第540話 side:トレント
アロ殿の前方の土が盛り上がり、アロ殿を象った二体の土の像が現れる。
これはアロ殿のスキル〖土人形〗である。
〖土人形〗は大まかな動作しか取れないとはいえ、本人に近しい運動能力を持った分身を造り出すことができる。
アルアネ相手に正面から接近戦に臨むわけにはいかない。
中距離の間合いから安全に攻撃を加えられる〖土人形〗でどうにか崩す算段であろう。
『アロ殿……しばし待たれよ!』
私はアロ殿から飛び降りて二体の土人形の傍らに立ち、翼で触れて私の魔力を送り込む。
土人形が絞られ、僅かに小さくなった。
私のスキル〖重力圧縮〗である。
対象に重力を付加して密度を上げ、ステータスを向上させるスキルである。
……アルアネの馬鹿力の前ではあまり変わらないであろうが、さすがにないよりはマシであるはずだ。
二体の土人形が動き出したのと同時に、私は背後へ跳んでアロ殿の肥大化した左腕にしがみついた。
土人形は真っ直ぐアルアネへと迫っていく。
「オウルさんはね、オウルさんは、下がって欲しいの。心配しなくてもいいと思うけど……勝機があると踏んできている相手には、保険は残しておきたいの」
アルアネが大きく前に出る。
オウルという名前らしい、アンデッドの男から離れた。
アロ殿は回り込む様に動き、アルアネを避けてオウルへの接近を試みる。
なるほど、アロ殿は土人形にアルアネの注意を引かせ、回復役らしいオウルを先に狙う算段であったらしい。
しかし……そんな悠長なことをしている猶予はあるのであろうか。
一か八かでアルアネを全力で叩いた方が、私には勝機があるように思えるのだが……。
いや、アロ殿は私よりも頭が回る。きっと何か、考えがあってのことであろう。
「悪くないね、悪くない手だよ……」
アルアネが素早く二体の土人形の許へと駆けて間合いを詰めた。
土人形は左右に分かれ、アルアネを挟み撃ちにする陣形で迎え討とうとする。
「でも、間に合わないよぉ?」
アルアネが左右の腕を振るう。
血液を凝固させた長い爪が、二体の土人形の胴体を引き裂いた。
土人形の首と腕、上半身が切断されて地面へ落ちる。
……一瞬のことであった。
〖重力圧縮〗で固めたというのに、アルアネの爪撃にはまるで堪えることができなかった。
アルアネが私とアロ殿を振り返った。
アルアネが、すぐにこちらへ駆けて来る!
あまり距離は取れていない。
オウルを狙っていたために、アルアネと微妙に接近してしまっている。
『ア、アロ殿! す、すぐに〖土人形〗か何かで、迎撃の準備をしましょう! 近付かれたら最後、また前回と同じパターンになってしまいますぞ!』
「……トレント、ここは私を信じて、突っ切らせて」
アロ殿はそのままオウルへと駆ける。
「オウルさん、ちょっと待ってね、待っててね、すぐにそっちへ行って、アルアネが、助けてあげるからね」
アルアネは私達の方へと向かおうとしたが、背後から伸びる土の腕に身体を絡めとられていた。
アルアネの身体が宙に浮いた。
「あ……あれ? これ……?」
アルアネの崩した土人形の残骸から、長い無数の土の腕が伸びていた。
アロ殿は事前に〖土人形〗に拘束用スキル〖未練の縄〗を仕込んでいたようであった。
土の腕を辿り、土人形の上半身がアルアネへと迫る。
「……アルアネのね、アルアネの、邪魔しないでよ」
アルアネは自身を拘束していた土の腕を容易く引き千切り、土人形の上半身を縦に爪で引き裂いた。
素早く別の土の腕がアルアネを縛ろうとするが、それをも素早く爪で切断していた。
あ、あまり長く持たない、すぐここに来る……!
