第四部 第二章 第十話 ヤシュロ


 鹿雲城・天守上空──ライは苦戦を強いられていた。



 エイルの腹心だということである程度の強さは覚悟はしていたが、ヤシュロはその想像を上回ったのである。

 思い返せば、ヤシュロは初めから暴走などしていない……。





「この化け蜘蛛」

「こ、この餓鬼がぁ!!」


 天守内に響くヤシュロの怒号。高速詠唱を始め額の複眼から放たれたのは、何と《穿光弾》だ。

 四つの熱光線は、辛うじて躱したライの背後を盛大に破壊し天守を半壊させた。


「圧縮魔法まで使えんのかよ!」

「アンタのを見たからね。少し練習が必要だったけど」

「嘘ぉん……」


 ライは分身体を使える様になった際、意識拡大を利用した複数同時考察が可能になった。

 故に魔法技術の向上はかなり飛躍を遂げたのだが、蜘蛛を分身体として広範囲を見張る事が出来るヤシュロはそれに近い力を持っているのかも知れない。


 他にも似た様な能力が多いヤシュロ。糸を操る能力は感知纏装に近い能力である。更に……。


「ぐあっ!!な、何だ?蜘蛛が爆発した?」

「ウフフフ……驚いた?糸にいる子供達は皆、私の魔法よ」

「ちっ……《雷蛇》と同じかよ!やり難い!」

「アハハハハ!早く絶望しなさいな!」


 糸で行動範囲を封じられ、追い込まれた先では蜘蛛が爆発。先程からこれの繰り返しでライは翻弄されて続けていた。


「ニャロウ!これならどうだ!」


 次にライが使用したのは、自らの腕に纏わせた火炎付属魔法・《炎焦鞭》である。まさしく鞭を振るうように次々に蜘蛛の糸を焼き切り、ヤシュロの身に迫った。

 だが……鞭は届かない。阻んだのはヤシュロの前に現れた太い糸。白き蜘蛛の糸はその輪郭を黒く染めている……。


(黒身套まで……。冗談抜きにヤバイぞ、コレ……)


 堪らず距離を取る為に崩れた天守から上空に逃げ出したライ。これを追うヤシュロは突然悲鳴を上げた。


「ぎいぃっ!い、糸が……!」


 メトラペトラによる糸と子蜘蛛の消滅。その激痛が感覚として拡げていたヤシュロを襲ったのである。


「お……おのれ、大聖霊!またしても!!」


 ヤシュロは一瞬体勢を崩すが、すぐに踏み留まり再び上空に飛翔した。


「しかし……!アタシは負けない!!」


 両手を拡げたヤシュロはその袖口から大量の糸を伸ばす。天守上空を中心に左右の塔に糸を付け巨大な蜘蛛の巣を展開したのだ。

 更に左右の塔を支えに球状に糸を展開し、天守上空に巨大な繭が生まれる。


 ライとヤシュロを包み込んだ繭の糸は全て黒身套が張られており、破るのは困難なことが容易に想像できた。


「これで逃げられないわよ……。覚悟することね」

「……………」

「フフ……随分と口数が減ったわね。まあ良いわ……どうせ首と胴が離れれば喋れないんだし」


 ヤシュロは、再度広げた両腕の袖から大量の子蜘蛛を生み出しライを取り囲んだ。続けて四方八方から蜘蛛の糸を鞭の様に操りライを攻撃し続ける。


 黒身套を展開しているライだが、同様に黒身套の糸で叩かれて続けたことで異変に気付く。


(ぐっ……衝撃が抜けてくる!同じ黒身套なのに……)


 まるで荒波に揉まれる木の枝のように繭の中で衝撃に振り回され続けるライは、ただ堪えることしか出来ない。

 せめてリンドウに渡した神具があれば攻撃の補助や魔力補充が可能だったのだが……。


(無いものを期待してもしゃあないな。痛っ!……じゃあ、これならどうだ!)


