第二章 第二話 爆誕!


「食えるもんなら食ってみろ!化け魚!!」


 そこには夜中の湖へ向かって飛び込む勇者の姿があった。


 湖自体が発光しているので視界の心配はない。身体強化を発動し目的の真上まで一気に跳躍。空中にいる間に風系魔法を詠唱し、鎧で更に魔法を重ねる。湖には大渦が発生して巨大魚が流されている姿が見えた。


 ライは渦の中心に出来上がった風の道に入る。一先ず作戦成功である。


 しかし、休む暇など無い。続け様に詠唱して風を起こし、鎧の魔法を重ねる必要があるのだ。湖底に到着するまでかなりの魔力を費やすことになるだろう。


(ヤバイ!思ったより深かった!魔力が足りないかも?)


 それもその筈。湖底の目的地は周囲より深い位置にあるのだ。その部分だけすり鉢の底の様な形状。コレばかりは潜ってみないと判らないので仕方のないことだった……。


 ライは急いで水筒に入れていた湖水を飲み魔力を回復させる。しかし、鎧に魔力を補充している時間は無い。尽きる前に目的を果たさなければ溺れないにしても巨大魚に食われる結果となる可能性もある。


(くっそ~!食うどころか食われるとか洒落にならねぇ!)


 水中に飲まれれば詠唱は出来なくなる。鎧の魔法だけでは風の道の維持は難しい。地味に追い詰められつつあったその時、視界の先にようやく湖底を捉えた。

 ライは目的の場所を探すと不自然な岩場らしき地形を発見。そして岩の上には……。


(あれは……金属の杭?)


 ぬかるんだ湖底に着地と同時、直ぐ様『杭』らしきものの打ち込まれた場所へと駆け出す。泥に足を取られながらも魔法を使用し続け回復の水を飲んだ。間もなく三本あった水筒も空になりそうだ。


 そうしてようやく岩場に着いたのだが……その異様さは際立っていた。岩場に見えたそれは人工的な石碑が経年で崩れたものと理解出来る。しかし異様さはそこではない。

 先は石に深々と刺さっているが、杭は銀色をした細長の…恐らくは四角錐型。表面にはビッシリと象形文字が彫り込まれていた。そして『杭』が打ち込まれている黒い台座にも同様の彫り込みが為されている。


(これ……封印?『神具』に対して?別のもの?とにかく杭を……)


 杭を掴み引き抜こうとしたがビクともしない。急いで《身体強化》を使用するがやはり動かない。


(ここまで来てお手上げとか止めてくれよ……)


 再び風魔法を使い脱出路を確保すると水筒を飲み干す。これで最後にする意気込みで身体強化を『重ねがけ』した。


(ぐっ!まだ駄目か!!)


 既に杭を握る手からは血が滲んでいる。だがその時、僅かながら杭が動いた。


 ライは覚悟を決めた。それは最悪の手段の選択……本来、命を賭ける必要は無く再度挑戦すれば良いのだ。しかしその時は何故か後回しを選択から外した。


「身体強化!!!」


 二度重ねるだけで全身に激痛が走る《身体強化》。それを三度重ねとなると後の被害が予想も付かない。

 しかし、覚悟の甲斐あって杭は一気に引き抜かれた。と、同時に一気に湖底を蹴り湖の外に飛び出す。


 本来、途中まで跳躍した後にフック付きロープを岩場に掛け手繰り寄せる予定だったのだが、三度重ねた《身体強化》は凄まじく一跳ねで湖の畔まで到着した。


 だが──そこで悲劇がライを襲う……。


「ぐがあぁぁっ!!」


 ライは激痛でのたうち回っていた……。


 絶叫と共に地面を這いずり立ち上がることすら出来ない。見れば手脚は有らぬ方向に折れ曲がり、全身の至るところから血が吹き出している。《身体強化》の三度重ねはライの肉体を根底から破壊したのだ。


 血塗れで苦しみながらも湖に向かう思考は残っていたらしく、這いながら水際に到着。するとライは、安心感からか湖面に顔を浸け気絶してしまった……。


 目を覚ましたのは翌日……太陽が頂点に昇る頃。虚ろな意識は激痛で強制的に覚醒させられた。


「うぅ……水……」


 半分浸かった顔で水を飲むと幾分か痛みが引いてゆく。しかし身体は思うように動かない。首だけ動かし身体を確認すると、折れた手足は湖水の力でなんとか元に戻った様だ。


 ただし、激痛はまだ消えていない。再び水を飲んだが以前の様な即座の回復効果が無い気がする。如何にダメージが深かったかがライにも理解出来た。


 諦めてしばらくじっとしていると、今度は空腹が襲い始める。最後の食事は苦い木の実を少量だったことを思い出すと、益々空腹感が強くなる。誤魔化す為に水を飲んでは休むを繰り返し、とうとう腹からはチャプチャプと水の音が聞こえ出した。


「……そういやあの魚、どうなった?」


 湖に顔を向けると、巨大魚は顔を出してじっとライを見ている。


(結局何なんだ、アイツは……)


 思い返せば杭を抜く際も攻撃を仕掛けて来る様子はなかった。守護者ではなかったのかと今更ながら考えたが、害が無いのであれば最早ライにはどうでも良いことだった。


 それより身体のダメージが気に掛かる。左胸部の魔石を使い、魔力が切れるまでひたすら回復魔法を使い続けた。その影響か、ライは睡魔に襲われ再び深い意識の闇に落ちていった……。




(……を、と………い)



 時間の感覚も曖昧になってきた頃、何かが聞こえた気がした。やがて深い眠りから再び意識を覚醒させたライ。目を開ければ森の外は既に真暗。空には満天の星が輝いている。


(……えを、……って下さい)


 やはり何かが聞こえる。耳に神経を集中し、その元を探すと……。


(杖を取ってきて頂けませんか?)


