不知火の章

第四部 第一章 第一話 ディルナーチ大陸


 【子大陸ディルナーチ】


 ロウド世界に存在する二大大陸の一つにして、千年程前に神の怒りにより二つに割たれた『始まりの大陸』の欠片──。



 ディルナーチ大陸の面積はペトランズ大陸の五分の一程。その位置は『天の裁き』の際に発生した地殻変動によりペトランズ大陸を大きく南下した海に存在する。


 かつてその大地には巨大な【聖獣の森】が存在したが、親大陸から分離した際の環境変化により聖獣達の半分は住み家を移したと伝わっている。


 その後……子大陸に人が住まう様になったのは天の裁きから二百年程後のこと。初めは一つの国家、一つの民族だった……。


 しかし……やがて時が経過するにつれ一族同士の争いが勃発。一族は二つに割れ子大陸を二分した。


 子大陸の大地は二つの国家となり互いに不可侵となったが、それでも争いは終わらなかった。


 それから二つの国は、小競り合いを繰り返し今でも対立が続けている。



 それが子大陸──『神羅国』と『久遠国』の歴史である。




 その久遠国側の海域……一艘の船がかなりの速度で移動していた。


 良く見れば小船を曳いてるのは赤髪の男……しかも飛翔していることが判る……。


「ここまで来れば一安心です。ライ殿、本当に……ありがとうございました」


 歳の頃は三十半ば……艶やかな髪を頭上で纏めた女性スズは、船を曳く男……勇者ライに向かい感謝の言葉を述べた。


「良かった。じゃあ、このまま港まで……」

「いえ……大変申し訳ありませんが、先ずは私の夫・ライドウに御会いして頂けませんでしょうか?」

「え?ええ。それは構いませんが……ああ、近海にいるとか言ってましたね。じゃあ、そこに向かえば良いんですね?」

「はい。貴殿方あなたがたの入国に際して夫に入国許可証を用立てて頂かねばなりません。お手数ですが、このまま真っ直ぐ行った先の島までお願い致します」


 スズに誘導され進んだ先には、確かに小さな島が存在した。


 島の名は【百漣島ひゃくれんじま】──近海警戒の拠点として利用されており、灯台を兼ねた高い櫓には常に見張りが存在している。

 その見張りは早速、ライの曳く船に気付き警鐘を鳴らしていた。


「一体なんだ……?」


 櫓の下にいる兵が見張りに問い掛けた。が、しかし……見張りは答えに詰まっている。


「翔んでる……」

「何だ?何言っているんだ?」

「だから翔んでるんだよ!」

「お前……鳥が翔んだからって警鐘鳴らず馬鹿があるか!」

「鳥じゃねぇよ!人が翔んでるんだ!しかも異国の者が!」


 俄には信じられない見張りの言葉。だが次に兵の頭に過ったのは、【化け物】と呼ばれる存在だった……。


「全員、武装せよ!ライドウ様にもお伝えして護衛を増やしてお護りしろ!」

「おおぅ!!」


 小さな島に緊張が走る……。


 現在は領主たるライドウも滞在しているのだ。兵としては何よりも主の身を危機から護らねばならない。


 【化け物】は船着き場に向かっているらしいと判断した見張り兵は、戦力を迅速に誘導。兵達は港の至るところに配置され、弓を構え迫る船に目を凝らし備えた……。


「そこで止まれ!化け物め!」


 船が船着き場に接岸したと同時に兵士長らしき人物が警告を発する。


「我が国に何用か知らぬが早々に立ち去れ!この国は他国の者を好まぬ!化け物なら尚のこと!」

「……また化け物か。お、お~い?俺はただ領主の奥さんを連れて来ただけなんだけど……」

「何ぃ!」


 曳いていた船には確かに領主の妻・スズの姿が見える。しかも、側仕えの者以外にも見掛けぬ子供と猫の姿まであった。


(確か、奥方は昨日から行方知れず……ま、まさか!)


