第四部 第六章 第十六話 天雲丸


 久那岐の街でライが目を覚ましたのは騒動が終わった日の昼頃──。



 飯綱の居城・瑞雪城の一室……ライが目覚めれば、いつもながらにトウカの膝枕の感触が……。


(しまった!この感触……堪能出来なかったか!)


 幸い、トウカはライが目を覚ましたことに気付いていない様子。このまま狸寝入りを決め込み膝枕を味わおうとした矢先、突き刺さるような鋭い視線を感じた……。


「おい……何を惚けている?」

「へ?あ、ああ……トビさん。い、いやぁ……不覚にも寝ちゃったなぁ~?」

「………。……はぁ~」


 深い溜め息を吐き明らかに呆れているトビ。ライは膝枕を諦めムクリと身体を起こした。


「ライ様……大丈夫なのですか?」

「うん。大丈夫……ありがとう、トウカ」

「ウフフ……どういたしまして」

「それで皆は?」

「イブキ様は今、後始末に向かっています。トウテツ様はあの異国の方々を一応監視しています」

「皆、寝てないのに働き者だねぇ……トウカやトビさんも寝てないでしょ?大丈夫?」

「はい。私は大丈夫です」


 ライがチラリとトビに視線を向けると、再び溜め息を吐いていた。


「俺は隠密だ。一晩二晩寝ずとも問題は無い」

「はは……ですよね~。よし!じゃあ俺も何か手伝いに行ってくるかな。トビさん……に言っても無駄でしょうが、トウカは休んだ方が良いんじゃないか?」

「大丈夫です。それより……」

「それより?」

「あの子はどうするのですか?」

「あの子?………。ああ!忘れてた!アイツは何処行った?」


 それは、魔獣から転化した聖獣……モラミルトのことだと思い出したライ。周囲を見回すがその姿が見当たらない。


「あの子はイブキ様の後を付いて歩いてる様ですよ?」

「へっ?………何で?」

「実は………」


 領主イブキはライが眠りに落ちた後、聖獣転化したモラミルトを見るなりいきなり抱き締めたのだそうだ。

 その際、“ モフモフだぁ~ ”“ 良いなぁ、可愛いなぁ……うちの子にならないかなぁ ”と、散々撫で回したのだそうだ。


「……………」

「それが嬉しかったのかはわかりませんが、すっかり懐いているみたいで……」

「あ……あのさ?こんなこと聞いちゃ不味いんだろうけど、イブキさんて幾つなんだろ?ライドウさんやジゲンさんと同年代にしちゃ見た目が若すぎるんだけど……」

「さぁ……。私もそこまでは……」


 どうみても二十代前半に見えるイブキ。しかしそれでは、ライドウの盟友ということに違和感がある。


 そんなライの疑問に答えたのはトビだった……。


「あの方は三十三だ」

「嘘っ!二十三じゃなくて?」

「間違いない。三十三歳だ。イブキ様は半魔人化しておられるのだ。だから老化は遅い」

「老化って……女性に言っちゃ不味い言葉な気がする……」


 トビの情報では、イブキは十八歳前後に半魔人化したのだという。華月神鳴流の過酷な修行の末その身が半魔人化を果たしたというのは、久遠国では有名な話らしい。


「ジゲンさんも半魔人だし……もしかして、ライドウさんも?」

「いや……。不知火領主ライドウ様は人の身のままだ。豪独楽、飯綱の領主達は山篭もりの末に相当無茶な修行をしたと聞いている。しかしその頃、不知火領主の奥方は身籠っていたらしくてな……ライドウ様は修行に参加しなかったそうだ」

