第221話

 マンティコアのいた場所へと駆け寄る。

 腹部から血を流したままの子供がいた。


「ガァッ!」


 相方が鳴くと、怪我が塞がって行く。

 まだ顔色は悪いが、生きてはいるようだ。どうにか間に合ったらしい。


【称号スキル〖勇者〗のLvが1から2へと上がりました。】


 お、上がった。

 これ……上げてもいいんだよな?

 あの勇者が持ってた奴だと思うと、それだけでイメージ悪いんだけど……。

 まぁ、今はそんなことより子供が優先だな。


 称号スキル上がったってことは、難は去ったはずだが。


 十歳前後程度だろうか。

 白い肌をしており、目の下には線のようなものが描かれていた。

 袖の長い、ちょっと変わった黒のドレスを着ていた。

 どことなく民族衣装っぽい。


 とりあえず変な状態異常がねぇかだけ確認するかな。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

〖アルル・ターバ〗

種族:リトヴェアル

状態:失神(小)

Lv :12/60

HP :43/43

MP :30/30

攻撃力:39

防御力:35+5

魔法力:33

素早さ:32

ランク:--


装備:

体:〖リトヴェアル・ドレス:F〗


特性スキル:

〖グリシャ言語:Lv2〗〖忍び足:Lv2〗


耐性スキル:

〖物理耐性:Lv1〗


通常スキル:

〖ゲール:Lv1〗


称号スキル:

〖弓術:Lv1〗〖狩人:Lv1〗

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 失神だけなら大丈夫そうだな。

 小だし、じきに目を覚ますだろう。

 いや、良かった良かった。


 このステータス差ならまともに噛みつかれたら一瞬で死んじまいそうだけど、よく助かったもんだ。

 マンティコアに嗜虐趣味でもあったんだろうか。

 卑しそうな顔してたし、称号スキルにもロクなもんがなかったからその可能性はある。

 気持ちのいいことではないが、そのおかげで間に合ったのならば幸いだ。


 ……あれ、この種族……どっかで見たことあるような……。


『ただ人はまずいないだろうが……リトヴェアル族という、魔族に分類される危険な民族が住んでいるそうだ。俺も詳しくは知らないし、数は少ないと聞くので、あの大きな森なら会わない可能性の方が高いだろうが』


 ……これ、アドフの言ってた種族じゃねぇか。

 会わない可能性が高いって聞いてたのに、早速エンカウントしちまったよ。

 え、大丈夫だよな?

 意識戻ったら大口開いて喰らいついてきたりしねぇよな?

 ステータスもそんな高くねぇから、大丈夫だとは思うが……っていうか、大丈夫だと信じてぇが。


 寝顔を見ていると、普通の可愛らしい女の子にしか思えねぇ。

 ランクもねぇし、完全に人間分類じゃねぇのかこれ。何が魔族だよ。

 戦うことになったらちょっと嫌だぞ。

 元よりこちとら村に続いてハレナエでもトラウマ背負い込んでリハビリ中なんだからな。

 なんのために一番危なそうなこの森に来たと思ってやがる。


 と、背後から気配を感じた。

 そういや、人の気配は二つだったな。


 石積みの建物の中から、女の子がこちらを見ていた。

 基本的には同じ格好をしているが、頭には腕まで垂れている長いスカーフをつけていた。

 顔には面をつけている。まん丸で、角らしきもののついた面だった。

 スカーフ……というよりは、面を縫い付けた布を被り物にしているようだ。


 手には、もう一枚の面の縫い付けられた布を持っている。

 こっちに倒れている女の子のものなのだろうか。

 俺がいると近づきづらいだろうと思い、一歩離れることにした。


 女の子がこちらに走ってきて、倒れている子の頭に布を被せた。

 それから、そうっと俺を見上げる。


「あ、ありがと、ございます、竜神様」


 ぺこり、頭を下げた。

 それから倒れている女の子を担ぎ、どこかへと駆けて行った。


 ……礼を言われるのは、気分がいいもんだな。

 ひょっとしたら顔面に石でもぶつけられるんじゃねぇかと思った。


 でも竜神様ってなんなんだ?

 伝承か何かに俺と似たドラゴンでもいたんだろうか。

 双頭竜なんて、なかなかいねぇと思うけど……。


 そんなことを考えつつ、石積みの建物を振り返る。

 入り口にある、双頭竜の石像が目についた。

 思いっ切りあるじゃねぇか。


 え、何、ひょっとしてあれ竜神様の祠か何か?