 ライが次に放ったのは風属性圧縮魔法 《空縛牢》──。直接糸を破壊出来ずとも、巻き込む圧縮と爆散で繭を歪ませることを狙ったのだ。

 同時に六つもの《空縛牢》を展開した結果、意図通りに繭の糸を乱れさせることに成功した。


 ライはこの機会を逃さない。更に魔力展開し分身を二体発生させ三人になったライは、全員が同じ行動を取り技を編む。


 使用したのはまず対魔王級火炎魔法 《金烏滅己》。続いて黒身套を両腕に纏わせた回転掌底 《魔王黒渦掌》……。発生した《複合魔法拳・王滅回崩》。

 更に、黒身套を纏い自らの身体を独楽のように回転させ飛び込む蹴り技……。


 《王滅煉獄脚》


 それは三本の竜巻となり繭の糸を断ち切る様に暴れ回る……。


「くっ……生意気な……」


 繭を乱されたヤシュロは糸を束ね《王滅煉獄脚》の射線上に纏めた。三本の竜巻はしばらくその糸と拮抗し続けていたが、やがて糸を突き破る。


 だが……。


「クソッ……躱された!」


 糸の背後に隠れていた筈のヤシュロ……。しかし、そこに居たのは糸で造り上げた分身体。貫いた途端に糸に変化し、霧散せず近くの糸と繋り蜘蛛の巣を維持した……。


 技の威力でライの服も痛み破れているがヤシュロは傷一つない。離れた位置に陣取り、再び蜘蛛の巣の繭を形成し始めている。

 対するライは分身と最大威力での技で疲労困憊。まずは距離を取り回復に専念するつもりだった。


 だが……ヤシュロはそれを許さない。いつの間にかライの足を捕らえた糸を引き寄せ、再び繭の中に引き込んだ。


(クソッ!とんでもねぇ!エイルより強ぇんじゃないのか?)


 確かに封印を解いたばかりのエイルよりは格段に強い。実のところ本来の【元魔王エイル】の力は更に高みにあるのだが、現時点のライにはそんな考察をしている暇などなかった。



 ヤシュロは純粋な力でライを圧倒している。距離の有利も無く、攻撃も容易く躱す。その上魔力消耗を抑えるのが上手いのだ。ライが勝っている点は現時点で回復力と魔法の種類の多さしかない。


(考えろ……今の俺が勝つ手段を……。意識を広げろ。可能性を探れ。全部使い果たしても最後に勝てば良い)


 繭の中に引き戻されたライは防御に専念した。その状態で意識をフル稼働し、あらゆる可能性を脳内で再現し選別する。

 一つの肉体の中で繰り返す思考はやがて加速し、数秒毎に幾十通りもの思索を繰り返した。


 その間も繭の中では容赦のない攻撃が続く。【黒身套】を纏った糸は嵐のようにライを嬲り、蜘蛛の爆発の衝撃は幾度となくライの呼吸を遮った。


「しぶといわね……いい加減楽になりなさいよ!」


 その後、防御に徹し半刻……。服が上半身裸になるまで痛め付けられたライは、流石に限界が近付き纏装が不安定になりつつある。

 対してヤシュロはまだ余裕……。更にライをこのまま一気に仕留めるべく、袖の中からそれまでと違う赤蜘蛛を送り出す。


 赤蜘蛛はライに飛び付くと、何と纏装を食べ始めた……。維持するために新たに展開する端から纏装は削られ、やがてライの纏装は霧散した。

 直ぐ様対応し辛うじて赤蜘蛛を殲滅させたが、ライは完全な無防備状態。今のまま攻撃を受ければ命に関わる危機……。


 その隙をヤシュロが見逃す訳もなく、四方を囲んだ糸の攻撃と複眼からの熱光線がライに襲い掛かる。


(殺った……!)


