第二部 第四章 第十話 魔王の誘惑


 波の打ち寄せる音で覚醒を促されたエイルは、重い目蓋をゆっくりと開く。


 時刻は日の傾きから察するに昼前──。波の太陽反射が目を擽るように目映まばゆく、潮風が優しく頬を掠める気持ちの良い場所……。


 昨日、何か大変な目に遭った気がする。いや……それは多分夢だと頭を振り、エイルは周囲を見渡した。浜辺には戯れる二つの人影が見える。それは小さな子供と赤髪の青年だった……。


「起きたようじゃな」

「メトラペトラ……昨日何か……いや、良いや」


 猛烈に悪い予感がして昨日の怪奇現象を記憶の底に沈めるエイル。メトラペトラが顔を逸らして笑っていることには気付かない。


「それより……あたしは……?何か晴れやかな気分なんだけど、一体……」

「昨日より意識がハッキリしとる様じゃな?何があったか覚えておるかぇ?」

「……教えてくれよ……頼む」

「頼む……か。良かろう。お主、どこまで覚えておる?」

「確かに戦いの最中で兄さんが……そうだ!兄さんは!」


 慌てて兄を探すエイル。しかし、メトラペトラはそれを放置している。


「メトラペトラ……兄さんは……」

「エイルよ。良く思い出せ。お主の兄はいつから居ない?」

「………そうか。兄さんはもう……居ないんだな……。うっ…うぅ……」


 改めて兄を想い涙を流すエイル。やはりメトラペトラは無言で待っている。


 心から涙したのはいつ以来だろうか……。兄を失った後は怒りに身を任せ、自分の心に蓋をしていた。

 しかし今……兄への純粋な想いは甦り、更にはエイルの心も眠りから目醒めた。どうしても涙が止まらないのは心の顕れ……仕方の無いことなのだろう。


「メトラペトラ……。あたしは、ずっと狂ってたんだな」

「……………」

「今なら自分のことがわかる。三百年前に怒りを撒き散らし、世界を滅ぼそうとした魔人。故郷すら踏みにじり、仲間達すら魔人に変えた冷血な女……」

「さてな……ワシにはどうでも良いことじゃ」


 メトラペトラは素っ気ない。だが、エイルにはそれが有り難かった。同情など欲しいとは思わないし思えない。


「聞きたいんだけどさ?何であたしは“戻って”来れたんだ?」

「【魔人転生】で歪んだ『魔力増幅器』が精神を蝕んでいたんじゃ。じゃからそれを治した」

「何でお前がそこまで……」

「残念じゃがワシは何もしとらんぞよ?まあ指導はしたがの……」

「は?じゃあ誰が……」


 メトラペトラは海に視線を向けた。そこでは丁度、リルの突進を腹部に受け上空高く撥ね上がったライの姿があった。


「………うっわぁ」

「まさかアイツか?」

「今回のことは全部、アヤツの仕業じゃよ。封印を破り、お主を救う為に命を懸け、更には暴走を抑え、そして今は狂気から救った。どうじゃ?何でも飲み込むじゃろ?」

「だけど何で……アイツは関わりなんて無いだろ?命を賭けるメリットだって無い筈だ」

「性分、じゃとさ?」

「はぁ?何だそりゃ……?」


 メトラペトラはライと出会ってからの出来事を掻い摘んで語る。敵兵すら救おうとする無茶、魔物すら救おうとする無謀、魔王すら救おうとする蛮勇……話を聞き終わった時、エイルは盛大に笑った。


「ハハ!マジかよソレ……!とんでもねぇアホじゃねぇか!!あ~腹痛ぇ……」

「そう!アホじゃ。ワシの苦労もわかるじゃろ?」

「にしては楽しそうじゃねぇか……大聖霊様はよ?」

「言ったじゃろ?『面白い』と。お主はどう思う?」


 対決の場での言動を思い返せば、ライはレフ族の苦悩を気に懸けていた。その原因たるエイルさえも救うつもりで命を賭けていたことも今ならばわかる。そして……兄に扮してエイルを包んだのも恐らくは……。


