第四部 第六章 第十八話 妖怪・偽タカムラ


 久那岐の街から西北西に馬で一日程の距離には、愛染山と呼ばれる緑豊かな山がある。そこは永らく『神の住まう山』として信仰の対象とされていた。


 その麓付近……本来森になっている山間が伐り拓かれ砦が建造されている。


 伐り出した丸太を組んだだけの武骨な砦は、今まだ増築中……。そこには多くの職人が懸命に働いていているのが確認できる。



 時は夕刻──そんな砦内の一室。二人の人物が向かい合うように卓に着いていた。


「クックッ……。間も無くこの砦も完成ですな、マコア殿。これでトシューラ国の技術が加われば、飯綱領の拡大……いや、ディルナーチ統一も夢ではありますまいぞ」


 小悪党の様な含み笑いを見せた男……この男こそが飯綱領主イブキを捕らえ閉じ込めていた張本人、アブエ・シンザである。

 弛んだ顔は一見して温厚な善人を思わせる為に騙される人間も多いが、内心は自らの利益を優先し領民を蔑ろにする謂わば『下衆』……。飯綱領の綻びそのものの様な存在だ。


「ンフフ……良かったわね、シンザちゃん?これであなたが王になれば神羅国も無視出来ないでしょうね」


 シンザと向かい合い座るのはトシューラ兵の総大将マコア。女言葉を喋っているが、その声は野太く力強い。

 しかし……それは、オルネリアの声の様に手を加えている訳ではない。間違いなく生まれついてのもの──そう、マコアは性別的に完全な【男】である。


 大柄にして長身のマコア。袖や襟にフリルの付いたピンクのシャツは、布がはち切れんばかりに筋肉を浮かび上がらせている。

 全身至るところの無駄毛は完璧な手入れがされツルツルお肌だ。


 分厚い唇に深紅の紅を指し、眉毛は細く整えてあるが青い剃り跡が残っていた。

 赤みがかった金髪を眉の辺りで揃え、後ろ髪は三つ編み。それがマコアの姿である。



「それでシンザちゃん。例のものは見付かった?」

「申し訳ない。手掛かりは見当たらないですな」

「そう……仕方無いわね。では、やはり王都で調べるしかないのかしら?」

「それも近々叶うでしょう。さすれば我が国に伝わる術は全てマコア殿のもの。きっとお目当てのものも見付かる筈」

「そうね……私はその為にここまで来たのよ。お願いね、シンザちゃん?」

「無論。私達は同志ですからなぁ?クックック……」


(同志の訳無いでしょ?国を売るような下衆なんて信用出来る訳無いじゃない。こんなのが領地の重臣なんて、久遠国の国民は馬鹿なんじゃないかしら?)


 マコアはシンザを使い捨ての駒としか見ていない。どうせ久遠国の奪還など無理……ならば精々利用し情報や技術を奪うことにする、それがマコアの役割である。

 後の侵略の布石……それは如何にもトシューラらしいと言えよう。



 もっとも……地位の高い貴族であるマコアが遠く離れたディルナーチに赴いたのは、自らの望みを叶える為でもある。

 それさえ叶えば全てを捨てても良い……そんな途方もない願いを叶えるすべを探し続け、未知の術……方術が眠るディルナーチでの任を志願したのだ。 


 そんなマコアの願いを叶えることが可能な存在……それが間も無く目の前に現れることを当人も知らない。



「ところで、久那岐の街は大丈夫ですかな?」

「ええ。我が国でも選りすぐりを連れて来ているから問題は無い筈よ。あれを排除するにはそれこそ魔王級の存在が必要ね」

「しかし、我が国には『天網斬り』がありますぞ?」

「その『天網斬り』?があっても人質全ての命を救うことは無理よ。領主だけでなく街が人質みたいなものだしね?」


 ライが短時間で久那岐の奪取を試みたのは、こういう油断を狙う為でもある。


 強力な戦力であってもプラトラム達の魔石を取り除くことは不可能……結果、【呪縛】による暴走で狂戦士化した暗殺者により久那岐は壊滅する──というのがマコアの見立てだ。