 真剣な顔の兵士長。それを見て事情を理解してくれたのかと思った矢先、その口から予想外の言葉が飛び出した。


「貴様!奥方様を拐かしたのか……?何という卑劣な……!」

「…………」

「良く見れば厭らしい顔をしている……!この外道め!奥方様達を離せ!」


 どうも久遠国の人間は警戒心が強い、というか頭が固いらしい……。


「………厭らしい?」


 慌てたのはスズだった。


 恩人への度重なる無礼……。加えて、ライは割とショックな顔をしていたのである。


「や、止めなさい!この方達は私達を助けてくれたのですよ?その恩人に弓を向け、しかも厭らしいなどと……」

「………プッ!」

「だ、大聖霊様。お笑いになってはライ様があまりにお可哀想です……」

「大丈夫じゃよ……其奴はそんな柔な精神はしておらん筈じゃ。のぉ、ライよ?」


 自信満々に告げるメトラペトラがライに視線を向けると、そこには燃え尽きたような表情のライが……。


「……な、何でそんな顔しとるんじゃ?お、おい!ライよ!しっかりせい!?」


 しかし、ライはそのまま肩を落としつつ徐々に落下して行く。そして、ゆっくりと海中に沈み始めた。


「ウニャアァァ~ッ!!うぉぉい!しっかりせんか、馬鹿弟子めが!?」


 慌てたメトラはライの頭に飛び乗り頭をタシタシと叩く。しかし……ライの反応はない。少しづつ沈み続けている……。


「くっ……こうなったら仕方無い。最終手段じゃ……」


 メトラペトラはライの耳元でそっと囁いた……。


(エイルのおっぱい、ポヨンポヨン)と……。


 すると、どうだろう……。ゆっくりと海中に沈んでいたライは、今度はゆっくりと上昇を始めたではないか。

 海面から浮き上り、更に元の高さを越え天高く昇って行く。その表情はまさに【厭らしい】と言うべき顔だ!


「おい!何処まで昇るんじゃ!?」

「……おぅ……おぅ…」

「くっ……やはり、また腑抜けに戻りおったか……。この……エロ弟子めが!」


 メトラペトラのスピン・ネコキックが炸裂。ライは島から離れた海面に叩き付けられド派手な水飛沫を上げた。

 メトラペトラはそのままスズ達の元に戻り舳先に座って溜め息を吐いている。兵達は唯唯ただただ呆然としていた……。


「…………」

「…………」

「……。あ、あの、大聖霊様?ライ殿は……」

「フン!知らニャイモン、あんな奴!」


 最後にはメトラペトラまでヘソを曲げ出す始末。しかし、そのデタラメさで兵は興奮が冷めた……というより頭が空白になった様だ。

 この期に説明を始めようとスズが口を開いた時、威厳ある声が船着き場に響き渡る。


「一体何事か!誰か説明を!」


 姿を現したのは四十半ば程の大柄の男。顎の髭のみを伸ばし、長い髪を後ろで一つに束ね、やや鮮やかな刺繍のある服を羽織っている。


「あなた!」


 聞き覚えのある声に視線を向けるライドウ。そこには昨日から行方知れずになっていた妻の姿が……。

 ライドウは思わず兵を押し退け小舟まで駆け寄る。一方のスズもリルを膝から下ろしライドウの胸に飛び込んだ。


「スズ!おぉ……よくぞ無事で……。一体何があったのだ?」

「実は……」


 事のあらましを簡潔に説明されたライドウは、一唸りした後兵達に下がるよう命じた。


「あなたが大聖霊様ですか……。この度は妻をお救い頂き感謝の言葉もございません」

「………馬鹿弟子とリルが勝手にやったことじゃ。気にするでない」

「その子がリル……海王様ですか。ありがとうございました」

「お~!スズ、ぶじ!」

「それで……大聖霊様のお弟子様は?」

「それが……」


 ライが叩き落とされた海に視線を向けるスズ。しかし、海面には何も見当たらない……。


「だ、大聖霊様?ライ殿は……」

「……心配要らん。ホレ、あそこじゃ」


 船着き場の端の岩場。そこに海面から手が伸びる。岩場を掴みズルリと身体を這わせ、海から上がる様はまさに【化け物】……。その身体中には海藻やら貝やらヒトデやらが貼り付いている。更には蟹や海老が耳たぶを挟んでいた。