「……ライドウさんらしいな。そういえばイブキさん……ジゲンさんもですが、伴侶は居ないんですか?」

「豪独楽領主ジゲン様には若い奥方がいる。だが、飯綱領主……イブキ様は未婚だ。女でありながら領主という立場、その上剣の達人となると気後れする者が多いのだろう」

「……しかも半魔人ですしね。美人なのに勿体無い……」



 半魔人は【魔人】とは別種の変化形態。魔力は魔人に近いが肉体変化は少しばかり強化される程度に留まる。

 外見は異形化することはなく、寿命は通常の人間の倍程。但し、魔人と違い人間同様に老化は段階を経て進んでゆくそうだ。



「……まあ、その話は良い。そんなことより、あの聖獣はどうするつもりだ?」

「お互いが気に入ったならそのままイブキさんに任せようかと思ってるんですが……マズイですかね?」

「………身体を張って聖獣を手に入れたのに、そんな容易く手放すのか?」

「トビさん……手に入れたんじゃないですよ?解放したんです。後はアイツの自由だ」

「……人以外にも配慮するのか。難儀な奴だな、お前は」


 トウカは、それこそがライであることを理解している。知り合って以来、そう行動するライを見ているのだ。


「さて、と……じゃあ、イブキさんに会って色々と進めないと。師範には今日しか時間貰ってないし……」

「心配は無用だ。今朝方早く、隠密の一人を王への報告に向かわせた。リクウ殿にも時間を貰えるように頼んである」


 ライはトビの言葉に目を丸くした。


「おかしい……。トビさんが俺の為に配慮してくれるなんて……」

「姫の達ての願いだからな。それに、折角騒動の渦中に居るのだから戦力として使わない手はないだろう?」

「へ~い……納得しました」


 実はトビとしてもライの戦力を当てにしている。配下の隠密どころか、囚われの飯綱領主以下臣下達も皆無事。その力量自体は信頼していた。

 ただ、人間性は疑ったまま。犠牲を出さない行為は賞賛に値しても、敵まで助ける行為がトビにはどうしても危険に思えて仕方ないのである。


「次は玄淨石鉱山か……他の街は大丈夫でしょうか、トビさん?」

「無事だ。現状では奴等もそこまでの兵を密入国させられなかったのだろう。飯綱領主を捕らえた上でゆっくりと侵略を狙っていたと見られる」

「なら、鉱山の奴等を包囲すれば終わりですね?」

「そうなるな。……しかし、厄介だぞ?謀反人であるアブエ・シンザは、相当数の飯綱兵を連れて行っているらしいからな」

「それだって騙されている可能性があるでしょ?イブキさんがシンザの画策で捕らえられていた事を知れば、内部から離反が起こるんじゃないですかね?」

「確かにな。しかし、それ以外にも異国……トシューラの兵もかなりの数が居るだろう。恐らく久那岐に居た比ではない数が魔導具で備えている筈だ」


 だからライを当てにした、というより利用しようとしているトビ。勿論、ライはそれを承知で話をしている。


「まあ、そこは『何じゃほんじゃと、訳がわからないこと』が起こって案外簡単に解決するんじゃないかなぁ?」

「白々しい奴め……まあ、俺はどうでも構わん。全て報告するだけのことだ」

「でも、何があったか分からなければ報告しようがない……でしょ?」

「…………」


 実際、トビは葛藤していた。トビの身体能力を以てすれば現場でライの追跡は可能だろう。


 しかし、飯綱領の問題を判定する上で重要なのはライの行動ではなくイブキの動きだ。領主として相応しい行動をしているかを見極めるのがトビの仕事。

 ましてや飯綱領にはトウカがいるのだ。何より優先すべきはトウカの身の安全なのである。


「好きにしろ。俺の仕事が掻き回されるのは不快だが、お前の相手をする暇は無いからな」

「了解で~す。よぉし!何やらかしてやろっかな~?」


 ライが口にした不穏な言葉に眉をヒクヒクとさせているトビ。何も言わないのは突っ込んだら負けな気がしたからだろう。



 と──そんな中、何やら城内に響く声が……。


「ラ、ライ殿!た、大変よ!ライ殿~!」


 どうやら領主であるイブキが何やら慌てているご様子。物凄い勢いで声が近付いてくるのが判る。


「ライ殿!こ、この子が……!」

「イブキさん……ど、どうしまし……うわぁお!」


