第132話

 複数の気配は、確かに俺達の方向へと近づいてきている。

 玉兎とニーナを口に入れて今すぐ〖転がる〗で逃走するべきか、今後のためにも相手のステータスを見てからどうすべきかを考えるか。


 今逃げたとして、次にまた会わないとは限らない。

 こんな速さで砂漠をずっと駆けまわっているのだとしたら、今後も鉢合わせする可能性は高い。

 早めに発見できた今回だからこそ、しっかりと相手の情報を確かめておくべきじゃねぇのだろうか。

 

 いや、でも、んなこといってたら逃げそびれるかもしれねぇ。

 今の速さが向こうさんの全力って保証はねぇし、ちょっとでも早めに逃げておくべきか。


 つってもムカデクラスの奴がゴロゴロいるとは考えられねぇし、俺の予想としては、速さ特化ってだけでそこまで強い相手じゃないって可能性の方が高いと思うんだけどな。

 気配からして一体一体はそこまでサイズがあるわけじゃねぇし、パワーがあるとは思えん。

 せいぜいCランク辺りじゃねぇのかな。


 とりあえず、ニーナと玉兎にも教えておいた方がいいな。


「グルァッ!」


 低い声で鳴き、警戒を呼びかける。

 一人と一体はぴくりと身体を動かし、俺の方を見る。


 とにかく、今すぐニーナと玉兎を俺の口の中に隠しておいた方がいいか。

 逃げるにしても戦うにしても、彼女達が狙われるリスクを大きく減らすことができる。

 ムカデビームみたいに遠距離攻撃を持ってる可能性もあるし、さっさと保護しておくべきだ。

 逃げるのには〖転がる〗を使う必要があるし、背に乗っけて走ることはできない。


 俺は大口を開け、舌を伸ばす。

 ほら、この上に乗っかれ。


 ニーナはぽかんと口を開け、玉兎の方を見る。

 そういや、ニーナを口に入れて運んだのは、彼女が気絶している間だけだったかな。

 ほら玉兎、先に飛び込んで来い。

 手本を見せてやれ。


「ぺふっ! ぺふぅっ!」


 玉兎は、ブンブンと頭を振って抗議する。

 我が儘言ってる場合じゃねぇぞ、命が懸かってるんだぞ。

 後でまた海かどっかで洗えばいいじゃん。


『イヤッ! イヤッ!』


 念話使ってまで拒絶しやがった。

 この速さ相手だったら〖転がる〗使わなきゃ逃げきれないんだってば!

 わかってくれよ!

 俺だって嫌がらせしたくてこんなことやってるわけじゃねぇんだって!

 なに? そんなに俺の口の中汚いの?

 いや、綺麗でも嫌だとは思うけどさ。


 玉兎は耳で器用に穴を掘り、その中に入り込み、周囲を崩して自分の身体を埋める。

 この間、わずか三秒だった。


 おい、ちょっと待てって! 出てこいって!

 ふざけてる場合じゃねぇんだぞ!

 そこまで嫌なのかよ!


