第四部 第二章 第五話 対等な関係


 やり過ぎた──。


 冷静になったライは後悔した。始めはただ脅かすだけのつもりだったのだ。そうすれば警戒心を与えながらも奮起を促せるだろう、と。


 だが、やがてリンドウとシギの力量を考えない無謀さに腹立たしさが生まれ思わずカッとなった。自分の愚かさを見ている様な錯覚──それが苛立たしさの理由であることをライ自身は気付いていない……。


(まさか、あんなに警戒されるなんて思わなかった……。俺、そんな恐かった?)


 気付かぬは当人ばかりなり……。


(しっかし……どうするかな……。もう面倒だから居城まで乗り込んでテンゼンをボコボコにして連れてくるか。でもなぁ……)


 それでは手助けではなく久遠国の治安を乱すことになる。本心ではもうディルナーチ大陸を出るべきかとも思っているが、今の状況を投げ出してはライドウに申し訳も立たない。


(はぁ~……泣きたいよ、全く……)


 ライがチラリと視線を移せば大木に寄り掛かり座っているリンドウとシギの姿が……。その目は遠い目差しをしている。二人には色々なものを失った哀愁の色すら浮かんで見えた。


「やっちまったのぅ……」

「……どうしましょう、師匠?」

「どうすると言われてものぉ……ポッキリ折れちゃっとるからのぅ、心が」

「あぁ━━━っ!もう!面倒臭い!?」


 ライは意を決してリンドウとシギの元に向かう。二人の前に立ち視線を合わせようとするが、二人の目は完全に死んでいる……。


「お……おい!良いのか、このままで?少しでも強くなって大事な人を助けに行くんじゃ無かったのか?」

「……………」

「……………」

「こ、この根性無しどもめ!それでも男か?」

「……………」

「……………」

「駄目か……。くっ……誰がこんな惨い真似を……」


 お前だよ!とメトラペトラはライの頭上で考えていたが、口には出さない。


 一行に回復しないリンドウとシギ。流石に心苦しいライは二人の額に手を翳す。


(こうなったら最終手段……)


 記憶操作。ライの魔人化の記憶を消してしまえば二人は再びやる気を取り戻すだろう。今度は上手く誘導して鍛えながら進めば、予定通りにテンゼンと対峙出来る筈だ……。


 だが……。


「どうした?やらんのかぇ?」


 ライは手を翳したまま動かない。やがて、ゆっくりと力なくその手を下ろした。


「今のお主ならチョチョイと記憶を弄れるじゃろ?不都合なことは無かったことに出来るぞよ?ん?」

「……キツいなぁ、師匠は。そうやって何時も俺を試す。俺、泣いちゃいますよ?」

「……………」


 頭上のメトラペトラには見えないが、泣きそうな顔をしながらも笑っているライがそこに居る。


「自分の都合で記憶操作なんかしたらテンゼンと同じじゃないですか……。俺はこの二人の友人にはなれないかも知れませんが、せめて対等ではいたいんですよ」

「じゃがのぅ……折れた心というのは厄介じゃぞ?」

「折れた訳じゃないと信じます。今は驚いて放心状態なんだと……」


 ライはそう言うと、リンドウとシギの前で頭を下げた。メトラペトラは慌てて宙に浮く。


「悪かった。俺はやり過ぎた……この通りだ」

「…………」

「…………」

先刻さっき力を見せたのは、お前達を力で押さえ付けたかったんじゃない。最悪の場合、あんな力を持つ相手と戦うと教えたかっただけなんだ。もし、力で押さえられたと感じたならこの通り何度でも頭を下げる」


 ライは更に膝を付き頭を下げ続けた。


「それに……二人には自分を犠牲にして欲しくなかった。帰るべき場所があるなら尚更だ。そしてケジメ……もし二人が諦めるならこのまま俺だけテンゼンを倒しに向かう。その後、この国を出てもう二度と近付かない。だから……」

