うとその大半が消失することになる。


 先程からライは槍に振り回されるかの様に動いていた。槍が自動的に動き、それに振り回されるが如く覚束無さを感じさせるものだ。

 しかもライは今、纏装すら展開していない。全ての力は槍に……そうせねばこれ程の力が生み出せなかったのだ。


 動きの度に槍と紋章が連動して輝き、【消滅】【移動】【防御】のみに力が切り替わる。要は攻撃中は回避や防御力が低く、移動中は攻撃力が無いに等しい、と言った風に一点のみにパラメーターの爆上げを行っている様な状態だ。


 それらを可能にしたのが、肉体、紋章、槍が完全に一つのものとして確立した状態。三位一体と言うには少々歪で極端な力は、だからこそ魔王アムドすらも圧倒出来たのである。



 転移と錯覚するほどの速さに反応出来ず、魔王アムドは更に翼を二つと右足を失った……。完全消滅のそれは元には戻らない。魔王は削られる様に弱体化し、やがて魔力すらも限界に近付いた。


 そこでようやく我に返り冷静さを取り戻したらしく、魔王アムドは魔力消費を抑える為に元の姿に戻った。


「………貴様は一体何だ?」

「…………」

「我をここまで追い込んだのだ。礼儀として答えよ!」

「……ぐ…」


 言葉を口にしようとしたその時、光の槍は霧散し紋章に吸い込まれた。


「ゴハッ!ガバッ!ハァ、ハァ……」


 呼吸すら忘れていたライは、無理な力の行使が災いしてか一気に疲弊した。それは飛翔だけで限界な程に……。


「……貴様、生命を削ったな?それにその紋章……成る程、要柱か。どうりで……」

「かな……め……?」

「フッフッフ……ハッハッハ!惜しい……あまりに惜しい。だが、貴様を放置すれば我が目的最大の障害ともなろう。もう先程の力は使えまい?この勝負……我の勝ちだな……」

「…ま、だ……」

「さらばだ!この時代の強き勇者よ!?」


 右腕に集められてゆく魔力……。流石にライも諦めかけたその時、魔王アムドの胸を貫く刃が視線に飛び込んだ。


「な……何だとぉ!」


 魔王アムドの背後に現れたのは、神聖国家エクレトルの紋章が刻まれた白き鎧を纏う者。その背には三対六枚の白き翼が神々しく輝く。


「て…んし……」


 援軍に安堵したのか、海に向かい落下を始めたライ。だが、海面に着く前にその身体は温もりに優しく包み込まれた……。


 ライを抱き止めたのは銀髪の女メイドだ。


「マ……リー……先…せ?」

「お疲れ様でした、ライ様」


 意外な場所で再会を果たしたライとマリアンヌ……。しかし、魔王アムドとの戦いはまだ終わってはいない……。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る