第七部 第十章 第十話 勇者 対 神の魔獣


 消耗が無きに等しいアバドンの猛攻はしばし続いた。ライは状況を変える為に攻撃を防ぎつつ時間を稼ぎを行っている。


(策の要はカブト先輩から今日教えて貰った精霊の使い方……。この辺りは運が良いんだろうけど、流石に慣れてないからな)


 契約精霊の力を遠隔操作で引き出す……これは聖獣でも同様のことが可能なので感覚は直ぐに掴める筈だ。

 問題はその引き出せる力の限界点──。使用する力自体は精霊のものだが引き出すにはライの力を必要とする。大規模のものとなればかなりの魔力が必要となるだろう。


 加えて、使う力もありきたりなものでは意味がない。アバドンが妨害できぬ種の力を瞬間的に展開させる必要もある。だからライは今、契約精霊側に。勿論、ライの魔力を使用して。


が仲良くやってくれれば上手くいく筈だけどね……。こればっかりは期待するしかないか」


 念話で指示した精霊達からは準備が整い次第連絡が来ることになっている。ライはそれまでアバドンを抑える必要があった。


 この期に及んでも……アバドンを倒さない為の策を練っている自分にライは苦笑いを浮かべた。


 今回、サポートの竜鱗装甲アトラは不在で半精霊化以上の力も使えない。そして喚び出せる契約対象にも制限があることから、ライはようやく足りぬ部分を他者に手伝って貰うことで補おうとしている。

 『存在の崩壊』という危機に陥らねばその考えに至らないこともまた反省点となった。


 だから……ライは策に他者を頼ることを組み込んだ。その第一歩が契約精霊や聖獣である。


「さてさて……。後は削れるだけ力を削ってやりたいトコだけど……正直キツイかな」


 ライが波動氣吼にも慣れてきたとはいえまだ研鑽は足りていない。長く使えばそれだけ疲弊も溜まる。故にライは再び吸収属性の纏装へと切り替えた。


(ここからは力の種類を均等に消費するよう心掛けないとね。まだアバドンは何か隠してそうだからな……それを暴きたい)


 大鎌には《天網斬り》を、神格魔法と魔力光には吸収属性纏装を、そして自らの攻撃には波動氣吼を、といった感じで力の切り替えを行う。これにより大きな消耗を回避する……。

 しかし、言うは易いが行うは難し。相手に合わせて切り替えるには瞬時の判断が必要となる。その場合は常に気を張らねばならぬ分、精神の負担が大きくなるのは避けられない。


 人間相手ならばリズムが存在する。呼吸を整える為の休止や策を考える思考、そして力を練る為の溜め……。

 しかし、アバドンにはそれが無い。恐らくそれもまたアバドンの能力なのだろう。


 考えてみればアバドンは大量の分体を生み出し使役する能力も宿しているのである。つまりはライが分身を扱う際に行う《意識拡大》を備えていると見るべきだ。

 そしてその片鱗は既に見た。アバドンは複雑な神格魔法を同時に二つ使用したのだ。やはり油断ならぬ相手だとライは警戒していた。


 だが──想定外は何時も起こり得る。


 目論見通り順調に拮抗していたライとアバドンの戦い。それが崩れる一つ目が訪れる。


「……なっ!」


 永続的に発動している《天落》による超重力。続けて定期的に放たれる《黒蝕針》という穿つ雨。問題はその先……三つ目の神格魔法。


 放たれたのは空間系魔法──。



 【神格魔法・《不確かな匿穴くけあな》】


 プリズムに輝く無数の円盤が出現と消滅を繰り返すそれは一種の転送魔法である。


 円盤展開時にそこを通れば他に展開された円盤のどれかに出現する。目まぐるしく出現と消滅を繰り返すので相手は予測が付かず対応に苦悩することとなる。

 円盤自体は成人男子が両手を広げた程度の直径で展開され、通り抜けるものに制限はない。


 この魔法には変わった特徴がある。それは使用者自身も空間がどの円盤に繋がっているかを知らないこと。但し、二つの円盤だけは使用者の意思を反映し繋ぐことが可能だった。

 数多の転移通路の内一つだけが確実に通すことができるこの魔法は、その性質通り相手を撹乱する魔法である。故に本来、《不確かな匿穴》は相手を取り囲む様に展開するのが正しい使い方である。


