第129話
俺は大ナメクジの死骸の前に立ち、モンスターの詳細情報をチェックする。
【〖アマガラシ〗:Cランクモンスター】
【雨雲を引き付ける力を用い、自分の巣となる水溜りを作る習性がある。】
【そのため、アマガラシが大量に生息する地では、他所が干上がってしまう。】
【また子育ての時期になると、巣に獲物をおびき寄せるために他の動物に幻覚を見せることが多い。】
……ああ、うん。
まんまと騙され、大ナメクジの巣に入ってしまっていたわけか俺は。
なんか不甲斐ないやら申し訳ないやら切ないやらで、後ろのひとりと一体に顔を向けられる気がしねぇんだけど。
つうか、ここが砂漠なの、ナメクジが大量発生したせいだったりしないよな。
ここに来るまで似たような水溜りなんか見なかったし、規模を考えたらさすがに元から砂漠だったとしか思えないんだが。
ひょっとしてこの辺り、昔はナメクジパラダイスだったのか?
……まぁ、んなことはどうでもいいか。
今俺にとって大事なのは、今日これからどうすっかだな。
この水……ニーナ、飲めないよな。
飲めないわな。多分、これ飲んだらなんかの病気になるわ。
なんかこれ、大ナメクジと同じ色してるもの。
俺には害ないだろうけど、俺も飲みたくないわコレ。
とんでもねぇことしてくれたよ大ナメクジの奴。
どれだけ俺のハートを削ったら気が済むんだ。
がっくりとうなだれている俺に、また子ナメクジが集まってくる。
翼で弾き飛ばしながら、玉兎とニーナの方を振り返る。
ナメクジ地獄を見てかニーナは引き攣った顔をしていたが、玉兎は逆に目を輝かせていた。
玉兎お前、喰えるもんだったらなんでもいいのか。
「ぺふっ!」
俺が目で合図をすると、玉兎はニーナの腕の中を跳び出し、こっちへと近づいて来る。
子ナメクジはD-ランク。
これくらいのモンスターなら、玉兎単体でも撃破できるはずだ。
さすがに囲まれたらキツイだろうが、そのときは横からフォローしてやろう。
洗える水がなくなっちまった以上、ナメクジとの戦いを続けるのは物凄く不本意ではあるのだが、明日また海で身体を洗うことにするか。
もうこれだけ付いちまったらいいわ。開き直って全身ナメクジ塗れになってやる。
まずはちょっと離れて、玉兎がどこまで戦えるか見てみるか。
MPないからあんまし派手な技は使えないだろうがステータスに関しては玉兎のが圧勝だし、そうそう危ねぇことにはならねぇだろう。
開き直るとはいったが、やっぱしあんまり触りたいもんでもねぇし。
玉兎はアレでも食欲湧くみたいだからな。
適材適所で行かせてもらおう。
玉兎は耳の鞭で子ナメクジの頭部を叩いて意識を奪い、そのまま巻き付けて口の中に放り込んでいる。
いいのかアレ、寄生虫とか大丈夫か。
脳味噌乗っ取られたりしないよな。
メッチャ美味そうに喰ってるけど、俺は絶対真似したくねぇぞ。
子ナメクジの吸血やら妙な体液噴出やらをもらってHPを削られていたが、受けたダメージの分だけきっちり〖食再生〗で回復している。
ひょっとしてあのスキル、複数相手取るときにかなり有効なんじゃね。
あの調子だったら、アイツひとりでなんとかなりそうだな。
好きなだけ喰っていいぞ。全部消化して掃除してくれ。
俺はもうナメクジはゴメンだ。
一生分ナメクジと関わったからね。
逃げる分は逃がせ。
他所で育たれても嫌だが、また顔を合わせることになったら、そんときゃこっちが逃げるわ。
もう関わりたくねぇ。
段々と、玉兎の周囲に子ナメクジが集まり始める。
捌ききれなくなってきたのか、途中でチラリと玉兎は俺を見た。
Lv上がってるしHP的にはまだまだ余裕がありそうだが、さすがに耳が疲れてきたか。
手助けしてやるかと思い動こうとした瞬間、翼に感じたぬめりとした感触を思い出し、俺はつい顔を逸らしてしまう。
……大丈夫だ玉兎、お前ならまだまだやれるさ。
獅子とかホラ、我が子を崖底に突き落とすってよく言うじゃん?
あれは修行とかじゃなくて間引きだって説もあるそうだが。
玉兎から嫌な視線を感じたが、そのまま俺は空を見る。
必死に別のことを考え、意識を逸らす。
あ、大ナメクジの〖雨乞い〗のせいか、確かにここだけ少し曇ってるな。
他所と比べ、雲が日光を多少遮ってくれる分、ちょっとは快適かもしれねぇな、うん。
次から雲が溜まっているところを見つけたら近づかないようにしよう。
「ぷへぇっ! ぷへぇっ!」
スマン、もうナメクジは勘弁してくれ。
本当にヤバイと思ったら助太刀すっからさ。
十分ほどして、玉兎の奮闘により、四十体近くはいた子ナメクジの大群は、残り三体にまで減っていた。
よくやった。
早く残りのそいつらも片付けてくれ。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
種族:桃玉兎
状態:通常
Lv :8/30
HP :39/51
MP :2/40
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お、Lv上がってんじゃん!
しかし、さすが玉兎。〖食再生〗のお蔭か、ほとんどダメージを負ってねぇ。
ただ、明らかにお疲れの御様子だが。
「ジィィイッ!」
三体の中で一番太い子ナメクジが、奇妙な声で鳴きながら、仲間の子ナメクジへと襲いかかる。
のしかかり、暴れる同類を抑え込んで捕食を始める。
下敷きにされた子ナメクジは身体を痙攣させた後、すぐに動かなくなった。
仲間の頭部を喰らった子ナメクジは、次に近くにいた仲間へとまた襲いかかる。
唐突な仲間割れに怯んでいたのか、ほとんど無抵抗にまた太い子ナメクジの餌食となる。
なんだ、共喰いか?
いや、あれは、今のままだと敵わないと判断して、仲間を喰らうことでLvを上げたんだ。
仲間を喰らい一回り大きくなった子ナメクジは、素早く伸縮を繰り返して玉兎へと距離を詰めていく。
「ジィィィイイイイイッ!」
「ぺ、ぺふっ!?」
マズイな。
玉兎はHP的には余裕があるのだが、疲労があまりに大きすぎる。
反応が遅いし、迫ってくる子ナメクジをしっかりと目で追えていない。
「ジィィィアッ!!」
子ナメクジが、大きく跳ねた。
玉兎は、耳で顔を覆った。
ダメだ、あれはガードのためじゃあない。
ただ攻撃に驚き、思わず目を塞いだだけだ。
戦闘中において、その行為は不利にしか働かない。
俺はさっと近づいて跳ねた子ナメクジへ腕を振り下ろし、爪で串刺しにした。
【経験値を2得ました。】
【称号スキル〖歩く卵:Lv--〗により、更に経験値を2得ました。】
……あーあ、まーた爪にナメクジついちまったよ。
爪の奥に肉片入っちまったよ。
「ぺふ……?」
玉兎が耳を外し、俺を見上げる。
俺が腕をぶんぶんと振るう。
刺さっていた子ナメクジがすっぽ抜け、ドブ沼の中へと落ちて沈んでいった。
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