第三部 第一章 第七話 勇者と魔王の戦い①


 アステ国……荒野の空に集った勇者と魔王。彼らは互いの様子を窺いつつ大地に降り立った。


 現在、二つの勢力は向かい合い対峙している……。



 睨み合いの末、始めに口を開いたのはエクレトルの天使、セルミローだ。


「貴様らは何処から来た」

「何処から、とはどういう意味かな?」

「貴様らも《魔人転生》で魔人化したクチだろう?ここ五百年でエクレトルが確認した魔人転生は三例しかない。となるとそれ以前の存在と考えるべき……。封印されていた場所は何処だ、と聞いている」

「さ~て……忘れちゃったねぇ」

「答える気は無い……か。まぁ、良い。貴様らを倒してゆっくり聞き出してくれる!」


 手に持った槍を魔王達に向けるセルミロー。その行動に魔王達は顔を見合わせ笑い出す。


「クックック……アーッハッハッハ!かつての天使ならいざ知らず、貴様の様な混じり物が我らに勝てるとでも?」

「……………」


 混じり物……その言葉の意味が理解できないルーヴェストはセルミローに問い掛ける。


「混じり物ってのは何だ?」

「我ら天使は【天魔争乱】の際にその数を大きく減らした。純粋な天使は一握りだけを残し戦いで命を落としたのだ。堕天し地上に堕ちた者は天魔に変化し人と混じった。今いる天使は謂わば純粋な天使と天魔の子孫との融合で生み出された存在。そうすれば子孫を残し数を維持出来るからな」

「だから混じり物……ね」

「純天使は魔力の塊だ。聖獣や魔獣の様な身体構築……対して今の天使は人の性質に近い。魔力ではどうしても落ちる。だが……」


 再び槍を魔王達に向けたセルミローは自信に満ちた顔で叫ぶ。


「我々がかつての天使に及ばない、などと思っている程度では【下級魔王】と言ったところか……。それに一つ判ったこともあるぞ?」

「フン……偽天使風情が何を……」

「貴様らは【天魔争乱】時代の魔王だろう?古代魔法王国・クレミラの魔術師……まぁ調べれば直ぐにわかる」

「貴様……何故……」


 忌々しげな口調の魔王に対し、呆れ果てた声を上げたのはルーヴェストだった。


「アッタマ悪ぃな~、お前ら……。本当に元魔術師か?いま先刻、お前が皮肉っただろうが……現代では知り得ない『純粋な天使と現代天使の違い』をよ?」

「チッ……中々に賢しい奴らだ……」

「いや、お前がアホなだけ」


 完全に魔王を見下しているルーヴェスト。【六目】は怒りに震えているが、【鱗】はそんな【六目】を見て笑っている。


「アハハハハ!あんたは卑劣だけが売りなんだから馬鹿を晒しても恥じることは無いじゃないか……!」

「【鱗】……貴様!」

「グダグダ喋るから悪いんだよ、バァカ!」


 勇者達を差し置いて再び喧嘩を始めた魔王達。こういったことは魔王達の不安定な精神構造から来ている。それを知るセルミローは、その隙を利用し密かに防御力上昇の魔法を使用する。対象は自分、ルーヴェスト、シン、クリスティーナ……。


 更にその間に、シンはクリスティーナを腕から降ろして魔法による回復を施した。疲労が消えたクリスティーナはシンに頭を下げて礼を述べている。


「ありがとうございます、シン様」

「いや、礼はいらないよ……大事な義妹だからね。……。それよりニルトハイム公国はどうなったんだい?」

「………ニルトハイム公国は……もう」


 滅びた……いや完全に消滅した。クリスティーナはその言葉が口に出せない。その苦悩に震えている。

 シンは全てを悟り優しくクリスティーナの頭を撫でた。


「わかった……辛かったね、クリスティーナ。必ず仇は討つ。そしてナタリアの元に連れて帰るから、少しだけ我慢してくれ」

「……はい」

「メルレイン。悪いが装備の封印解除を頼む。それが済んだら私との契約解除をしてくれ。今までありがとう、メルレイン……クリスティーナを頼むよ」

(わかった……ありがとう、シン)


