第6話

「キャォォオオオッン!」


 俺にぶん殴られた灰色の狼が鳴き叫びながら宙を飛び、その背を木に打ち付けて力尽きる。

 グレーウルフという魔物だ。俺より二回りもデカイ癖に、呆気ねぇヤロウだぜ。


 そろそろ日も沈んできたし、今日はコイツが最後の獲物かな。


【経験値を24得ました。】

【称号スキル〖歩く卵:Lv--〗により、更に経験値を24得ました。】


 芋虫集団を遠ざけてからは積極的にモンスターを襲うようにしていたのだが、相手のステータスを見て確実に倒せる格下ばかりを標的にしているせいなのか、なかなかLvも上がらないしスキルも手に入らない。


 〖孤独耐性〗とか〖ステータス閲覧〗はちょっぴり上がったがな。

 魔物のステータス調べ回ってたし、あれからずっとぼっちだもんね。

 孤独の耐性、全然上がったように感じねぇんだけど。くっそ心細いんだけど。もっと喋っていいのよ神の声ちゃん。


 あれから三日も経つのに、Lvが5あがり20になっただけだ。

 進化するためには後5もLvを上げねばならない。


 Lv低いグレーウルフ探し回って必死に狩ってたからな。

 Lv6くらいならほぼ無傷で倒せる。今狩ったのもLv6の逸れグレーウルフだ。

 しかし、もうちっと冒険してみてもいいかもしれない。


 未知の経験や無謀な闘いに挑んでこそ成長する、というものなのだろうか。

 その点で言えば、日本でも大差ないのかもしれない。


 しかし、どうしたものか。

 生きていくのには困らないが、たまに神の声が頭に浮かび、俺を急かす。

 ただ一言、【強くなれ】と。

 そんなものを盲信して命を懸ける気にはなれないが、後ろ髪を引かれたような感覚がある。

 今の俺には髪なんてないわけですが。



 〖ベビーブレス〗で丸焼きにした狼を食す。

 獣臭さとグロテスクさがあるが、巨大芋虫を喰うことを思えばずっと御馳走だ。

 ただ欲を言えば胡椒が欲しかったり。


「Κάνω εγείρουν μου-όπως το όνομα. Και είναι σε θέση να εργαστεί σταθερά!」


 お、なんだこの声?


「……Εγώ, τρομακτικό」

「Και επειδή αναγνωρίζω μόνο το χέρι της μαγείας, Διαβάστε σωστά」



 肉に喰らい付いていると、三人の人間の声が聞こえてきた。

 声から察するに青年と老人、それから一人の少女だった。

 青年は楽し気で、老人はそれを嗜めるような調子で、少女は脅えているようだった。


 え、マジでか?

 孤独耐性はあるが、こんなモンスターばかりの森の中で寂しくないわけがない。

 今まで俺がどれほど人間を渇望してきたか。


 言語はさっぱりわからんが、まぁなんとかなるだろ。

 ボディーランゲージがある。


 俺は狼の肉を急いで喰い散らかす。

 さっさと喰って合流してみよう。


 声の方へ、声の方へと走る。


 木々の合間から、鎧を着た柄の悪そうな男がちらりと見えた。

 恐らく他の二人も傍にいることだろう。


「ガァァッ!」


 声を振り絞るが、俺の口から出たのはドラゴンの鳴き声だった。

 警戒されないよう、俺は手を大きく振る。

 なるべく間抜けに、アホに見えるように。


 男がこちらを見て、にいっと笑って足を止める。

 それに合わせて他の二人も止まったらしく、その姿が視界に入る。

 概ね声通りの外見といったところだが、鎧を着ていたりローブを着ていたりと、随分とファンタジーチックだ。

 モンスターを見て予想の一つとしてはあったが、どうにもこの世界は『そういうところ』らしい。


 まぁ、それはさておき……友好作戦成功じゃねぇか?

 リーダーらしき男も、あんなに嬉しそうに笑って……笑って、

 笑って剣を抜き、俺へと振るった。


 距離はあったが、目の錯覚かとすら思った白い斬撃が、草木を薙ぎ払いながら俺へと迫ってくる。

 両腕を上げていた俺の腹部に直撃!

 横一字に赤い線が引かれる。


「ガァッ!」


 マジで痛い! 狼とはワケが違う!

