第五部 第四章 第三十三話 神羅平定


 神羅国の騒動もいよいよ以て佳境───。


 元凶たるイプシーとそれに操られたカゲノリを追い詰めることに成功したライ達。

 いざ決着へ向けて……といったところで、メトラペトラから待てが掛かる。


「何ですか、メトラ師匠?」

「ライよ。結界の外にクロウマル達が来ておるぞよ?」

「え……?このタイミングで?それに、一体どうやって此処が……」

「恐らくカグヤじゃな。魂寧殿からコウガに連絡を入れたんじゃろう……どうする?中に入れるかぇ?」

「………」


 ライが目を向けたのはサブロウ。この場にカリンを導くことは危険に晒すことを意味する。


「……どうしますか、サブロウさん?」

「……済まぬが入れて頂けますか、大聖霊様。ライ殿……カリン様は私がこの身に代えても守る。だからどうか、カリン様にも決着を見届けさせてやっては貰えまいか?」

「わかりました。メトラ師匠、お願いします」

「良いじゃろう」


 イプシーはこの瞬間を待っていた。結界に綻びがあれば転移魔法の使用が可能。カリン達を導き入れた瞬間を狙い、転移で逃げ切る。

 そしてメトラペトラが結界の一部を開いた瞬間、イプシーは高速言語による魔法詠唱を使用し転移──する筈だった。


 が、イプシーは動けない。転移の魔力発動の瞬間、魔力を奪われ術式が崩されたのだ。


 原因はイプシーの背後……いつの間にか移動したライが、イプシーの首を掴まえていたのである。


(み、見えなかった……)


 イプシーは、ここでようやく彼我の戦力差を理解した。

 今ライが行ったのは魔力吸収……神格魔法の中でも上位に入る力……。


「逃がさない……って言わなかったか?」

「お、お前は……本当に何者なの?」

「勇者だよ……但し、何回も死に損なって必死に力を求め続けて、勢い余って少しばかり化け物になっちまったけどな?」

「……………」


 ベリドを知りながらトシューラの者でもない……今ようやくそんな男の存在を理解したイプシー。

 だが……ここでイプシーはその狂気染みた考えで行動を始めた。


(この男!この男こそベリド様にとって最高の研究材料……肉片の……指の一つでも奪えれば、ソガ・ヒョウゴやコウヅキ・イオリなど素材としての価値は低い。何としても手に入れねば!)


 たとえ我が身を犠牲にしても……その忠誠心はライの細胞を奪うことに向けられた。

 ならば、兎に角隙を狙わねばならぬ。イプシーはしばし様子を見ることにした。



 そんな思惑に都合が良いカリンの到着。これはある意味、イプシーにとっての不幸中の幸いとも捉えられる事態だった。


「サブロウ!無事でしたか……良かった」


 サブロウに駆け寄るカリン。サブロウもカリンの無事を確認し安堵している。

 対してクロウマルは、トビの腕を見て混乱していた。


「トビ!そ、その腕は……」

「申し訳ありません、クロウマル様。不意を突かれこの有り様です。しかし、ライのお陰でお仕えすることに問題は御座いませ……」

「馬鹿野郎!お前は……どうしていつも、そう……」


 歯噛みして涙を浮かべるクロウマル。


 トビはいつもクロウマルの為にその身を削り心を殺してきた。今のクロウマルにはそれが何より辛かった……。


「クロウマル様……」

「お前の負傷を『任務に問題ない』等という理由で俺が喜ぶと思うのか……?俺はお前の友だ。ハッキリと言わねばわからんのか?」

「……申し訳ありません。ですが……この腕は久遠・神羅両国の為に失ったのです。我ら隠密の未来、そしてクロウマルの未来の為にどうしても必要な負傷でした。それは俺の意思なのです」


 トビの目に宿る強い意思……そんな決意を読み取ったクロウマルは、呆れたように微笑んだ。


「そうか……お前がそう言うならば、きっと仕方が無いことなのだな。済まなかった。そして……良くやったぞ、トビ」

「クロウマル様……有り難きお言葉……。この義手があれば不便はありませんが、ライは後に腕を治すと言ってくれました。だから心配はありません」

「そうか……。ライ、感謝する」


 深く頭を下げたクロウマル。ライは申し訳無さそうにクロウマルに頭を下げた。


「力が足りなくて直ぐに治すことは出来ませんが、トビさんの腕は必ず治してみせます。待っていて下さい」

「ああ。頼む」


 それからクロウマル達は、これまでの経緯説明を受ける。

 その際ミトは平謝りをしていたが、クロウマルはミトの肩を優しく叩き“ トビを宜しく頼む ”とだけ告げていた。




 今……この場に於いて、王位争いはほぼ決着が付いたと言って良い。


 しかし……カリンからすれば、カゲノリが操られた末に兄弟の許嫁を殺そうとした事実が途方もなく重い。

 その結果、神羅国が未曾有の危機に陥ったことは同じ王族といえど赦せるものではなかった。


 そんなカリンは怒りに震えながらも、カゲノリのことを切り捨てることは出来ない……。


「カゲノリ兄上!お願いです!どうか……どうか正気に戻って下さい!」

「カリン……愚かなる我が妹よ。敵に情けを掛けるか?だがな……俺はまだ負けてはいない」

「まだそんなことを……操られているのは分かっています。ですが、カゲノリ兄上は兄弟の中で最も意思が強かった!キリノスケ兄上はそれを羨ましがっていて、同時に誇らしいとまで言っていたのです!だから……」

