第131話
ニーナを連れ、玉兎の近くへと寄る。
「にゃ……こ、ここだけ水が綺麗に……」
ニーナは玉兎が浄化した部分の水を見て、目を丸くしていた。
「ぺふっ!」
玉兎が誇らしげに胸を張る。
いや、丸っこいから胸張ってんのか腹張ってんのかわかんねぇんだけど……まぁ、そこはどうでもいいんだけどさ。
水を飲み終わると、ニーナは大分顔色がよくなってきていた。
俺も結構喉渇いてんだよな。
ちょっともらっとくか。
俺はニーナの横に並んで屈み、首を伸ばして湖に口をつける。
ずずぅーっと水を吸い上げる。
美味い。
ただの水であるはずなのに、渇いた喉に染みわたり、甘さすら感じさせてくれた。
夢中で勢いよく吸い上げていくと、歯に何かが貼り付く感触があった。
なんだこれと疑問に思い、しかしその正体に思い至る間もなく、ヘドロが口の中に雪崩れ込んでくる。
玉兎が浄化できていたのは、泥沼のほんの一部だ。
俺が顔を突っ込んで見境なく飲めば、すぐになくなるのは当然の結果だった。
そうして水がなくなれば、次に口に入って来るのは泥沼部分なわけで。
そこまで考えたところで俺は咳き込み、ヘドロと水を吐き出した。
げー! 口の中、気持ち悪っ!
喉が、喉の中がドロドロのザラザラのネバネバッ!
つーかさっき口の中入ったの、ひょっとしてナメクジの残骸じゃね?
俺、何個か沼の中投げ入れた記憶あるものそういえば!
思い出したくなかった! 気付きたくなかった!
一通り吐き出し、ようやく気分が治まってくる。
口直しが欲しい。
もうこの際、海水でもいいんだけど。
塩分ヤベェかな。
大丈夫だろ、ドラゴンの身体丈夫そうだし。
ひょっとしたら塩分耐性とか脂耐性とかあるのかな。健康に良さそう。
あぁ、なんかもう、余計に喉渇いちまった感じがするな。
ちらりと横を見ると、玉兎が耳を伸ばし、ワナワナと震わせていた。
これあれだわ、完全に怒ってらっしゃるわ。
「ぺふっぺふっ!」
わ、悪い悪い。
全部飲む気はなかったんだ。
ただちょっと、喉が渇いてたから歯止めが効かなかったつうか……その、もうちょっと浄水してくれると助かる。
「ぺふぅっ!」
またいつも通り、ぺしぺしと耳で叩いてくる。
これ以上鞭乱舞のスキルを上げようというのかお前は。
ちょっとだけ痛みが通じてくるようになってきたな。
ダメージにゃなってないはずだが、鱗越しに衝撃が伝わってくるんだけど。
もう玉兎もDランクモンスターだからなぁ。
そう考えりゃ、後一回進化したらリトルロックドラゴンクラスになるのか。
リトルロックドラゴンクラスにじゃれ合い感覚で鞭打たれると、そのまま俺死にかねないぞ。
つーか、水よりも優先すべきことがあるんだよな。
一旦水のことは忘れて、〖念話〗によるニーナとのコミュニケーションを取る実験をしねぇと。
「ガルァッ」
俺は小さく吠え、玉兎に呼びかける。
玉兎、とりあえず機嫌直して、〖念話〗使ってくれよ。
ただ玉兎は頬をぷくっと膨らまし、ぷいっと顔を背ける。
悪かったって! またなんか、美味しいもの喰わせてやるから。
『ナメクジ、オイシクナイ』
すぅっと、玉兎の思考が俺の頭に入り込んでくる。
あんな美味しそうに喰ってたのに、駄目なのかよ。
あれはあれか、ただ飢えを満たしてただけって感じなのか。
わーったわかった、なんか美味しいもん喰わせてやるから!
〖念話〗お願いします! 後、浄水!
玉兎は顔を逸らしたまま、目だけでちらりと俺を見る。
興味は引けたけど、あと一押しを持ってこいって感じだな。
ほら、ラクダ肉の塩焼きとかどうだ?