 クソ、かなり向こうさんの気配が近い。

 もうすぐそこまで来てやがるな。


 俺は、丘の向こう側へと目を向ける。

 じきにあそこを駆け上がって、姿を見せてくることだろう。

 耳を澄ませば、風に混じっていくつもの足音が聞こえる。


 ばっと飛び出してきたのは、馬だった。

 とはいえ、ただの馬ではない。

 俺の知っている馬よりもずっと体格がよく、特に足が長い。

 ニーナの乗っていた馬車を牽いていた馬に近い種に思えた。

 あの馬も、異様に体格がよかったからな。


 馬の上には人間が乗っている。

 頭にはマークの刻まれたターバンを巻いており、身体を覆うマントの隙間から、中に防具を着込んでいるのが見えた。


 一人、二人、三人……計八人の馬に乗った男が現れる。

 俺を見つけてなお、男達はスピードを落とさない。


 前から二番目にいる男が、双眼鏡に似た金ぴかの道具を首から下げていた。

 恐らく、あれで俺がここにいることを事前から知っていたのだろう。

 水探してんのかと思ったら、最初っから俺狙いじゃねぇか。

 つっても、あれが全速力臭いな。〖転がる〗で振り切れる。


「まさか、本当にいるとはな! 大手柄だぁ!」

「近づきすぎるな! 距離を取って弓を討て!」

「おい、人間がいるぞ!」「よく見ろ、ただの獣人だ。構うな、邪魔なら殺せ!」


 男達の声を聞いてか、ニーナが不安気に俺へと身体を寄せる。

 震えているのが、鱗越しに伝わってくる。


 コイツら、あの城壁都市の抱えている兵士か?

 方向曖昧だけど……確かにあっちの方だった気がするし。


 人間と会ったらニーナのことを相談できたらいいな……とか思ってたんだけど、これ無理な奴だな。

 敵意通り越して殺意剥き出しじゃねぇか。

 完全に交渉の余地とかないな。

 ここまでわかりやすく接されたら、さすがの俺でも〖人化の術〗で様子見ようとか思えないわ。

 即撤退だな。


「グルァッ!」


 おい、玉兎出てこい!

 〖転がる〗で逃げるぞ!

 アイツら、多分そこそこできる奴だぞ!


 俺の呼びかけに応じて、砂山がわずかに揺れ動く。

 そんなに嫌か!

 おい、本当に置いていくぞ!


「ほ、本当にやるんですか隊長? こんな少人数で中型竜と戦うなんて聞いたことありませんよ! 帰って報告だけ……」

「手負いの奴なら、このくらいのサイズの竜を殺すのに参加したことがある。前は任せろ。大怪我負うのより、飛んで逃げられることを警戒した方がいい。いいか、矢で目か口内を狙え!」


 そうだ、飛んで逃げよう。転がる使わねぇから、出てきてくれよ。

 口の中放り込むのはやめるから、とりあえず出てこいって!

 ほじくり出すぞ。


 つっても……ここまで距離詰められたら、追い返す方が楽かもしれねぇな。

 あいつらのステータスをチェックしてからどう動くかを考え直すか。

 場合によっては、一旦ニーナを連れて逃げて、後で玉兎を回収しに来た方がいいかもしれねぇ。

 明らかに目当ては俺みたいだからな。


 先頭を駆ける、槍を構えた男を俺は睨む。

 パッと見で、ターバンの上からでもスキンヘッドであることが窺えた。

 仲間に弓を勧めながら自分だけ近接武器を構えていることからして、この男が一番の実力者のようだ。

 表情から自信が溢れており、馬も一番大柄で、馬具の装飾も多い。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

〖ハーゲン・バウマン〗

種族:アース・ヒューマ

状態:通常

Lv :22/45

HP :82/82

MP :68/68

攻撃力:97+26

防御力:63+24

魔法力:47

素早さ:48


装備:

手:〖ハレナエ兵のスピア:C〗

体:〖ハレナエ兵の胸当て:C〗


特性スキル:

〖グリシャ言語:Lv5〗〖剣士の才:Lv4〗

〖百発百中:Lv2〗〖激昂:Lv2〗


耐性スキル:

〖魔法耐性:Lv2〗〖混乱耐性:Lv2〗


通常スキル:

〖衝撃波:Lv3〗〖クレイ:Lv3〗

〖レスト:Lv3〗〖八連突き:Lv1〗


称号スキル:

〖ハレナエの兵:Lv3〗

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 なんだ、大ナメクジより全然弱いじゃん。

 アイツでさえ攻撃力200近くあったのに。


 せいぜいD+ランクモンスター程度だな。

 確かに、八人いたらリトルロックドラゴンならなんとかなるかもしんねぇな。

 地響きへの対処と、トドメ刺し切れるかどうかがネックになるだろうが。


 悪いけど、攻撃力100ちょいくらいだったらほとんどダメージ通らねぇと思うぞ。

 上に乗ってる奴より馬に気をつけたほうがいいかもしれんな。

 軽く脅してちゃっちゃっと帰ってもらおう。

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