「おい!」


 突然呼び掛けられ顔を上げたライの脳天にリンドウの拳骨が炸裂した。


「ぐぁっ……い、痛いっ!!なっ……」

「お?今回はちゃんと『届いた』な?何だよ、ちゃんと効くじゃねぇか……なぁ?」

「ああ。魔人にも拳は届く。偶然でも油断でも届いた。なら、俺達にもやれる……そういうことだな?」


 リンドウ、シギ、共に目に輝きを取り戻している。ライは思わず立ち上がって手持ち無沙汰に腕を動かしている。どう反応して良いか分からないらしい……。


「何だよ……涙なんか浮かべやがって」

「全くだ……拍子抜けにも程がある。あんな力があるのに、まるで子供じゃないか……」


 頭をボリボリと掻いているリンドウと溜め息を吐き首を振るシギ……二人は不敵な笑みを浮かべた。


「で、どうすんだ?俺らを強くする気あんのか?ん?」

「いや、強くして貰わなくちゃ困るんだが……?」

「あ……ああ。わかった。だけどその前に……」


 ライはもう一度頭を下げる。今度は対等に在る為の謝罪だ。


「二人を試したことをまず謝る。そして隠していたこと、どうするつもりだったかも全て話す。聞いてくれるか?」

「……一々堅苦しいんだよ、テメェは。チャラだチャラ。対価として俺らをキッチリ強くしろよ?」

「そうだ。今はそれで良い。大体これは久遠国の騒動だぞ?」

「……ありがとう」


 メトラペトラには正直理解できない。リンドウとシギはライをあれほど恐れた……。それが何故、あんな態度が取れるのかを。二人からすればライは化け物のままの筈だ。


(全く……訳がわからん奴じゃな。相変わらず……)


 羨ましいとは思わない。が、やはりライを見ていると飽きないと改めて思うメトラペトラであった。



 時間は浪費してしまったが、それでも充分価値はあった。リンドウやシギがライへの警戒を解いたこともそうだが、何より無謀な考えを捨てたことが大きい。これで二人それぞれが単身で乗り込むことはないだろう。


 そしてライは約束通り礼を尽くす。まずはシギの想い人・ツグミの身の安全を確保したことを伝えた。コテツの子らとハルキヨの無事、加えてその警護中で有ることも……。


「ツグミは今どこに?」

「不知火の白馬城に頼んできた。あそこなら安全だろ?」

「……トウテツとカエデは無事なんだな?」

「ああ。今も直接情報を見てるけど無事だ。いざとなれば分身体に護らせるから安心して良い」

「………そんだけ備えて何で自分で殺っちまわねぇんだ?」

「これは久遠のことだろ?俺がやると色々とわだかまりが残る。異国人に救われたんじゃ誇りだって失われるんじゃないか?」


 違う、とは断言できないリンドウとシギ。その可能性を考えたライは、飽くまでリンドウとシギのサポートに回るつもりだった。


「テンゼンが最悪の強さを持つ場合は俺が対峙すれば良い。けど、やっぱり謀叛人テンゼンを討伐したのは『リンドウとシギ』にした方が聞こえは良いだろ?リンドウは甥、シギは家臣の配下。敵討ちには最適の立場だし」

