第二部 第三章 第六話 マリアンヌの決心


 ライの安否が判明して幾日か経過したエルフト。ラジック邸に隣接する訓練場では、今日もマリアンヌが兵達に厳しい修行を課している。しかし、訓練に音を上げる者はいない。それはマリアンヌの指導の見事さもあるのだが、別の理由も大きい。


「マリアンヌ先生は今日も凛々しい」

「ああ。容姿端麗、才色兼備、武だけじゃなく家事も熟し、しかも博識だしな。俺達は運が良い」

「俺、初めは訓練が辛かったけど今は充実しているよ」


 ライが消息不明になってから半年程でマリアンヌは外見の進化を終えた。その姿は完全に人となり、元が魔導兵と言われても誰も信じない若い女性となったのである。

 しかも整った顔立ちは、男ならば思わず視線を奪われる眉目秀麗さ。兵士達の中には噂を聞き付け訓練に参加した貴族までいる程だ。


「でも最近、マリアンヌ先生嬉しそうだよな?」

「お前もそう思うか?稀にだけど、ふと微笑む時があるんだよ……今まであまり表情を出さなかったのに……」

「それなんだけど、噂を聞いたぜ?何でも男から手紙が届いたとか……」


 マリアンヌはライから届いた手紙を読んで以来、明かに表情が柔らかくなった。訓練の厳しさは変わらないが、兵に掛ける言葉もどこか優しさが籠ったものになったことを周囲は感じ取っている。勿論、マリアンヌ当人には自覚はない。


「今日の訓練はこれまでに致します。明日に備え充分に休養をお取り下さい。それでは……」


 訓練後、兵士達はマリアンヌの後を尾行することにした。もしかすると噂の真相がわかるかも知れない、と勘繰ったのである。

 だが案の定、兵達の目論みは失敗に終わった……。マリアンヌにすれば兵の尾行など児戯に等しい。


 そんなマリアンヌは今、兵舎の屋根の上に腰を下ろし手紙を開いている。一日一度はライの手紙を読み返すマリアンヌ……その表情は恋する乙女の顔そのものだ。


 ライの手紙は他者へのものと同様に謝罪から始まり、それまでの経緯が綴られていた。加えて採石場労働者の面倒やその後の対応などの依頼に移る。それはマリアンヌへの信頼の大きさを表していた。


 更に、手紙には続きがある。


『生き残れたのは間違いなくマリー先生の指導のお陰です。それと、纏装の衣一枚も修得しました。どれほど感謝しても足りないですが、戻った際にはお礼をさせて貰うつもりです。出来ることに限りはあるけど、何か要望があれば考えておいて下さい』


 感謝の意をしたためた手紙……マリアンヌは幸せだった……。


 自らの行為によりライは生き残れたこと、心からの礼を受けたこと、そして何より最初の手紙を自分に送ってくれたことは、自らの存在意義を満たすに充分なものだった。


 嬉しさの余り兵舎の屋根を転げ回るマリアンヌ……階下では兵士達が『何事だ!』とその怪音に驚いているのだが、誰に因るものかまでは気付くことはない。


(二年での成長は素晴らしいものの様で安心しました。無事のご帰還をお待ちしております……)


 マリアンヌは手紙を胸に当て祈りを込める。そして大切に折りたたみポケットに納めると、一足飛びで屋根から飛び下りた。


 本来、訓練後は花嫁修行の女性達に加わり夕食を作る時間。しかし、マリアンヌはここ最近『上級者向け特別訓練』を行っている。

 上級者の訓練はエルフトの街ではやや手狭……なので、ノルグー卿に申請し訓練に適した場所の利用許可を貰っている。


 エルフトとセトの間にある特別訓練場──そこは昔の採石場跡を利用した岩場だった。周囲に人里は無く訓練に打ってつけで、紫穏石の原石が残っているので魔物も近寄らない理想的な環境である。


