第四部 第六章 第十七話 それも愛 


 オルネリア達と今後の相談をする為に客間へと向かったライとトウカ。


 そんな二人は、オルネリア達が居るであろう客間の前で佇むトウテツの姿を見付けた……。


 だが──どうもトウテツにはいつもの凛々しさが見当たらない。どこか気の抜けた『心ここに在らず』といった顔をしている……。


「……。トウテツ、どうしたんだ?」


 ライの問い掛けに反応せず深い溜め息を吐くトウテツ……。ライとトウカは互いの顔を確認し苦笑いしている。


「トウカ……これで分かったでしょ?」

「はい。しかし、あのトウテツ様がこんな風になるなんて……恋というものは凄いですね」

「一目惚れってヤツだよ。ウチの親もこんなだったのかねぇ?」

「ライ様のご両親も一目惚れだったんですか?そのお話しは興味があります」

「アハハハ……それは後で聞かせてあげるよ。それより今は嘉神のご領主様の方を何とかしないとね?」


 トウテツの正面に回ったライは視界を遮るように顔を近付けたが、一向に気付く気配がない。見張りという話の筈が、その気になれば脱走し放題だ。


「おい、トウテツ!おい!」

「…………」

「領主様?一大事でござる!」

「…………」

「くっ……!まさかこれまでとは……仕方無い」


 こんな時はお決まりの《雷蛇》炸裂。トウテツは極小の《雷蛇》により強制的に意識を引き戻される。


「ビビビビビビビピ!」


 ガクリと床に膝を着いたトウテツは、興奮気味に立ち上りライの肩を揺さぶった。


「おおお、おい!何をするんだ、ライ!」

「いや……幾ら呼んでも反応しないからさ。ちょっとした気付けにね?」

「………。き、気付かなかった……。そうか……駄目だな、私は」

「どうせサヨさんのこと考えてたんだろ?」

「なっ!なななっ!」


 『え?何でわかったの?』みたいな顔をしているトウテツ。逆にライは『えぇ~……何でバレないと思ったの?』と呆れ果てた顔を向けていた。


「よぅし……トウテツ君。少しばかり相談に乗ろうじゃないか?」

「し、しかし……私は彼らを見張らねば」

「それはトウカにお願いしよう。良いよね、トウカ?」

「はい。どうぞ、トウテツ様の手助けをしてあげて下さい」


 トウカの許可を得たライはトウテツの襟を掴んで縁側から一気に飛翔。城の屋根に着地した。


「さて……正直な話、トウテツはどうしたいんだ?」

「どう……とは?」

「サヨさんとだよ。一緒になりたいのか、なりたくないのか言ってみ?」

「一緒に……なりたい。だが、私は嘉神の領主だ。そしてサヨ殿は飯綱の密偵……。私は……身分の違いなどどうでも良い。しかし、臣下のことを考えれば我を通すことは出来ない」

「ああ……。そのことはイブキさんと相談したから、多分解決するよ」

「そうだろ?イブキ殿も自らの大事な密偵を手離……え?ライ、今何て言った?」

「だから、身分の問題は解決すると思う。となると……お前はどうする?」


 暗い顔がパッと明るくなったトウテツ。今まで見たことが無い程に満面の笑顔だ。


 だが、トウテツの顔は再び曇ってゆく。


「………。しかし、サヨ殿の気持ちも考えねば」

「中々面倒臭いヤツだな、トウテツ君は。……。良し!そんなお前に魔法の言葉を教えてしんぜよう!」

「ま、魔法の言葉……?」

「フッフッフ……トウテツ!男なら……やってやれだ!」


 トウテツはライの言葉に“ ガガンッ! ”と衝撃を受けた様だ。


「や、やってやれ……何か目から鱗が落ちた気分だ……。し、しかし、一体何を『やってやれ』なんだ……?」

「そりゃあ、もう……子作り?」

「うわぁぁぁっ!わ、私はそんな邪な気持ちでは……!」


 瓦屋根の上で頭を抱えゴロゴロと転がるトウテツ。勢い余って屋根から落ちて姿を消したが、神具の飛翔で帰ってきた……。


 カガミ・トウテツ──中々にからかい甲斐がある漢である。


「冗談だよ、冗談。多分、決断力のことだと思うぜ?」

「決断力……臆して期を逃してはならないということか」

「そういうこと。秘せば花、なんてのは大間違いなんだよ。色恋は期を逃せば必ず後悔する」

「……そうか、わかった」

「まぁ、父さんの受け売りだけどね。ウチの母さん、領主の娘だったんだせ?で、母さんと実質の駆け落ちだった。そう考えると経験者の言葉は重みがあるだろ?」



 ライは久々に父との会話を思い出す……。


『良いか、ライよ……。女達は【男は皆、狼だ】などと言う。だがな……ソレ、正解!ウッヒョ~!男がスケベじゃなくなったら世界なんて全滅しちゃうんだよ~ん?良いか?己の狼を忘れるな!人間なんて欲の塊だ!』