 ヤシュロが勝利を確信したその瞬間……ライの周囲に迫ったものが全て焼失した。熱光線も、黒身套を纏わせた糸もゴッソリと……跡形もなく消えたのである。


「なっ……!一体何が……!?」


 突然の変化……。それは以前、国境の森での監視の蜘蛛が見た光景。


 浅褐色の肌と赤色の目。薄く浮かぶ紋章……そして背には光輪と三対六枚の翼──。

 消耗した筈の魔力と体力は相当量回復したらしく、身体に受けた傷も瞬く間に塞がって行く。


「そんな……」


 もう少しで勝てた筈……そんな思考がヤシュロの中で渦巻く。確かに魔力も体力も尽きかけたライに残されたのは『死』のみだった……。


 そのライが今や圧倒的な力でそこに在る。ただ居るだけでヤシュロの糸が力を失いほどけて行く様……それは悪夢を見ている気分だった。


「アンタは何なの?突然現れて、私の大切な人を困らせて……邪魔なのよ、アンタは!?」


 再び蜘蛛の糸がライを襲うが、その身体に触れる前に浮かんだ紋章により消滅する。その際、魔力が回復していく様子をヤシュロはその目で捉えている。


 思考の末にライが辿り着いたのは『神格魔法纏装』。それも吸収効果を付与したものだ。あらゆる攻撃は全て、体力・魔力に割り振られ回復に充てられる。


 攻撃する度に吸収され、既に余力は逆転……だが、ヤシュロは唇を噛みながらも諦める様子はない。



 そこへ不思議な威圧を持つ声でライが呼び掛けた。


「もう止めないか?」

「何を……」

「ヤシュロ……お前、まともな意識を保っているよな?何でこんなことをやってんだよ」

「……………」


 突然の停戦呼び掛け。ヤシュロは耳を疑った。ライはテンゼンがくびり殺されるのを見ているのだ。

 だが……まるで関係ないと言わんばかりに話を続ける。


「おかしいとは思ってたんだよ……。【魔人転生】で変化した魔人が三百年も大人しいなんて。それに魔力の使い方……エイルと違ってちゃんとコントロールされてた」

「エイル!……エイルに逢ったの?」

「ディルナーチ近海に封印されてたのを俺が解放した。《魔人転生》による不具合も治したよ……。今はカジーム国に戻った」

「そう………」


 ヤシュロはそれまでと違い優しい笑みを浮かべている。ライは確信した──ヤシュロは正気だと。


「何か理由があってやっているなら出来るだけ手助けする。だから、止めないか?」

「………甘いわね。確かに私は正気よ。でも、正気だからこそアンタを殺そうとしてると思わない?」

「……………」

「魔人なんて言っても心は人と変わらないのよ。一人は寂しいし恋だってする。誰かを助けたい気持ちもね?あなたもそうじゃないの?」

「それは……」


 違うなどとは間違っても言えない。ライは『だからこそ』行動しているのだから……。


「でも……じゃあ尚更、傷付け合わないで済む方法を模索するべきじゃないのか?」

「……アンタ、優しいね。でもね?人間と変わらないなら争いは無くならないのよ。互いに退けないことなんて溢れている。だから戦争が起こるし国は別れている」

「否定はしない。でも、だから諦めるのか?本当に道はないのか?」

「じゃあ聞くけど、この国の流儀なら領主コテツを討ったものを赦すことは出来ないわ?当然、首謀者は処刑される。だけど私はそれをさせるつもりはない。命を賭けてもね……これをどう解決するの?」

「それは……」


 それもまた即答の出来ない答え……。例え話し合いまで漕ぎ着けようと、誰もが納得する落し処など有り得ない話であることはライにも理解出来る。


「互いに退けないなら己を貫く覚悟を持たなくちゃならない。戦いに身を置くなら覚えておくことね……。さあ、私は譲らないわよ。アンタはどうする?」

「わかった……。お前……いや、ヤシュロ。化け蜘蛛なんて言って悪かった……あんた、良い女だよ」

「アンタもね、ライ。アンタがもっと早くあの人に出逢えていたら……いえ。何でもないわ」


 譲れないなら互いの全力を以って決めるしかない。


 距離を取り互いの渾身の力を振り絞る。


 ヤシュロはライの力が吸収であることを見抜いた。ならばそれを上回る力で貫かねばならない。力の全てを一本の糸に束ね、槍投げのように構えた。


 ライは自らの正面に魔法陣を展開し身構える。現在使える最高の技で迎え撃つ為に……。


 合図はなく、どちらともが同時に動き出す。


 ヤシュロの糸は音もなく高速で投げ放たれた。が、次の瞬間──黒き渦が瞬時に糸を飲み込みヤシュロへと迫る。

 そのまま下腹部を渦に貫かれたヤシュロは、蜘蛛の身体を失い人の姿のみを残している。黒渦の力は紅辻の空の彼方に消えて行った……。


 ライが放ったのは、本来の圧縮限界を越えた黒身套を束ねた超圧縮の力。


 昨日、修業して手に入れた魔法は『加速陣』『減速陣』という初歩の時空間魔法。陣に触れたものは、少しの間だけ時間の流れが変動する魔法だ。


 眼前のその魔法『減速陣』に数百の黒身套による拳を乱打し留め、『加速陣』にて最大威力の黒身套の拳を叩き込む技だ。

 加速した黒身套の拳はそのまま停滞する数百の拳を飲み込み、一塊の超高速攻撃となったのだ。



(フフ……敗けちゃった。ゴメンね、ハルキヨ)


