第133話

「いいな? 俺が奴の後ろへ回り、竜の息吹の想定範囲の外から牽制を掛けて気を引く! その間に矢で仕留めろっ!」


 槍を持った男ハーゲンは、後ろの仲間達へとそう叫ぶ。

 すんません。

 俺言葉わかるんで、大声で作戦叫ばれてもちょっと。

 そんな攻撃する振りだけしますね宣言されると逆に気使っちゃって困るんだけど。


 ハーゲンは宣言通り、真正面から攻めてきて間合いに入る前に馬に左側へと跳ばせた。

 このまま俺の尾の辺りまで回り込み、囲むつもりだろう。 


「走れマリア! あの鈍足ドラゴンを翻弄してやれ!」


 一瞬誰だよと思ったが、きっとあの大馬がマリアなのだろう。

 黒い大馬、マリアは主人の望みに答え、一気に加速する。

 俺は身体を傾むけて腕を伸ばし、左側を駆け抜けようとしたマリアの尾へと爪を突き立て、釘のように地面に固定する。

 尻尾がピンと張り、マリアが急停止する。


「ヒヒィンッ!」


 マリアが甲高い声で嘶く。

 ハーゲンは慣性の法則に則り、勢いよく前へと投げ出され、綺麗な放物線を描いて飛んでいった。

 ハーゲンの叫び声は、彼の地面との衝突音によって中断される。


 死……死んではないよな、HPは100近くあったし。

 大丈夫だよな?


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

〖ハーゲン・バウマン〗

種族:アース・ヒューマ

状態:流血

Lv :22/45

HP :32/82

MP :68/68

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 よし、生きてる。

 結構頑丈じゃん。

 放っておいても大丈夫だな。


地面から爪を抜くと、解放されたマリアが全力で逃げていく。


「あっ、マリ……あ、あぁ……」


 ハーゲンが物悲しそうに呻きながら手を伸ばしていた。


 前を向き直し、他の七人を視界に入れる。

 ハーゲンの様子を見てか、一人が叫びながら逃げていった。

 残された六人は逃げた男を疎まし気に一瞥してから、再び俺へと視線を戻し、それぞれ武器を構える。

 四人が弓を構え、二人が前へ飛び出し、剣を抜いて左右に分かれる。


 ニーナに当たるのが一番怖いからな。

 向こうもそれがわかった上で、俺の隙を作るためにニーナを狙ってくるかもしれねぇ。


「あの獣人はなんだ?」

「厄病竜は、人間を生きたまま喰うらしい。遠征先の村で、そういう詩を聞いたことがある」


 弓を構えている男二人が、俺を睨みながら何やら不穏な話をしている。

 ちょっと待てや、風評被害甚だしいわ。

 んなもん竜に依るだろ。

 いや、ニーナが狙われる可能性が減るならいいんだけど、なんだこの、納得のいかない感じ。


 矢を一つ一つ爪で弾く。

 俺の手が塞がっている今が好機と踏んだのか、左右に分かれていた二人が一気に俺へと近づいてくる。

 尻尾を大きく振り、左右の二人の乗っている馬の足を絡めて引き倒す。


「がぁっ!」「うわぁっ!」


 倒れた男の叫び声が予想外に大きく、一瞬そっちに意識を取られた。

 慌てて前へと首の向きを戻すが、丁度死角に入っていた矢が、俺の足のすぐ前まで来ていた。


 しくじった。

 ここまで迫ってきていたら、避けきれない。


 矢の先端が、日の光を反射させる。何か、黒いもので濡れている?

 ただの飲み物か塗料であるはずがない。間違いない、毒だ。


 こいつらは、端から俺を捜しに来ていたようだった。

 ニーナを運んでいた馬車の持ち主から、砂漠でドラゴンを見たことを事前に聞いていたのかもしれない。


 自信の割にはステータスが低いと思っていたが、竜殺し用に特別な毒でも用意していたのか?


 人間だったら変な性質もスキルもねぇだろうって、どこか俺は油断していたのかもしれない。

 人間だからこそ、より注意すべきだったのだ。

 この魔物だらけの砂漠で、知恵と工夫、技術を用いて都市を作っちまうような種族なんだから。

 魔物への対策なんて、してないはずがなかったのに。


 足に矢が、触れ…………刺さらず、矢はそのまま地面に落ちた。


 なんだ、掠り傷ひとつつかねぇじゃん……。

 これ、爪で防がなくてもよかったな別に。

 針ラクダの針だったら普通に貫通してきたんだけどな。

 矢よりあれ引き抜いて使った方がいいんじゃねぇのか。


 目前の四人は、矢が弾かれたのがショックだったのか、全員手の動きを止めていた。

 その顔に表情はない。

 これ、今脅し掛けたら帰ってくれそうだな。


「グゥルワァァァァァッ!」


 俺は空に顔を向け、大きく〖咆哮〗を上げた。

 四人の内一人が構えていた弓を落とし、その後を追うように転落した。

 よし、これでそろそろ退却してくれるか。


「「「うわぁぁぁっっ!」」」


 残った三人が、狙いもロクにつけずに乱れ撃ちして来やがった。

 おい、やめろって。ニーナに当たったら俺マジで怒るぞ。


『タチサレ……』


 と、急に俺の頭の中に、すぅっと思念が入って来る。

 これ、〖念話〗だよな?


 てっきり目前の三人の誰かかと思ったが、三人も〖念話〗を受信しているのか、弓を撃つ手を止め、顔を蒼くして歯を打ち鳴らし、俺を睨んでいる。

 いや、これ俺じゃないからな。

 なんだ、他に魔物か何かいるのか?


『コレ以上続ケルカ? ナラバ、ソナタラノ手足ヲ捥ギ、皮ヲ剥イデ腸ヲ啜ッテヤラネバナランガ』


 直後、三人が泣き叫びながら来た道を引き返していく。

 いや、あれを見るに、乗り手より馬の方が先に逃げ出したように見えるが。

 体勢が崩れ、不格好っつうか最早しがみつくようになっているが、大丈夫か、あれ。


 俺の左右で倒れていた二人もなんとか馬に乗り直し、逃げ去っていく。

 愛馬であるマリアに逃げられたハーゲンは、走って逃げていった。

 城壁都市まで結構距離あると思うが……まぁ、頑張ってくれ。

 早くマリアと合流できることを祈ってるぞ。引き離しといてなんだが。


 足元の砂山が崩れ、玉兎が顔を出す。


「ぺふっ!」


 ……お前だろ、今の〖念話〗。

 いや、得意気な顔してるけど、俺としてはこう……なんか、複雑な気持ちなんだけど。

 確かに助かったけど……なんか、変な噂増えそうっつうか。


【称号スキル〖救護精神〗のLvが6から7へと上がりました。】


 見逃しも〖救護精神〗に入んのか……。


 ひょっとして、俺の持ってるスキルの中で一番レベル高いの〖救護精神〗じゃね?

 〖救護精神:Lv7〗……Lv7はこれだけで、次高いのは〖悪の道:Lv6〗か。

 これ、生きてるだけで上がるから仕方ねぇなもう。


 他には〖転がる:Lv6〗、〖孤独耐性:Lv6〗……後はもう、Lv5のもんばっかか。

 これ、次の進化でローリングドラゴンかロンリードラゴンになるしかないんじゃねぇのか。

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