 そこでエイルの胸は僅かに苦しくなった──。


「ん?もしかして……惚れたのかぇ?」


 メトラペトラは、猫の癖にソレと分かる笑いをニマニマと浮かべている。


「ば、馬鹿言ってんじゃねぇぞ、ニャンコ!」

「ホントかのぅ?命懸けで救われたらトキめいちゃうのが女の子じゃろ?」

「そう……いや、無い無い!大体あたしの手は血塗られていて……」

「そんなものは関係ないじゃろ?心なんぞワシらでも止められんよ。欺くことは出来てもの?ホレ、素直にならんと損じゃぞ?ホレ、ホレ!」


 メトラペトラのニマニマは止まらない。エイルは流石にイラッとした。


「違うっつってんだろ!年増ニャン公!」

「な……何じゃとぉ!言うに事欠いて『年増』とは何じゃ、『年増』とは!このエロエロ大魔王が!!」

「何ぃ……?あたしの何処がエロエロだってんだよ!!」

「お主のこの『房』じゃ!『房』!!一房がエロじゃから二房でエロエロに決まっておろう!まったく……こんなデカイもの二つもぶら下げおってからに!大体、スッポンポンで現れた時点でエロエロじゃろうが!?」


 メトラペトラはエイルの胸を連続ネコパンチして揺らしている……。


「何をぉ!」

「何じゃとぉ!」




『大聖霊 対 大魔王』


 お題はおっぱいとエロス──互いに四百歳以上……。なんて熱い戦いだ!




 しかし……そんなピリピリとした空気を読めない漢がそこにいた……。


 おっぱいもエロスも大好き!けど、痩せ我慢するナイスガイ!そう!『丸出し勇者』『お盛ん勇者』『勇者ムッツ~リ』『股間に魔獣を飼う男』等の称号グランドスラムすら為し得た漢──我らが勇者、ライ・フェンリーヴである!


「随分仲が良いなぁ。お~い!俺も混ぜてよぉ~!」


 目を輝かせて手を振る能天気さに、大聖霊様と大魔王様の矛先が向く。


「こんのぉぉ……!?」

「エロ勇者めがぁ……!?」

「ちょっ!マべッ!?」


 ネコパンチと痴……魔王パンチが同時に炸裂し、海に向かい落下して行くライ。更に海に落ちる寸前に下方からリルの追撃が加わり、錐揉みしながら海に落ちて行った……。


「…………」

「…………」

「……飯にするかの」

「……………そうだな」


 食事の準備の間も海をプカリと漂うライが、再びリルに撥ね飛ばされる姿が見える……。シャチの本能……恐るべし!