『ちょっと、あなた!子供になんて話を……うっ!酒臭い……酔ってるわね?』

『酔ってますよ~?酔わなきゃやってらんねぇってんだ、チキショウめ!大体よぉ?実戦経験も無い貴族のボンボン勇者がよぉ?何を偉そうにしてやがんだって話だよ?俺は言ってやったね?【流石はお坊ちゃん!将来有望!】ってな?』

『……大変だったわね』

『………。良いか、ライよ。男が狼で良いのは許してくれる相手にだけだぞ?それを忘れるな!そしてその欲望を大事な者の為の力に変えろ!』


 そんな話をしながらチラチラと母を見て手を伸ばす父……。パシリ!と手を叩き落とした母も、今思えば満更ではなかった気がする。


 そして父はライの耳元で最後にこう囁いた……。


『子作りは 世界の為の 大事な仕事。世界の為なら 全力已む無し。──【ロイ・フェンリーヴ】』


 何か格言ぽくドヤ顔だったことは、今でもライの記憶に焼き付いている……。



「……という訳だ」

「どういう訳だ!結局は子作りの話なのか?」

「だって、それも愛だろ?」

「うっ……!た、確かに!」

「という訳で男同士……その辺の知識がどこまであるのか確かめ合おうか?」

「そ、それは……」

「愛だよ、愛……。愛の知識が足りなかったら不味いだろ?」

「うっ……!」


 結局トウテツは押し切られ、ライと共にエロ知識の確認が行われることとなった……。


 真っ昼間……ヒバリの鳴き声が響く晴天の空の元、飯綱領主の居城の屋根で交わされる男同士のエロ会話。時と場所を考えるべきだがツッコミ役が不在だった……。

 最終的に若い男二人は前屈みだったのは言うまでもない。



「ライ……感謝する」


 二人の股間に住まう魔獣が鎮静化した頃……トウテツは少し大人びた顔で感謝を告げた。

 トウテツが何に感謝したのかは、この際触れない方が良いだろう……。


「うむ!ならばけぃ、トウテツよ!お前の意気込みを見せてやれ!リンドウなんぞに負けるで無いぞ!?押して押して押し倒……気持ちを伝えろ!」

「うおぉぉぉっ!私はやるぞ!」

「お前は出来る!」

「私は出来る!」

「お前は出来る!」

「私は出来る!」

「男なら?」

「やってやるぞぉぉ━━っ!とぅ!」


 気合いの叫びがこだまする中、トウテツはサヨを探しに飛び立って行った。 


「フフッ……この『恋愛マスター』ライ様に掛かれば、この程度の勇気を引き出すことなど容易いことよ」


 自称・恋愛マスターと語る『エセ・恋愛マスター』。彼女いない暦が人生という悲しい漢は、変な方向に知識だけが発達した『真のムッツリ!』であることも忘れてはならない。

 そしてライは好意をハッキリと宣言されないと気付かないという鈍感男でもある。他人のことより『その鈍感さが原因でいつか修羅場を生みそうだ』と気付くべきだろう。



 ともかく、トウテツを焚き付け……もとい勇気付けることには成功した。後は当人達次第。これで問題の一つは解決する筈。


「ライ様。トウテツ様はどちらへ?」


 客間前へと戻ったライを確認したトウカは、トウテツの姿が無いことに気付く。


「トウテツは……ヘヘッ!アイツ、明日に向かって飛んで行きやがったぜ」

「え?えぇ~っ?ど、どういうことでしょう?」

「近々結婚式でもあるんじゃないかなぁ~……」

「……楽しそうですね、ライ様」

「まぁね。折角知り合った人達には幸せになって欲しい、なんてのは傲慢かな?」

「そんなことは無いです。ライ様はお優しいですね」


 そんなライを見てトウカも幸せな気分になる。その理由は薄々自覚し始めているのだが、今は口にすることはない。


「おっと、いけない。オルネリアさん達はまだ大変なんだ。ニヤけている場合じゃないな」


 自らの顔をバシバシ叩いたライは、オルネリア達の居る客間へと入って行った。


「皆さん、大丈夫ですか?」

「勇者ライ!無事だったんだな?」

「プラトラムさん。スミマセン、あの後疲労で寝ちゃって……監視付きで不自由でしょうが、もう少し我慢して下さい」

「いや。トシューラに隷属していた時に比べれば天国だ。改めて礼を言わせて貰う」


 全員が軽装で居る姿は少し違和感があるが、どうやら丁重に扱われている様でライは一安心である。