 クリスティーナを通してシンを包む光。それが染み込むように消えると、シンの持つ装備全てが変化を始めた。


「久々に見るな、ソレ。魔獣討伐ん時以来か?」

「ああ……余り使うものじゃないだろ?」

「使う場がない、の間違いだろ?」

「まあ……そうとも言うかな」


 シンの装備は長剣、全身鎧、腕輪の三種だが、その全てが白一色だった。しかし封印の解除により鎧には赤の紋章が浮かび上がる。

 これらは全て【勇者バベル】の使用していた神具である。


「じゃあ契約解除だ。クリスティーナ。メルレインを宜しく」

「はい。ありがとうございます」


 シンはクリスティーナに手を翳しメルレインとの解約を行った。そしてクリスティーナを背に庇い魔王達に向き直る。



(クリスティ。私と契約を……)

「具体的にはどうしたら……」

(契約の手順は私がこのまま行うよ。君は心の中で宣誓して欲しい。私にどうあって欲しいか、私に何をしてくれるのか……対価は魔力供給とする場合が殆どだよ。だから、その方が色々都合は良いと思う)

「わかりました」


 クリスティーナが目を閉じると、意識の暗闇の中に自分とメルレイン本来の姿が浮かび上がる。鳥形のメルレインはその口でクリスティーナを一飲み出来る程に大きい。


 互いに向き合っている意識の中、足元に赤い魔法陣が展開された。


「我は聖獣メルレイン。風と水の精を下僕とする者なり。我と契約を求める者、名を名乗るべし」

「私はクリスティーナ……クリスティーナ・オルネラ・ニルトハイムです」

「ではクリスティーナよ。我に何を望む?何を願う?その対価は?」

「私はあなた……メルレインと友人でいたい。互いの苦難を救い、互いの心を支え、互いの幸せを願える、そんな友人でいたいのです。形式上契約という形になるけど、本当はそんなもの要らないの……」

「……私もそう思うよ。でも、互いを救う『手段』は多い方が良いんだ。クリスティーナの魔力があれば私は強くなれるし、私の力をクリスティーナが使えれば安心出来るからね。だからこれは『友を救う為の契約』だよ」

「はい……」


 改めて互いの意識に触れたクリスティーナとメルレイン。クリスティーナは握った手を自らの胸に当て宣誓する。


「聖獣メルレイン。対価は私の魔力!求めるのはあなたの力!私と契約を!」

「認めよう。今、契約は成された!これより聖獣メルレインは貴女の力なり!」


 契約成立と同時にメルレインはクリスティーナの『鍵』を解除した。今後はメルレインとクリスティーナの魔力は循環する。暴走を抑制出来るだけでなく、クリスティーナの負担を受け持つことも出来るだろう。



 そして意識を戻したクリスティーナ。その姿は蒼い髪に二対四枚の羽を持った姿に変わっていた。


 驚いたのは魔王を含む場の全員……。クリスティーナの魔力は場の誰よりも膨大……そう、魔王達さえも凌駕している。



「…………コイツは驚いたな……完全に別格じゃねぇか」

「クリスティーナ……」

「人間にこれほどの魔力が……まさか!またあの魔人勇者の仕業か!?」


 クリスティーナの姿は新たな『準神格級存在』の出現で間違いはない。『準神格級存在』を増やすなどという行為をやらかすのは奴しかいない、というセルミローの先入観は仕方ないと言えば仕方ない……。


