出逢いの章
第二章 第一話 過ぎたるもの
草原に土煙が上がる……。
その原因は尋常ならざる速さで走る人影一つ───そう。それこそは勇者ライその人である。
その顔は風圧で歪み引き攣っていた。
「うおぉぉ!怖ぇぇええ~っ!!」
鎧の機能の一つ《身体強化》──ライはその発動時間と性能を試していたのだが、想像以上だった様だ。
そんな勇者さん。《身体強化》の発動時間が切れると同時に奇声を上げて派手に転ぶ。
「いでででで!か、身体が!身体がぁっ!」
無理な《身体強化》の反動による激痛。ライは慌てて回復魔法を使用する。周辺に誰もいないとは言え騒がしいことこの上無い……。
「痛たたた!二回以上重ねちゃ駄目だな……《身体強化》は。間違いなく死ぬぜ、こりゃ」
ノルグーを旅立ってから三日。ライはとにかく鎧を試していた。
振り返ることノルグーからの旅立ち当日──ライは鎧の耐久限界を知る為に魔物からの攻撃を受け続けた。
しかし、鎧の衝撃吸収が限界に達してダメージが貫通する前に魔物達は反撃機能で死んでしまう。ライは何もせずに、である。弱い魔物では全く試験にならなかった。
そこで今度は他の機能を試すことに切り替えたのだ。魔法は詠唱無しで撃てるのだが、詠唱を加えると威力が上がることが判った。ポンコツな命中率は見事に補正される。
但し、使い馴れない魔法は少し疲れる気がする。
更に、先程の《身体強化》。どうやら右胸部の魔石魔法は重ねがけが可能な様だ。しかし、二度の重ねがけで全身激痛である。ライの身体自体を鍛えなければそれ以上の重ねがけは危険だろう。
「後は火や冷気の耐久性だけど、こればっかりは相手がいないからなぁ……」
そんなライが立ち上り土埃を払い落としていると、何かの反射が目を刺激した。視線を向けると、遠くに小さな湖の様な水場が確認出来る。
高低差のある、しかもこの位置でなければ気付かないであろう森に囲まれた小さな泉。太陽の反射で煌めいていなければ完全に見逃していた。
そんな湖の確認と同時にライの腹の虫が催促の音を上げる。
「そういや今日は飯食ってなかったな。レイチェルさんの弁当も食っちゃったし……釣りでもするかな」
初日に貰った弁当はあまりの名残惜しさに二回に分けて食べた……。思い出すとノルグーに帰りたくなる。昨日の乾物だらけの食事は涙で塩気が増した程だった。
現在地はノルグーから一番近い町、『セト』の近郊。と言っても、あと一日半以上は歩かねば見えない距離なのだが……。
ともかく、まだ街には距離があるので昼食を調達したい。また乾物メシでは涙の調味料で辛くなる。
そうしてライは迷わず湖に向かうことにした。
森の木々を抜けた先には空を映す穏やかな湖面が広がっていた。周囲に人影はない。それもそうだろう。実はこの辺り一帯は魔物が多発する地域である為に、旅人も殆ど近寄らないのである。
当然ライにとっても危険……なのだが、生憎そんな予備知識は持っていない……。
「大物を釣り上げてやるぜ!」
危険地帯などとは露知らず湖を見渡すライは、暢気に畔を散策し魚の居そうな場所に目星を付けた。場所は湖に面した岩場の上だ。
ティム謹製旅道具の一つ『伸縮式釣竿』を取り出し、用意したミミズを仕掛けて投げ入れる。ライは釣りに関してはちょっとばかり腕に覚えがあった。釣糸を垂らすと故郷での想い出が甦る……。
ライの実家の隣、【クロム家】で起こった『鑑賞魚消滅事件』。池の魚が一夜にして全て消えるという恐るべき事件は、当時の貴族達を震え上がらせた。未だに犯人は捕まっていない未解決の謎……何を隠そう若かりし頃の『盗っ人勇者』の仕業なのだ。憲兵さん、この人です!