 エルフトから馬を走らせてもかなりの距離になるが、マリアンヌからすれば大した距離ではない。一走りで到着することが出来る便利な場所だった。




「お?先生がおいでなすったぜ?」


 身体をほぐしていた体格の良い、顔に傷のある男──アウレルは、マリアンヌに気付き仲間達に声を掛ける。全員が手を止めマリアンヌの到着に備えた。


「遅くなり申し訳ありませんでした。それでは今日の訓練を始めたいと思います」


 特別訓練を受けるのは男八名、女四名、計十二名の上級者達。


 マーナの仲間だった元傭兵戦士アウレル。トシューラ秘密採掘場から脱出した巨漢三兄弟・ジョイス、アスホック、ウジン。ノルグー騎士・第二師団長シュレイド。シウト国近衛兵副団長バズ。デルテン騎士団長アーネスト。イエクト領出身の新人騎士イグナース。トゥインクの女騎士団長ドロレス。エグニウス賢人の孫娘ファイレイ。小国ベネリーグ出身の村娘ネスティア 。ノルグーの魔術師『守護者クインリー』の愛弟子サァラ。


 騎士達以外はかなり異色に富んでいるが、間違いなくマリアンヌに認められた実力者達だ。


「先ずは、いつもの様に私との手合わせからです。どなたからでも結構ですので、お一人づつどうぞ」

「ウッシ!じゃあ今日も俺から行くぜ!」


 前に出たのはアウレルである。廉価品の大剣を構え歩み出ると、残りの者は離れた岩影まで下り様子を窺う。


 上級者訓練はほぼ実戦である。武器も本物を用いるのだが、魔導具に頼るのでは実力向上が妨げられるので一般的な武器のみ使用が許されていた。


「ふんっ!」


 アウレルは命纏装を纏い大剣を振るう。闘気剣と呼ばれる命纏装の斬撃は魔纏装の様な多様性は無いが、単純な攻撃威力ならば魔纏装を上回るものである。それに命纏装には利点もある。


 命纏装は肉体の身体能力に比例し威力を増すのだ。つまり肉体を鍛えれば単純にそれだけ威力が上がる。極めれば魔纏装より強固な鎧や剣にも成り得るのである。


 アウレルの斬撃はそれほどに練り上げられたものだった。しかしマリアンヌは纏装を剣のみに展開し、いとも容易く受け流す。


「予備動作の大きさが改善されていません。命纏装は随分威力が上昇しましたが、力まかせ故に繊細な操作は苦手の様ですね。それではです」


 マリアンヌは足にのみ雷属性の魔纏装を展開し踏み込むと、残像が残るほどの急加速を掛けた。反射的に剣を前にし防御を図るが、マリアンヌは直前で弾けるように跳躍しアウレルを中心に半円を描く。気付いた時には完全にアウレルの背後に回り込んでいた。


「ごはぁっ!」


 背後からの掌底突きで派手に吹き飛ぶアウレルは、そのまま採石場の壁に正面衝突と相成った……。


「反射的に防御に回る癖は未だ直らない様ですね。アウレル様なら攻撃を受けるまでの僅かな間に剣撃を二度は振れる筈です。守りも大切ですが、大きな隙が生まれますのでご注意を。今後は受けるのではなく躱す・往なす等の行動から、反撃を念頭に置きましょう」

「ひ、ひゃい……」


 壁に貼り付いたまま返事をするアウレル。加減されている為、どうやら無事の様だ。


「次の方どうぞ」

「では私が……」


 次に前に出たのはデルテン騎士団長アーネスト。四角い顔に垂れ目の勤勉そうな男。斧槍を片手に首を鳴らしている。


「では行きます!」

「どうぞ」


 アーネストは斧槍を前に向け火の魔纏装を発動した。そのまま突進しながら魔法剣ならぬ魔法槍を放つ。炎の槍がマリアンヌの視界を埋めるように迫ると、更にその陰から幾つもの飛礫が襲い掛かる。マリアンヌが素早く跳躍し回避した場所には、アーネストが先回りして斧槍を構えていた。そして攻撃が振り下ろされた瞬間、マリアンヌの姿は霞の如く霧散する。