コブのホルモンっぽい感じ、絶対塩が合うと思うんだけどな。
あれ、反応悪いな。
〖念話〗は言葉をっていうより、思念をぶつけ合ってるところがあるから、映像を浮かべた方が効果があるか。
裂いたラクダを分け、塩をまぶすイメージ。
焼いたラクダ肉を歯で押し潰す感触を想像する。
「ぺふっ! ぺふっ!」
玉兎が跳ねながら俺に近づいてくる。
つれたな。
うし、やっぱこいつチョロイぞ。
頼んだ玉兎、ニーナにどこに帰りたいのか聞いてくれ。
これがわかんねぇと、今後どうしようもねぇからな。
「……ぺふぅ」
玉兎が耳を力なく垂らし、それから頬をぷくっと膨らます。
ちらっとニーナを見て、それからまた俺へと視線を戻す。
「ぺふっ! ぺふっ!」
どうにも玉兎は、ニーナと離れるのが嫌らしい。
仕方ねぇだろ。
俺の〖竜鱗粉〗は、ニーナに毒なんだよ。
いつまで持つかわかんねぇんだぞ。
なんの準備もできてない段階で状態異常が出始めたら、弱ってるニーナを砂漠の真ん中に置き去りにすることになっちまうかもしんねぇんだからな。
玉兎はニーナを見て、彼女と目を合わせる。
「ニャ……たま、ちゃん?」
ニーナは玉兎を抱え上げ、至近距離でじっと目を合わせる。
声を出したのは最初だけで、後はずっと顔を向け合っているだけだ。
〖念話〗で話し合っているのだろう。
しばらくしてから話が終わったのか、そっとニーナが俺へと顔を上げる。
「ニーナ、どこに行ったらいいのか、わからないにゃ……」
ニーナは砂風に消え入りそうな掠れ声でぽつりとそう言って、顔を伏せた。
まぁ……だよな。
あの城壁都市に行ったら酷い目に遭うのはムカデの件からでも明らかだし、故郷があるにせよ、事情があって売り飛ばされることになったんだろうし。
想定のひとつにはあったけど、難しいパターンだな。
そもそも俺、この辺りの土地に詳しくないもの。
ゆっくり三体で旅をしてどっか受け入れてくれそうな場所探してる余裕もなさそうだし。
砂漠置き去りよりは、あの都市に連れてった方がまだマシだとは思うけど……本当に最終手段だよな。
「あ、あの、ドラゴンさん! ニーナ……ドラゴンさんの傍にいたら、ダメですか?」
ニーナは口籠って言葉を途切れさせながら、不安気な目で俺の顔色を窺う。
俺だってそりゃそうできるならしたいけどさ、〖竜鱗粉〗の悪影響がいつ出てくるかわかんねぇんだよ。
ニーナの視線に堪え切れず、俺は思わず目を逸らす。
「ご、ごめんなさいにゃ……メイワク、ですよね。今でもニーナ、なにもできてないのに、ただ食事ばっかりいただかせてもらってるだけなのに……」
ニーナがしゅんと小さくなる。
玉兎が耳を伸ばし、ニーナの目元をそっと拭う。
それから玉兎はニーナの腕の中で身体を器用に回し、縋るような目で俺をじっと見る。
そ、そんな目で見られたって、俺にはどうしようもねぇんだって!
〖念話〗があるんだから、俺の考えてることくらいわかるだろ!
俺はニーナと玉兎に掛ける鳴き声も思い浮かばず、ただ狼狽えることしかできなかった。
とりあえずどっか、他に集落探してみるくらいしか手が……うん?
嫌な予感を覚え、俺は〖気配感知〗を使う。
砂漠の向こう側から、複数の気配。
まだ姿は見えねぇが、何かが俺達へと近づいてきていることは間違いない。
まだ遠いから力量の差はまったくわからねぇが、この距離で〖気配感知〗が働く時点でただの雑魚じゃねぇな。
それにスピード自体、ほぼ大ムカデと同等だ。
なんだ、なんでこっちへと走ってきやがる。
ひょっとしてナメクジのお蔭で空に雨雲が薄っすらと残っているから、水を求めてこっちに来たのか。
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