オウルを速攻で倒して、またアルアネから素早く距離を取る必要がある。
『少しでも手数を稼いで見せますぞ!』
私は〖クレイスフィア〗のスキルを行使する。
土の球体を浮かべ……すかさず〖重力圧縮〗で強化し、前方のオウル目掛けて真っ直ぐに射出した。
土球はオウルの顎先を綺麗に捉えた。
オウルの首がへし折れ、顔が上を向いた。
『や、やりましたぞ! 綺麗にクリーンヒット……!』
ぐりんと、オウルの首が真っ直ぐに私達へと向き直った。
明らかに折れたはずの首が、何事もなかったかのように再生している。
こちらに向かって来る足も、全く止まることがなかった。
『そ、そんな……!』
「無駄だよ、無駄なんだよ。アルアネがね、アルアネが動かしてるの。アルアネが近くにいる以上、どれだけ壊したってね、壊したって、オウルさんは死なないし、死ねないの。諦めた方がいいよ、いいの。それとも、手足と頭を切り離して、お菓子を作るみたいに磨り潰してみる?」
既に〖未練の縄〗を振り切ったアルアネが、我々の方へと向かってきた。
や、やはり、回復役のオウルを先に潰すのは不可能であったのだ。
いつ回復されるのかはわからないが、本体のアルアネを避けつつオウルを倒すような余裕は、私達にはない。
そもそもアロ殿は当初、回復を許さず一気にアルアネを叩く方針であったはずである。
アロ殿の思う通りにアルアネが動かず、咄嗟に策を変更したのであろうか?
だとすれば、今の状況はいいものではないはずだ。
「……大丈夫、トレント。ここまでは、少なくとも私の想定から大きく外れてない」
『し、しかし……アロ殿、オウルが倒せないのであれば、危険を冒してこの状況を作った意味が……!』
「ここからは賭けになるけど……アルアネがオウルの能力を重要視してるなら、成功すると思う」
アロ殿はオウルを観察しながら、そう口にした。
ど、どういうことなのか、私には今一つ理解が及ばなかった。
アロ殿は、アルアネ相手に心理戦を仕掛けるつもりなのであろうか?
アロ殿はそのままオウルへと飛び掛かっていく。
わ、私の〖クレイスフィア〗が効かなかったのは確認したところであったはずなのだが、一体何を狙っているのであろうか?
しかし、接近戦というならば〖フィジカルバリア〗でアロ殿を強化しておこう。
私の身体から出た魔力の輝きが、アロ殿の身体を包み込んだ。
「ウ、ウウ、うァ……オイ、ガエ……」
オウルが焦点の合わない目で剣を抜き、アロ殿へと斬り掛かる。
私は宙へと飛んだ。
アロ殿は肥大化させた左腕を振るってオウルの剣を受ける。
刃が腕に深くめり込んでいたが、どうにか途中で止めることができていた。
「ウ、ウウウ、ウウ……」
オウルの動きが鈍くなる。
アロ殿の死体を操るスキル、〖アンデッドメイカー〗でアルアネの〖ブラッドドール〗に割り込んで動きを妨害しているようであった。
そのままアロ殿は、オウルの背中へと回り込んで抱き着いた。
「オオオオオオ! オオオオオオ!」
オウルが苦し気にもがく。
どうやらアロ殿の〖マナドレイン〗のようであった。
……なるほど、半不死身で便利な魔法スキル持ちであろうとも、魔力が尽きてしまえば意味がない。
しかし……アルアネは既にこちらへと向かい始めていた。
アルアネが接近するほど、オウルの膂力も明らかに強くなってきている。
魔力を絞り切る余裕などないはずであった。
「アルアネね、それは少し、困るかな……困るよ……」
アルアネの言葉を聞いて、ようやく私はアロ殿の意図に気が付いた。
アルアネからしてみれば、私達などどうとでもしてしまえる相手である。
こんな我々相手に、最大の保険になるオウルを失うような真似はしたくないはずだ。
後にはまだ主殿も控えているのだから。
本気でアルアネがあの悪女を勝たせようとしているのであれば、少しでもオウルの魔力を吸われぬよう、急いで攻撃を仕掛けて来るに違いない。
アロ殿は強気に出ることで警戒させ、アルアネに保険としてオウルを傍で待機させた。
だが、アルアネにとってこの一戦はリスクを排して戦いたい場面であったのと同時に、余計な消耗をするわけにはいかない場面でもあったのだ。
故に、オウルを釣って出させた上で、アルアネに対する人質とすることに成功した。
ここまでは間違いなく、読み勝ったのはアロ殿だ。
……だが、勝負はここからである。
アロ殿は、ここでアルアネが無防備に飛び込んでくる隙を突いて仕留めるつもりでいる。
アロ殿の、一気に畳みかけてアルアネを倒しきる機会を作ると言うのは、この盤面のことだったのだ。
次の衝突が、勝敗を決する。
そして……私が、あの悪鬼にトドメを刺さなければいけないのだ。
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