「つってもテンゼンは魔人かも知れねぇんだよな?結局、お前を当てにした方が早くねぇか?」


 その疑問に答えたのはメトラペトラだった。


「魔人と言っても一緒くたには出来んのじゃ。ライの力を見て『敵わない』と思うかも知れぬが、使い手であれば下級魔人を一対一でも倒せぬことはない」

「そんな弱い魔人……魔人と言えるのかよ?」

「いや……弱い訳ではないぞよ?倒す術がある、というだけじゃ。人の最大の武器はなんじゃ?」


 リンドウは首を傾げているが、シギは何か閃いた様だ。


「人の武器は知恵……成る程。魔導具か……」

「うむ。強力な魔導具があれば魔人と対峙することも可能。じゃが、最低限強くなければ魔導具どうこう以前の問題じゃ。じゃからライはお主らを鍛えようとした」

「しかし……久遠国は魔石があまり取れない。だから魔導具も少ないんだが……当てはあるのか、ライ?」


 領主ライドウですら普通の刃を下げていたのだ。魔石以前に魔導師が足りないのが本当の問題点だろう。


「そこは俺がどうにかするつもりだった。リンドウ……これを」

「この刀……魔導具なのか?」

「いや……それはもう神格魔法が加えてあるから神具だってさ。試してみるか?」


 リンドウは距離を取り構える。見た目は普通の刃。鍔に魔石が埋め込まれている為、魔導具と言われれば納得出来る程度だ。


「じゃあ行くぞ?魔法を斬るだけで良いからな」

「お……おう。来い!」


 ライは人差指を立て火球を発動。しかし、それでは不十分と火球を幾つも追加し大火球になった。圧縮魔法を使わないのはより判りやすく派手に見せる為。

 しかし、傍目から見ればかなり危機な威力の大火球。リンドウは少したじろいでいる。


「……ま、マジかよ。だ、大丈夫なんだろうな、おい!」

「信じろ。行くぞ!」


 指先をリンドウに向け動かした途端、ゆっくりと火球が迫る。空気が熱く感じるが刀を掲げると熱が引いて行くのをライドウは感じた。

 そして刃を振るうと、火球は両断され忽然と魔法は消え去った。周囲をヒリつかせていた熱も一緒に消えている……。


「………スゲェ」

「その剣は大小に関わらず魔法そのものを吸収する。魔人の特長、魔力の優位がチャラになるんだ。それにテンゼンの力……あれが魔法による記憶操作ならその刀で防げる」


 あとはリンドウの成長次第だ、とライは付け加えた。


「あと、その剣は魔石に貯めた魔力を自分の魔力として補充も出来る。魔法剣を使えればかなり便利な筈だ」

「……俺には何か無いのか?」

「シギには今手持ちがないから途中で調達する。何か希望があれば言ってくれ」

「何でも良いのか?」

「ああ。大丈夫だ」

「……じゃあ鎖を頼む。出来ればリンドウのと同じ効果を付けて欲しい」

「分かった。それとシギにはこれを……」


 シギの額に手を翳し記憶を流し込む。一種類の魔法故に負担は殆ど無い。


「これは……リンドウに投げてた奴か?」

「そうだ。詠唱を殆ど必要としないし使い勝手が良い。便利だろ?」

「早速試させて貰う」


 高速言語によるほぼ無詠唱。シギの指先から放たれたのは《雷蛇》だ。素早く移動する蛇は、木の枝に近付くと飛び付き枝を黒く焦がした。


「使い方は幾つか記憶に流した。だけど、シギには魔力負担があるだろ?魔導具を用意するまで乱発はしない様に」

「わかった。感謝する」

「これで戦う下準備は出来た。けど、飽くまでこれは補助だ。お前らが強くなければ結局無駄になる」


 覚悟を確認する様にリンドウとシギを見る。二人の目には光が宿ったままだ。


「心配すんな。お前に心を折られなかった俺らを信じろよ」

「ま、まあ半分折れてたが……だが立ち直っただろ?信じてくれ」

「……わかった。じゃあ早速始めるぞ?朝の纏装二段重ねで移動だ」

「結構容赦無いな、ライは。だが……受けて立つ!」

「今度こそ……最後までやれよ?」


 嘉神の城に向け出発となった一行だが、命纏装・魔纏装を維持しながらの移動は足取りがかなり重かった。実質、子供の足より遅い。

 加えて維持の難しさで直ぐに体力・魔力が切れる。その都度ライが回復魔法を使用するが、魔力切れは回復させることが出来ない。仕方無くリンドウに渡した刀を構えさせ、魔力を流し込み魔力回復に充てた。かなりの手間である。


「め、命纏装だけじゃ駄目なのかよ?」

「纏装は使い続ければ力の底上げになるんだ。命纏装なら体力・膂力が、魔纏装なら魔力が上がる。とにかく全部引き上げるのが優先だ」

「わ……わかった。それにしても……キッツいな……」

「前にも言ったろ?俺が一年掛かった奴を三日で押し込むんだって。俺なんか回復してくれる人いなかったんだぞ?しかも場所も魔力が散る難所だったし……」

「お……俺たちは恵まれた環境か……。文句なんて……言えないな」


 言葉通りリンドウとシギは愚痴を溢さなくなった。ただ必死に纏装を維持し、時折回復して進む。ライはそれを見守りながら後ろから付いていった。



「ふむ……全部さらけ出したのは正解じゃった様じゃな。やる気がまるで違う」

「……やっぱり俺の押し付けだけじゃ駄目だったってことですよね?ちゃんと話し合うことは大事だと改めて理解させられました」

「まあ、ある程度は仕方あるまい。憎しと思っていた訳では無いのじゃからな」

「でも間違いは間違い。今後は気を付けないと……」


 その後も進む一行は食事や小用以外足を止めない。草原を進み、森を進み、湿地を進む。途中で何度か大型魔物と出会すが、襲われることなくやり過ごすことが出来た。


「師匠。この国の魔物は本当に大人しいですね……何で?」

「恐らく、長年の間に渡り戦が無いからじゃろう。人の負の感情はこの世界に満ちる魔力にも影響を及ぼすからのぅ。じゃが、この大陸の争いは基本的に『王の一騎討ち』のみ。確かにディルナーチの魔力は澄んでおるわ」