 因みにライは現在、ディルナーチ大陸『久遠国』にて褌一丁で奇妙な踊りを躍っている最中である……。



「クククククッ……ハハハハハッ!まさかこれ程の物だったとはな……思わず消し去るところだったぞ!」

「ウフフ……小娘を捕らえれば新たな術の『種』になるわ……【六目】。一時休戦よ?」

「良かろう……ならば早々に邪魔な奴らを排除せねばな……」


 魔王の興味がクリスティーナに移り再び睨み合いが始まる。そんな中、ルーヴェストは二人の魔王を指差しながら見比べるとシンに質問を始めた。


「なぁ……お前はどっちが強いと思う?」

「……いや、あまり変わらないんじゃないか?」

「そうか……。じゃあ、どっちと殺りたい?」

「そう言われても困るな……」

「ふぅむ……じゃあ俺はアッチの小っこい爺さん貰うわ。アッチの婆さん、一応女だからやり辛そうだし」


 魔王の存在をまるで意に介さないルーヴェスト。【六目】と【鱗】は再びの怒りに震えていた。


「小っこい爺さん……だと?」

「ば、婆さんですってぇ……?」


 怒りに任せた魔王二人の攻撃がルーヴェストに向かい放たれ、戦い開始の合図となった。



「ま、そういうことだ。そっちは任せたぜ、シン!」

「全く……お前はいつも楽しそうだな、ルーヴェスト」


 魔王が魔法を放った場所には大きな爆炎が上がったが、当然そこには誰もいない。


 ルーヴェストは上空に飛翔し【六目】に向かい手招きをしている。シンは素早くクリスティーナを抱え移動した。その隣にはセルミローもいる。


「天使殿。彼女をお願いできますか?」

「私の名はセルミローだ。……。わかった。しかし、これ程の力を持った者ならば私が手助けするまでも無い様に感じるが……」

「力は大きくても彼女には戦いの経験が全くありません。纏装も使えないので不意な攻撃や老獪な策には対応出来ないでしょう」

「成る程……わかった。こちらは任せて存分に。頼んだぞ、勇者よ」

「ありがとうございます」


 シンは【鱗】の側まで移動し、何かを話しながら移動を始めた様だ。




「あ……あの……」

「何だ、娘?……。済まん。名を何と言う?」

「ニルトハイム公国第二公女、クリスティーナ・オルネラ・ニルトハイムと申します。お見知りおきを」

「私はエクレトル特別機関の長の一人、セルミローだ」

「セルミロー様……ですね。あの……お尋ねしたき事がございます。あれなる魔王達……一人づつで対峙して大丈夫なのでしょうか?」


 早くも激しい魔法を撃ち続ける魔王達。そこに視線を向けたクリスティーナは、不安な表情でセルミローに尋ねた。


「そうか……クリスティーナ殿は戦う者では無いのだったな。ならば彼らを知らぬのも無理はない。あの大柄の男はルーヴェスト・レクサムと言う。『三大勇者』などという言葉は聞いたことが有るのではないか?その一人だ」

