第135話

 玉兎を抱えたニーナを背に乗せ、俺は兵士達が逃げていったのとは逆の方向へと進む。

 また人間と出くわしても、ややこしいことになるだけだからな。


 にしても、マジでニーナをどこに連れて行けばいいんだろうか。

 はっきり言って、いつ〖竜鱗粉〗の効果が現れ始めてきても、おかしくない状態だ。

 タイムリミットが来たらあの城壁都市に……とか考えていたが、あの兵士達のニーナへの反応を見るに、それは最悪の手段であるように思う。


 つっても、じゃあどうするっつったら別の案なんかないわけで。

 本人も行き場がないって言ってたからな。 

 適当にほっつき歩いて条件いい場所にかち合うのを待つーなんて、それこそ砂漠に落とした指輪を探すようなもんだし。


 海と繋がってる川を探してあの森へ帰って、猩々に預けるか?

 いや、森じゃなくともあそこの村ならミリアもいるし、そう酷い扱いを受けることはねぇんじゃないのか?

 俺は村人襲って逃げたことになってっから顔見せはできねぇし、村近くに置いて自力で行ってもらうことになるが。

 割とこれが一番現実的かもしれねぇな。

 ただ、それまで〖竜鱗粉〗が持つかがなぁ……。

 どれくらいの間流されてたのか見当もつかねぇし。


 それに、その川がどこにも見当たんねぇんだよな。

 ずっと素早く移動してたらニーナの体力がなくなっちまう。

 そうなったら免疫が落ちて、〖竜鱗粉〗の進行が早まることも考えられる。


 八方塞がりだよなぁ。

 あの兵士の荷物をちょいと拝借して、地図とか探してみた方がよかったかもしれねぇな。

 いや、一人だけ捕まえといて、色々ここいらの話聞いとくって手もあったか。

 なるべく変な恨み買わないように気遣うのでせいいっぱいだったから、そこまで頭が回らなかった。


 まぁ、敵対心バリバリの相手を押さえつけて無理に話聞いてもややこしいことになるだけかもしれねぇし、他のもっとこう……敵対心のなさそうな人間を見つけた方がいいか。

 馬車に兵士と出くわしてるんだから、この砂漠を歩いてたら誰かとまた会う……と、思いたい。

 それしか選択肢ねぇんだし。

 タイムリミットが来たら……そんときゃやっぱし、あの城壁都市に行くしかねぇんだけどさ。

 次休憩するとき、玉兎と俺のMPフルで使ってまたニーナとその辺きっちし話し合うか。


 歩いていると、遥か前方に黒い馬が見える。

 つーかあれ、ハーゲンの愛馬、マリアだな。

 こんなところをうろついているのを見るに、結局御主人様の元へは戻らなかったらしい。


 となるとハーゲン、無事に帰れたのかな。

 生身で大ムカデと追いかけっこする羽目になってなきゃいいんけど。


 マリアは俺に気が付くと、走る速度を上げて逃げていく。

 また城壁都市から遠ざかってくけど……あれもう、帰らない奴だな。

 追いかけてやるのも可哀相だからちっと方向ずらすか。


 しっかし、歩けど歩けど景色が変わんねぇ。

 広大にもほどがあんだろ。

 よくこんな何もないところを魔法陣敷いてわざわざ壁で囲ってまで街作ったよ。

 やっぱ油田とかあったりするのかな。


 ふと、急に嫌な気配を感じ始めてきた。

 俺は立ち止まり、周囲を見渡す。

 気配の発生源は近いはずだが、特に気になるモンスターは見当たらない。


 空かと思い顔を上げた瞬間、俺の目前の地面が爆ぜ、砂飛沫が飛び散った。

 爆心地から、見知った巨大な頭が姿を覗かせる。


「ギヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂィッ!」


 鑢を擦り合わせたような、不快な鳴き声が辺り一帯に響く。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

種族:ジャイアント・サンドセンチピード

状態:通常

Lv :63/80

HP :455/455

MP :241/241

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 来ちまったよ。

 二度と会いたくなかった奴に普通に出くわしちまった。

 なに、なんでこんなに会うの? 俺のこと好きなの?

 ひょっとしてこの大ムカデ、砂漠にいっぱいたりしねぇよな。同じ個体だよな。


 つーかお前、こんなにスイスイ穴掘れんのかよ。

 俺の巣も掘ってくれ……とか、考えてる場合じゃねぇよな。


 今すぐ逃走体勢に入んねぇと。

 空へ逃げる……のは、ナシだな。

 前回は他にターゲットがいたから見逃されたけど、〖飛行〗じゃあ大ムカデは振り切れねぇ。

 例のムカデビームを乱射しながら、俺のスタミナが切れて着地するまで追いかけてくるのが目に見えている。

 となれば、〖転がる〗の最高速度で逃げ切るしかねぇ。


 俺は背を軽く上下させ、玉兎とニーナを宙に跳ね上げる。


「ぺふっ!?」「ひにゃぁっ!?」


 顔を上に向け、落ちてくる一人と一体を口でキャッチ。

 そのまま地を真横へと蹴って大きく跳び、空中で回って〖転がる〗モードへとチェンジする。

 口の中から玉兎の抗議の鳴き声が聞こえてくるが、非常事態だから許してくれ。

 減るもんじゃねぇって。

 また身体洗えばいいじゃん。


 障害物もなく、辺りは一面砂地。

 〖転がる〗には持って来いの地形でよかった。

 砂漠最高だな。


「ギヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂィッ!」


 ……アイツがいなけりゃ、だが。


 ギリギリ俺の方が速いので差は開いてきているが、なんせここは見晴らしが良さ過ぎる。

 どこまで逃げ通せば奴を振り切れるのか、皆目見当がつかねぇ。


 やっぱ、さっさとレベル上げなきゃ駄目だな。

 あの大ムカデを倒せるまでにならなくとも、アイツを襲っても得になんねぇなって思われるくらいにまでは強くなりたい。

 アレが地平線の彼方から全力ダッシュで現れるだけでもトラウマもんなのに、長距離ビーム撃ってくるわ地面から急に生えてくるわ、マジもんの悪夢だわ。


 騎馬ならともかく、よく馬車なんかで大ムカデのいる砂漠を渡れると思ったな。

 誰か止めてやれよ。

 ほとんど自殺行為じゃねぇか。


 軽く後ろに目をやると、砂煙を散らしながら俺目掛けて大ムカデが突っ込んでくるのが見えた。

 口から唾液が零れ落ち、それが地に触れると、ジュウッと音を立てて砂を溶かしていた。

 あれ、絶対当たっちゃ駄目な奴か。

 本当にもう、なんなのアイツ。

 生物兵器レベルじゃねぇか。


 つーか、思ったより距離が開いてねぇ。

 長期戦を覚悟した方が良さそうだ。

 ああもう! あんま長引くと、ニーナの体力が不安だっっつうのに!


 人間よりナメクジのが10倍強くて、ナメクジよりムカデの方が100倍強いってなんなんだよここ。

 もうやだ、この砂漠やだ。

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