 部屋に入ってきたイブキは……なんと、モラミルトを抱えて駆け上がってきたらしい……。

 しっかりと抱き締めた状態だが、モラミルトの身体はイブキより大きいのだ。それを抱えて現れたイブキは、モラミルトの影に隠れて姿が良く見えない。


「と、ともかく、大変なのよ!」

「と、ともかく、落ち着いて下さい……。何があったんですか?」

「城の敷地の破損具合を確認していたら、この子が何かを口に咥えたの。そうしたら突然毛色が灰色に……ほら!ペッしなさい!ペッ!」

「そんな……。犬じゃないんですから……」


 モラミルトを下ろしたイブキはその背中をトントンと叩いている。少し困った顔をしている様に見えるモラミルトは、口から透明な小石を三つ吐き出した。


「………これ、もしかしてあの魔石か?」

「こ、この子は大丈夫なの、ライ殿?」

「………ちょっと待って下さいね?」


 モラミルトは確かに外見が変化していた。真白だった体毛が額の辺りから背中に掛けて灰色に色が加わっている。脇腹や足は変わらず白い。

 角は小さく丸みを帯びたものに変化し、三本の尻尾は全て灰色の体毛に覆われていた。


 一応、ライはその身体に触れ異常を確認するが問題は無い様である。


「この感じ……。お前……あの時もしかして俺の記憶を見たのか?」

「……クゥン」

「………アッハッハ!凄いな!いやはや、驚かされたよ兄弟?」


 モラミルトに語り掛け盛大に笑うライ。その様子にイブキは混乱している。


「ほ、本当に大丈夫なの?」

「はい。異常は無いですよ?ただ、変化はありました」

「変化?それって色が少し変わったことと関係があるのかしら?」

「変化したから色が少し変わったんですよ。その変化はコイツが自分の意思で選んだんです。そうですね……何から説明するかな……」


 少し考えを纏めているライは、先程モラミルトが吐き出した透明な魔石を一つ拾い上げる。


「まず、この石の中には魔獣の一部が入っていました。それはコイツが聖獣になる前のもの……要は元々コイツの身体の一部。それをコイツは取り込んだ」

「それって……危ないんじゃないかしら……」

「言ったでしょ?コイツが望んだって……今は聖獣じゃなく【霊獣】に変化したんです」

「霊獣……?」


 ライは、同じく霊獣であるコハクの話を始めた。


 玄淨石鉱山の崩落を避ける為に地中で堪えていた霊獣コハクは、かつて久遠国を襲った厄災──魔獣レイジュの一部を取り込んで霊獣に変化したのだということを。


「聖獣や魔獣には『裏返り』っていう属性反転があるんだそうです。でもそれは、聖獣・魔獣の意思が関わると聞いています。それを利用して俺も聖獣にした訳ですし……でもコイツが聖獣のままなら、いつか魔獣に戻る可能性もあった」


 聖獣・魔獣は滅多に転化しないとメトラペトラは言っていた。だが、汚染された環境や『御魂宿し』の様な存在から影響を受けることも否定出来ないのである。


「コイツは自らの意思で霊獣になることを選んだ。これで魔獣の様なただ暴れる存在になることはない訳です。属性変化に必要なのは魔力と意志。コイツは今のままで居たいと判断したんですよ。何せ霊獣には裏返りはありませんから」

「それで変化を……」

「コイツ、俺の記憶の中からコハクとの会話記憶を見たんでしょうね。で、真似してみたら成功した……と」


 かつてのコハクは分身にして姉妹のレイジュを忘れたく無かったのだろう。取り込んだ魔力を弾き出す様な真似はせず、その身に取り込む意志を見せた。

 故に霊獣化を果たしたのだとメトラペトラは推察している。


「折角だ。これからどうしたい?お前は自由だぜ、兄弟?」


 ライに頭を撫でられたモラミルトは、そのままイブキの前に移動するとペタリと腰を下ろし三本の尻尾を振っている。

 イブキはそんなモラミルトに視線を会わせる為に、屈んで抱き締めた。


「うちの子になってくれるの?」


 その言葉には顔を舐めることで答えるモラミルト。イブキは涙目で笑顔を浮かべた。


「ありがとう!……ラ、ライ殿、本当に良いの?」

「良いも何もソイツが自分で選んだんですから……。可愛がってやって下さいね。……そうとなれば名前も付けてやって下さいよ。『モラミルト』は魔獣の時の名前ですし、どうせならこの国に相応しい名前を……」