「むっ!幻影か!」


 辺りを見回しマリアンヌの姿を探す。そこでアーネストは斧槍の先の軽い衝撃に気付いた。マリアンヌは斧槍に乗って剣を向けていたのだ。


「アーネスト様は日々研鑽を重ねていると良く分かります。しかし真面目な気性故か、意表を突く動きに出会うと対応が遅れるようですね。今後は突然の変化にも対応出来るよう心掛けて下さい」

「はい。ありがとうございました」


 上級者は多くが纏装を普通に使い熟す。得手不得手は有るようだが、戦力としては各領地の主力にしても申し分無いレベルに達している。

 元々それが目的で上級者訓練を始めたのだが、その粋まで到達出来た者が十人を超えているのは重畳なことだとマリアンヌも満足気だ。


「次、お願いします!」

「どうぞ」


 エグニウス大賢人の孫娘ファイレイは、一同の中では年若い少女だ。白いローブを着用し短めの杖を掲げている。雷属性の魔纏装を展開し距離を取ると、更に風属性魔法の詠唱を始めた。

 その詠唱は、並の魔術師が要する半分程……『高速言語』程ではないにしても、研鑽されたその速さは上位魔術師の証と言えるだろう。


 二重属性に詠唱加速、大賢人の孫娘は伊達ではないとばかりの天稟を見せた。


「はあぁっ!」


 常に雷属性の魔纏装で高速移動し、距離を取りつつ絶え間無く魔法を連射するファイレイ。マリアンヌは追撃しながら魔法を全て切り裂いている。

 少しづつ迫るマリアンヌに圧され上空高く飛び上がると、空を滑るように移動を始めた。この世界で使えるものはそう多くない【飛翔魔法】……ファイレイは空を移動しながら追尾性能魔法を射出し続けた。


 だが、マリアンヌはそれらを冷静に捌くと隙を見て魔法剣の連続で反撃。魔法剣はファイレイの魔法を相殺しその身にまで迫った。更に斬撃が突然無数に分裂しファイレイの飛翔範囲を狭めると、マリアンヌはその瞬間を逃さず風属性纏装で一気に潜り込む。


 ファイレイは額に指を当てられるまで反応することさえ出来なかった……。


「飛翔魔法を修得なさるとは流石です。しかし、以前も指摘した様に接近戦を想定した対策が必要ですね。魔法を極め防御を高めることも可能ですが、魔力の消費を抑えたいなら魔導具という手段もあります。それを踏まえても接近戦を修得して損はないと思いますよ?」

「はい!ありがとうございました!」


 マリアンヌは同じ様に、シュレイド、バズ、ドロレスを相手にし的確な指摘と必要な修行の提案を続けた。


 因みにノルグー騎士団長シュレイドは、ライのポンコツ電撃を受けたあの人物である。フリオは現在、別の使命を帯び第三師団長の座をディルムに譲った。その際、複数の功績が評価されたシュレイドは空席だった第二師団長への昇格を果たしたのである。



 そして訓練後半。残りの相手は一種異様な存在達……。


「お願いします! 」

「はい。いつでもどうぞ」


 イエクト領出身の新人騎士イグナース。上級訓練者ファイレイと同じ十五歳。彼は、所謂ところの『天才』だった。

 その才覚を知ったイエクト卿の推薦でマリアンヌを紹介されたのだが、実力は恐らく数年で三大勇者が『四大』に変わるほどに突出しているのだ。


 その証拠が、マリアンヌの眼前で展開されている金色に輝く光……【覇王纏衣】。上級訓練者の中では現在、彼のみが使える纏装の最上位技巧である。


「哈あぁぁっ!」


 気合いを入れるイグナース。 細身の長剣を横に薙ぎ魔法斬撃を飛ばすと同時にその場で力を溜める。そして一気に跳躍し、自らの斬撃を防壁代わりにマリアンヌへと迫った。


 マリアンヌは素早く覇王纏衣を展開すると、イグナースと同じ行動を行い正面から激突。


 次の瞬間……吹き飛ばされたのはイグナースだった。


「うわぁぁっ!!」


 慌てて体制を立て直し剣を振るうが、全てマリアンヌに往なされる。それどころかマリアンヌの剣撃は手数を増し、イグナースは一方的な防御の形になってしまった。しばしの間そのやり取りは続いたが、疲弊によりとうとうイグナースの覇王纏衣が霧散してしまう。