 まさかその辺り全てが、やんわりと解決されているなどとは夢にも思わないだろう。


「ともかく、早めに次の段階に移りたいわね。隣の領地への売り込みはお願いしても良いかしら?」

「勿論。玄淨石鉱山も採掘を始めましたからな……。それと合わせ魔導具を持ち込み、後は飯綱領と同様の手筈で……」

「そう。じゃあ宜しくね?」


 手を差し出し握手を交わした二人。席を立ち部屋を出て行くマコアを見送ったシンザは、しばし後に苦々しげな表情を浮かべる。


「フン……異国の侵略者風情が偉そうに。……まぁ良い。飯綱領を掌握した後は奴も配下共々始末してくれる。下郎め……精々私の為に働くが良い」




 そんな様子を砦近くの森の中から見ていた男が居た。そう……御存知『覗き魔勇者ライ』である。


 チャクラの力 《千里眼》を利用し砦の中を伺っていたのだが……何やら幾分“ げんなり ”とした表情をしていた。


「どうなさいました、ライ殿?」


 ライの様子に不安気な視線を向けた者が二名──。


 【梟】の隠密・ヒバリと【鴉】の隠密・ツバメ。因みにどちらも若い女性……しかも姉妹である。

 ヒバリは大人の色気溢れる魅力的な、ツバメは活発で爽やかな印象のある美女だ。


 隠密はその容姿さえ任務に利用する。その意味でも二人は有能なのだろう。




 イブキ達と共に救出された隠密の内この二名は、今朝方早くに命を受け玄淨石鉱山の調査へと行動を開始した。


 隠密に【纏装】は必須能力──それは久遠国も変わらない。故に隠密だけは最初に徹底して纏装を叩き込まれている。それも危険と向かい合い生き残る為……。

 そんな纏装を駆使し馬で走り続けること二刻程で、隠密姉妹は現地に到着したとのことだった。


 とはいえ、警戒は厳重……中に潜入することが出来ず森から様子を伺っていた所を、ライが発見し合流と相成ったのである。


「いや、謀反人だけあって醜いなぁ……と」

「アブエのことですね?一体どの様な……」

「キツネとタヌキの化かし合い?」

「……………」


 要領を得ない答えに首を傾げる隠密二人。ライは自分の記憶を見せることにした。


「!……ライ殿はこんな真似も出来るのですか?」

「千里眼に他心通……隠密からすれば羨ましい限りです」

「そっか……隠密は情報取得も伝達も命懸けですよねぇ……。うん。じゃあ、ちょっと待って下さいね?」


 いつもの如く分身を何体か純魔石に変化させ、能力を《付加》させる。


「二人の持ち物を教えて貰って良いですか?何でも良いので……」

「私は短刀、縄、籠手、具足ですね……。あとはかんざし……」

「私は……クナイが何本かと具足、手鏡、あと笛を持ってます」

「じゃあ、ヒバリさんは短刀と具足……それと簪を。ツバメさんはクナイを一つと具足、あとは笛を貸して貰えます?」


 メトラペトラにも言われている様に神具をやたら造るのは問題がある。そうは理解しつつも、隠密達の為に何かをせずには居られない『お人好し勇者』。結果、またしても神具の大盤振舞を行うことになった。


