第130話

 今日はもうこれ以上移動するのはやめて、ここで休んじまうことにするかな。

 綺麗に見えた湖はただの幻影で、その実はただの汚いドブ沼であったのだが……しかしここは、他所の場所に比べれば暑さが多少はマシだ。


 空に薄っすらながら雲の膜が掛かっており、いくらか日光が緩和されているのである。

 恐らく大ナメクジのスキル、〖雨乞い〗のお蔭であろう。


 玉兎はナメクジとの戦いで疲れ果てているようだし、ニーナも俺の上に乗っての移動でかなり体力を消耗しているはずだ。

 一応気を遣ってはいるんだが移動中はどうしたって上下に揺れちまうし、乗り心地はあんましよくないだろうしな。

 元々厄病竜って、人乗っけて歩くような種族じゃないんだろうし。

 下手に移動するよりも、今日はしっかり休んで疲れを取ることにしよう。


 明日になれば、玉兎の〖念話〗や、俺の〖人化の術〗を使うことができるようになる。

 今度こそニーナときっちり話ができるはずだ。


 俺は沼周辺に茂っている長い草を毟って並べ、ニーナの寝床を作った。

 決して寝心地はよくないだろうが、それでも砂の上に寝転がるよりはずっとマシなはずだ。


 ニーナが草の寝床で横になると、玉兎が彼女の傍へと移動し、べったりとくっ付きだした。

 ニーナはそれに驚いて目を開けはしたものの、寝床に入り込んで来たのが玉兎であることを知ると小さく笑い、玉兎をぎゅっと抱きしめていた。


 あの一人と一体、結構仲いいんだよな。

 獣耳持ち同士、なんか通じる部分があるんだろうか。


 俺はニーナと玉兎の寝息が聞こえてきたのを確認し、彼女らの方を向くようにして腹を地に着ける。

 目を閉じて意識を遠ざけはするものの、〖気配察知〗で周囲への注意を途切れさせないようにする。

 いざというとき、すぐ飛び起きねぇといけないからな。

 巨大ムカデとかが突っ込んで来たら全力で逃げなきゃなんねぇし。



 じっと静止し、身体を休ませることに専念する。

 やがて瞼に光を感じ、俺は目を覚ます。

 意識を飛ばしている間に日が登り、朝がきたのだ。



 俺は尻尾の先で自らの頭を軽く小突いてから、大きく首を振った。

 うっし、頭が冴えてきた。


 しかしやっぱ〖気配感知〗使ってっと、しっかり熟睡しましたって感じがしねぇなぁ……。

 ドラゴンの身体のせいか、しんどいってことはねぇんだけど、たまにはぐっすり眠らせてほしいっつうかさ。

 だいたい週に二日は一日中寝てるだけの日が欲しい。


 やっぱその点、森での生活はよかったよなぁ。

 そこまでヤバい外敵は寝床の近くにいなかったからぐっすり眠れたし、ちょっと歩いたところに綺麗な湖があったから渇きを覚えることもなかったし、すぐ絡んでくるグレーウルフのお蔭で喰い物にも困らなかったし。


 ま、愚痴愚痴してても仕方ねぇか。

 その辺は俺がLv上げて大ムカデをしばき回せるようになればオッケーよ。

 そうなりゃ水や食料を探すのもかなり簡単になるし、今よりずっと落ち着いて眠れるようにもなる。

 前向きに行かねぇとな。


 さて、玉兎のMPが回復してるはずだし、アイツに〖念話〗を使ってもらってニーナとコミュニケーションが取れるかどうかの実験を……あれ、玉兎の姿が見えねぇぞ。

 昨夜はニーナとくっ付いて眠っていたはずなのに、草の寝床の上にはニーナの姿しかない。


 何の夢を見ているのか幸せそうに頬を緩ませ、「すぅ、にゃー……」と寝言を零している。

 いい寝顔だ。

 故郷の夢でも見てんのかなと思うと、彼女の事情を思えばちっと切ない気もすっけども。


「ありがとうございますにゃ、ドラゴンさん。何からなにまで、もうしわけ……すぅ……」


 ……な、なんかこういうの、ちょっとどぎまぎするな。

 いや、だってそんな嬉しそうな顔しながら言わなくたって……。

 起きてるときもよく礼言ってくれるけど、毎回ちょっと怖がりながらって感じだからな。

 竜生始まってから人から好意向けられた経験少ないから、俺そういうのに弱いんだぞ……って、んな場合じゃねぇ。


 どこだ、玉兎よ。

 どこへ消えたんだ。

 なんだ、ニーナの寝相が予想外に悪くて結局土でも掘って避難したのか?


 〖気配感知〗を強めに使い、注意を張り巡らせながら首を動かす。

 玉兎が、ドブ沼へと向かって耳を引き摺りながら移動しているのが目に見えた。


 なんだアイツ。

 まさか、あのドブ沼の水を飲む気か。

 さすがの玉兎でもあれはさすがに腹を下すと思うぞ。


 俺は玉兎の後を追い掛け、ドブ沼へと近づく。


「ぺふぅっ!」


 玉兎はドブ沼の縁まで近づくとピンと耳を伸ばしながら声を上げる。

 玉兎の身体から青い光が漏れ出し始め、それらはドブ沼へと落ちて行った。


 青い光が水面に触れるとさぁっと波紋が広がり、それに合わせて沼の水から濁りが抜けていく。

 な、なんだ、汚い沼が浄化された?

 沼の端、極々一部分だけではあるが、透き通った綺麗な水へと変化した。


 玉兎は俺を振り返り「ぺふっ!」と得意気に鳴くと、水面に口をつけて水を飲み始めた。

 おい玉兎、お前いつの間にこんなことできるようになったんだ。

 聞いてねぇぞ。


 あ、ひょっとしたらあれか!

 桃玉兎に進化したときに手に入れた〖クリーン〗のスキルか!


 まさか浄水機能のあるスキルだったとは。

 昨日はMPなかったからできなかったんだな。

 これは僥倖、なんてラッキー。


 すぐさまニーナを起こしてこのことを教えれやらねぇとな。

 ニーナは口には出さなかったが、かなり喉が渇いていたはずだ。

 このことを知ったら大喜びすっぞ。


 すぐさま草の寝床へと戻り、「グルァッ!」と声を上げてニーナを起こす。


「うにゃぁぁっ!」


 ニーナは俺の声に驚いてか、大慌てで目を覚まし、上体を起こしてあたふたとし始めた。


 寝言の件があったからもう大丈夫かな、なんて思ったりもしてたけど、やっぱそりゃ急にドラゴンの鳴き声聞こえてきたらビビるよな。

 俺が人間だったら心臓止まる自信があるもの。

 つーかニーナは疲れてただろうし、自然に起きるまで寝かせておいてやった方が良かったかな。

 ついテンションが上がっちまって、やっちまった感があるぞ。


「あ、と、とと、にゃ、おはようございますドラゴンさ……どうしてそんな、身を屈めているんですか?」


「グルゥ……」


 いや、ちっと謝罪の意を込めて……。

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