第四部 第七章 第十一話 そして、新天地へと
ウィンディが妖精の女王となり復活した『彷徨う森』は、僅かな時間でリーブラの民が囚われている強制収容所に到着した……。
収容施設に未だ張られている結界を素通りして街の中へと進入……位相を戻し『彷徨う森』は出現を果たす。
建物を半分取り込んだ形で現れた緑溢れる森に、リーブラの民達は呆然としていた。
「アスレフさ~ん!迎えに来ましたよ~!」
「お、おぉ……ライか。こ、これは一体……」
集まっていた群集からアスレフを見付けたライは、直ぐ様駆け寄り挨拶を交わす。その傍にはルチルの姿……それと、初見の少年が立っていた……。
「初めまして。私はリーブラ国の王子、レフティスと申します」
「俺はシウト国の勇者、ライと言います。お会い出来て光栄です、王子」
「この度は何と感謝をすれば良いか分かりません」
「王子は俺を疑わないのですか?」
「アスレフはあなたを信じると私に告げました。アスレフは父の代からの忠臣……それを信じると決めたのです。それで……あの……これは一体……」
突如緑に取り込まれた建物に王子も狼狽している様だ。
「『彷徨う森』ですよ。詳しくは移動しながらお話ししますので、森の方へ移動をお願いします。アスレフさん、トシューラ兵は?」
「言われたように殆んどに手出しはしていない。仇だった者までは、済まないが……」
「そうですか……。ともかく、先ずは森の中へ。放置しておけばトシューラ兵も一日後には目を覚ます様にしますから」
リーブラ国の民全員が『彷徨う森』に避難したのを確認し、改めて森は移動を始める。道中、ライはレフティスにこれまで知り得た真実を伝えた。
「そんなことが……妖精族は私達を見捨てた訳ではなかったのですね?」
「そうです。妖精族もまた被害者……そして勇者を騙る者は、リーブラ国だけでなく妖精族の王までも殺めた。俺は……それが許せない」
「……ありがとう……ございます……」
「しかしながら、まずはリーブラ国の民を救うのが優先……幸い新しい妖精の女王も協力を約束してくれましたし、他に助力してくれる者もいる」
全員は救えない……それはライも理解している。しかし、悲しんでいる暇はない。
「……これ程の恩義に私は返せる物がない。……申し訳ありません」
「では、俺と友人になって貰えます?友達は損得無しで助け合うもの……でしょ?」
「ありがとう……ありがとう……」
ライの手を握り何度も頭を下げるレフティスは、涙を浮かべていた。ライがその肩を力強く叩いたのは友情の証と取るべきであろう。
「で、次は何処へ行くんだ?」
ルチルを抱えたアスレフは、すっかりライを信用した様だ。
「連れ去られた女性の行方はある人が追ってくれています。だから、判る範囲でリーブラの民を救出して行きましょう。出来れば
「わかった。俺達にも手伝わせてくれ」
「……はい!」
それからは嘘のように事が進んだ。避難と移動を同時に出来る『彷徨う森』の存在……それがとてつもなく大きかった。
巡る先々で幻覚魔法 《迷宮回廊》を発動し、リーブラ国の民を救出。他の地から囚われて来た者も同行を申し出たので一緒に脱出を行った。
そんなことを繰り返すこと半日……リーブラの民はかなりの数を救出に成功したと言える。
「後は……何処かにいる心当たりは?」
「男は一人だけ心当たりがある。が、ソイツは大丈夫だ」
「その根拠は?」
「半年程前に逃げたと聞いている。恐ろしく諦めが悪い奴で腕っぷしも強かったからな。今頃はトシューラへの反撃を企てているやもしれない」
「……アスレフさんがそこまで言うのなら大丈夫ですね。じゃあ一時、休みましょう」
向かったのはイシェルド国アクト村付近の森。木を隠すには森の中……の例えもある。森が森に隠れるのならば、まず気付かれることは無いだろう。
「ウインディ。ちょっと『彷徨う森』に木を増やして良い?」
「良いけど……何をするの?」
「食料を増やしたいんだ。それと衣服や風呂も……そっちは外に造るからさ?」
「わかったわ。というか、今更だけどあなた何でも出来るのね……」
「何でもは……出来ないよ……」
疲れた表情のまま森の外へと向かうライ。ウインディはそれが気になり後を追おうとしたが、メトラペトラが咥えて制止した。
「な、なんで止めるの?」
「……良いから待っておれ」
「……わかったわよ」
森の外へと姿を消したライは、メトラペトラの予想通り泣いていた。