 遅れて俺は、相手のステータスを確認する。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

〖ドーズ・ドグルマード〗

種族:アース・ヒューマ

状態:通常

Lv :14/45

HP :38/42

MP :11/15

攻撃力:40+12

防御力:28+6

魔法力:17

素早さ:22


装備:

手:〖ロングソード:D+〗

体:〖銅の赤鎧:D〗


特性スキル:

〖グリシャ言語:Lv6〗

〖剣士の才:Lv2〗


耐性スキル:

〖精神汚染耐性:Lv3〗


通常スキル:

〖衝撃波:Lv2〗〖火炎斬:Lv1〗〖恫喝:Lv3〗


称号スキル:

〖駆け出し戦士:Lv4〗

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 ……なるほど、今の攻撃は〖衝撃波〗のようだ。

 男の名はドーズというらしい。種族は〖アース・ヒューマ〗……地に住む人間という意味か?


 どうにも敵だと思われているようだ。

 なんとか害意がないことをアピールしなければ。

 俺は必死に手を振りながら、これでもかと笑顔を作ってみせる。


「ガウッ、ガウッガウッ!」


 ドーズは笑いながら剣を横に一閃、第二波を放ってきた。

 駄目だ、アイツはやる気満々だ。ここは逃げるしかない。

 Lvはこっちの方が高いが、三人掛かりで来られたら一瞬で殺されかねない。


 俺は避けそびれ、腕でガードする。

 腹にもらうよりはマシだが、結構キツイ。数発くらえば腕が上がらなくなるだろう。


「Αποφάσεις αγοράς υπεραστικών έχει απομείνει για μένα! φως μαγεία〖ακτίνα〗!」


 老人も杖を振り上げ、俺に向ける。

 容赦ない。

 彼らの目は、淡々と獲物として俺を見ていた。


 辺りが光り、眩さに思わず俺は目を瞑る。

 その瞬間、身体中を強烈な熱が貫く。


 なんだ、まさか魔法か!?

 格好やら杖やらから、なんとなく想像はしていた。

 しかしまさか、魔法なんてものまであるとは思わなかった。


「ガハッ!」


 苦しさのあまり俺は地を転がった。


【耐性スキル〖魔法耐性:Lv1〗を得ました。】


 逃走体勢に切り替える間もなく畳み掛けられる遠距離の連撃。

 最初から逃げるか、あるいは戦うか決めていればこんなことにはならなかっただろう。


 ドラゴンの身でありながら考えなしに人間に近づいた、俺の不注意だった。

 人恋しさが判断を狂わせた。

 今の俺は、人間じゃない。ただのモンスターだ。それに気付くための代償は、あまりにも痛烈だった。


 身体が重い、痺れる。

 ステータスを開いて確認すれば、状態が麻痺となっていた。

 

 ゆっくり近づいてくる二人の足音と、慌ただしく走ってくる一人の足音。


「Δεν είναι εχθρότητα προς αυτό το δράκο!」


 少女の叫ぶ声が聞こえる。

 痺れる首を無理に持ち上げれば、女の子が俺を庇うようにして立っていた。

 何を言っているのかわからないが、目に涙まで浮かべて二人に何かを訴えているようだった。


 老人が気まずそうに頭を掻き、ドーズは白けた表情で舌打ちをし、剣を鞘に納めた。

 助けられた……のか?


 少女は俺に近づき、俺の頭を撫でる。


「Ανάκτηση μαγεία〖υπόλοιπο〗」


 少女が何かを口にすると、俺の身体を優しげな光が包む。

 痺れと、身体中に駆けまわっていた痛みが和らぐ。

 俺の顔を見ると少女は安心したように笑い掛けてくる。


「καλός?」


 少女の口から洩れる言葉。

 グリシャ言語なんぞ知らないが、なんと言ったか、なぜかわかったような気がした。

 彼女は『大丈夫?』と、俺の身を案じ、そう言ってくれたのだ。


 人恋しかった俺は、そのことで目から涙を流してしまった。

 嬉しかったのだ。


「グアァ……」


 ありがとうと、そういう意味を込めて一言俺は鳴く。

 俺の意図を理解したように、少女は俺の頭を撫でる。


 ドーズが少女を急かすように怒鳴る。

 少女が短い言葉を返す。それに重ねてドーズは何かを言おうとするが、老人がそれを宥める。

 ドーズは舌打ちをし、老人と共に森の奥へと歩いていった。


 少女は俺の身体から麻痺が抜けきっていないのを見て心配して残ってくれたようだ。

 三人組で来ていたのに、ここで逸れていいのだろうか?

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