第573話

『なぜお前は、あんなことをやったんだ? 神聖スキルは、神の声は一体なんなんだ?』


 俺はリリクシーラへ尋ねた。

 最後に、それだけでも聞いておきたかった。

 この世界に、もう俺以上の魔物は残っていないはずだ。

 神の声が今後も俺に接触してくるのかどうか、それが知りたかった。


『神の声が、邪神フォーレンなのか?』


 邪神フォーレンは、エルディアが口にしていた、かつて世界を滅ぼそうとしたとされる謎の化け物だ。

 エルディアはあの話を、魔王から聞いたと言っていた。

 信憑性のある話だ。


「アレは恐らく、創世者の最後の一体です」


『創世者……?』


 それはフォーレンの話に出てきた、六つの異界を合わせて今の世界を創ったという六大賢者のことなのだろうか。


「貴方が最後に残ったのですから、きっと嫌でも、アレは貴方に説明してくれるでしょう。もう、私から貴方に教えてあげられることはありませんよ」


『もう……?』


「元より、全てはアレに圧倒的に有利な世界なのですから」


『もしかして……お前、元々は本当に俺と協力するつもりだったのか?』


 リリクシーラは世界の果ての島で出会ったとき、俺を地下聖堂の奥に招くつもりだ、と口にしていた。

 そこに俺の悩んでいる問題の答えがあるかもしれない、とも。

 ただの釣り餌にしては、妙に具体的だった。


 そして、恐らくそれは神の声絡みのことだ。

 エルディアのいた遺跡に神の声を示唆することが刻まれていたように、世界の各地にそうした形跡が残っている、ということは充分に考えられる。


「そうできる場合もあった、というだけです。あのとき私は、既に貴方を裏切る方を主流に考えていました」


 リリクシーラが寂し気にそう零した。


「……もう、いいでしょう。早く私を殺して、仲間の元へ向かった方がいいですよ。アルアネとハウグレーは、神聖スキルが絡まない中では間違いなく最強格の人間です。遅くなれば、誰かが死にますよ」


 俺はその言葉に息を呑んだ。

 わかっている。悠長にしている場合じゃねぇんだ。

 だが、本当に、ここでリリクシーラを殺しちまっていいのか?


 戦う前は、こんなことで悩むとは全く思っていなかった。

 誰かを失うかもしれねぇ恐怖と、相方を失った恨みで、リリクシーラ個人が何者かということが曇って見えなくなっていたからだ。


『……俺は、神の声と対立することになるのか?』


「対立はできませんよ。アレは、間違いなく神と形容して差し支えのない存在です。私達とは次元が違います。過去に神殺しを目論んだ神聖スキルの持ち主は何人もいます。ですが、アレ自身が、全く自身の命が狙われることを恐れていません」


 リリクシーラは一切の迷いなく、そう断言した。

 神の声を倒せるはずだと信じていた、勇者ミーアとは正反対の答えであった。


「貴方は、アレと渡り合わなければならない。優しい貴方には、きっと酷な戦いになるでしょう」


 神の声と、渡り合う……?

 だが、リリクシーラ自身が先程対立はできないと口にしたばかりだ。


 俺は少し考え、リリクシーラに前脚を差し出した。


「何を……」


『……リリクシーラ、俺の仲間になれ。俺はあいつについて、何も知らねぇんだ。それに、俺なんかの頭じゃ、神の声と渡り合うことなんざできねぇ』


 リリクシーラは驚いたように小さく口を開け、それから年相応の少女らしく、くすりと笑った。


「今更、そんなことはできませんよ。私には、責任を取らねばならないことが多すぎる。それに、私の知っている程度のことなら、すぐに貴方も知ることになるでしょう。貴方の頭は、そんなに悪くありませんよ。この戦いで、何度意表を突かれたことか」