 そしてようやく食事の時間。全員が貪るように食べまくる。この海域の魚介類が全滅しないか少し心配だ……。


 大聖霊、魔王、海王、そして魔人勇者が一堂に揃い食事をするという、各国首脳が知れば口から何かが放出されそうな光景……。考えてみれば、世界征服すら狙える面子である。


 そんな化け物達の食後、改めて今後の話が始まった。


「で、魔……痴王様は違和感ない?」

「いい加減、その呼び方止めろ。まあ……お陰様でスッキリしてる。三百年の悪い夢から醒めた気分だ……。お前らには、その……か、感謝してるよ」

「随分とまあ萎らしい……。仮にも魔王だったんだからデンと構えて『大儀であった!』とでも言えば良いんだよ」

「全っ然物怖じしないんだな、お前……。仮にも殺し合い……お前を殺そうとした相手だぞ?あたしを誰だと思ってんだ?」

「裸族?」

「裸族じゃねぇよ!」

「ハハハハハ。うん……じゃあ改めて……」


 ライは突然エイルと向かい合わせになる様に座り直す。


「エイル・バニンズ。俺はライだ。ライ・フェンリーヴ。宜しくな?」

「き、急になんだよ」

「挨拶は大事だろ?特に諍いを終わらせるにはさ?エイルって呼んで良い?俺はライで構わないからさ?」

「べ、別に良いけどさ……」

「で、エイル。まず確認したいんだけど、もう無闇に暴れまわることは無いよな?」

「ああ。だけど……」

「トシューラとアステに関してはわからない……か。ま、それはそれで良いんじゃない?」


 あまりにあっさりと容認するライ。エイルはメトラペトラに視線を向ける。


「こういう奴なんじゃよ。その代わりお主が無抵抗な者を手にかけた場合、此奴はまた『止めに』行くじゃろうな?」

「殺しに、じゃなくてか?」

「止めに、で間違いないじゃろう」


 エイルは改めてライを見つめる。しばらく観察する様に確認していたが、ライは突然手で顔を覆い隠した。


「……何やってんだ、お前?」

「い、いや……改めて女の子に見つめられると恥ずかしくて……」

「………プッ!」

「わ、笑うなよ……シャイなんだよ?俺は?」

「どの口で言っておるんじゃ……『丸出し勇者』の分際で……」

「嫌ぁぁん!!!」


 再び顔を手で覆い“イヤイヤ”と肩を振る姿を見て、エイルはとうとう大笑いを始めた。


「アハハハハハ!成る程……こりゃ勝てねぇわ。わかったよ……アステやトシューラを赦せるとは思わないけど、無抵抗な者は傷付けない。約束する。何なら【呪縛】しても良いぞ?」