「うぅ……まいりました」

「実に素晴らしい攻撃でした。イグナース様に足りないのは戦闘経験です。とはいっても、覇王纏衣を使える者や圧倒的魔力保持者との戦闘でなければほぼ遅れを取ることは無いでしょう。今後は実戦形式での手合わせを主軸に置くことをお勧め致します」

「はい!ありがとうございました!」


 覇王纏衣同士では力と技能が勝敗を分ける。経験を積めばイグナースはまだ数倍強くなるだろう。


「では次……ネスティア様」

「は……はい!」


 小国ベネリーグからシウト国に移住したネスティアは、イグナースより更に異色の存在である。


 騎士や魔術師の血統でもなく特に何かを修練した訳でもない只の村娘は、素朴な服装に飾り気の無い少女だ。だが……その能力は少々どころではない異常さを宿していた。


「い、行きます!」


 その言葉と同時に忽然と姿を消したネスティア。一同が周囲を見回しても影一つない……。対してマリアンヌは、目を閉じ覇王纏衣を展開したまま微動だにしない。そのまま少しばかり過ぎた後、マリアンヌは突然背後に向け刀を振った。


「きゃあ!」


 マリアンヌの刃が空を切ると、その届かないギリギリの場所にネスティアが姿を現した……。


 ネスティアが使ったのは失われたと言われる神格魔法【転移魔法】だ。詠唱も魔導具も無しに単独転移を為すのは、最早天才という言葉では足りない事態である。


 ネスティアは生まれつき転移魔法が使用できたのだという。転移魔法だけでなく上位の神聖魔法や回復魔法も使用できた為、ベネリーグでは『聖女』とまで言われていた。


 そんな噂を聞き付け大勢の人がネスティアの元に押し寄せるのに時間は掛からなかった。

 名声を利用しようと目論む者、藁にも縋るつもりで助けを求める者、中には拐おうとする輩まで現れ、ネスティア一家は安住を求めての逃亡生活を始めることになる。


 ネスティアの一家を救ったのは偶然通り掛かった獣人族……。逃げ込んだエルゲン大森林で道に迷い行き倒れていたところを獣人族に介抱されたのである。

 それから事情を聞いた獣人族が縁のあったマリアンヌに相談し、ネスティアの家族はシウト国で保護……ネスティアは改めてマリアンヌの元に留まることを望んだ。それ以来ネスティアは、マリアンヌの元で働きながら修行を重ね恩返しの機会を探している。


「ネスティア様は戦いに向いていないかも知れません。お優しい心を無理に押し殺す必要は無いと思います。戦い以外での力の使い道を模索しては如何ですか?」


 マリアンヌは刀を納め倒れたネスティアを助け起こす。能力は凄いが戦闘は素人。そんなネスティアがマリアンヌに太刀打ち出来る訳もない。


「で、でも……嫌なんです。私が強ければ故郷から逃げる必要はなかった。私が上手く力を使えれば本当に救いが必要な人を助けられたかも知れない。だから……」

「……わかりました。但し、無理は禁物です。あなたには別の練習を用意致しますので、それを熟してから改めて再訓練と致しましょう」

「は、はい……」


 意気消沈気味のネスティアに対しマリアンヌは更なる言葉を紡ぐ。


「ネスティア様にはとても素晴らしい才能があります。それは私の様な戦いに特化した者より大勢の人を救うことさえある……大切なのは諦めないことと私は信じていますよ?」

「はい!」


 ネスティアは幾分明るさを取り戻したようだった……。



 そして訓練の最後に前へ出たのはノルグーの魔導師サァラ。『守護者クインリー』の愛弟子にして、かつてノルグーを騒がせた【盗賊ファントム】であった少女……。訓練生の中で最年少の十二歳だ。