「じゃあ、ペトランズ大陸で魔物が暴れるのは結局人間のせいですか……複雑ですね」

「それでも人間には人間の役割がある。仕方あるまい」

「役割?何です?それ……?」


 メトラペトラは咳払いを一つ吐くと、目を閉じて語り出した。


「世界に魔力循環させる役割じゃ。人が死ねば魔力を引き寄せた魂は天空に流れる【魂の大河】に集まる。それは世界を廻り、やがて星の核【根源の海】に還るのじゃ。そこで新たな【魂】と【魔力】が生まれ地上に溢れる」

「天空の大河……」

「並の者の目には見えぬ。見ることが出来るのは神格に近いもの……無論、ワシにも見えるがの」

「壮大な話ですね……」

「まあのぉ……。ま、壮大過ぎる故に人の関わることではないがの……?人の役割と言うたが、それも法則みたいなものじゃ。人間は己の役割を自分で見付ける、それで良い。……お主の役割は何かのう?」


 ライは今まで己の役割など考えたことは無かった。ただ自分が納得出来る様に動いていたが、それも役割なのだろうか?などという考えが湧き上がる。

 だが、そんなことを悩んでも仕方がない。ライは生き方を変えるほど複雑な立場にいる訳ではない。


「取り敢えずの役割はアイツらを鍛えることですかね」

「ハッハッハ……ならばミッチリ鍛えてやれ。お主も彼奴らも後悔せぬようにの?」

「そうですね」


 回復・移動を繰り返し、やがて日が暮れる。湖畔近くの森の中に陣取りその日の移動は終了となった……。


 色々あった為に移動距離は短かったが、及第点と言える成果もあった様だ。



「二人とも纏装を解除してみ?」


 言われるがままに纏装を解くリンドウとシギ。負担が無くなり身体が軽くなった気がする。


「じゃあ、そのまま思いきり上に跳躍」

「は?何でだ?」

「跳べばわかる」

「……わかった」


 二人同時に大地を蹴ると、身長の三倍ほどの高さまでその身が跳び上がった。


「うぉっ!こりゃあ……」

「凄いな!ハハッ!」


 着地した二人は大喜びだった。身体機能が修業前と明らかに違う。


「じゃあ、次は纏装を一つ使って同じことやってみ?」


 修業の成果を実感した二人は纏装を展開し思い切り跳ねた。それは森の木に並ぶほどの高さ……二人は歓喜の声を上げて着地した。


「凄ぇ!たった一日でかよ!」

「ああ!こんなことが……!」

「はいはい、油断しな~い。明日になると元に戻っちまうからな?それが安定するにはまだまだ時間が掛かる。だからこその極薄纏装維持と微細操作訓練だ。固定されれば解除しても数年は維持されるし、逆に使い続ければ少しづつ伸び続けるから」

「わかったぜ!要は慣れだな?」

「そういうこと。さて、飯にするか」


 ライは途中で狩った獲物を取り出し二人の前に並べた。並んだのは魚と猪豚。ライはここでも修業を命じる。


「二人はこれを調理してくれ。但し素手で。纏装を使って解体し調理だ。これも修業」

「調理が修業?何でだ?」

「いや……リンドウ。ライの考えだ。やろう」

「わかったぜ。任せろ」


 修業の成果を体感した二人は言われるがままに調理を始めた。だが、それは中々の苦行……。


「く……くそっ!上手く切れねぇ……」

「うわっ……こっちは切り過ぎた!難しいな、これは……」


 ギャアギャアと騒ぎながら出来上がった料理は随分と身の少ない物になっている。


「………悪ぃ」

「………済まん」

「いや……まあ良いけどさ。何をさせたかったかは判るだろ?」

「微細操作だろ?暴走させない為の……」

「正確には『他人を傷付けない為』のだよ。常時展開した纏装は衣一枚でもかなり強いんだ。下手すると人が怪我する」


 纏装は強ければ良い訳じゃない、とライは続けた。


「微細な操作は威力すら上げられる。例えば……」


 ライは近くの木に指を当てた。すると木の中心に極小の穴が開いた。


「力を一ヶ所に集中すれば威力は上がる。これは微細な操作が出来なければ無理だ。逆に人に触れても全く影響を与えないことも出来るんだ。大事な人を傷付けたくなければとにかく練習あるのみ。そうすりゃ料理なんて簡単だぞ?今後は二人に狩りと料理も頼むから」