 まず、それぞれの道具に《自然魔力吸収》の魔石を埋め込む。


 ヒバリには《氷華柩》《炎焦鞭》の短刀。《念話》《千里眼》の簪。《飛翔》《加速陣》の具足を。


 ツバメには《分身》《飛翔》《雷蛇》のクナイ。《念話》《千里眼》《迷宮回廊》の笛。そしてヒバリ同様の《飛翔》《加速陣》の具足を用意した。


 《迷宮回廊》は相手を意識世界の迷路に捕らえ惑わせる魔法。大勢を対象に出来る広範囲幻覚魔法だ。


「凄い……ほ、本当に頂いて良いのですか?」

「元々お二人の持ち物ですから……それと、あまり口外はしない様にお願いします。他の隠密達の分は用意するの大変なんで」

「……ライ殿はもしかして神様ですか?」


 ツバメの突拍子もない質問にライはガクリと体勢を崩す。


「か……神様?」

「だって、飯綱だけじゃなく嘉神も不知火も救ったと聞いてますよ?それに、こんな凄い宝具……」

「いや……これは《付加》と言って、俺の持つ力を物に与えることが出来る魔法で……確かに普通の人間ではないですが、神様じゃないですよ?」

「そうですか……。でも、私達にとっては神様みたいなものですよ。ね?お姉ちゃん?」

「そう……かも知れないわね。命を救われ、更に宝具……久遠国も助けて頂いていますし」


 流石に恥ずかしくなったライは顔を手で覆っている。


「やだよぉ!オラ、こっただメンコイ娘っこらに誉められたら、こっずかしくてぇ!あ……田んぼの水さ見で来ねぇど!」


 突然、訛り出した『田舎者勇者』は、顔を覆ったまま森の中を走り去っていった。……度々木に激突し“ グハァ! ” “ フギャッ! ”と悲鳴が遠退いていく辺りがまた残念な漢である……。

 それにしても、一体何処の田んぼに向かったのか……隠密達も首を傾げるしかない。



「聞いていた通りの方ね……」

「強いのに偉ぶらないってこと?」

「それもあるけど、何と言うか……関わった者への気遣いが凄いというか……」

「……ライ殿は結婚はしてないよね?私、迫ってみよっかな?」

「ツバメ……残念だけど、ライ殿は姫様のお気に入りよ?」

「な~んだ……じゃあ、お姉ちゃんも迫れないね」

「……ライ殿は確かに色々と魅力的だけど、多分惚れたら苦労する相手だと思うわよ?色々釣り合う者じゃないと……」

「ふぅん……」


 ヒバリの言葉は見事に的を射ている。奴は『エセ・恋愛マスター』……惚れた相手は間違いなく不満が募る可能性が高い。

 何故なら、ライは恋愛に関してまだまだお子ちゃまなのだから……。



 隠密二人がそんなお子ちゃまについて語る頃、田んぼを見に行った筈の当人は既に砦の中に居た。


 久那岐の街に居たトシューラ兵の一人に成り済まし、ちゃっかり侵入成功。

 これは、マコアが久那岐の街に魔術師を集中していたが故に警戒感知が疎かだった結果である。


 しかし……例え魔術師が居たところで、全員ライに昏倒させられていた可能性を考えれば結果は変わらなかっただろう。


(フッフッフ……我が隠形の技を以てすれば、侵入など軽い軽い。さて……先ずは飯綱の兵を誘導しないとね~)


 砦内の戦力は《千里眼》で既に把握している。トシューラ兵は凡そ千人……。恐らくマコアが連れて来た戦力の全てを導入しているのだろう。

 対して飯綱兵は八百人程……。イブキが久那岐に常駐させている戦力の凡そ半分と言ったところだ。


 砦の飯綱兵は人数で劣っているが本来は領主付きの精鋭。イブキ達とまともに戦えば、地の利も含め砦の飯綱兵が勝つと思われる。


 しかし……当然ながら、まともに当たれば双方犠牲も出るのは避けられない。トシューラ兵の持つ魔導具の物量を考えれば、恐らく半数以上が落命する恐れがあるのだ。それは避けたいところである。


 無論それは、砦内に『とんでもねぇ、アタシゃ勇者ですよ?』が居なければの話……。


(さってと……。どうするかな……)