泣くといっても涙ぐむ程度ではあるが、その瞳には確かに悲しみを宿していた。
(くそっ!こんなに犠牲が……)
救出に回る中、犠牲者の数を改めて思い知らされたライ。特に男は多くが抵抗したらしく、かなりの数が殺されていた。
どうしようもないこと……しかし、ライは自らの心に刻み付けずにはいられない。
チャクラの力 《残留思念解読》を使用し多くの者の最後を心に刻み付けたライは、以前より明らかに心への負担が大きくなっている。
それはライが記憶していない“ ウィトとの夢の中での対話 ”が原因だった。
少しづつ……優しい幸運竜という『前世』の影響が出始めているのである。
「……何で泣いてるのよ」
その声で慌てて振り返れば、そこにリーファムの姿があった。
仕事着は白いコートに露出の少ない七分丈のパンツルック、ノースリーブのセーターだ。
「取り敢えず一度報告に来たんだけど……大丈夫?」
「スミマセン。大丈夫です」
「………まあ、良いわ」
メトラペトラから聞いていたことが本当だったことに驚きながらも、リーファムは淡々と話を続ける。仕事中のリーファムは実に優秀で、他者とは最低限の関与しか行わない。
それに、正直かける言葉が見付からないのだ。
「えぇと……比較的集まっていた人達は何ヵ所か回って全員救出したわよ?後は分散した人達を辿って救う。救出した人達は館で預かったままで良い?」
「あ~……何人くらい居ますか?」
「四百人近くね。同じ街の人は纏めて連れてきたから」
「その人達を此処に転移させられますか?」
「出来るわよ?あなたから貰った【魔力庫】があるから……でも、別料金が欲しいところね」
労働分多くも少なくもなくキッチリ対価を貰うのがリーファム流だ。ライは素直に要求に応じる。
「何が欲しいですか?」
「移動中も使える小型の魔力庫ってある?」
「わかりました。少し待って下さい」
グイッと涙を拭ったライは分身を生み出し《吸収》──純魔石を創り出した。
更に近くの樹木を《物質変換》で金属に変換。腕輪と指輪型の魔力庫を作製した。
当然、リーファムは固まっている。
魔法を知る者ほど、ライの行為の異常さに衝撃を受ける。メトラペトラの元弟子たるリーファムは尚のことだろう。
「リーファムさん?」
「え?ああ……じ、冗談のつもりだったんだけど……確かに対価を頂いたわ。でも……それにしては多すぎるわね」
指輪一つですらお釣りが出る対価……それが腕輪一つと指輪三つ。明らかに貰い過ぎだ。
「良いですよ……差し上げます。今後また対価が必要になるかも知れませんし……」
「う~ん……それでも全然多いのよ。よし。じゃあ継続契約費用として……後は救出した女性の心のケアに、衣食住……出張費用を合わせてもやっぱり全然余るわね」
「細かいですね……」
「こういうのはキッチリしないとルーズになるのよ。魔術的な意味でも能力低下に繋がるし……」
「へぇ~……」
どこぞの勇者は大盤振る舞いなのに……メトラペトラが居れば間違いなくそう突っ込みが入るだろう。
因みにライは魔術師ではなく勇者……しかも大聖霊契約者なので、能力低下は起こることはない。魔術的な縛りは飽くまで魔術師が自らの力を増す為のものなのである
。
リーファムの弟子アンリが、以前『お師匠は金にがめつい』と言っていたのはこの細かさ故か……と、ライは何となく察した。
「……じゃあ、依頼を追加します」
「良いわよ?何かしら?」
ライは少しだけ考えてから頷いた。
「今後は救った人を『彷徨う森』に早めに送って下さい。依頼が完了するまでの間、結構掛かるでしょ?」
「……う~ん。元々それ一つに掛かりきりにはならないと思うから、それでも対価は余るわね」
「じゃあ妖精達も『彷徨う森』に」
「それは妖精達が勝手にやるわよ」
「……それなら、今後ともリーブラの民と連絡を取り合って相談に乗ってやって下さい」
「……本当に人のことばかりなのね。……まあ良いわ。承った上で少しだけお返しするわ」
ライをギュッと胸元に抱き締めたリーファム。ライは抵抗したがリーファムは離さない。
「これは姉弟子からの助言よ?己を強く持ちなさい。他人に心を砕くことは美徳と言えるけど、それよりも先ず己を取り巻く人達の気持ちを何より大事にすること。それは己を大事にすることに繋がる。わかった?」
「……わかってはいるんですが……どうしても感情が…」