『だが……!』


「……説得なら、また後で聞いてあげますよ。さっきも言いましたが、貴方には時間がないはずです」


 ……そうだ。

 まだ、アロ達が戦っているかもしれねぇんだ。

 早く助けに行かねぇといけない。

 しかし、ここでリリクシーラを殺すわけにもいかねぇし、生かしたまま放置しておけば、また逃げだして何かを企てるかもしれねぇ。

 結局リリクシーラについては、何もわかっていねぇままなんだ。


「……少しだけ、我儘を聞いてもらえませんか?」


『何だ?』


「アルヒスを、私の傍に連れてきてください」


 俺は無言で頷いた。

 薄暗い崖底だが、落ちて行った場所の見当はついている。

 それに、ゼフィールと一緒だったはずだ。

 俺ならばすぐに見つけられる。


 俺は飛び、ゼフィールの死体を探した。

 すぐに見つかった。

 落下して潰れたゼフィールの上で、奇跡的にアルヒスの死体は綺麗なままで残っていた。


 俺はアルヒスを掴み、すぐさまリリクシーラの元へと戻った。

 そして、倒れたままのリリクシーラの傍へと寝かしてやった。

 リリクシーラはアルヒスへと目をやって、そこで初めて無表情だった目から、涙が流れた。


「……ごめんなさい、アルヒス」


 リリクシーラはそう零し、アルヒスの頬へと手を当てた。


 このリリクシーラの言葉は、俺は嘘だとは思いたくなかった。


『……馬鹿なことかもしれねぇが、もう一度だけ、俺はお前を信じる。お前を生かしたまま、戦いを止めて来る。だから、そこを動くんじゃねぇぞ』


 俺が戦いを止めてアロ達を集めてからここに戻ってくるまでに、きっとリリクシーラの体力は自動回復である程度までは戻るはずだ。

 逃げようと思えば、この地から逃げられるくらいにはなっちまうだろう。

 もうリリクシーラの手に神聖スキルはない上に、この世界にリリクシーラの使える、俺に対抗できる戦力自体残っていないはずだ。

 だが、本当はこんな真似をするべきではないのだろう。

 これで裏切られたら、アロ達と、そして相方に、申し訳が立たねぇ。


「貴方は、本当にお人好しですね。アルヒスは、少しだけ貴方に似ていました」


 リリクシーラはそう呟き、微かに俺の方へと顔を傾けた。


「……全てをアレの思い通りにはしないでください。アレにとっても、貴方は価値を持った存在になりました。貴方を無意味に殺す様な真似はできないはずです」


 俺はリリクシーラを振り返り、小さく頷いた。

 意味は今一つわからなかったが、リリクシーラが今伝えたということは、きっと重要なことなんだろう。

 それからリリクシーラへと背を向け、崖底を蹴って宙へと飛んだ。


 だが、崖の上に出たとき、崖底からリリクシーラの魔力を感じた。

 嘘だろ……あいつ、この期に及んで、また俺を欺きやがったのか!


 俺は大慌てでまた崖へと飛び込もうとした。

 だが、そのとき、崖の下から黒い光がぼんやりと見えた。


 恐らくこれはリリクシーラの〖グラビリオン〗だ。

 エルディアを一度瀕死に追い込んだ、重力魔法の最上級スキルだ。

 黒い光の箱で敵を包み込み、そのまま圧迫して相手を押し潰す。

 いったい、何を……!


 ぐしゃりと、肉の潰れる嫌な音が響いた気がした。


【経験値を59250得ました。】

【称号スキル〖歩く卵Lv:--〗の効果により、更に経験値を59250得ました。】

【〖オネイロス〗のLvが109から124へと上がりました。】


 俺は崖底を眺めて滞空したまま、その場に少し留まっていた。

 だが、すぐに背を向け、アロ達を探しに向かうことにした。


『……リリクシーラ……お前は、また俺を欺いたのか』


 俺は一人、もう向ける相手のいなくなった〖念話〗を飛ばした。

 当然、何かが返ってくることはなかった。

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