「そ、そんな凄い方だったのですか!全然そんな風には……」

「彼奴は戦う時以外は覇気を出さぬからな。しかし、間違いなく人類の中で片手で数えられる実力者だ」

「で、ではシン様は……あの方は……」

「彼の者も同様だ。知名度は低めだが、恐らくルーヴェストと同等の実力者。心配は不要だろう」

「知りませんでした……」


 姉の婚約者は『一介の勇者』などと思っていたクリスティーナ。世界でも有数の実力者と知り、普段の柔らかな印象との差に驚きを隠せない。


「クリスティーナ殿は勇者シンと知己の間柄か?」

「シン様は私の姉の婚約者なのです。しかし、それほどの方とは思いも寄りませんでした……」

「勇者シンは手柄を持て囃されることを良しとせんからな……密かな功績ならば随一だろう。その実力は直にわかる筈だ」


 セルミローは槍を一振りし自らとクリスティーナを結界で覆う。そして勇者と魔王の戦い……その行方を見守った。








「ちっ……図体の割にちょこまかと……益々気に入らぬわ!」


 魔法を乱射し続ける【六目】。その一つ一つが上位魔法……だが、一つとして飛翔するルーヴェストを捕らえることは出来ない。


「ならば……これならどうだ?」


 【六目】は数にして三十程の魔力の球体をばら撒くと、両手を前に掲げ指を動かし始めた。

 球体はルーヴェストをしつこく追い回し行く手を阻んだ途端、互いを赤い線で結びつけ籠の様にルーヴェストを取り囲む。


「これで逃げられまい……ククク、命乞いしてももう遅いわ」


 迫る球体がルーヴェストに赤い線を接触させると、弾けるような音を立て鎧を焦がす。

 高出力の魔力熱線……迂闊に触れれば鎧ごと両断する死の刃。だが、ルーヴェストは怯みもしない。


「へぇ……面白い魔法使うじゃねぇか。ちったあ魔王らしいところを見せてくれたな?」

「その強がりが何時まで持つかな?人間風情の魔王への不遜……死を以てあがなうが良い!!」


 手を絞り込む様な仕草を見せた【六目】……途端に魔力熱線が逃げ場を塞ぎながらルーヴェストに迫る。

 だがルーヴェストは余裕の笑みを浮かべると、その手の斧を振り翳した。


「アイツに返せ!【スレイルティオ】!!」


 斧に赤い細かな紋様が浮かび黒い魔力が波状に拡がる。途端にルーヴェストの周囲にあった魔力球体は忽然と消えた。


「なっ!何だとぉ!?」


 しかし【六目】の驚きはそれだけで終わらない。消えた魔力球体は【六目】の周囲を取り囲みその身に迫ったのだ。


「ば、馬鹿なぁぁっ!?」


 全ての魔力球体が【六目】に接触した刹那、魔力は一気に炸裂し爆炎が空を覆った……。


 徐々に消え行く炎……その中心には、人影が一つ──。


「クソォ……我が人間風情に傷を……クソがぁ~!?」


 そこに在ったのはフードを失った【六目】の姿……。服は着ておらず、紫色の身体中には六どころではない数の『目』が瞬きを繰り返していた。

 自らの魔法を受けた為に右腕と左足が欠けている。


「全然【六目】じゃねぇぞ……。百目とでも名乗りゃ良いのに」

「何故だ!何なのだ、あの魔法は!!貴様、魔術師ではなかろう!」

「ありゃ俺の魔法じゃねぇよ。この斧の魔法だ」

「斧の魔法だと?空間を入れ換える神格魔法だぞ!神具だとでも言うのか!!」

「うんにゃ?分類は『魔導具』だっつう話だがな。但し、俺の為だけに造られた俺の分身。何せ『スレイルティオ 』は俺の血液が巡っている」



 【魔導斧・スレイルティオ】──エルドナがルーヴェストを分析し開発した、ルーヴェスト自信と繋がった『分身』とも言える斧。

 ルーヴェストの足りない部分を補う様に造られていて、魔法を主体としての補佐を行う魔導具である。勿論、当人以外使えない。



「俺は細かいことが苦手でね……魔力量や適正属性が多くてもそれを上手く組み立てられない。だから『スレイルティオ』が代わりにそれをやってくれているのさ」

「魔導具によるあらゆる魔法式構築だと……しかし、何故あれほど適した魔法を瞬時に発動しているぞ!」

「さてね……魔法知識を詰め込んだとは聞いたが、魔導具に関することは俺も詳しく知らん。だが、『スレイルティオ』は俺が考えた通りに対応してるぜ?だからこその分身だと言えるが」

「魔法王国が滅んでも尚、これほどの技術を……そうか!天使共が!?」


 魔法王国が滅んだ後、その王国跡に建国された神聖国・エクレトル。世界の安定の為に存在する天使の国……その意義が今、確かに役割を果たしている。


「混じり物と馬鹿にした奴らの技術……味わった気分はどうだ?」

「くっ……だが、この程度……ぬうぅぅん!!」


 【六目】の欠損した腕や足が、肉をうねらせながら再生して行く。更に【六目】は身体の肥大化を始めた。


「ようやく本気になったな?」

「フン……魔導具が優れていようが所詮は人間!我が敵ではない!」

「やっぱ馬っ鹿だな、お前。人の歴史なんざ道具の工夫そのものじゃねぇか。戦争にしたって生活にしたってな……?」

「ならば、その道具で防ぎ切れるかな?」


 身体中の目から放たれるのは先程の魔力熱線。しかも今度は追尾を行っている。飛翔で回避するが、熱線は衝突するまで追尾を繰り返した。


「面倒クセェ……そらよっ!」


 斧を持たぬ側の手に覇王纏衣を展開。そのまま熱線に向かい手を振り払うと、その衝撃で熱線は掻き消された。


 だが、その隙に【六目】はルーヴェストの背後に転移。大規模魔法の行使を図る。


 【六目】の身体中の目から放たれた熱線が上空に展開した魔法陣に全て飲み込まれる。続いて赤い光が柱の様に空間を遮り、ルーヴェストを封じ込めた。


「ちい~っとばかしヤバイか?スレイルティ……」

「甘いわ、この猿め!!」


 【六目】の目から放たれた熱線に『スレイルティオ』が弾かれ宙を舞う……。次の瞬間には、上空の魔法陣から熱線の集中豪雨が降り注いだ。


 《紅雨貫溶》


 それは大規模殲滅火炎魔法……。


 熱線一つ一つが、ライの『穿光弾』程の威力を持つ高熱の雨。その威力もさることながら、赤光の柱の中は熱が高まり続けているのだ。当然、普通ならば人が堪えられるものではない。