 それからライはトウカを紹介した後、全員を集めて話を始め……ようとしたのだが、オルネリアの姿が無いことに気付く。


「オルネリアさん……は女性だから別室ですか?」

「いや……何やら炊き出しの手伝いに行くと告げて出ていった」


 城内の破損修繕の手配を済ませたイブキ。今朝方に依頼したばかりだが、早速職人が働いているらしく確かにアチコチから作業の音が聞こえる。

 オルネリアはその昼食の為の炊き出しを手伝いに向かったらしい。


「今までの罪を考えると、じっとしていられなかったのだろう……。御領主から許可を頂けたのは救いだったな」

「………炊き出しなんて出来るんですか?オルネリアさん、お姫様なんですよね?」

「今は無き我が故郷『リーブラ』は小国だったからな。不作の年には良くオルネリア様が国民の為の炊き出しを手伝っていた。まあ、久遠国の料理は良くわからないだろうが」

「へぇ……じゃあ、邪魔しちゃ悪いですね。では皆さんに先に話しておきますから、オルネリアさんが戻ったら相談しておいて下さい」

「話とは一体……?」

「実はですね……」


 トビに提案したスランディ島国内のトシューラ勢力排除作戦。それに協力して貰いたいとの提案である。


「プラトラムさん達はスランディ島国の中を把握してますか?」

「ある程度は、な。久遠国への入国に必要だったので数日滞在した程度で、誰がトシューラと繋がっているのか迄は判からない。済まない」

「いやいや、それは仕方無いですよ。とにかくマコアって奴から聞き出せば色々わかるでしょうし」

「マコアは厄介だぞ?剣技・魔法共に強力な使い手だ。有力貴族でもあるから魔導具もそれなりの物を持っているだろう。何より……」

「何です?まだ何か……」

「いや……それは直接見た方が早いな。スランディ島国の件は承った。恐らくオルネリア様に聞いても答えは同じだろう。安心して良い」

「ありがとうございます」


 だが、プラトラムはライの提案に別の意図もあることを見抜いている。


「勇者ライ……お前は私達を久遠国から脱出させるつもりなのだろう?」

「…………バレてました?」


 トウカは言葉の意味が分からず首を傾げている。

 ライは悪戯がバレた子供の様な笑いを浮かべトウカに説明を始めた。


「このまま久遠国に置いておくと、プラトラムさん達は多分監視されたままか牢獄行きだろうからね……。それだと家族を救いに行けないし迎えられない」

「それでですか……。でも、スランディ島国にはトシューラの者達がいるのですよね?」

「だから、スランディ島国からトシューラの連中を追い出す。で、プラトラムさん達にはスランディ島国に移って貰おうかと……」


 家族を救出しても身を寄せる国がないのでは意味がない。ライの計らいでシウト国に送ることも考えたが、ついこの間エルフトに大勢送ったばかりなのだ。あまり立て続けではキエロフに迷惑が掛かる。

 ならばカジームにとも考えたのだが、カジームはまだ再生の初期段階。やはり食料事情を考えると迷惑は掛けたくない。


 そこで考えたのがスランディ島国。商業国家であるならば各国に輸出入を行っている筈だ。食料に困ることも無いだろう。

 もし土地柄が合わなければ新天地を探して好きな場所に向かうことも可能な筈。トシューラの勢力を排除出来ればスランディに残る選択肢もある。


「多分、トビさんもそれを判っていて口にしないでくれたんだよ。それにドウゲンさんも許可を出してくれると思うよ?」

「何故ですか?」

「王としては長く付き合いのあるスランディ島国と縁切りするのは痛いからね。だからといってスランディ島国に改善しろとも言えないでしょ?それを解決する見返りとしてスランディに送ることを認めると思うんだ。でも……」


 本当のところはドウゲンがトシューラのやり口を聞いていたからだと、ライは苦笑いをしている。


「ドウゲンさんとの話にトシューラの狡猾さは何度か出たからね。その被害者なら助けたいというのが本音だよ、きっと」

「そうですか……」


 トウカにとって父ドウゲンはいつだって優しかったのだ。そんな父を誇らしく思うトウカは、少しだけ微笑んでいる。


「という訳で、王からの許可が下りたら向かいます。装備等も用意しますが、最初は飽くまで偵察。その後の情報次第ではまた対応が変わりますけど、実質は皆さんの解放になります。それで……」