そんな懐かしき過去に思いを馳せていると、早速竿に反応が………。
「む?来たか?」
釣竿に掛かる強い引き。ライは大物を直観し舌舐めずりした。気合いを入れ一気に引き抜こうとしたその矢先、水面が大きく盛らむ。そして湖面から現れたのは……ライを一飲み出来るであろう巨大な魚だった。
ライは固まった……。魚には糸を切って逃げられたが、そもそも竿が耐えられる大きさではない。大物にも程がある。
(あんなの釣れる訳無いだろ……狙うのはもっと小物だ)
糸を繋ぎ直しての再挑戦。今度は直ぐに反応があった。
「よし!昼飯ちゃん……」
水面から再び巨大な魚が飛び出す。まるで魔物のような外見の魚は先程より高く跳ね上がり、更には着水の水飛沫でライをずぶ濡れにした。
「くっ!アイツ……。フゥ~……落ち着け、俺。仕方無い。次だ、次!まずは飯を……」
その後、釣竿を下げる度に巨大な魚に糸を切られること四度。ライはずぶ濡れで笑っていた……。
「クックック!アーハッハッハッハ!良いだろう。そんなに死にたいなら俺の栄養にしてやる!」
そうして湖を覗くと巨大な魚は顔だけを出していた。ライはキレた。珍しくキレていた。
「お前がミミズなんか食って腹が膨れる訳ねぇだろ!バーカ、バーカ!!」
完全に幼稚になった勇者。その勇姿は濡れ鼠だ。水は滴っているが良い男とは到底思えない。
「さて、どう料理してやろうか……。釣り上げるのは無理だろうなぁ。ならば毒殺か?」
ティム謹製旅道具を探ると毒薬が入っていた。探していたのはライ自身だが、改めて見付けると気分が急に萎える。
「おぉ……毒って恐いよね。つか何で入ってんの?」
ティムとしては魔物対策として入れたのだろうが、ライはティムが少し恐くなった。友の心、ライ知らずである。
「そもそも毒を使うとヤツを食えなくなるか?……ならば魔法で」
早速、鎧を使い下位火炎魔法を発動。《火球》を水に撃ち込むと『ジュッ!』と乏しい音を立てて消えた。
「…………」
次は下位雷撃魔法を湖面に落とすと、間もなく感電した小さな魚が浮かび上がって来た。しかし巨大魚がその魚を全て呑み込み悠々と泳いで行く。
一瞬、小さな魚で妥協しようとしたライだったのだが完全に闘争心に火がついた。
「ヤツを倒さねば飯は手に入らない。殺るか殺られるか……だな」
別に殺られはしない。魚は水から出て来られないのだからライは超優勢である。因みに湖周辺の森を探索すれば木の実や果物、キノコなども存在しているのだが、既に魚を標的を定めていた為に気付くことは無い。
その後も使える魔法を全て試すが芳しい結果は得られない。唯一の成果は中位の風魔法で湖に渦を作り、一瞬だけ巨大魚の姿が水から出た程度である。
そして今は魔力が切れ休憩中である。魔力が切れた状態で魔法を使うと頭痛が襲う。最悪の場合、気絶に至る。ライは過去に経験があったので無理はしない。
魔力を回復する方法は、休息する、瞑想をする、魔力を含んだものを摂取する、の三つが主である。
瞑想は徐々に回復する代わりにかなり時間が掛かるのが難点だ。そこで魔力を含んだ木の実を数個食べたのだが、これがまた非常に苦い。
「これが昼飯とか罰ゲームだ……絶対奴を食っちゃる」
少しでも魔力回復を早める為に瞑想も加えたライ。そこでようやく鎧の性能により回復が早まる事実に気付く。苦い木の実、まさに食べ損である……。
ともかく、一応回復したので再び魔法を試すことに。色々試している内に戦闘で使えるやり方も見つけたのだが、巨大魚には未だ届かない。
そして二度目の瞑想中、闇雲では成果は出ないと判断し少し考え始めた。
(このままじゃ何日掛かるか分からないな……待ち合わせに遅れると困る。最悪、例の《身体強化》重ねがけで無理をすれば数日で着きそうだけど、激痛がなぁ……)
フリオ達騎士団との待ち合わせは余裕を見ての日数ではある。しかし、今は目の前の魚が最優先になっていた。他人からすれば馬鹿馬鹿しいだろうが最早意地。退くに退けない。
(………ん?重ねがけ……?)