 さっきの様子から察するに、建てたのリトヴェアル族じゃね?

 あれ、これ俺の時代来たんじゃねぇの? モテ期到来じゃね?

 リトヴェアル族万歳じゃねぇか。

 誰だよ魔族とか言った奴。


 あのマンティコア、追い出したっつうか、むしろこれ取り返した感じだよな。

 不当に祠占拠してた化け物を竜神様が帰ってきて追い出しました、みたいな。

 第一印象ばっちりだったんじゃねぇのかコレ。


 で、でも俺、〖竜鱗粉〗あるからな……。

 ま、まぁ取らぬ狸の何ちゃらとも言うし、今からごちゃごちゃ考えても仕方ねぇか。

 落ち着け、落ち着け、俺。

 ここまで来て、大人軍団が乗り込んできて祠取り壊しとかあってもおかしくねぇからな。

 喜んでから裏切られると後のショックがデカいんだ。

 俺は簡単には浮かれねぇぞ。


 俺は首を振り、妄想を取り払う。


「ガァ……?」


 相方が、不思議な生き物を観察するような目で俺を見ていた。

 な、なんだよ、悪いかよ。


 とりあえず、祠のチェックだな。

 これから俺のマイホームとなる場所だ。

 俺は祠の中へ、頭から入る。


 辺りに魔物の骨や、血の跡が散らばっている。

 ちょっと汚れてるが、仕方ねぇな……。

 マンティコアの糞とかねぇだけまだましか。

 それだけで引っ越し考えるわ。


 なんか、喰いもんがあったら……と首を傾けると、奇妙な生き物が目についた。

 毛の生えた団子のような見かけをしていて、サイズは人間より一回り大きい程度か。

 一本だけ長い触手がぴょこぴょこと……げ、あれ、蜘蛛じゃねぇか……。


 ひっくり返されてる上に、足が一本残して全部引き抜かれてやがるのか。

 マンティコアめ、ひでぇことをする。

 俺も森で追いかけ回されたせいで酷い目に遭わされたから蜘蛛にいい思いはねぇが、これはいくらなんでも惨い。


 ん、三つ団子だと思ったら、腹に繭の塊のようなものがくっ付いているんだな。

 卵か?

 蜘蛛は、巣に卵を残すもんだと思っていた。


 糸で巻いて作った卵嚢を、身体にくっつけて守ってたんだな。

 こっちの世界は相変わらず変わった生き物が多い。

 卵生の利点ゼロじゃねぇか。哺乳類にでもなればいいのに。


 蜘蛛が、ちらりと俺を見た気がした。

 それからぴたりと足の動きを止めた。

 気付かれないようにしたのかと思ったが、蜘蛛はそれから穏やかにひらひらと足を振った。

 さっきまでの苦し気な感じではない。


 俺は蜘蛛に爪を立て、殺してやった。

 あのまま放置ってのは、さすがに気分が悪い。

 きっちり死なせてやった方がいい。


【経験値を40得ました。】

【称号スキル〖歩く卵:Lv--〗により、更に経験値を40得ました。】


 死ぬ寸前だったからか、さすがに経験値は低いな。

 ……にしてもこれ、どうしたものか。蜘蛛、喰えるかな?

 今まで虫系ってダークワームしか喰ったことないんだけど。

 アレのおかげでワーム系は許せるけど、まだ蜘蛛は許容範囲じゃねぇなぁ。

 ……ああ、そういや、ムカデも喰ってたか。嫌なもん思い出したわ。

 あれはもう喰いたかねぇけどな。


 まぁ、なんでも経験だな。

 喰えなかったらどっかに埋めてやろう。

 魔物の死骸なんて放置がデフォルトだが、可哀相な奴だとちょっと同情してしまう。


 卵嚢を、蜘蛛からそっと切り離す。

 これは……食すにはちょっとレベル高いな。

 喰う気しねぇわ。まず、糸塗れだし。

 糸が喰えねぇもん。あれ、尻から直で出るもんだもん。気持ち的に無理だわ。


 蜘蛛には悪いが、孵っても厄介だ。

 焼いてから適当に外にでも捨てさせてもら……あれ、どこにいった?


「ガァッ! ガァッ!」


 相方が、額に卵嚢をくっ付けて嬉しそうに首をくねくねさせていた。

 ……お前、何やってんの?

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