「キリ……ノスケ……が?」


 僅かに反応が変わったカゲノリ。カリンはそれを見逃さない。


「そうです!キリノスケ兄上は最後まで兄上を信じていました。カゲノリ兄上が民を蔑ろにする訳がないと……何か事情があるのだと。約束を破る筈がないと何度も……」

「や……やく……約……束……。キリノ……スケ……カリ……ン」

「カゲ兄様ぁっ!」


 カリンの叫びが屋敷内にこだましたその時……カゲノリは魔獣による思考の束縛を打ち破った。


「うおぉぉぉぉ━━━っ!!」


 雄叫びと共に崩れ落ち膝をついたカゲノリ。カリンは駆け寄ろうとしたが、カゲノリはそれを制止する。


「来るな!」

「兄上……」

「俺の意識は一時的に戻ったに過ぎん。それより聞け、カリン……お前が王になるのだ。俺はもう王にはなれん。キリノスケはもういない……。ならば……久遠との和解を望みその為の道を作ったお前ならば、必ずや相応しき王になる筈だ」

「兄上……。私は兄上に王になって欲しかった……」

「フッ……操られていたとはいえ俺のやったことは許されることではない。それに……俺はもう……」


 直ぐに魔獣に取り込まれる……カゲノリはそれを自覚していた。


「だが……お前の呼び掛けのお陰で意識を取り戻せた……。ならば、この好機……逃がす手はない」


 走り出すカゲノリは刀を抜きイプシーに斬り掛かる……。


「ちっ……!余計な手間を……」


 イプシーにとってカゲノリの覚醒は予想外だったが、これも好機。魔獣化魔導具はイプシーに敵意を向けた時自動で発動する。

 ライにより力を奪われている今でも、魔獣化したカゲノリは命令を聞く。イプシーはその隙にライから細胞を奪い、カゲノリを暴走させ脱出することにした。


 だが……遂にイプシーの命運は尽きることとなった。


「ぐうぅぅっ!ま、まだだぁぁぁぁっ!」


 刀を手放し魔獣化を始めたカゲノリは、意識を失わずイプシーへと襲い掛かる。


「ば、馬鹿な!意識を保つなんて……」

「我ら兄弟の恨み……思い知れ!!」


 抵抗しようとするイプシーだが、ライが力を奪っている為身動きが出来ない。


「は、離せ!こ、このままでは……!」

「死ぬ……か?これは裁きだよ、イプシー。多くの幸せを壊したお前への裁きだ。手を下すのは、お前に歪められ苦しんだ神羅王族……これ以上相応しい相手はいないだろ?」

「やめて!私はベリド様の……!」


 その言葉が終わる前に魔獣化したカゲノリの腕に腹部を貫かれたイプシーは、更に首をへし折られ絶命した……。


 全ての元凶イプシーはこうして呆気ない最後を迎え、遂に神羅国に平穏が訪れたのである。


「感謝する……異国の勇者……」

「いや……アンタも被害者だ」

「………。済まぬが頼みがある。間もなく俺は魔獣と化すだろう。だから屠って欲しい」

「わかった……は屠るとするよ」


 召喚したのは聖獣・火鳳。それを見たカゲノリは自嘲染みた笑いを浮かべた。



「ホタル殿の聖獣か……確かに俺の最期には相応しい」

「カゲノリ……心をしっかりと保てよ?」

「何……?」


 火鳳より白銀の炎が舞い上がり、既に魔獣と化したカゲノリを包む。


「ぐ……ぐぅぅ!」

「兄上!あぁ……兄上ぇぇ……」


 駆け寄ろうとするカリンを抱き止めたのはクロウマルだった。


「大丈夫だ、カリン殿。ライを信じてくれ」

「しかし……」

「俺の命を賭けても良い。カゲノリ殿は死なぬ。信じろ」

「………」


 苦痛の声がしばし続いたが、やがて白銀の炎は靄のように薄れて消えた。


 そして現れたのは白銀の体毛を持つ魔獣。丁度、狼の獣人の様な形状だ。


「……兄……上……?」

「……カリン。俺は……」


 ニヤリと笑ったクロウマル。ライも同様に笑いその場に腰を下ろす。


「魔獣を浄化した。だけど、魂ごと結合しているから今の俺にはそれが限界……でも、死ぬよりずっと良いだろ?」

「……しかし、俺が生きていては……」

「罪を自覚した人間は罪を償う機会があっても良い……と、俺は考えているんだよ。たとえその罪がどんなに重くてもね」

「………そう……か……」

「これで神羅の騒動は全部終わったんだ。悪夢は全部……ね」



 ライの言葉を最後に皆、ようやく警戒を解く。



 遂に神羅は平定した。これにより、ディルナーチ大陸に残された問題は『首賭け』のみとなる。


 しかし、とにかく今は皆の無事を喜ぶことにしようとクロウマルは提案した。



 そしてその日の夜。皆を集めたロクエモンの別邸で、小さな宴と語り合いが始まる……。

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