 赤い雨はしばしの間続き、【六目】はようやく魔法を解除するに至る。


「クククッ……斧は跡形も残っていまいが、一応は確認を……」


 大地に落ちた斧は既に破壊された可能性が高い。しかし【六目】は、その特異な魔導具に興味を唆られたらしく、熱され蒸気を上げる大地が冷めるのを待っている。


「クククッ……やはり奴は跡形もな……」


 “ジュ~ッ”と大地が異常な音を立てている中に見えた黒い影……。その異様さに【六目】は身体中の目を見開いた。


「ば、馬鹿な……!!!」

「ぷぅ!ちっと息苦しかったな、オイ……」

「な、何故生きている……有り得ん!有り得んぞ!!何だ、その姿は!!」


 高熱魔法で大地に押し込まれて尚、無事に立っているルーヴェスト。その身体は真っ黒なオーラに包まれている。


 『黒身套』──。それは覇王纏衣の最終形体。


 覇王纏衣多重展開による黒き衣は、あらゆるものから使用者の身を守る。まさに纏装の最終奥義とも言えるものだ。


「おっと、そうか。覇王纏衣……つか纏装はお前らの時代には使い手がいないと聞いたことがあったな……」

「覇王……纏衣?纏装……だと?」

「人間も無駄に歴史を刻んでる訳じゃ無ぇってこった。さて……次は俺の番だな?」


 焼けた大地を一蹴りするルーヴェストは【六目】が反応する間も無く眼前に移動。黒身套を纏ったままのルーヴェストの拳が魔王へと迫る。

 黒き拳の弾幕にされるがままの魔王の姿は、まるで人形遣いに踊らされているかの様だった……。


 形を変え肉塊になりつつある【六目】……遂にはルーヴェストの渾身の蹴りで大地に叩き付けられることとなる。


「ゴバァ!?」


 紫色の身体はその全身に赤き染みを撒き散らす。しかしルーヴェストは手を緩めない。


「来い!【スレイルティオ】!」


 上空に飛翔したルーヴェストが手を高く掲げると斧が何処からともなく飛来した。しかも傷一つ無い。


「なっ……!どおじで……!?」

「コイツは分身だっつっただろ?俺の意思で自由に動かせるんだよ。さて……」


 肩に斧を載せトントンと動かしているルーヴェスト。その顔は既に余裕の笑みを消している。


「ニルトハイムって国を潰したんだっけか?罪は重いぜ?」

「だ……だずげでぐれ……」

「助けて?それは善人のみが口にして良い言葉だ。だが、一応誠意を見てやろう。お前の……いや、お前らの名前と目的を言ってみろ」

「ぞんなものは……ない……」

「はぁ……?良し。じゃあ、もう良いな。奴を逃がすな【スレイルティオ】!」


 ルーヴェストの言葉に応じて出現した黒い球体が【六目】を包む。慌てた【六目】は転移を目論むが、転移による移動は阻まれた。

 魔王【六目】は完全に動きを封じられた。


「お前の敗因は三つだ。一つ、己を過信したこと。二つ、人間の発展を甘く見たこと。そして三つ目……俺に出会ったことだ」


 ゆっくりと斧を振りかぶり、高らかに命じる。


「【スレイルティオ】!跡形も無く潰せ!」


 掲げた斧の刃が分離し、斧の柄の先には巨大な円型の黒身套が発生……その外縁を四枚の刃が風車の様に回転している。

 そして振り下ろされる無慈悲な一撃──『黒身套』による圧潰斬撃は、【六目】を捕らえた球体ごと叩き潰したと同時に重い地響きと空気振動が拡がる。


 残されたのは集落一つ程の大きさがあるクレーターだった……。


「………。やり過ぎちった」


 魔王より大きな被害を出す可能性がある破壊力。荒野とはいえ確かにやり過ぎである。

 カペラが居たならば間違いなく大騒ぎだな、などと考えながらルーヴェストは『黒身套』を解除した。



「お?あっちも終わったか?」



 魔王との戦いの後とは思えぬほど気軽なルーヴェストは、しっかり魔王討伐という勇者の重責を果たした……。



 そして舞台は、もう一つの魔王討伐へと移る。




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