「何だ?遠慮せずに言ってくれ」

「この先……出来ればスランディをしばらく拠点にしたいんで、ちょっと本腰入れようかと。でも、極力犠牲は出さない方向で進めたいんですが……」

「我々は勇者ライに従う。安心してくれ」


 プラトラムはライの過分なまでの配慮を理解している。それをライ自身、恩に着せるつもりが微塵も無いことも……。

 何より、本来敵として討ち果たしていたであろうプラトラム達を助けただけでなく、その家族すら救おうとしているのだ。


 最早返せない程の恩義──。ライがもし領主や騎士であれば仕えることも可能だが、 『プラっと勇者』である以上それも叶わない。ならば指示に従う程度は当然とも言える行為──プラトラムはそう考えていた。


「助かります。となると後は玄淨石鉱山だけか……」

「出来るなら我々も加勢したいのだが……」

「皆さんはまだ罪状猶予期間ですから、流石に……。それに、皆さんはトシューラでの救出が本番ですので休養していて下さい。魔石引き抜いた疲労、残ってるでしょ?」

「ああ……感謝する。勇者ライ」


 魔石を取り除いたことで身体に満ちていた魔力も低下するのだ。どうしても疲労として気だるさは残る。

 だが、それも数日もすれば安定し違和感は消えるだろう。


「では、今の話をオルネリアさんにも伝えて下さいね?」

「わかった。勇者ライも無理せぬ様にな」

「了解です」


 話が終わり再びライの寝ていた部屋に戻って見れば、既にトビが戻って来ていた。


「王からの許可は出た。好きにやれとのことだ」

「早っ!いつも思うんですが、魔導具も持っていないのにどうやって連絡を?」

「秘密……といっても何れは気付くんだろうな、お前は。まあ自分で考えろ」

「アハハハ……それでこそトビさんですよ。ところで、シギの結婚式には出て貰えます?」

「構わない……が、この状況で時間が出来るか?」

「時間は作るんですよ。問題なんてとっとと終わらせなくちゃね?」

「そこは同意してやる」


 これでイブキの挙兵準備と鉱山に派遣した斥候が戻れば、いよいよ行動となるだろう。


「そうと決まれば……寝るか」

「…………。先程まで寝ていらしたのに」

「トウカも休める時に休まないと。ほら、トビさんも」


 トビは肩を竦めその場に腰を下ろした。


「姫。ソイツの言うことも尤もです。姫はイブキ様の部屋で休むようにと言伝てされてますので……」

「ですが………」


 トウカはチラリとライを見る。離れると何かを始める印象が定着しているらしく、置いて行かれるかが不安なのだろう。


「大丈夫だよ。早く休んで」

「ならば私も此処で……」

「……俺って本格的に寝るとかなり寝相悪いらしいから、トウカに抱き付くよ?何処触るかわからないし」

「………お、お休みなさい」


 顔を赤らめそそくさと部屋を出るトウカに、トビは珍しく笑いを堪えていた。


「どうしました?」

「いや……姫もお年頃になったと思ってな」


 任務としてトウカの護衛を行ったこともあるトビは、トウカが小さい頃からその成長を見守っている。だが、今ほど表情豊かだったのは王妃ルリが居た時以来だった。

 それを引き出した異国の勇者……少しばかり嫉妬と感謝の綯交ないまぜになった感情が、トビの中に湧き上がった。


「それにしても……嘘つきめ」

「し、失礼な!この『正直ライちゃん』に向かって何を……」

「どうせ今から玄淨石鉱山を覗いてくるつもりだろう?」

「うっ!……バレてたか……」

「俺は姫の護衛を優先する。現地には隠密【梟】と【鴉】が潜伏しているが、お前なら直ぐに見付けられるだろう?合流して情報を得ろ」

「分かりました。一応分身を残して行くので何か連絡があればお願いします」


 スッと立ち上がったライは分身体を残し窓から飛び立って行った。


「じゃ、こっちは本当に寝ます」

「……器用な奴だな」



 慌ただしいライの旅。玄淨石鉱山を確認したら温泉に浸かって帰る予定が、すっかりドタバタになっている。まさに『トラブル勇者』の本領発揮だった……。



 飯綱の争乱は間も無く山場を迎えることになる。



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