「…………」

「…………」

「の、のう?大丈夫じゃったろう?」

「は、はぁ……」


 呆気に取られるスズ、及びシラヌイ領の方々……。しかし、その間も【化け物】はゆっくりと近付いてくる。

 やがて船着き場まで辿り着いたは、ライドウと対峙し髪を掻き上げるように頭の昆布を掻き上げた。


「どうも~!あ、これお近づきの品です。受け取って下さい。あとこれもどうぞ~」


 耳から蟹と海老を外しライドウに手渡す【化け物】。だが、ライドウは不快な顔一つ見せず豪快に笑った。


「ワッハッハ!大聖霊様のお弟子様だけあって中々に愉快ですな!」

「そっすか?いやぁ……先刻まで話すら出来なかったので助かりました。え~っと、あなたは?」

「私は不知火領主、ライドウ。妻をお救い頂き感謝します」


 笑顔を浮かべ手を差し出すライドウ。ライはその手をしっかりと握り返した。


「俺はシウト国……親大陸から流れ着いたライと言います。あ、俺の方が歳も下ですから敬語は要らないですよ?」

「そうか……ならば遠慮なく。兵達が失礼致した。改めて謝罪をさせて貰おう」

「いや……あのくらいじゃなければ兵としてはダメですよ。まぁ、俺も怪しまれても仕方無かったですし」

「そう言って貰えると有り難い。ともかく……妻の救出と失礼の謝罪も併せ是非礼がしたい。受けてくれるかな?」

「勿論ですよ。あ……その前にちょっと身体洗ってきますね?」


 海に飛び込んだライは、身体中の付着物を全て落とし海上に飛翔した。


「成る程、飛翔魔法か……。確かに兵には警戒されるやも知れんな」

「飛翔魔法はご存知なんですね?じゃあ何故……」

「警戒されているのか、か?そうだな……説明を兼ねて風呂にでも入らんか?大聖霊様の酒も用意しよう」

「お酒だってぇ~?ヒャッホ~ゥ!」



 百漣島には小さいながら天然の温泉があった。ライとメトラペトラは不知火領主ライドウの案内で温泉に浸かることとなった……。


 メトラペトラはライドウと酒を飲み上機嫌。猫と酌み交わす……これまた奇妙な光景である。


「あれ?そういや、リルは?」

「ん?ああ……恐らく女湯側だろう。海王様もスズを気に入ってくれた様で何よりだ」

「……この国の人は不思議ですね。【大聖霊】を知っていたり、【海王】を敬ってたり……でも、飛翔魔法に警戒する」


 酒を一気に煽ったライドウは、湯ぶねに浮かべた盆に盃を置いた後ライの疑問に答える。


「海王様を奉るのは偉大な存在への畏怖と敬意から来るものだ。特に不知火領は海に面しているからな」

「はぁ~成る程……でも、海王ってディルナーチ近海まで来るんですか?」

「年に一、二度だな。でなければ漁すら出来ん」

「………畏怖のが大きいんですね?」

「簡潔に言えば……そうなるな」


 ライが魔の海域で見た【海王】は確かに容赦が無かった。それだけで気持ちは納得できた。


「で、メトラ師匠……いや、大聖霊のことは何故知ってるんですか?」

「昔語りに伝わっておるのだよ。幾つも伝承がある。一番新しいのは三百年前の王の友としてだな」

「へぇ~……人嫌いな師匠が……」

「まあ、アヤツ……当時の久遠王は酒呑み仲間じゃったからのぅ。特別じゃよ」


 鼻をフンスと鳴らし酒を煽るニャンコ大聖霊は、うっとりとしながら目を細めている。


「我が国……いや、ディルナーチ大陸は、だな。他国との交流を断っているのは知っているだろう?」

「ええ……随分昔かららしいですけど……」

「鎖国したのは、やはり三百年程前と伝わっている。当時、ペトランズ大陸は魔王やらと騒いでいた様だな……。丁度その頃、ディルナーチ大陸側でも騒ぎがあったのだ」


 顎髭を撫でながら溜め息を吐くライドウ。目を閉じているのは過去の出来事を文献の形で思い出しているからの様だ。


「一体何が……?」

「化け物の出現……と言われている。ライ殿は恐らく魔人だろう?だが、三百年前のそれは人型でも文字通りの怪物だったという……」


 人型の、魔人以外の怪物……。ライにはその辺りの知識が全く無い。


「メトラ師匠……何か知ってます?」

「うぅむ……可能性としては【黄泉人】かのう。じゃが、あれは……」

「何ですか、ソレ……?」

「ごく稀にじゃが聖獣を己が身に宿して戦える者がおっての……。その者が遺恨を残して絶命すると聖獣が【裏返る】のじゃ」

「裏……返る……?」


 起用に盃を持ち上げ呑んでいたメトラペトラは、盃を盆に戻すと温泉に肩まで浸かる。


「ふぃ~。……。裏返りというのは簡単に言えば性質が変化することじゃな。例えば、魔獣と聖獣……あれは性質が逆なだけで本質は同じものじゃ 。魔獣は暴虐・破壊を、聖獣は慈愛・創成を司るのが本来の性質よ」