 まずは飯綱兵の誘導。だが、出来ればイブキの手腕を隠密トビに見せたいところ。よって蜂起はイブキ達が現れた時に合わせたい。


 そこでライは分身を一体発生させ、飯綱兵の中に紛れさせた。その姿は久那岐でイブキと共に捕らえられていた重臣のもの──先ずは兵の取り込みと選別から開始した。


「おい……貴公。少し話がある」

「何だ、偉そうに……。……あっ!タ、タカムラ様!ご無礼を御許しください。しかし、何故この様な場所に……」

「うむ。実はな……」


 ライの分身が扮した『重臣タカムラ』は、現状を説明し兵士の反応を見る。どうやら接触した兵は運良くアブエの配下ではなかった様だ。


「そんな……。お、おのれ、アブエ……よくもイブキ様を!我が刀の錆にしてくれる!」

「馬鹿者!声が大きい!……良いか?我々が暴れるだけでは意味が無いのだ。既にアブエの謀反は隠密に知られておる。イブキ様のお立場を考えるならば、イブキ様の手腕で見事解決とせねばならぬのだ」

「お……仰る通りで御座います。それでは、如何すべきでしょう?」


 兵は最早、タカムラが偽者であるとは思っていない。その無駄に高い演技力は此処でも遺憾なく発揮されている。


「うむ。私がここに忍び込んだのはその準備の為よ。良いか?我々はイブキ様が砦を制圧に現れた際、内側から蜂起する役割。だが、甚だ不快ながら兵の中にはアブエの手の者が紛れている。それを炙り出さねばならぬ」

「な、成る程……しかし、どうなさるのですか?」

「何……お主は皆に今の話を伝え内部蜂起に備えれば良い。但し、異国兵に悟られぬようにな?」

「ですが、それではアブエの手の者に内通されるのでは?」

「そこを私が叩くのよ。お主には兵を纏める役を任せる。頼めるか?」


 兵は力強く頷いた。


「命に賭けましても成功させます。お任せください」

「良く言った。おっと……そうだ、貴公の名は?」

「カミイズミ・ノブカゲと申します」

「うむ。その働き、しかとイブキ様に伝えるぞ。では……作戦開始だ!」

「はっ!」


 ノブカゲは慎重に飯綱兵達へ作戦を周知して行く。時折その兵の中から抜け出しアブエの元に向かおうとする者を、ライ扮する『偽タカムラ』が捕縛し続けた。


 捕縛の際に於ける『偽タカムラ』の行動は、実に妖怪じみたものだった。

 突然タカムラの首が回転し、“ キシャーッ! ”と威嚇しつつ蜘蛛の糸を吐く。更に目から雷撃ビーム。捕縛された者達は、全員漏れ無く……いや、全員漏らしていた……。


 何故ライはそんなことをしたのか……?それはゆっくり温泉に入る予定を崩された腹いせと、お茶目な悪戯心……当然、皆が知ることはない。


(うんうん。カミイズミちゃん……中々優秀だね、チミは。ちゃんとイブキさんに報告しておくからね?さてさて、次は……)


 分身・偽タカムラを見張りに残し今度はトシューラ兵に扮するライ本体は、次なる行動を開始した。


 次の仕事はトシューラ兵の持つ魔導具の奪取。幸い、武器庫前には見張りが二名と少数……。敵とはいえその迂闊さにライは少々呆れ気味。


(ま……それはそれで好都合……)