 その声は頭に直接響いている様だった。澄んだ女性の声……やはり気のせいではない。

 湖水の力と回復魔法で何とか身体を起こせるまでに回復したが、まだ身体は酷い痛みを訴えていた。


「杖を取ってくれ、だって?」


(はい……あなたが引き抜いたあの杖です。持って来ては頂けませんか?)


 湖の仄かな明かりを頼りに声の主を探す。辺りに人の気配は無い。唯一、あの巨大魚がライに視線を向けている。


「俺に語り掛けてるのはお前か?」


(はい……)


「杖ってアレのことか?」


 ライは、湖底から脱出した最初の地点に転がる『杭』を指差した。


(はい。お願いですから杖を……)


 魚に語り掛けられたのは初めての体験だった。ともかく、あの杭……いや、『杖』はやはり何かしらの宝具なのだと判断すべきだろう。ならばいつまでも放置しておくのは得策ではない。


 ライは痛みに耐えながら必死に立ち上がると自らの股間が濡れていることに気付く。その時脳裏には、眠りに落ちる前に腹が膨れるほど飲んだ湖水が過り血の気が引いた。


 そう……やっちまったのだ。『お漏らし勇者』の爆誕の刻である……。


 屈辱と苦痛に涙を流しながら杖の元に向かうライ。その喪失感は計り知れない。身体の動き辛さも相俟って情けなさが込み上げる。ようやく杖を支えに畔に戻った時には鼻水を流しすすり泣きしていた。


(あの……ごめんなさい……。色々と……)


 巨大魚に気を使われ益々情けなくなったライはキレ出した。


「うるさいよ!気を使うなよ!余計に涙が出るわ!」


(はい……すみませんです)


 完全に八つ当たりだった……。巨大魚は一度水に潜ったが、直ぐに顔を現した。


「で?お前は何なの?」


(はい……それも説明したいのですが、その前にお願いが……)


「お願い?何?」


(その杖で私を刺して下さい)


 いきなりの『とんでもないお願い』にライはたじろいだ。


「え……?自殺願望があるの?それとも痛いのが好きな方なの?」


(違います!!もう!……ああ!ごめんなさい!お願いですから話を……)


 巨大魚に怒られた……。しかし慌てて謝罪する巨大魚。ライの意地悪な部分が目を醒ます。


「どうしようかな……恥ずかしい姿まで見られたし。そもそも釣りは邪魔されるし、水浸しにされるし……印象悪いよ、君?」


(はうっ~!ご、ごめんなさい!ごめんなさい!違うんです!魚の本能で反応しましたが、私は魚じゃないんです!)


「意味がわからないよ……?じゃ、これで」


(お願いです!何でもしますから!)


「ほう……何でも、とな?」


 ライから厭らしい笑みが溢れる。湖水の明かりが下から照らしているので、その顔の妖しさは数跳ね上がる。


「オレ オマエ クウ?」


(嫌ぁ~!食べないで~!)


「よし、わかった。じゃあキミ?一生、俺の下僕ね?」


(はうっ!そ、そんな……)


「嫌なの?じゃあ残念だけど、俺の恥ずかしい秘密と共に永遠にお別れと言うことで……」


(わ、わかりました!私はあなたの下僕です!だから見捨てないでぇ!)


 ついつい意地悪をしてしまった……溜まっていた鬱憤を晴らしたのだが、少し反省するライだった。


「で、刺せば良いんだな?」


(はい)


「いくぞ?せーの……」


 杖が巨大魚に突き刺さる。と同時に眩い光りが辺りを包み込む。魚の背中が割れ、中から人の輪郭が現れた。


 その姿はまだ若い女の子だった。ライの妹のマーナは今年十五歳になるが、それより幾分若く見える。


「ありがとうございました。ようやく自由にな……あれ?ど、どうしました?」


 少女の視線の先ではライが手で顔を隠し蹲っている。悪乗りし過ぎた相手が若い女の子だった……その羞恥心が半端ではなかったのだろう。しかも少女は一糸纏わぬ姿。当然、股間も穏やかではない。


「あ……あの……ご主人様?」


 その言葉がトドメだった。ライは飛び退きながら土下座を炸裂させる。それはそれは美しいジャンピング土下座だったと言う……。


「スミマセン!調子こきました!見逃してつかぁさい!」

「えぇっ?ま、まず話を……」


 それから湖の畔で話し合いが始まるまでに、暗い空が白むまでの時間を要したという。


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