「必要ないよ。信じる。じゃあ、エイル……左手出して」


 エイルの左手に輝く腕輪……それはライが作製した『魔力を封じる神具』。これを外せば、かつての魔王は完全に自由となり世界に解き放たれることになる。

 しかしライは、躊躇も逡巡もせずあっさり外した。


「これで自由。あ……まずアレを返さないと……」


 岩影まで走り持って来たのは、エイルが使用していた神具の槍。それと【空間収納型神具】の指輪である。


「ああ……サンキューな」


 立ち上がったエイルは、指輪を受け取ると神具の槍と戦闘服を収納した。当然全裸……かと思われたが、いつの間にかその身に衣装を纏っている。

 上半身は胸元の開いた袖無しシャツ。腹部は無防備にヘソが見える短さだ。下半身は腰に布を巻き、膝下までの長さのカプリパンツ。その全てが白基調だ。


「………あからさまに残念そうな顔してんな」

「ハッ!い、いや……それでも充分に……ムフフ」

「……おい、メトラペトラ。この勇者、ムフフとか言ってるぞ」

「……な?残念な奴じゃろ?」

「ニャ?ニャンだと?このニャロウッ!!」


 ライはメトラペトラに掴み掛かるも、いつもの如く張り飛ばされて顔にノッシリと乗られている。


「甘いわ、痴れ者め!」

「うっ……うぅっ。………あ?そう言えば一つ気になったことがあるんですが……」

「……何じゃ?」

「もしかして、この島に来たのってバベルの手引きじゃないですかね?」

「なんじゃと!」


 驚愕しているメトラペトラ。それを気にも留めず起き上がったライは、海で遊んでいるリルを呼び戻した。胡座をかいたライの上に乗りパタパタと足を振っている。


「まずエイル。自分が封印された場所、わかるか?」

「子大陸の国の一つ……シンラ国と、トシューラの境。宝鳴海と龍玉海の境にある島だと思う」

「……トォン国と真逆の航路じゃな」

「まあ、島が常夏の時点で南とは思いましたけどね?」


 島にある植物は明らかに南国の物だ。これがトォンの近くであるならば寧ろ異常な光景である。


「で……リル。バベルと遊ぶ約束した時、何処に行けって言われた?」

「しま!しーま!みなみ!みなみ、ここ!」


 手でタシタシと砂浜を叩くリルを見て予測は確信に変わる。


「……バベルの奴め……何を考えておるのかの」

「さぁ……。エイルを倒させたかったのか、逆に救いたかったのか……。または魔剣・獅子吼を託したのかはわかりませんね」

「……だけど、そのお陰で結果的にあたしは助かった訳だ」


 一同はそれぞれに思う節がある。皆が悩む姿をリルが真似ているのが微笑ましい。

 ともかくこの場合、答えなど出ない。当然──。


「保留~!」

「結論早いな、おい」

「だって分かんないじゃん?大体、バベルなんて関係無いよ。俺は俺の意思で、俺のやりたいことを選んだ。それで充分」


 俺様理論とも取れる行動……。その部分に於いては『伝説の勇者バベル』に近いとメトラペトラは思った。しかし、内容はまるで違うことも理解している。


「さて……では、これからのことじゃが……」

「そうですね。エイル……一緒に行くか?」

「……え?」


 突然の誘いにエイルの胸が再び疼く……。


「いや……三百年って長いからさ?知り合いも減っただろうし……。それに、レフ族のカジーム国に戻りづらいかと思って」

「魔王と旅する勇者なんて聞いたことねぇぞ……」

「元・魔王だろ?俺の中じゃもう『魔王』じゃなく『エイル・バニンズ』だよ」

「だけど、あたしは血塗られているんだぞ?多くをこの手で……」

「う~ん……それ、重要?」


 勇者の癖に命を軽んじると聞こえるだろう発言。しかし、ライは当然の様に続けた。


「【魔王】が猛威を振るったのはもう三百年前の話なんだ。そんな昔の犠牲者なんて俺は知らないし、どうしようもない。可哀相とは思うけどね?」

「………だけど、それは」

「当人であるエイルが本心から望んでやったなら別だよ?そんな奴、危ないだけだから。それでもアステとトシューラの犠牲はレフ族を貶めた『抗争』の結果でしかない。【魔人転生】って兵器の結果でしか、ね……」


 理屈はわかるが、当人のエイルにはどうあっても罪の意識は消えない。それは一生消えないと覚悟している。

 それを知ってか知らずかライは話を続けた。


「俺も人を殺してるんだ。それを正当化はしないし、赦されないというなら赦されないんだろう。だけど、俺にも都合はあるのさ。自分を犠牲にし続ける気なんてさらさら無いよ。それにどうしたって人は衝突を起こすんだから、譲れないときは譲らない」

「……我が儘だな、お前」

「まあね~。だけど人ってのは皆、我が儘なんだよ。そんな中で俺が『我が儘』じゃなく『権利』と思ってるのは【理不尽に対する復讐】。エイルは間違いなくそれだろ?」

「…………」

「別に罪の意識を持つな、ってんじゃないよ?それはそれで必要だからさ。でも、それで自分の願いを全部捨てるのは間違いだって話」


 願い……。ライはそう言った。エイルは考えた……自分の願いは何かを。そして……また胸が疼いた。


「ま、その辺全部俺の理屈だから気にすんな。エイルはエイルの望む様にやれば良いよ。その上でどうするか決めてくれ」


 内心ではもう確信に近い想い。しかし理性では別の考えも過る。今後、自分はどう在りたいのか……。


 やがてエイルは、一つの結論に至った──。


「一緒には行かない。その前にやらなきゃならないことがある」

「やらねばならぬこと?何じゃ、それは?」

「それはカジームに戻って確かめる。その上でケジメが着いたら……お前らを探す」


 故郷への贖罪──それは棘の道。しかし、そうしなければ自分が納得出来ない……エイルの決意は固い。


「わかったよ、エイル。俺の故郷はシウト国だ。何も起こらなければ王都ストラトかエルフトに居ると思う。いつでも遠慮すんなよ?それと、ソレ持ってけ」


 指差したのは魔剣・【獅子吼】である。ここでライの脳内に黒竜フィアアンフの声が響き渡る。


(うおぉぉい!ライ、ちょっと待て!貴様!契約した我を一度も使用せず手渡すとは、どういう了見だ!?)


