第134話
人間達の姿が、丘の向こう側へと消える。
あのハーゲンとかいう奴、最後まで自分の足で走ってってたけど、大丈夫なのか。
結局アイツの愛馬のマリアちゃん、戻って来なかったな。
他の兵士も乗せてやればいいのに、全力疾走で逃げてったからな。
来るときの1.3倍くらい早かったぞ。
俺のせい……じゃねぇよな。
正当防衛だよな。過剰防衛の域ですらないよな。
ったく、大ムカデは放置してる癖に、なんで俺にはあんな意気揚々と突っかかってくるんだか。
ま、あんまし強い連中じゃなくてよかったわ。
俺は「グフゥ……」と安堵の息を漏らす。
ニーナには不機嫌な唸り声にでも聞こえたのか、びくっと肩を上下させ、過剰反応していた。
早く人間になりたい。切実に。
地面から這い出てきた玉兎が、身体を振って砂を落とす。
「ぺふぅ……」
玉兎も安心したのか、俺と同じように吐息を漏らしていた。
ニーナが小さく笑い、玉兎を抱き上げる。
玉兎は、満更でもなさそうに目を細める。
人間どうこうっつうか、これは外見の問題か……。
キッズドラゴン時分にミリアと出会ったときのことを思い出し、ちょっとセンチメンタルな気分になる。
体格ガンガン変わるせいか、なんかもうずっと前のことみたいだな。
黒蜥蜴とか猩々とかも、何やってんだろ。
アイツら、まだ壺作って干し肉吊るしてんのかな。
他のモンスターにやられてなきゃいいけど。
玉兎がまたヘドロ沼の一部を浄化してくれるとのことだったので、また沼の傍まで戻ることにした。
がぶ飲みしたり吐いたりしないよう、しつこく念を押されてたが。
わかってるって、反省してるって。
また前回同様、玉兎から発せられた光がヘドロを透明な水へと変えていく。
何度見てもスゲェなこれ。
沼地の一部が、綺麗な湖へと変貌する。
ただ目に見えてヘドロが侵食してきているので、早く飲む必要があるか。
玉兎は耳を使って地面を弾き、水の中へと飛び込んだ。
一瞬沈んだ後、すぐにぷかぷかと浮かび上がってくる。
何やってんのかと思ったらあれか、水浴びか。
やっぱ海水で身体洗っても塩塗れになっちまうからな。
ちゃんとこういう綺麗な水で洗った方がいいよな。
俺も身体洗っとこうかな。
不浄扱いされちまったし。
俺、そんなダメなんかな。別に臭いとかしねぇと思うんだけどな。
そういや、体臭って慣れるからキツイ奴ほど自覚がないって聞いたことあるな。
なんか不安なってきたぞ。
「グルァッ」
なぁ、玉兎、俺も身体洗っていいか?
「…………」
黙ったまま、半目で睨まれた。
その対応、結構傷つくからな。
まるでお父さんの入った後のお風呂なんて入りたくないといわんがばかりの反応だ。
……まぁ、よく考えりゃ、俺入ったら〖竜鱗粉〗が湖の中に広がりかねねぇしな。
最後ならいいかな?
あ、〖人化の術〗使いながら身体洗うのアリかもしれん。
ニーナが玉兎を見てから、すんすんと自分の身体の匂いを嗅ぎ、少し目を細めた。
そういやニーナも確か、ムカデから逃げるときに俺の口の中突っ込んでから、別に身体洗ったりなんかもしてないな。
あのときニーナは気を失ってたし、ニーナからしてみれば『大ムカデに殺されたかと思いきや、気が付いたら身体中が竜臭くなっていた』って感じなんかな。
やっぱし匂い気になったりすんのか?