 しかし、絶対の防御を誇るアバドンに限ってはそれは不要……。故に魔法は《瀑氷壁》内部全てに展開された。


 これによりこれまで上空からと定まっていたアバドンの攻撃は前後左右上下と予測不能の攻撃と化した。


「次から次へと……!」


 吸収属性纏装では無数の《黒蝕針》を防ぎきれぬと即座に判断したライは、再び波動氣吼法へと切り替える。アバドンとの魔力量の均衡は崩れるが、ダメージを受けては本末転倒……そこから一気に戦況が崩れかねない。

 そしてライの判断は正しい。波動氣吼へと切り替えた直後、吸収属性纏装では受け切れないだろう衝撃が背後から伝わった。


「あっぶねぇ〜……。クソッ。コイツ、戦いながら進化してやがるのか……」


 魔獣の特性の一つとして敵対した際の異常な成長がある。火鳳セイエンや水姫マーデラがそうだったように、魔獣は戦いの中で相手に合わせる様な進化を行うのだ。

 アバドンもまた魔獣……その例に漏れていないということなのだろう。


 とはいえ、三つ目の神格魔法というのが厄介だった。不規則に開く円盤型転移門はライも完璧に反応はできない。突然眼の前に現れた円盤から飛び出す《黒蝕針》を波動氣吼で弾いてはいるが負担は増える。

 人間相手には使わぬものとしてライのチャクラには《読心》という能力がある。通常ならばその《読心》により相手思考を読み攻撃を回避する手段もある。しかし、《不確かな匿穴》は使用者の手を離れたランダム出現……当然 《読心》を使用しても次の手を読むことはできない。


 だが、ここに落とし穴がある。意図して繋げられる二つの円盤型転移門の存在だ。


 アバドンはその高い知能を以て如何に有効な一撃を与えるかを狙っていた。それがライの眼前に出現する。


「ぐっ! 危……」


 出現したのはアバドンの鎌……但しそれは円盤型転移門の大きさに合わせた限界の大きさ。反射的に身を捩って躱したものの左腕を掠めた鎌は波動氣吼を引き裂いた。


「くっ……!」


 直ぐ様波動氣吼を補修し警戒。すると続け様にアバドンの鎌があらゆる方向から迫る。そこでライは分身を五体展開しバラバラになるよう散開させた。


 波動氣吼を元にした初の分身体。これならば《黒蝕針》に耐えつつアバドンにも攻撃を通すことができる。更にもう一つメリットもある。視点が増えたことにより感知外の攻撃を躱しやすくなったのだ。

 そしてこれを期にライは分身体と共にアバドンへ攻勢をかける。注意すべきはアバドンの鎌……しかし、分身との連携によりそれさえも躱せるようになりそれぞれがアバドンに取り付く形で攻撃を始めた。


 波動氣吼が元となっただけあり分身体の攻撃は充分アバドンにも通じた。ラール神鋼の甲殻は無傷でも衝撃は内部へと伝わり確実にダメージを与えている。本体ライを含め五箇所ともなれば流石のアバドンも少しづつダメージが蓄積され疲弊を始める。


 アバドンには膨大な魔力を元にした自動回復がある。更に吸収能力を加えればその傷は瞬く間に回復する。

 しかし、それを上回る勢いにて波動氣吼で殴り続けることでようやくアバドンを追い込むことができたのである。


 ここで再び均衡……いや、寧ろ優勢へ──。


 だが……それも長くは続かない。アバドンは抵抗としてその身から分体を生み出したのだ。


 生み出された分体はラール神鋼の甲殻を纏ってはいないものの十分な脅威を備えていた。何より数の多さが厄介だった。撃破自体は然程手間ではないが手数が間に合わぬ勢いで分体が増えてゆく。結果としてライはアバドン本体から押し流され引き剥がされてしまった。

