第222話

 とりあえず、何か喰えるものがないか祠の中を隅から隅まで探して見た。

 足のない蜘蛛(介錯済み)と蜘蛛の卵嚢(相方の頭に装備中)に加え、蠅の集っている腐肉……それから、人の骨が見つかった。


 骨はまだ小さく、子供に思える。

 死後それなりに経過しているように見えた。


 恐らくマンティコアに連れて来られたリトヴェアル族の子供だろう。

 ひょっとしたらマンティコアは子供ばかり狙っているのかもしれない。


「グォ……」


 あの化け物を仕留めきれなかったのが、やはり心残りだ。

 奴は、足が速すぎる。

 相手が油断している内に、どうにか一気にケリをつけるべきだった。

 マンティコアはまた俺の知らないところで、子供や卵持ちの親魔物を狙って喰っているのかもしれねぇ。

 そう思うと、モヤモヤする。


「ガァッガァッ!」


 ……俺の気など知らず、額に卵嚢をくっ付けた相方は、きゃっきゃっとはしゃいでいた。

 まぁ、別に無理に悲しめなんて強要する気はねぇよ。

 魔物だもんな。俺も、そうなんだけどさ。

 俺の言うこと聞いて、人間に回復魔法使ってはくれるけど……そんだけだよな。


 しかし、本当にはしゃいでるのか、これ?

 ひょっとしたらこれ、食べようとして顔近づけたら額にくっ付いただけって線あるんじゃないのか。


「ガァッ! グァッ!」


 一度そう思うと、そうとしか思えなくなってきた。

 〖意思疎通〗のスキルあんのに、わかんねぇもんだな。

 たまにびびっとくる気はするんだけど。


 俺が前足を持ち上げて取ろうとすると、相方はさっと首を引いて俺を睨んだ。


「グァッ!」


 さっきよりも鋭い鳴き声。威嚇しているようにさえ聞こえる。

 どうやら違ったらしい。


 なんだ? それ、飼いたいのか?


「ガァッ」


 相方が、こくりと頷いた。

 お、通じた。

 じゃねーよ! 蜘蛛なんか飼ってどうすんだ!

 生き物飼うのは遊びじゃねぇんだぞ!

 だいたいそれ、思いっ切り魔物だからな!

 孵ったらどうなるかわかったもんじゃねぇぞ。


 相方は首をぐぐっと引き、引き渡しを拒否した。

 こ、この、なんて強情な野郎だ……。


 ちょっと死体蜘蛛の種族を確かめてみるか。

 これで危ない奴だったら悪いが焼却処分させてもらおう。


【〖アレイニー〗:C-ランクモンスター】

【毛の生えた大きな蜘蛛。】

【気性は大人しいが、卵嚢を身体にくっ付けている間は凶暴になる。】

【蜘蛛の中でも糸の扱いに長けている。】


 ……大人しいのか。

 まぁ、C-くらいだったらどうとでもなるか。

 仕方ねぇ、気が済むまで飼わせてやろう。

 生まれてからは面倒が見れなくなるかもしれねぇが、孵るまでは守ってやっか。

 あの親蜘蛛、最後に俺に託してた感じがして、ちょっと後味悪いな……とは思ってたし。


 とりあえず、腐肉と骨を外に埋めるか……。

 いや、骨は持って帰ってやった方がいいのかな?


 なんか変な誤解与えそうな気しかしねぇんだけど……。

 俺だって、ドラゴンが仲間の人骨持ってやってきたらブチ切れる自信あるわ。


 この骨は、祠の外に埋めておいてやるか。

 ……ん、あれ、ひょっとして〖魂付加フェイクライフ〗できるんじゃね?

 確かこれ、偽りの命を与える……とかいう効果なんだよな。

 使ってみねぇと何とも言えねぇけど、蘇生系ではあるはずだ。

 試してみる価値はある。

 ひょっとしたら肉体まで再生したり、なんてこともあるかもしれねぇ。


 〖魂付加フェイクライフ〗! 〖魂付加フェイクライフ〗!

 ……あれ、なんも出ねぇぞ。


 ひょっとしてこれ、相方に持ってかれてね?

 一個くらい、なんか俺にくれよ……。

 新しいスキル手に入ったと思ったら、ほとんど相方のもんじゃねぇか。

 つーかあれか、ウロボロスとして手に入れたスキル、全部あっちに流れてんじゃねーのか。そろそろ泣くぞ。


 ちょっと相方よ、〖魂付加フェイクライフ〗使ってくれ。

 もう卵嚢剥がそうとはしねぇから。


「ガァッ」


 相方が鳴くと、黒い光が腐肉を包んだ。


【通常スキル〖魂付加フェイクライフ〗のLvが1から2へと上がりました。】


 ちょ、ちょっと、そっちじゃねぇから!

 指定しなかった俺も悪いけど、それだけは違うから!


 ぐちょ、ぐちょ、と腐肉が音を立て、わずかに膨らんだ。

 妙な触手のようなものが腐肉から伸びる。


 俺は思わず、爪でぶっ叩いて腐肉を四散させた。

 黒い液体が飛び散った。


【ランク差が開きすぎているため、経験値を得ることができませんでした。】


 はー、はー、危なかった。

 ロクでもねぇ化け物錬金するところだった。

 自分が邪竜なこと、かんっぜんに忘れてた。

 そりゃ化け物しか出てこねぇわ。


 そうだよな。

 〖魂付加フェイクライフ〗がそんな蘇生だとか、前向きなスキルなわけねぇわな。

 これただの魔物量産スキルだわ。


「グァ?」


 相方が不思議そうに首を捻る。

 いや、今のは野放しにしちゃ絶対駄目な奴だろ。


 しかし、こうなったら蘇生は無理だな。

 スキルLv上げたら或いは……いや、無理じゃねぇのかな。

 偽りの命を与えるっつうのは、どうやら蘇生じゃなさそうだ。

 多分スキルLvMAXにしても完全なる化け物が生まれるだけだわ。このスキルは封印しよう。


 この骨は……外に、埋める……。

 いや、でも……一応やってみるだけやってみた方が……。

 いやいやいや、でもこれ、失敗したら死体を弄んだだけだよな。

 蘇らせて、駄目だったらすぐにまた踏み潰すのかよ。

 それは駄目だろ。

 成功の見込みなんて、とてもじゃないがあるとは思えないし、


 ……で、でもスキルLvは上がったし。

 ゼロってわけじゃねぇし……。

 もしも生き返らせることができたって埋めた後で知ったら、絶対後悔するよな。


 相方よ。

 もう一回、次はあっちの人骨に頼む。


「ガァッ」


 相方が鳴くと、人骨を黒い光が包む。

 人骨が宙に浮き、組み合わさって行く。そして、カタカタと動き出した。


 人骨はふらふらと動き、壁に当たって腕を落とした。

 拾おうと曲げた足が外れ、その場に倒れた。


 に、肉戻らない奴だわこれ……。

 生前の記憶とか理性があるのかどうかも怪しい。

 どうしようこれ、やっぱしやっちゃ駄目なことやっちまったよな。

 崩した方がいいのか? で、でも……。 


【称号スキル〖卑劣の王〗のLvが7から8へと上がりました。】


 うわ、嫌な称号スキルまで上がっちまった。

 なんだろこの、嫌悪感と後悔っつうか、冒涜感っつうか。

 やっぱ生き死にを操るなんて、出来ちまってもするべきじゃなかったか……。

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