 更に魔獣・聖獣は、土地の性質に左右されて生まれるとメトラペトラは言った。


「宿り主の精神にもよるが、死者の中にいる聖獣はまず精神が汚染される。そして聖獣が負の面に引かれ【裏返る】と、同時に宿主の肉体に融合・定着し【黄泉人】になる。のじゃが……そもそも前例が二件しかない。ロウド世界に人が生まれてから二万年程じゃが、それで二件じゃぞ?」

「超激レアですね……」

「じゃろ?じゃから、もし三百年前のディルナーチの化け物が【黄泉人】ならば三件目ということになるのじゃが……」


 ライドウはメトラペトラの話を聞き何かを確信した様だった。


「恐らくその【黄泉人】とやらで間違いないでしょうな。当時はまだ聖獣の森が残っていたと聞いております」

「つまり……その【黄泉人】が空を翔んだから、飛翔魔法を使うと化け物扱いにされた訳ですか……」

「察しが良いな……まあ、そんな感じだ。ディルナーチにも飛翔魔法はあるのだよ」

「えぇ~……、じゃあ何で俺だけ……」

「そこは異人だからだろう。そのめでたい頭は尚、目立つからな」


 さらりと酷いことを言われたライはメトラペトラを見た。しかし、ニャンコは視線を逸らし震えている。


「あ、あのぉ~……めでたい頭ってのはかなりショックなんですが……」

「おお!いや……これは済まない。別に『頭の中身がおめでたい』と言った訳ではないのだ。ディルナーチでは、赤と白の組み合わせは祝事に利用されるのでな」

「な、成る程……。じゃあ仕方無いですね……」

「プッ……実際、中身もおめでたいがのぉ?」


 ライのこめかみにピシリと血管が浮かぶ。温泉で血行が良くなり浮かんだにしてはやけにピクピクと脈打っている。


「…………ねぇ~?メトラ師匠ぉ~?その全身の『不吉』そうな黒……毟っても良い?」

「ニャ!?突然ニャにを言っとるんじゃ、ライ君?」

「良いから良いから。ホラ、俺って頭の中身までおめでたいそうですから……だから毟らせておくれ?」


 両手で何かを摘まむ様な動きを繰り返すライはメトラペトラににじり寄る。


「イ~ヤァ~!犯される~!!」


 温泉に響き渡る悲鳴……。


 後に『猫に手を出すおめでたい男』と語り継がれる……かどうかは分からないが、酷く賑やかな風呂となった。



 そして場所は変わり百漣島上部の小さな木造庵。そこにはライドウとスズ……そして人外三人組が対面している。


「すみません。服まで用意して頂いて……」

「兵の訓練着で済まぬな。本来ならもっと上等なものを用意するのが筋なのだろうが、場所と時間の問題で品が……」

「いやいや、充分上等で満足ですよ。つい先日までボロボロの服でしたから」


 ライの服は『久遠国』産の袴姿。飾りも柄もない至極簡素な品で、上半身は白。下半身は黒に近い紺。頭には目立つ髪を隠す為、黒い布を巻いている。

 因みにリルは合うサイズの服が無い為、白の襦袢を急拵えで直した着物を着ていた。



 

「では、改まってになるが……まずは妻・スズの危機を救って頂き真に感謝致します」


 正座のまま深々と頭を下げる不知火領主夫妻。対するライは足を崩している。

 流石に何度も礼を言われるのは気恥ずかしいので、ライは慌てて制止した。


「い、いえ……ですからそれは偶然なんですよ。頭を上げて下さい」

「これもケジメというものだ。続いて我が配下の無礼、どうか御許し願いたい」

「大丈夫です!許しますから止めて下さい!」


 堅苦しさとは無縁の男、ライ。一応作法は弁えているのだが、そもそもそんな場に出たいとは思わない。過去にノルグー騎士団に誘われた際に断ったのも規律に縛られるのを嫌った故だ。