 空から落ちて行くヤシュロ。ライは急いで飛翔しその身を抱え込む。ゆっくりと下降する中、ヤシュロから霧散する魔力がライに流れ込んできた。……その記憶と共に。




 幾つも見える記憶。そんな中で、一際輝いて見えた光景が鮮明に脳裏に流れる。


 最初の場所は荒野……。金髪の女性がヤシュロを覗き込んでいた。


『ヤシュロ。折角拾ったその心、大事にしなさい』


 感じるのは感謝と不安。そして場面は移る。


『助けて頂きありがとうございました。分派とはいえ我らカガミ一族。ヤシュロ様と共に在ることをお許し下さい』


 感じるのは歓喜。そしてまた場面は移り変わる。


『ヤシュロ様。子が生まれました。名をハルキヨと申します。今度こそ必ずや一族の悲願を遂げる子となりましょう』


 感じるのは慈しみ。続けて場面は移る。


『やしゅろ。やしゅろ~』

『申し訳ありません、ヤシュロ様……。この子はどうもヤシュロ様が好きな様でして……』

『構わないわ。いつでも来て良いわよ、ね~?』


 感じるのは母性愛。そして場面は移る。


『ヤシュロさま。さみしくないの?』

『お前達がいるからね。ハルキヨは私が好き?』

『うん!だいすき!』

『うふふ……私も好きよ』


 感じるのは家族愛……。場面は移る。


『ヤシュロ。髪飾り買ってきたんだ』

『こっそり抜け出したの?悪い子ね……』

『だって、ヤシュロにあげたかったんだよ。綺麗な髪だから』

『でも着けてたら皆にばれちゃうわよ?』

『……大丈夫だよ。ヤシュロが買ってきたことにすれば』

『……無茶苦茶言うわね、ハルキヨは』


 感じるのは安らぎ。場面は移る……。


『愛しているよ、ヤシュロ』

『私はこんな姿……それに時の流れも違うのよ?』

『関係無いよ。人の目が嫌なら二人で何処かに行こう。そこで静かに暮らせば良い』

『ハルキヨ……』


 感じるのは愛おしさ。更に場面は移る。


『ヤシュロ……俺は嘉神に仕官することになった。これで一族の悲願を果たせる。異能にも目覚めた。……全てカタが付いたら、夫婦になってくれないか?』

『ハルキヨ……。なら私も行くわ。何か手伝える筈よ。貴方の為……それに離れたくない』

『……わかった。行こう』


 感じるのは幸福感。そこで記憶は途切れた。



「……。何で勝ったアンタが泣いてるのよ……」


 ゆっくりと下降するライ。我に返ったその両目からは止めどない涙が溢れている。


「記憶を見た……。ゴメン……ゴメンな、ヤシュロ」

「……良いわよ別に」

「でも……クソッ、何でだよ。何でこんな……」

「フフ……お人好しも大変ね……そんなんじゃ生きるのが辛いわよ?」

「今からでも間に合う。回復を……」


 ヤシュロは首を振った。何処か安らぎに満ちた顔はライの心を抉る。


「本当なら三百年前に暴走したまま討たれていた筈なのよ……。それが奇跡的に助かって、三百年も家族と呼べる者達と暮らせた。特にこの三十年余りは本当に幸せだったわ」

「なら何故……」

先刻さっきの力は本当に命を籠めたの。勝っても負けても私はここまでだった……」

「……………」

「それでもね?あの人の為に命を賭けることが出来た。それは生き永らえてハルキヨを見送るより遥かに価値あることよ」


 その言葉に嘘は見当たらない。きっと心からそう思っているのだろう。


「心残りが無い、と言ったら嘘になるけどね……それはアンタに頼んで良いかしら?本来なら頼める立場じゃ無いんでしょうけど……」

「……わかった。記憶を見た責任としてヤシュロが安心出来る様に手配するよ」

「悪いわね……敵なのに」

「敵じゃないよ……ただ、ほんの少しだけ友人になるのが遅かっただけだ」

「………そうね」


 下降した先……城の中庭には既にメトラペトラ達が待っていた。当然ハルキヨも……。


「……案の定か。この泣き虫め」


 メトラペトラの不安通り、ライはまた悲しみに苦しんでいたのである。指摘され涙を拭っているライの顔は、無理矢理な笑顔を作っていた。


「二人きりにしてやって貰えませんかね?」

「ワシは構わんよ。どうじゃ、トウテツ?」

「恩人の頼みです。分かりました」


 ライとメトラペトラ、ホオズキ。そして……トウテツ、カエデは、そのまま城の門前まで戻って行った。 



