第539話 side:トレント
私は〖木霊化〗を使って小さな愛らしい仮の姿へと化け、アロ殿の肥大化した左腕に掴まって移動を行っていた。
私も今のステータスならば本気で駆ければアロ殿とどっこいどっこいの移動速度を出せそうではあるのだが……その、少々目立ちすぎるのだ。
余計な敵を引っ提げたり、遠隔魔法で攻撃されることを考慮し、小さな姿に化けてアロ殿にくっ付いて移動することを選んだのだ。
こうすれば、前方の連中も追っている我々を霧で見失ってくれるかもしれないという期待もあった。
私とアロ殿は、重傷を負ったアルアネを倒しきり、アトラナート殿を奪還するために奴らの騎竜を追っている。
我々はアルアネには一度は全滅手前まで追い込まれたものの、今のアルアネは主殿の攻撃を受けて重傷のはずであった。
だからこそ、私とアロ殿でも勝機があると踏んで追いかけて来たのである。
だが……我々がアルアネに無事追いついたとき、少しばかりその狙いに狂いが生じていた。
「逃げればよかったのに。きっとあのドラゴンさんも、責めなかったよ?」
五体満足のアルアネが、私とアロ殿を迎え撃つために向かって来る。
あの悪女の側近の剣士、アルヒスと喧嘩別れしたらしいことはありがたかったが……問題のアルアネの怪我が治っていることは、想定外であった。
……前回は、アトラナート殿込みの三対一でまるで歯が立たなかったのである。
結果論ではあるが……こうなるのであれば、何か別の手段を講じるべきであったであろう。
きっと主殿も、アルアネが回復するとわかっていれば、我々が奴の後を追い掛けるのを認めはしなかったはずである。
アルアネの傍らには、アンデッド状態らしい中年の男が立ち、こちらを虚ろな目で眺めていた。
『な、なぜ、この様なことに……まさか、アルアネは〖自己再生〗を有していて、我々を引き付けるために隠していたのでしょうか……?』
私が零すと、アロ殿が首を振った。
「多分……あの、男の人の魔法だと思う」
『なぜ、そんなことがわかるのです?』
「確証はないけど……そう考えたら、同行者をわざわざ殺して操っている理由も、なんで怪我を負ってすぐに治癒能力を使えなかったのかも、アルヒスと喧嘩別れした理由も、繋がってくるから。決めつけるのは危険だけど……その可能性は高いと思う」
『む……?』
アロ殿の言葉の意味を頭の中で繋げようとしたが、こんがらがって上手く理解はできなかった。
……私はアロ殿と違い、戦闘中にあれこれと考えるのは苦手なのである。
『なるほど、そうかもしれませぬな……』
とりあえず私は、アロ殿の言葉を肯定しておくことにした。
余計なことを言ってアロ殿の思考を妨害する訳にもいかない。
それに、だいたい言いたいことの雰囲気はわかる。
そう考えた方が、恐らく辻褄が合うのであろう。
「う、うん……」
アロ殿は頼りなさそうに眉尾を下げていた。
む、むぅ、アロ殿に、〖念話〗はなかったはずなのだが、私が上手く話を掴めていないことを見透かされてしまったらしい。
アルアネのへらへらとした口の両端が、更に大きく持ち上がって三日月を描いた。
「頭いいんだね、頭いいよ、アンデッドのお姉ちゃん。アルアネはね、アルアネは馬鹿だからね、凄く馬鹿だからね、他の人の考えてることとか、全然わからないの。だからね、だから、羨ましいな、羨ましいよ」
アルアネが爪を振るう。
爪先を赤い液体が迸って凝固し、凶悪な爪となった。
「アルアネもね、アルアネも、あんまり余裕はないの。だからね、だから、遊んであげないよ、遊んであげられないの。すぐに終わらせてあげる」
アロ殿が動きを止める。
……以前の衝突で、白兵戦では我々に分がないことはわかっている。
まともにぶつかれば、アルアネの言葉通り、爪で引き裂かれてお終いであろう。
距離を保った状態からスキルで有利な状況を作り、遠距離攻撃を仕掛けながら相手が飛び込んできたところへのカウンターを狙うつもりなのであろう。
アルアネの素早さや持ち札は既に把握済みである。
『き、来ますぞ、アロ殿! 任せてくだされ、向こうからの遠距離攻撃は、私が弾いてみせます!』
「大丈夫……トレントは、今はその姿のまま補佐をお願い」
『……し、しかし!』
「アルアネ本体は遠距離魔法を使ってこないと思う。前のときは、離れた私達を牽制するのも、操った騎士の〖衝撃波〗に任せていたから。私達相手に、魔力の消耗はしたくないはず。あの男の人が魔法攻撃を持っている可能性もあるけど……回復役であるなら、攻撃面で魔力を消耗させようとはしないと思う」
『な、なるほど……?』
私の言葉にアロ殿が力なく笑う。
こ、今回は、理解しておりますぞ! ……だいたいは、ですが。
『しかし、アロ殿にばかり危険な目に遭わせるわけにもいきませぬ! 主殿に合わせる顔がない!』
「トレントに、お願いしたいことがあるの。……私だけだと、どう上手く行っても、アルアネを倒しきれるダメージを与えられないと思う。あの男の人が回復役なら、一気に倒しきらないと回復されちゃうから」
『……と、仰いますと、どうなさるつもりなのですか?』
「私がどうにか、アルアネの隙を作る。……その瞬間にトレントには、〖木霊化〗を解いてアルアネを倒しきって欲しいの。トレントには、竜神さまと編み出したあのスキルがあるでしょ?」
あ、あのスキル……?
まさか、レベル上げの際に主殿が提案してきた、あの技のことであろうか。
し、しかし、アルアネがそれを受けてくれるとはとても……。
『あ、あれをですか!? し、しかしあれは、私と主殿が迷走した上に開発した、半ば悪ふざけのようなもので……その、ああいった相手に通せる技ではないと言いますか……』
「……当たったら、弱ったアルアネを倒しきれる威力があると思う。ステータス差を覆すには、どこかで意表を突かなきゃダメ……あのスキルは、うってつけだと思う」
た、確かに、初見であのスキルを読み切ることができるとは思えない、が……しかし、そもそも命中精度もあまりいいわけではない。
おまけに外せば間違いなく、アロ殿も私も殺されてしまうだろう。
……いや、しかし、回復したアルアネを仕留められる方法が他にあるとも思えない。
『わかりました……アロ殿。あの性悪吸血鬼に、一泡吹かせてやりましょうぞ!』
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