俺ぜんっぜんわかんねぇぞ。
別にそこまで鼻悪いとは思わんけどね俺。
ニーナの様子を見てか、玉兎が湖に浮かびながらニーナを手招き……いや、耳招きする。
相変わらず器用な耳だな。
「ぺふっぺふ!」
「あ、ありがとうタマちゃん」
ニーナは表情を輝かせ、自らの着ている服へと手を伸ばす。
彼女の着ている服は布きれを粗く縫い合わせた雑な作りのもので、馬車に乗っていた他の獣人達も似たものを身に纏っていた。
形状としては、ワンピースに似ている。一応、ボタンもきっちりついている。ほとんど欠けてるが。
ニーナは服のボタンを外し、白い肩を覗かせる。
華奢で綺麗な肌だと思うと同時に、俺は我に返った。
「グルゥワァッ!」
咄嗟だったので、あの兵達に脅しを掛けたとき並にデカイ声が出てしまった。
「ど、どうしましたか?」
「ぺふっ?」
ストープッ!
人間!
俺、心は人間だから!
〖念話〗ではないが、ニーナも俺の様子を見て思い出したのか、顔だけではなく、耳の先まで真っ赤に染める。
「ににゃあっ!?」
あたふたとしながら、服の端を掴んで寄せて身体を庇う。
「ゴゴ、ゴメンナサイ!」
俺はさっと湖とは反対の方を向き、身体を伏せる。
あー、一瞬ビビッた。
ニーナあれ、完全に俺が元人間ってこと忘れてたな。
実感わかないだろうから、ついってのもあるだろうけど。
俺だってたまに忘れるときあるけどな。
ニーナがボタン外してるとき、まったくなんも考えてなかったし。
あのままぼうっとしてたら、ニーナが服を着直し始めたところでようやく思い出して叫んでた可能性まである。
数分ほど置いてから、ニーナが湖から出てきたのか、水の音が聞こえてくる。
続いてぽたぽたと雫の落ちる音。
「す、すいません、お手数を掛けましたにゃ。もう大丈夫です」
どうやら、ついでに服も洗っていたらしい。
とはいえ着替えがないので、当然そのまま、また同じものを着ているが。
まぁ、この暑さなら歩いている内に乾くだろう。
この砂漠、本当に日差し強いからな。
大ナメクジが死んでから時間が経ったためか、沼の上にある雨雲もかなり薄くなっている。
じきに消えるだろう。
喉渇いてきたな。
俺は水を飲んでいる玉兎に並び、湖に口をつける。
同じ轍は踏まんぞ。
ちゃんと先まで見て綺麗な水の量を確認し、ヘドロを飲まないように気を配る。
口内に溜め込んでから、俺は湖から顔を上げる。
そのまま水を呑み込もうと思ったのだが、ふと先ほど、口に入れるのを玉兎に拒否されたことを思い出す。
よっぽど俺、口臭きついんだろうか。口の中、一回掃除した方がいいかもしれねぇ。
上手く行ったら、次から口の中に玉兎とニーナを放り込んでの移動も可能になる。
敵から逃げるのには、あれが一番なんだよな。
俺は空を見上げ、口内で水を回す。
今世初のうがいであった。
うんうん、牙に詰まってた肉の筋や舌にこびりついていた汚れなんかが剥がれていく感覚がある。
そのまま俺は頭に降ろし、湖へと水を吐き出す。
あーすっきりした。
これで次から、いざというときには口の中にニーナと玉兎を放り込んで〖転がる〗の移動ができるようになるな!
「べぶうっ!」
横で水を飲んでいた玉兎が、勢いよく水を吐き出す。
お、どうした? うがいか?
数秒遅れ、俺は湖へと目を向ける。
腐肉やら謎の黄色い粘液やらで汚れた湖が、そこには広がっていた。
「ぺふぅぅぅうっ!!」
玉兎が、耳を振り回して攻撃を仕掛けてくる。
痛い痛い! 何度も同じところ狙わないでくれ!
悪かった! マジで悪かった!
うがいはほら、基本的に吐くのとセットだから!
前世の習性がつい出ちまったんだって! わざとじゃねぇぞ!
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