「じゃあ、そうなったらこの温もりを思い出しなさい。あなたが感じている温もりは私が感じている温もりでもある。あなたが壊れたら私はこの温もりを失う。それはあなたが私の温もりを失うことと同義なのよ?」
「…………」
「ふふ……大聖霊が肩入れするなんて本当に変わってると思ったけど……あなたはきっと選ばれた者かもしれないわね」
パッと手を離したリーファム。少しモジモジしている。
「も、もし欲求不満で私を辱しめたかったらいつでも相手してあげても良いわよ!ま、待ってるからね!」
そして一瞬で転移。ライ、呆然……。
「………プッ!アハハハハ!流石は姉弟子だ。お陰で力が抜けた」
少し張り詰めすぎていたライはリーファムの行動により若干の余裕を取り戻す。
歳上……更に姉弟子という立場に対して気を許した部分も大きい。
(ありがとう、リーファムさん)
気合いを入れ直したライは大地魔法で石の浴槽を、水魔法と火炎魔法でお湯を用意した。
更に物質変換で質素ながら清潔な衣服を用意し『彷徨う森』へと戻る。
仕上げとして紋章の力を使い森の入り口に大量のリンゴを【創生】したライは、リーブラの民達に告げた。
「間もなく、一部ですが女性達が戻ります。迎える為に身綺麗になった方が良いと考え風呂を用意しました。新しい着替えもあります。空腹の方は果物がありますが、充分な数がありますので慌てないで下さい」
一斉に沸き上がる歓喜の声。男達は我先にと風呂に飛び込んだ。
風呂には一定時間で魔力還元され再びお湯になる浄化魔法まで掛かっており、常に清潔さが維持されている。リーブラの男達は髪や髭が伸び放題なこと以外、すっかり身綺麗になっていた。
と……丁度そこにリーファムが転移で送って来た女性達が現れ、更なる歓喜へと繋がることになる。
視界の先にはアスレフとルチルが女性と抱擁する様が見えた。それを確認したライは、少しばかり労力が報われた気がした……。
「これで後はリーファムの仕事かのぅ」
「いえ……まだ残ってます。ウインディ、レフティス、ちょっと良い?」
呼び集めた二人に、ライは今後の相談を改めて持ち掛ける。
「ウインディ。『彷徨う森』って海を渡れるか?」
「出来るわよ?……え?海を渡るの?」
「ああ……スランディ島って判る?」
「あたしは世界を回ったのよ?勿論知ってるわ」
「良かった。じゃあ、そこまで運んであげてくれ」
レフティスへと向き直ったライは、真剣な顔で自分なりの今後の考えを伝えた。
「今、スランディは新たな国へと変化してる最中だ。出来ればその国を新たなリーブラにしたい。でも……」
「……何かあるの?」
「そこには元トシューラ兵も居るんだ。勿論今はトシューラから離れてるけど、レフティス達からすれば割り切れない部分もあるだろ?」
「……。それは……」
「それでも国を治めても良って思うなら、スランディの新たな王になって欲しい。そうすればオルネリアさんやプラトラムさんもそこで迎えられる」
「…………」
「あまり考えられる時間をあげられなくて悪い。勿論、強制はしない。判断するのはレフティスの意思に任せるよ」
無言のレフティス。離反した者だと聞いても、憎きトシューラの民と暮らすことが本当に正しいのか迷っている様だ。
そんなレフティスの背中を押したのは、リーブラと縁深き妖精……女王ウインディだった。
「何を迷う必要があるの?」
「…………」
「あ~、もう!『彷徨う森』の妖精も一緒に行ってあげるわ!私達の国の契約はまだ切れていない。もしあなたが国を持つならば、だけど……』
「ウインディ女王……」
「ウインディで良いわよ。で、どうするの?」
確かな約束……古より繋がれた絆があるのならば迷う必要は無い。レフティスはようやく決意に至る。
「わかったよ、ライ。スランディに行く」
「そっか……じゃあ、今度は王子じゃなく王様だ。気合いを入れなくちゃな?」
「うん………ありがとう、ライ」
「あ……向こうにも俺が居るから驚かないように」
「……………。え?」
そう……振り返れば奴が居る。アチコチ分身を散らすライは、最早『一人見かけたら十匹は居ると思える男』なのだ。冷蔵庫の隙間や洗面台の下、そして貴方の足元にも………。
この日行われた再会の宴を最後に、『彷徨う森』はペトランズ大陸から姿を消した。
遠い風の噂では南国の島に突然森が生まれたと伝わるが、真実を知る者はほんの一握りである……。
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