 ここでアバドンは更に一手を繰り出す。分体同士をライ及び分身体に纏わり付かせ球体を形成。さながら蜜蜂の『熱殺蜂球』のような状態となり吸収能力を発動した。


 そして限界まで魔力を取り込んだアバドン分体達は──自爆した。


 超超圧縮の魔力暴走によるアバドンの爆裂は波動氣吼にさえ破損を与える。ライの分身はその尽くが消滅した。

 ライ本体は爆発の直前、波動氣吼を防御強化へ切り替えた為に身体には負傷はない。爆発の直後転移により上空へと逃れていたことも幸いした。


「…………。本当に次から次へとやってくれるぜ、全く」


 またもや均衡が崩れたことにライは舌打ちするしかなかった。



 神格に至っていない相手がライをここまで追い詰めたのは久方振りになる。


 アバドンのやっていることは魔力量に任せ押し切る力技に近い。無論、ロウド世界で同じ真似をできる者はほぼ皆無だろう。

 厄介なことにアバドンは自らの能力を正確に把握し使用している。只の力押しの筈が少しづつ無駄が無くなり、的確に有効な対抗策を取る様になってきた。


 それはまるで────。


「ニャロウ……。俺を進化の為の実験台にしてやがんな……」

『クハハハ……。だから言ったのだ。お前は私にとっての障害だと。お前さえ斃せる力を得ればこの星の生命は物の数ではなくなる』


 そう……アバドンがライとの対峙を選んだのは自らの力を高める為。魔獣としての進化を行うにはより高みに居る相手との戦いが不可欠──アバドンはそれを理解していたからこそ、ライがトシューラ国に訪れるまで待っていたのである。

 それは紫穏石配置がトシューラ国を最後にすると理解していたことから始まり、地下への逃げ道を塞がれ自らを追い込むことも含めての行動。


 アバドンは初めからライを標的としていた。


 前回世界を恐怖に陥れたアバドンの出現。それは現代の勇者達を以ってしても防がれることは無い筈だった。必ず何処かに分体が残り、増殖し、時間を掛け敵対する勇者達と対峙し進化する……それが本来のアバドンの狙い。

 しかし、あの時分体全てが一斉に討ち果たされたことを知ったアバドンはライを脅威と認識した。だから即座に討ち果たされぬ為の進化を最初に選んだ。


 地核付近に陣取り休眠・進化の果てに手に入れたアバドンの新たな力──それがラール神鋼の守りと膨大な魔力。それは今、超常となったライに対して確かな効果を上げている。


「ってことは、今のお前が出てきたのは俺のせいって訳だな。こりゃあ益々何とかしないとな」

『そうだ。もっと力を見せろ。私はそれを踏み越えて見せよう。それもまたラール様の為……』

「お前……。いや……良い」

『……? 何だ。言ってみよ』

「必要はないよ。少なくとも今は、な……」

『…………』


 まだ何処か余裕を見せているライにアバドンは警戒を続けている様だ。


「さて……。そうとなると、どうすっかな。俺と戦うと進化が早くなるんだろ?」

『だが、お前には他に手はあるまい。私を止められるのはお前だけだ』

「本当にそうかな?」

『他に何者が私を妨げられると言うのだ。このロウド世界に於いて最早私を阻める者など……』

「やっぱり分かってないんだな。追い込まれれば進化するのはお前だけじゃないんだぜ? まそれを除いても俺より強い奴はまだ居るしね」

『…………』


 僅かに首を傾げるアバドンにライは思わず吹き出した。


「ハハハ。成る程……魔獣でも感情が残ってて対話ができるってのは面白いな」

『……有り得ない』

「ん……?」

『お前よりも強い者は存在しない筈だ』

「ああ、そのことか。嘘じゃないよ。どうやらお前も知らないことはあるみたいだな……。ま、ともかく……」


 片手で小太刀・頼正を構えたライは大きく息を吸い告げる。


「先ずは第一幕の終わりとしよう」




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