 ライは厨房からくすねた酒瓶を片手に千鳥足で武器庫に近付いてゆく。当然ながら武器庫番達は警戒を怠らない。


「おい……貴様、何故酒など呑んでいる?」


 槍を向ける武器庫番を確認したライは、更に酔ったフリでペタリと床に座ると酒を一口煽る。


「ん~?何だ?お前ら、知らねぇのか?マコア様が酒を振る舞われたんだよ」

「何……?知らんぞ、そんな話は……」

「嘘じゃねぇぞ?何でも飯綱を手中にしただけじゃなく、お目当てのものが見付かったとか何とか……」


 マコアの探し物が何かは知らないが、信憑性を高める為に大嘘を混ぜてみる。しかし、兵達にはそれが何か伝わっているらしい。


「おいおい、本当か?こんな魔法から縁遠い地で見付かるとは思えんのだがな……」

「俺は良く知らないぜ?でも、皆がそう話していて酒が振る舞われたのは本当だ。疑うのは勝手だが、酒が無くなっても知らないぜ?」

「うっ……こんな離れた異国に来て俺達だけ酒にありつけないのは、納得出来ねぇな」

「何なら俺が代わりに見張っててやるけど?」


 武器庫番達はジロリと睨みを利かせライの様子を窺うが、酒の魔力には勝てず喉を鳴らしている。


「……い、いやいや、離れる訳にはいかん」

「なら一人づつ行けば良いだろ?一人残れば問題無いんじゃないか?ま、俺はここで呑んでるから好きにしな」


 如何にも美味そうに酒を煽るライは、プハァ~と酒の匂いを撒き散らす。やがて鼻唄混じりになった時点で、武器庫番達は相談を始めた。


「な……なぁ?一人残れば良いだろ?酒取ってすぐ戻るからよ?」

「………だ、だが」

「頼むよ。目の前であんなの見続けてんのは、お前だって地獄だろ?」

「……くっ、し、仕方無い。すぐに戻れ。そ、それと俺の分も忘れんなよ?」

「任せろ!じゃあ、行ってくる!?」


(はぁい、お一人様ご案内~)


 嬉しそうに駆け出す武器庫番【その一】。しかし、その先に待つのは『妖怪・偽タカムラ』である。

 笑顔で放たれる目からの怪光線により昏倒……纏装の糸でぐるぐる巻きにされ捕縛された。


 因みに捕縛した兵達は、そのまま近くの森の中にポイッと放り投げられている。今頃、隠密二人が大慌てで確保していることだろう。


「……ちっ!あの野郎、遅ぇな」

「ウィ~ッ……ヒック!アイツ、きっと酒を我慢出来なくて呑んでるに違いないぜ?へへッ……」

「くっ……納得行かねぇ!」

「行ってくりゃ良いのに……」

「……おい、お前!大体なんで此処で呑んでやがる。何か企ん……」


 その時、武器庫番【その一】の戻る姿が……。

 ユラリと足取り重く、少し半笑い。武器庫番【その二】は、怒りで相棒の異変に気付かない。


「お前!自分だけ呑んで来やがったな?俺の分はどうしたんだ!」

「ああ……悪い……」


 ヘラヘラと死んだ目で笑う相棒に、武器庫番【その二】はとうとう痺れを切らした。


「ふざけんな!お前ばかり……」

「でもよ……そんなこと……より、大変なこ、とが……」

「何だ!言い訳なんぞ聞かんぞ!」

「ち……がう……。酒を……呑む……口が……」

「何を言って……」

「口が……クヂが無いんだああぁぁぁ!」


 武器庫番【その一】の口が……まるで塗り潰された様に無くなっていた。当然、大混乱……慌てた武器庫番【その二】は、酔って項垂れるライを揺り起こした。


「お、おお、おい!た、大変だ!あ、相棒の顔が……」

「うぅん……何だ?」

「相棒の口が……無いんだよ!」

「口ぐらいで驚くなよ……」

「な、何だと……?」

「俺なんて……もっと……」


 言葉の途中でポトリと落ちる物を確認した武器庫番【その二】。それが眼球だと判るまでに数秒を要した。

 床の目玉から視線を上げライを見つめた武器庫番【その二】……勿論、オチは決まっている。


「顔がぁ!俺の顔がぁぁ!」

「ひっ!」


 そこに居たのはのっぺらぼうである。あまりの衝撃に固まる武器庫番【その二】……背後から肩を叩かれ振り返れば、そこには無数の『妖怪・偽タカムラ』がワラワラと……。


「お二人様、ご案内~……」


 電撃、糸の雁字搦め、近くの窓から森の中へ……。日が沈む間際の見辛さと相俟って、気付く者は居ない。

 まさに逢魔が刻……などと考えているのはライだけであろう。



 悪ふざけに満足したライはそのまま武器庫に戻り分身を解除。二体を再構築し武器庫番の姿に変えた。


(これで良し。後はじっくり魔導具を……)


 武器庫の中で光を放ちながら品定めを始めたその時、脳裏への語り掛けで動きを止める。


(ラ、ライ殿!いつの間に砦の中に……)


 それは外で待機している隠密ヒバリの声。どうやら早速 《千里眼》と《念話》を使用している様だ。


(神具は問題なく使えているみたいですね。良かった良かった)

(良くないですよ!砦から白い何かが飛び出したので慌てて確認に向かったら、敵の兵士じゃないですか!)