「ヤシュロ……愚かな私を赦してくれ。私もすぐに逝くから」

「ハルキヨ……本当なら生きて欲しいの。でも、貴方はそれを拒否する……そうでしょ?」

「責任を取らねばならないからね。それに君のいない世界は私にとって地獄だよ」

「そんなことはない……のだけど……」


 徐々に力を失うヤシュロ。ハルキヨはその手を握り最期の瞬間まで傍らを離れない。


「……私は君に出逢えて幸せだった」

「私も……よ……ハルキヨ……」

「……願わくば、次はしがらみの無い世界で君と」

「…………」


 ヤシュロは安らぎに満ちたまま力尽きた。ハルキヨはその身をそっと抱き上げ門に向かう。


「済まないが彼女……妻を埋葬させてくれないか?」

「……俺からも頼むよ、トウテツ。ハルキヨさん、何処に埋めたい?」

「出来れば我が隠れ里が良いのだがな。距離が有りすぎる」

「大丈夫。連れていきますよ」


 トウテツに許可を取り分派カガミ一族の隠れ里にヤシュロとハルキヨを乗せた荷台ごと飛翔。里を一望できる場所にヤシュロの遺体を埋葬した。


「済まないが頼みを聞いて貰えるか?」

「何ですか?」

「私が死んだ後、ヤシュロの側に埋葬してくれまいか?」

「わかりました。必ず……」

「ありがとう」


 その後……事の顛末を隠れ里に伝え、今後は過去に囚われぬ生き方をと釘を刺した。幾人かは不満があったようだが、ヤシュロの為にと頭を下げたハルキヨに逆らう者はいなかった……。


 再び紅辻に戻ったハルキヨはそのまま投獄。処罰の日を座して待つ身となる。



 そしてヤシュロとの戦いの翌日……。リンドウとシギは紅辻に到着した。

 二人は迎えたトウテツとカエデに案内され城にて詳細を聞かされている最中である。


「ともかく、リンドウ。来てくれて嬉しいよ。シギも御苦労だったな」

「遅くなって悪かった……にしても、随分な有り様だな」


 鹿雲城は被害甚大だった……。城門は破壊され天守は半壊。戦いの余波で城壁の何ヵ所かが崩れている。

 街に被害が無いのはヤシュロの意図だとライは語っていた。


「カエデも……無事で良かった」

「リンドウ。気持ちを伝えるなら早い方が良いぞ?今後、嘉神領は目まぐるしく変わる。カエデ様の嫁ぎ先もあっという間に決まってしまうだろう……。そうなっては遅いからな?」

「ウルセェな、シギ!俺にも心の準備があんだよ!」

「あの……何のお話ですか?」

「いや!あの!何だ……カエデ、少し痩せたか?」


 慌てるリンドウを見てニヤニヤしているシギとトウテツ。それに気付いたリンドウは惚ける為に話題を変えることにした。


「そ、そういやライはどこ行ったんだよ。見当たらないぜ?」

「ライ殿は旅館で休んでおられるよ。過酷な戦いだった様だからな」

「マジか……。あの野郎が休む程の戦いだったのかよ?」

「ああ。色々大変だったようだ」


 リンドウは理解出来なかったが、シギはその言葉の意味を何となく察する。ライならばこうだろうと……。


「ともかく嘉神の騒動はライのお陰で終息したのですね、トウテツ様?」

「いや……最後のケジメがある。ハルキヨの処分が……」

「……。俄には信じられぬのですが、本当にハルキヨ様が……?」

「ああ。私は当人から聞いたから間違いない……」


 分派カガミ一族の生き残り。三百年前の悲劇がここにもまた存在していた。


「それで明日、ライ殿も交え改めて話をしたい。今後を決めるのはそれからにしようと思う。今日は二人ともゆっくり休んでくれ」

「ああ、助かるぜ。シギ……ライのトコに行こうぜ?」

「いや、今日は休ませてやった方がいい。俺達にも話をしたい相手がいるだろ?カエデ様とか、カエデ様とか、カエデ様が」

「シギ……テメェ、すっかりあの野郎の影響受けやがったな………」

「私に何かお話があるのですか?リンドウ様?」

「いや?あるっちゃあるし、無いっ……てことは無くて寧ろ山程……クソッ、シギ!覚えてろよ?」

「リンドウ……お前も随分変わったよ?ハハハハハ」


 鹿雲城の中に響く笑い声。悲劇に晒されながらも嘉神は禍根を断ち未来へと進む。



 新しき世代の始まりは、久遠国の今後の光になるのは間違いないだろう……。



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