「そうね……じゃあ、天雲丸というのはどうかしら?」

「あまくもまる……良いんじゃないですか?」


 雲を印象付ける体毛と、魔獣・聖獣・霊獣と一日で変化したことを天気になぞらえた命名とのことだ。


「今日からお前は天雲丸。よろしくね?」

「クゥン」

「良かったな、兄弟。可愛がって貰えよ?」


 モラミルト、改め天雲丸は再びイブキの顔を舐めている。どうやら名前も気に入った様子。


 と、そこでトウカは疑問に思っていたことを口にした。


「ライ様……何故、天雲丸を兄弟と?」

「え?ああ……コイツの一部が俺の中にもあるみたいなんだよ。だから兄弟」

「……どういうことですか?」

「ん~……昔、敵に捕まって人体実験されたんだよ。その時にほんの少し魔獣が混じった。それがコイツの兄弟みたいな奴だったって訳」

「……相変わらずライ様は凄い話をさらりと言いますね」

「そう?まあ、今よりずっと弱かった頃の話だよ」


 結果として魔獣の力は、【肉体再生】【魔力吸収】としてライの身体に定着した。つくづく寄せ集め……ライは自分の力をそう思わずにいられない。


「さて、イブキさん。今後の話なんですが……」

「城内は確認して来たわ。比較的被害は少ないけど、問題はあの異国……トシューラの兵の処分よね?」

「ええ。それに、玄淨石鉱山とスランディ島国の方にも対応しなければならない。問題山積なんですよねぇ、実は……」


 最優先は玄淨石鉱山の奪還及び、敵将に当たるマコアと謀反人アブエ・シンザの打倒。次いでスランディ島国から来た者の素性調査。兵の処分は後からでも可能だろう。

 但し、捕虜といえど食事を与えねばならない。自然豊かな久遠国と言えど長引かせれば厄介な問題となり得る。


「トビさん。隠密総動員すればスランディから来た異人の調査出来ますよね?」

「そちらはもう始めている。が、即座に報告は出ないな……何せ人数が多過ぎる」

「わかりました。詳細は敵の親玉……マコアから聞き出すとしましょう」


 飯綱の玄淨石鉱山に待ち構える戦力は現在、隠密【鴉】が確認に向かっているとのこと。詳細が判り次第作戦会議を開くことになっていた。


「時にイブキさん。幾つかご相談が……」

「それはあの暗殺者達のことかしら?それともトウテツ殿とサヨのこと?」

「……。オルネリアさん達のことはともかく、トウテツ達のことまでお見通しですか……」

「私も女だから……というより、あの二人の態度見ていれば嫌でも分かるわよ。ね?トウカ殿?」

「……え?何の話でしょうか?」

「……………」

「…………?」


 イブキは剣に明け暮れていたとはいえ三十路を超えているのだ。まして領主として臣下の婚姻も見ている。当然ながらその手のことには直ぐに気付く。

 だが、トウカは箱入り娘。最近まで恋をする様な環境にはおらず、剣の修行に没頭した青春時代。鈍くて当然と言えよう。


「と、ともかく、サヨの件は私も考えてはいるわ。トウテツ殿もサヨを好いてくれている様だし」

「身分差は何とかなりそうですか?」

「何とかなりそうではなく、何とか“ する ”のよ。幸いトウテツ殿には決まった相手もいない様だし、サヨを私の養女扱いにして送り出すつもりだけど……あの娘、真面目だから……」


 イブキは臣下を大事にする良き領主だ。臣下の家族とも付き合いを持ち、内政で無理難題を吹っ掛けることもない。

 隠密は身寄りの無い子供を集め育てる場合が多いが、イブキは他領主に比べ特に隠密を可愛がっている。送り出す為に養女にする程には大切な身内なのだ。


「大丈夫ですよ。後はトウテツを焚き付けますから。領主から強く言い寄られれば断れないでしょ?」

「ライ殿は何というか……悪知恵が働く人?」

「アハ……ハハハ~……こ、これも友人の為です。悪知恵でも猿知恵でも出しますよ、俺は」

「……我が配下の為に心を砕いて頂き感謝します」

「いえ……イブキさんだって、やっぱり皆が幸せな方が良いでしょ?」

「……ええ、そうね」


 イブキはライという人物のその行動をまだ一日しか見ていない。だがそれでも、その根幹が他人の為ばかりであることに気付いていた。

 善人過ぎる……それが少しばかり心配になった。


「ところで、その当人……トウテツとサヨさんは?」

「ああ……トウテツ殿はライ殿が救ったあの異国の者達と一緒よ。事情は理解したけど放置は出来ないから……今は来客用の部屋を宛がっては居るけど、その見張りとして付いてくれているわ。サヨの方は炊き出しの手伝いに」