ライは何か思い付いたらしく瞑想を中断すると、下位の火球魔法を鎧で連続発動した。火球が水中に撃ち込まれ消えると同時に、新たな火球が空中で発生し同様の流れになる。
(やっぱり駄目か……でも……)
続いて自らの魔法詠唱で火球を発生させた瞬間、鎧の魔石で火炎魔法を発動する。すると、最初に発生した火球に新たな火種が重なり、巨大な火球が発生した。通常の数倍の大きさである。
「やっぱり……。とんでもない鎧だな、コレ。そりゃ値段付けられない訳だな」
予想は確信になった。ライが理解したのは、鎧の『本質』と『機能』の違いである。
『機能』については説明書通り、鎧自体に組み込まれたものだ。魔法を短縮して使える機能、あらゆる防御性能、反撃機能、強化、が主である。
対して『本質』は違う。
鎧は魔力貯蔵庫であり武器そのものなのだ。
『機能』を使うには魔力を溜め込む必要がある。逆に言えば、溜め込んでさえあれば持主は全く魔力負担無しで『機能』が使えることになる。それはつまり、持主と鎧の力は独立していると言うことだ。
ライが確認したのは、詠唱した魔法は『鎧の機能扱い』になるか否かである。 結果は『否』だった。鎧は詠唱のある魔法、つまりライの魔法を機能で『命中率補正』しただけだった。威力が上がるのは拡散する魔力を補正でまとめたからだろう。
ライの魔法と鎧の魔法が別物ならば、鎧の魔法発動式は溜めが必要無いので上手く重ねられる。ライはまだ下位魔法しか使えないが、鎧は中位まで使えるのだ。魔法の種類は変えられないとはいえ上位魔法並の威力を出せることになる。
しかし、凄いのはそれだけではないことをライは理解したのだ。
「これ……魔力の引き出しと貯蔵が意図して出来るってことだよな……」
そう。驚いたのは寧ろそちらが要因である。
実際、ライが意識すると自分の魔力が鎧に吸いとられる感覚があった。逆に空に近い自分の魔力を、鎧の魔力から引き出し満たすことも出来た。鎧に貯蔵出来る魔力は未知数だが、現時点でのライの魔力よりかなり多いだろう。
「一人で数人分の魔力使えるとか卑怯だよな……目立たない様にしないと本当に面倒に巻き込まれそうだ」
今後は鎧の力を派手に使うのは控えようとライは心に誓ったのであった……。
但し、『今後は』である。今は意地でも魚を食うと決めたのだ。ライは父の言葉を思い出す。
『ライよ……やると決めたらやっておかないと後悔するぞ?……父さんも今からちょっと殺ってくるよ。ヒヒッ。大丈夫だよぉ?目撃者なんて残さないからねぇ?』
薄笑いの父の血走った目が怖くて、何のことか聞けなかったあの夏。これもまた懐かしき思い出である。
そんなこんなと湖で時間を費やしたので日が暮れ始めていたが、ライは決め手を得たことに喜んだ。上位並みの魔法なら魚も仕留められる可能性がある。
と、その時……ライは奇妙なことに気が付いた。湖の周辺が妙に薄明るいのだ。
「湖が……光ってるのか?」
考えれば湖に居る間は魔物に出会わなかった。釣りを始めて一度も、である。魔物の多発地帯と知らないライでも違和感を感じ取ったのだろう。
「もしかして聖域の類いなんだろうか?周辺の森もボンヤリ光ってるし……昼間や月夜じゃ分からないな、こりゃ」
仄かに光る湖の水を手で掬い一口含む。すると、癒しの感覚が全身に染み渡り疲れが消えた。しかも魔力もかなり回復した気がする。