「お願いします」

「どうぞ」


 サァラはまず、右手に持った短刀を横凪ぎにし魔法剣を放つ。しかし、その魔法剣はマリアンヌに迫る途中で突然霧散。同時に、空気中にはキラキラと光るものが浮游している。

 サァラはそこへ向けて左手に持った短刀で再び魔法剣を放った。


 属性は【雷】……その一閃がマリアンヌとの間合の中間に到達した途端、猛烈な電撃が発生しマリアンヌへと迫る。


(これは……)


 マリアンヌは覇王纏衣を発動し身を守る。しかし雷は纏わり付くようマリアンヌを取り囲み、絶え間無く閃光を放ち続けた。


 その間にサァラは更に詠唱を重ねる。多重詠唱で紡がれるのは上位雷撃魔法 《神槍雷》である。雷の繭を取り囲むように数多くの光の槍が出現……槍が雷の繭を貫くと眩い光が場を包む。



 最上位雷撃魔法・《神滅柩》



 繭の中はプラスマの嵐……並の人間ならば消し炭すら残らないだろう。


 その光景に訓練生達は慌てた……。『この娘、容赦無さすぎてマリアンヌ先生が死んじゃう!』と。


 そして……徐々に閃光が薄れた跡には……黒い人影が……。


「大惨事だ!!!!!」


 マリアンヌが黒焦げになったと勘違いした訓練生達は意味もなく駆け回る。水を求める者、回復魔法を詠唱し始める者、支給されていた『回復の湖水』を探す者、転移用の空間を何処かに繋ごうとする者……。


 だが、サァラはじっとその影から目を離さない。そして次の瞬間──サァラが気付いた時には喉元で剣が寸止めされていた……。


「ま、参りました……」


 何が起こったのか理解できない訓練生達……。剣を持った黒い人影を改めて確認すれば、それはマリアンヌその人……その身は黒く強力な闘気に纏われている。


「ま、マリアンヌ先生!」


 一堂は安堵した、と同時に驚愕した。あれは一体、何なのか?と。そんな一同の元に戻ったマリアンヌは黒き力を解除し説明を始める。


「ご心配をお掛けしました。先程の姿は【覇王纏衣】の最終形態、【黒身套】です」

「最終形態?そ、そんなものが有るんですか……?」


 天才少年イグナースは問い質さずには居られない。聞いたことの無い話……感じたことのない力……。イグナースは今だに少し寒気を覚える程だった……。


「人類の歴史の中でこの域に達した者は十人も居ないそうです。ですから殆ど文献はありません。知らなくて当然でしょう」

「そんな技を………流石は先生ですね」

「いえ……流石というべきはサァラ様でしょう。今のはかなり危なかったです。流石、クインリー様の愛弟子だけありますね」


 誉められたサァラは子供らしい照れを見せていた。


 だが……訓練生達は思った。『最年少……洒落にならない!』と。


「サァラ様にはもう教えることは殆どありません。敢えて言うのであれば、肉体的な成長が進むまで余り無理はなさらないことをお奨め致します。訓練としては『纏装』を極めてみてはいかがでしょうか?それならば負荷も少なく技量が上げられます」

「はい!頑張ります!!」


 それ以上頑張ると凄いことになりそうなサァラ……。

 それもその筈。改めて魔法を学んだサァラは神童とも言える才能を持つ。天才の筈のイグナースが霞むほどの才覚……世が世なら伝説となっていた筈だ。


 そんなサァラの手解きをするマリアンヌは更なる超越者であることを皆は理解している。実際、現在のマリアンヌは『三大勇者』すら凌駕し得る存在に進化を果たしていた。


「それでは今日の指導はこれまでと致します。各自、問題点の改善を忘れずに」

「は、はい!ありがとうございました!」


 散開の号令をかけても上級訓練者はそのまま修行を続ける。近くには宿舎も用意されている。ネスティアが率先して雑事を担当しているので、生活に差し障りはない環境だ。これにより訓練者同士が協力しながら互いの研鑽を続けることが出来た。