 脳内でがなり立てるフィアアンフ。それに思わず硬直するライ。


「ん?どうしたんじゃ?」

「いえ……アニキが……」

「アニキって誰じゃい……」

「スミマセン、ちょっと……」


 リルを退かせて立ち上がり素早く【獅子吼】を引き抜いたライは、離れた岩場に駆け込んで行った。メトラペトラ達は怪訝な顔で見守っている……。


「アニキ、ウルサイ……」

『貴様!兄貴分に向かって“ウルサイ”とは何事だ!』

「いや、こっちにも都合があるんですよ」

『都合?我を手離す都合とは何だ!』

「手離すんじゃなく貸すんです」

『そんなホイホイ貸し出されたら威厳が失せるだろうが!』


 言い分としてはフィアアンフの方が正しい。しかし、ライには魔剣を勿体振る意味が無い。使えるものを使うだけなのだ。

 一応、フィアアンフへの信用も理由として僅かに含まれてはいるのだが……。


 だが、説明が面倒になったライは丸め込むことにした。フィアアンフが如何にチョロいか……ご覧戴こう。


「アニキ……俺とアニキが本気出したら、世界が火の海になっちまいますよ?ホラ……アニキ、伝説になる程超強いでしょ?」

『う、うむ!まあ、当然だな!我は最強の黒竜……覇竜王にも引けは取らんからな!』

「そうですよ。だから易々とは使えないんです。だって……それだとアニキがただの破壊者になっちまいますからね?へへっ……」

『貴様、そこまで我を……。しかしあの女に渡すのは何故だ』

「実はあの女……俺のコレでして……」


 小指をスッと立て黒剣に向ける。


『何と!貴様の女か!成る程……』

「だからアニキに頼むんです。アニキなら俺の女を必ず……守ってくれると信じていますから……」

『……わかった!もう何も言わぬ!全て任せよ!!』

「魔力はそのまま俺から抜いて下さい。足りなそうな時はエイルから……」

『フッ……皆まで言うな。我は最強よ!なぁ、ライよ!』

「流石アニキ……超かっけぇッス!」


 お分かり頂けただろうか?チョロチョロチョロリ~ン!……と何処からか聞こえそうな程に丸め込まれたフィアアンフ。だが、ライは持ち上げる手を弛めない!


「どうせなら剣の名前も変えましょう!【獅子吼】とかドラゴンに対して失礼でしょ?」

『おお!それは常々思っていたことよ……!流石は我が舎弟!」

「そうですね……アニキの格好良さを全面に出して黒竜剣てのはどうです?【黒竜剣・フィアー】……中々だと思いません?」

『うおぉぉぉぉ!!!た、滾る!滾るぞぉ!!」


 ひたすら叫び続けるチョロゴ……ドラゴンさんを無視して皆の元に戻るライは……やはり悪い顔をしていた。


「またしても悪い顔しておるのぉ……」

「ハッハッハ、ゴジョウダンヲ……」

「いやいや、本当に……と言っても無駄じゃな」


 不都合さ故か、ライはメトラペトラからさっさと視線を逸らしエイルに黒剣を差し出した。


「魔剣・獅子吼、改め【黒竜剣・フィアー】だ。持ってけ。必ず守ってくれる……」

「ああ……」


 受け取る為に手を伸ばしたかに見えたエイルは、そのまますり抜けライに迫った。


 そして──。


「ほっほー!こりゃたまげたわ!」


 メトラペトラは楽しげにニマニマしている。


 ライに迫ったエイルは──その唇をライの唇に重ねたのだ。そのまま砂場に押し倒し濃厚な口づけがしばらく続く。エイルがようやく口を離した時、ライの顔はゆでダコの様だった……。