 トウテツの実力の程はサヨから聞いているイブキ。神具の凄まじさも伝わっている様だ。


「しかし……ペトランズではそこまでするのですか?」

「ん?何、トウカ?」

「いえ……。人を操り他国に、ましてディルナーチにまで送り込んで来るなんて……」

「トシューラって国は特殊なんだよ。元々あの国のやり方は異常なんだけど、軍事大国なもんで潰すのも難しいんだ」

「ライ様でも、ですか?」

「ハハ……あの国は魔王級の魔術師が居てね。いま戦っても勝てるかわからない」

「そんな存在が……」

「オルネリアさん達もソイツのせいで呪縛されてた訳だからね。表には殆ど出て来ないけど、まあ厄介な奴だよ」



 打倒ベリドを掲げてはいるが、思った様に神格魔法の修得が進まないことにライは内心焦りもある。少なくとも【転移】や【時空間魔法】が欲しいところ。だが、ライは殊更に時空間魔法が苦手だった……。


 今対峙するなら、やはり【天網斬り】は必須だろう。


「残りはスランディ島国か……。十中八九、トシューラの手が伸びたってところかな?う~ん……でも、どうするか」

「入国を止めるしか有るまい。既に王には打診している」

「トビさんの判断は正しい。だけど、経済が狂わないですか?」

「まあ少しはな……。だが、他国に攻め込む訳にも行かないだろう?」

「……もし許可が貰えるなら考えがあります。けど、それも信用されなきゃ出来ないんだけど……」

「言ってみろ。今更お前の考えに驚きはしない」

「了解!実は……」


 ライの考えは、スランディ島国内のトシューラ勢力を排除するというもの。その為に禊としてオルネリア達に協力して貰うことを提案した。

 それならば全員が異国人。久遠国が送って来たとは思われず、敵に感付かれ辛い筈だ。


「勿論、俺も行くつもりだけど……」

「……………」

「あの~……トビさん?」

「保留だな。内情が判らねば、ただ暴れるだけで終わり兼ねない」

「どのみちマコアって奴を捕らえないとならないから、後になる訳ですけどね……」

「わかった……王にはそうお伝えする。恐らく許可は下りるだろうな。あの方はお前に甘い」


 トビはそのまま部屋から出ていった。書状を作成し送るつもりなのだろう。

 内心ではライの行動を監視したい気持ちもあるのだろうが、ここまで盲目的に他人を気遣うとなると最早敵になり得ないとは理解している筈。


「イブキさん。玄淨石鉱山に攻め込む戦力は?」

「シンザの画策で各地に散っていた兵を集めているけど、それでも全体の半分ね」

「まぁトシューラ兵は潰しておきますけど、シンザの謀反はイブキさんが鎮圧しないと領主の立場が危うくなる。勿論、手助けはしますが……」

「大丈夫……理解はしてるわ」

「わかりました。じゃあ後は報告待ちですね……取り敢えずオルネリアさん達にスランディ島国の件を聞いてきます。……と、その前に」


 ライは天雲丸の吐き出した魔石を吸収し再構築。一つの魔石を生み出した。


「イブキさん。これを後で天雲丸の首にでも付けてやって下さい」

「これは……?」

「高速言語と魔法の智識が入った魔石です。人には扱えないかも知れませんが、霊獣なら大丈夫でしょう。天雲丸……お前がイブキさんを守るなら、魔法が使えた方が良いだろ?」

「ウォン!」

「生まれたてだから今は喋れないだろうけど、その内必要になる。頑張れよ、兄弟?」


 最後に天雲丸の頭を一撫でして、ライとトウカは部屋を出ていった。


「……じゃあ今後とも宜しくね、天雲丸?」

「ウォォン!」


 この後の飯綱領──領主の傍らに常に付き従う灰色の獣が飯綱領内で語り草となるのは余談である……。




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