 ライにとって久遠国は、そういう意味では息苦しいかも知れない。


「さて……。ここまでの流れは、これまでのことのケジメ。そして次はここからの話。先ずは貴殿達に対し頼みたき義がある。話を聞いて貰えるだろうか?」

「断る!」

「……………」

「……………」

「……ちょっ、ちょっとメトラ師匠。ライドウさんが大変な顔になってますよ?」


 メトラペトラは、ライドウが話を切り出す前に拒否した。即効で断わられたライドウは、『あれ?先刻、仲良く酒飲んだじゃん?』みたいな微妙な顔で固まっている。


「うるさい!どうせ此奴らの話を聞けばお主は首突っ込まずにはいられないじゃろうが!」

「そ、それはどうか分からないじゃないですか……断る可能性だってありますよ?」

「無い!賭けても良いぞよ?といっても既にワシの勝ちじゃろうがの!アッハッハーじゃ、このニャロウ!」


 ライの思考を把握しているメトラペトラ。実は諦めているのだが、一応警告を兼ねての言動だった。


「という訳じゃ。話すが良い」


 肩を竦め首を振るメトラペトラを見て、ライドウは安堵の色を浮かべた。


「ありがとうございます。しかし、その前にまず説明が必要かと」

「まあ、そうじゃろう。お主らの願いは『国』にまつわることじゃろう?」

「流石は大聖霊様です。……ライ殿。ディルナーチ大陸の『久遠』と『神羅』は、元々一つの国だったことを御存知か?」

「昔、何かで読んだ気はします……。確か王族の権力争いが元で別たれたとか」


 ライドウは頷いた。先程までの柔らかな視線は鳴りを潜め、力強さの中に焦燥に似た何かを感じる。


「我ら先祖の名は【百鬼】という。そして先祖はこの世界の者ではないのだ。異界より流れ着いた、と伝わっている」

「異界……別世界から来た、ということですか?」

「うむ。まぁ昔過ぎて確かめる術は無いがな。飽くまで文書ではそう伝わっている、という話だ。だが、今も稀に異世界から人が流れ着く。つまり……」

「それは事実じゃよ。ワシが直接確認しに行ったからのぉ」

「!? そ、そうでしたな……大聖霊様には時間は意味を為さないのでした」


 齢、約十万……。存在そのものがロウド世界である四元の一柱、メトラペトラ。ここ最近はずっと酒臭い……。


「その我々一族の祖先は魔人だったと聞いておる。今では随分と血は薄まったがな……」

「魔人の一族なのに血が薄まるんですか?」

「元々【百鬼一族】だけではなく人も共に世界を渡ったそうだからな。それに、鎖国するまでは移住者も僅かに存在したのだ」


 土地柄的に海を渡る覚悟は必要だが、いつの時代にも新天地を目指すものは在るということだろう。


「ともかく、そう言った事情で我々は【魔人の子孫】ということになる。殆どの者は血が薄れ人になったが、王の血筋にはまだ魔人の血が影響を与えている。私やスズもその血筋……」

「……血が濃いと具体的に何があるんですか?」

「生まれながらの魔人化……それ以外では異能を持つ者、身体が優れる者、両者に別れる。スズは前者、私は後者だ。そして、その中でもスズは少々特殊でな?他者の流れを読み取れるのだ」

「流れ……ですか?」


 メトラペトラに視線を送るが首を振っている。判断不能ということらしい。


「異能ということは存在特性じゃろう。種類が多すぎてわからん」

「あ~……じゃあ仕方無いか……」


 流石に個人の能力までは把握しきれない。それも当然だろう……ロウド世界には十億を越える人間がいるのだ。


「私の力はその人の運命を色で見るもの。同じ色の者は引き寄せられる運命にある。恋愛や友情だけではなく、憎悪や謀略にも繋がるのです。それが常に何処かに引き寄せられて見える」

「それ……ずっとそう見えるんですか?」

「断片的に……です。一つの運命が繋がれば一時的に消えますし。また突然変化もしますから、確定的なものではないことになります」


 運命は流動しているということなのだろう、とメトラペトラは付け加えた。


「……不思議な能力ですね」

「ええ……。そしてライ殿の流れの色ですが……ある人物と同じ色をしているのですよ」

「それが本題ですか。それは一体……」

「我が国の王……久遠国王ドウゲン様とその一族です」

「えぇっ!?」




 流れ着いた島から始まったディルナーチ大陸での運命。早くも波乱の気配を感じ取ったメトラペトラであった……。


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