「何でも修業……か。面白れぇ!」

「ああ。やってやるさ!」


 回復魔法を二人に使用し夕食となったが、量が足りない。リンドウとシギは遠慮していたが全て二人に食べさせた。


「俺は何時でも食える。今は修業しているお前ら優先だ」


 二人は少し尊敬の目を向けていたが、空腹ゆえに貪るように食べていた。


「よし。じゃあ食いながらも勉強だ。魔纏装の属性は個人差がある。シギは記憶を見たから知ってるけど、リンドウは何が使える?」

「おれは雷と火…地…あと風だ…。あとは一切駄目だ」

「多ければ良い訳でもないから気にする必要は無いよ。寧ろ集中出来るだろ?」

「ああ……そうだな」

「魔纏装の利点は明日記憶に流してやる。で、今から見せるのは目標点だな。ここまで行けるかは才覚も関わるから断言できない。でも、見ていて損はないだろう」


 ライはそのまま全ての纏装を解いた。


「まず命纏装……続いて魔纏装。これは今やってるから判るよな?」

「ああ」

「この二つを混ぜると覇王纏衣だ」


 暗い森の中に輝く黄金の光……。その力に二人は息を飲む。


「覇王纏衣には普通の纏装はまず通じない。覇王纏衣は覇王纏衣……もしくは高威力の力でしか破れない。もし今、これと対峙したら全力で逃げろ」

「《雷蛇》でも無理か?」

「俺の雷蛇なら通るけどシギのじゃ無理だ。通すならこれくらいの威力を出さないと……」


 指先に電魔法を圧縮し射出。雷蛇の圧縮強化魔法 《雷蛇弓》は、先程穴を開けた木を貫き更なる大穴を開けた。


「圧縮魔法を使うのも才覚に左右されるらしいから、まず覇王纏衣を目指した方が良い。その覇王纏衣も結局、微細な操作が必要だけどね」

「不知火で使った黒いやつは何なんだ?アレ、どう考えてもヤベェやつだったぜ?」

「あれは覇王纏衣の圧縮だ。えぇっと……何て言うんですかね、師匠?」

「【黒身套】じゃ。覇王纏衣の最終型……覇王纏衣は五段までしか重ならんが、あらゆるものを無効に出来る。が、これはお主らには無理と心得よ。これこそ才覚の極み……最低で半魔人であること、もしくは覇竜王の血筋が必要じゃ」

「え?そうなんですか?」


 メトラペトラは呆れた。そういえばコイツはこんな奴だったと言わんばかりに呆れていた……。


「お主はバベル血筋じゃからな。先祖返り無しでも覇王纏衣は使えたじゃろう。加えて魔人化、大聖霊契約……この時点で特異な存在じゃ。こんな者がそうそう居ったら、今頃世界は破滅しとるわ!」


 特に大聖霊との契約……仮契約のクローダーを含むと、三体契約。これだけで人類史上初である。しかし、やはり当人に自覚など無い。


「えぇ~……な、何かスンマセ~ン」

「くっ……軽い……。おい!リンドウにシギ!お主らは幸運なんじゃぞ?そもそもこんな気の抜けた魔人……人類始まって以来じゃ!」

「気の抜けた、って師匠……」

「そんな者に付きっきりで修業を受ける幸運、良く噛みしめ……あぁん!……や、止めんか、恥ず……こんな、見られ……みられ……あはぁん!」

「ほぉらほら……メトラちゃんは可愛いねぇ。……恥ずかしいのは俺の方ですからヤメてね?」


 母親が『家の子はこんなに出来る』と自慢されているようでライは気恥ずかしかったのだ。勿論、今のは照れ隠しである。


「な……何が恥ずかしいものか!あっ……我が弟子の凄……凄んごぉい……ちっ違っ……あっあ~っ!」


 静かな湖畔の森……悩ましく艶やかな猫の声が響く。


「よし……寝るか」

「あ……ああ。明日も早い」


 しばらく響いた嬌声もやがて止み森は静まり返った。そんな森の上空に今日もライとメトラペトラの姿が……。


「今日は何食います?」

「ワシ……魚が良い」

「じゃ……行きますか」

「うむ!」


 飛翔し向かうは不知火の料亭。勿論、金はライドウから渡された路銀である。


 長らく金銭から離れていた勇者ライは、その大切さに気付かず今夜も美味い飯を食いまくるのであった……。



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