「な……ななな……」


 更にエイルは、ライの手を取り自らの胸に誘う。柔らかな感触…興奮のあまり目が回っているライ。そこに妖艶な笑みを浮かべたエイルが囁く。


「自分の心に従えって言ったろ?……だから決めた。お前はあたしのものだ、ライ」

「ふ、ふふ、普通、『私は貴方のもの』ではありませんかな?エイルさん?」

「あたしは魔王だからな……少し強引な方が合ってるだろ?それに先刻、お前も言ってたじゃないか……『俺の女を』って。本当はケジメをつけてからって思ってたけど、その言葉があたしを動かした」

「き、聞こえてたの!?」

「レフ族はご覧の耳だから聞こえちまうんだよ。魔人化もしてるしな?」


 ゆっくりと身体を離したエイルは、悪戯っ子の様な笑みを浮かべ宣言する。


「必ずお前を貰いに行く。たとえあの世でもな?あ……それと言っとくけど、あたしは純潔だぜ?痴王とか淫王とか……も、もう言うんじゃねぇぞ、ダーリン?」


 真っ赤なまま固まった『チェリー勇者』。彼女いない歴がそのまま年齢のライには、少々刺激が強すぎたらしい。『おぅ……おぅ……』としか言葉が出ない。


「行くのかぇ……?何なら送ってやるぞよ?」

「あたし単独なら自分の転移魔法で充分だよ。世話になったな、メトラペトラ」

「何……これも弟子の為じゃ。面白いものも見れたしの?」

「へへへ……。じゃあな!待ってろよ!!ライ!」

「……お、おぉ。待ってるよぉ~……エイルぅ……」


 黒い大剣を片手に転移魔法を行使したエイルは、青い光の中に姿を消した。


「やれやれ……魔王が『俺の女』か。流石、お盛ん勇者は規格が違うのぉ?」

「師匠も聞いてたの!」

「馬鹿モン……駄々漏れじゃったぞ?あの剣が発信しとったんじゃからの」

「くっ……。あの黒竜……チョロい癖にアホかよ……」

「まるで所有者にそっくりじゃな!ハッハッハ」


 メトラペトラの笑い声が島中に響き渡る……。


 伝説の魔王との対決──倒さず救ったまでは良かったが、惚れさせるなどという思惑の外の結果を生み出した……。


(どこまでお主の計画通りなんじゃ?バベルよ……)


 彼方に眼差しを向けた大聖霊メトラペトラ。その脳裏にはある考えが浮かんだ。

 結果は別として今回は明らかな誘導である。しかしそれは、海王の体内で夢傀樹を倒すことが前提なのだ。では何処から仕掛けられていた?ライがトシューラの魔石採掘場に来る辺りから?フェルミナを解放するところから?いや、ライが『魔導装甲』なる物を手に入れた辺りからか……?


(どのみちライが関わる事になったんじゃろうがのぅ……何故、此奴なんじゃ?)


 視線を向ければ、傍らで中空に手を向け“フヨフヨ”と何かを掴む動きをする残念な人がいる。

 それを見たメトラペトラは目を閉じプルプルとしていたが、やがて盛大な溜め息を吐いた……。


(どぉ~でも良いわ。ワシが考えたところで今更どうなるでもないじゃろうしの?ならば、此奴の師で居続ければ良いだけじゃ。のう、ライよ……)


 再び視線を向ければ、いつの間にか両手で宙を揉もうとしている『とても残念な人』の姿が……。


「……………」

「……おぅ……おっ……」

「……色ボケめが!!」

「……オッブァーイッ!!」


 メトラペトラに張り飛ばされたライは海へ一直線。いつの間にか海に戻っていたリルが落下前に追撃……。


 その後もリルの追撃を受け続けたライ……。彼が『魔王の誘惑』から帰還するのは、それからかなり時間が掛かったそうな………。




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