(森に放った奴等はアブエの配下とトシューラ兵です。いやぁ……流石、隠密。早くも謀反人を捕まえるとは何て有能な……)

(………ライ殿の手柄を渡されても困ります)


 実際、ツバメもヒバリも何もしていないのだ。隠密という立場上、情報は正確に伝えねばならない。


(ライ殿?誰ですそれ?)

(………何を言って)


 《千里眼》で砦内を見ている隠密二人。その目に映るライの姿は……いつの間にかヒバリの容姿に変わっていた。


(これで手柄はヒバリさんのもの。イェイ!私ってば有能よ~?)

(そ、それは流石に……)


 隠密が目立つ訳にはいかない。ヒバリの容姿で行動されては今後の任務にも差し支える。


(……何故そこまで?あなたの手柄で良いではありませんか?)

(手柄に興味ないんですよ。それよりイブキさんの立場を何とかしないと……協力願えませんかね?)

(……………)


 そこでライの提案に同意したのはツバメである。

 ツバメは【梟】ではなく【鴉】の隠密。イブキに仕える者だ。当然ながらイブキへの忠誠心が高い。


(私は協力……いえ、寧ろ宜しくお願い致します)

(ツバメ……。しかし私は……)

(お姉ちゃんは見ているだけで良いし、有りのままを報告しても良いよ。でも、私はイブキ様に仕えてるから出来ることをやりたいの)

(……………)


 隠密姉妹は元々飯綱領出身。ヒバリにもイブキへの恩義は少からず存在するのだ。


(まぁまぁ。あまり深刻に考えないで……。どうせ隠密頭のトビさんは全部知ってますよ。だからヒバリさんは普通に報告して下さい)

(え……?)

(俺がここに来るのを容認した時点で、トビさんは俺を利用しているんです。だから俺も勝手にやらせて貰う。報告は要点だけ話して貰えば十分ですから)


 イブキの到着と同時に内部蜂起。砦は落とされ、謀反人アブエと異国兵を拿捕、もしくは討伐。飯綱領主自らの手で領内を平定した───要はそれで良いのだ。裏方の仕事など些細な話になる。


(まあ、そんな訳で見ていてくれるだけで良いですから)

(……わかりました)

(あ……それと、神具も使い過ぎると疲弊しますので出来るだけ最小限に)

(わかりました……では)

(ライ殿……お願いしますね)

(了解で~す)


 軽い調子で念話を切ったライ。対して隠密ヒバリは複雑な表情だ。


「確かに惚れたら大変そうだね。特に真面目なお姉ちゃんには」

「…………」

「でも、私はますます興味が出たよ。イブキ様へのご恩返しにもなるから私はライ殿に任せる」

「ツバメ……」

「お姉ちゃんはライ殿の言う通り正直に報告すれば良いの。後は隠密頭のトビ様が責任取ってくれるみたいだから」

「そうね……。わかったわ……」


 いつの間にか責任はトビに丸投げに……きっと今頃、くしゃみでもしているに違いない。



 隠密達を納得させたライは、魔導具の無力化に専念。中には珍しい物もあったので、参考までにと幾つかをくすね懐に入れる。

 残りは全ての魔石を《吸収》。発生した魔力は全てチャクラに貯蔵した。


 これで武器庫の中にあるのは、何の変哲もない武器・防具。魔導具の脅威が無くなった以上、トシューラ兵の制圧も容易になるだろう。



 そんな作業が終わった時、既に日はとっぷりと暮れていた。砦には篝火が焚かれ、より不気味な雰囲気を醸し出している。


 砦の周囲には人の気配はない。時折、鳥の鳴き声がこだまする神域とも言える愛染山の麓。



 やがてその砦で行われる捕物に於いて、飯綱領主イブキは『愛染大権現の御使い』として後々まで語り継がれることとなる……。


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