「何だコレ!神水の類いか?」
慌てて湖を除き混むライ……。昼間は分からなかったが、水底に一際光る何かが見えた。
「あれが原因で湖が変わったのか……ってことは神具とか?じゃあ巨大魚は守護者……どおりで邪魔する訳だ」
世界には神代の頃の遺産の話が存在する。超速で空を飛ぶ船、強力な魔物を従わせる杖、対価と引き換えに願いを具現化する壺、様々な物が御伽噺として語られている。
但し、それらは非常に貴重が故に通常はお目に掛かることなど無いに等しい。三百年前の魔王との戦いで殆んどが失われたとも言われ、それを手に入れられる者も能力が高く秀でた者か国家による獲得品と限定的である。
しかし、この湖の水はそうでも言わないと説明できない効果を見せている。湖全てを超回復水にするなど、ライの持つ鎧以上の有り得なさだ。
「もし本当に『神具』なら洒落にならないぞ……下手すりゃ奪い合いの戦争が起きる。何で俺ばっかりこんなのと関わるんだ?」
ライは悩んだ。恐らくこの水は瀕死寸前の外傷でもある程度癒してしまうだろう。昼間感電させた魚も巨大魚に食われなければ元気に泳いでいたのでは無いだろうか?そんなものを生み出す秘宝を本格的に制御し戦争で使われたら、確実に圧倒される。
かと言ってこのまま放置しても、将来的に何れは誰かが見付ける筈だ。それは戦争が早いか遅いかの違いでしかない。
「どの道危険ならアレを取ってきてどこかに隠すべきだよな……。神聖機構を運営しているのが本当に天使なら、封印とか神に返還とか出来るかも知れないし」
莫大な富を得る機会。その考えも頭に無かった訳ではない。しかしそれは争いの種となるのは確実だろう。争乱の世で出世を目指したい愚者もいるが、ライは真っ平御免と思っていた。
「予定変更。アレを回収の後、湖は埋めちまおう。そうと決まればまず魔力を全快にしないと。それと少しだけご褒美も良いよね?」
自分用に水筒に持てるだけの湖水を入れる。薄めて使っても充分高い効果がある筈だ。確かにこれからの労力を考えれば褒美くらいは欲しいところ。
そしてライは鎧に魔力を注ぎ湖水を飲む。再び鎧に魔力を注ぎを繰り返すのだが、鎧が実に大量の魔力を吸収したことにライは呆れるしかなかった。
「よし。後は巨大魚か……。魚を食ったのを見ると、アイツは湖水の効果を消す可能性もあるんだよなぁ」
巨大魚に食われた魚は胃の中で生きている可能性もある。しかし、宝の守護者ならライの立てた予想も無視は出来ない。
そこで選択肢は二つ。巨大魚を倒すか、巨大魚の隙を突くか。
(火系最大出力で湖を沸騰させるか……いや、守護者なら熱湯でも死なないかも。じゃあ蒸発するまで何度も撃ち込むか……むぅ、小さい湖とはいえ
しばらく悩んだが、結局風魔法で水底まで道を創る事を選んだ。隙を見て『神具』を回収すれば無駄な時間は省ける。ディコンズの街の待ち合わせを考慮した結果である。
昼間も少しだが水底が見えたのだ。可能性はある。あとは脱出に身体強化の重ねがけをする予定だ。
「食えないのが残念だけど仕方ない……だが、覚えてろよ?後で必ず食ってやる」
辺り一帯は静寂に包まれている。そんな中、ライはたった一人光る湖と巨大魚に挑むのであった。
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