 先程の様な『強さの更に先』を見せ付けられ挫ける者など上級訓練生には存在しない。それはマリアンヌも理解していた。




 そして最後に取り残された男が三人……無言で立ち尽くしている。


「お待たせ致しました。お三方にはお話があります」


 ようやく声を掛けられ安堵している三兄弟。


「うむ!忘れられたのかと思いましたぞ!」

「そうだな!!」

「超マジ、ビビッたッス!!!」

「大変失礼しました。ゆっくりと話を伺いたかったものですから」


 とても濃ゆい三兄弟に普通に対応するマリアンヌ。温度差が目に見えるようだ……。


「お三方は纏装が使えるのではありませんか?」

「いや!残念ながら無理です!」


 三人は互いを確認し首を横に振っている。マリアンヌは少し考え、改めて疑問を投げ掛ける。


「普段はどの様な鍛練を?」

「鍛練などと言うほどでは有りませんが、互いに組み手をすることは有りますな!!」

「少し見せていただけますか?」

「了解っス!!!」


 要望に応え次男アスホックと三男ウジンが組み手を開始。だが、それは組み手と呼ぶには洒落にならない打撃戦。まるで岩と岩が激しくぶつかり合う如く壮絶なものだった……。


「どうですかな!」

「一つ質問ですが、お二人が光って見えるのは……?」

「うむ!組み手をすると光るのが当たり前でしょう?」

「いえ……あの光こそが【纏装】なのですが……」

「な……なんと!知らなかった……!」

「…………」


 驚愕の表情を浮かべているジョイス。恐らくその背後には『ガビ~ン!』という文字が浮かんでいるのでは無かろうか?ワナワナと震える長兄・ジョイスは兄弟達に恐る恐る声を掛ける。


「お、お前達!我々は纏装を使える様だぞ!」

「な……なんと!!」

「ま、マジっすか!!!」


 三兄弟は心底驚いている。三人とも全く同じ顔で同じ表情。やはり『ガビ~ン!』という文字も見えそうな程だ。どうやら【纏装】には本当に気付いていなかったらしい……。


「皆様は魔法が主軸の戦いだとライ様の手紙にありました。しかし、皆様の体躯は鍛え上げられていると一目で判断が付きます。それほどの均衡が取れているなら纏装を使えると踏んだのですが……まさか、お気付きで無かったとは……」


 流石のマリアンヌも目を閉じ眉間に手を当て首を振っていた……。


「とにかく、皆様はその光る力……【纏装】を意識して使い熟せる様になることを修行と致しましょう」

「うむ!了解致しました!」

「よし!!やるぞ!!」

「 やるっス!!!」


 三兄弟が纏装に気付かなかったのは『戦いに身を置く存在ではなかった』からだろう。日常で対人戦闘を行うことがなかった以上、技術を知らないのは仕方のないこと言える。


 三兄弟との戦闘時、ライが一切の攻撃を向けていないのは纏装を使用していなかった三兄弟を気遣ってのこと。つまり、意図しての纏装が未熟なことを示している。


 そんな三兄弟を見るマリアンヌ。三兄弟は実に生き生きとした表情をしていた……。



 この場で訓練している者は皆、明るい表情をしている。祖国から逃げざるを得なかったネスティアでさえ前を向いて成長を目指しているのだ。マリアンヌはそれが少し羨ましかった……。


 自我が目覚め時が経つにつれ、自らの目標が欲しいと思うようになったマリアンヌ。しかし未だそれは見付からない。


 だから──。


 マリアンヌは今の特別訓練を終えたら後任を選び自由に行動しようと考えている。


(少しだけは問題ありませんよね?ライ様……)


 黄昏時に浮かぶ星を見上げるマリアンヌは、己の在り方を探そうと決心するのであった……。



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