第136話
大ムカデから逃げて走っていると、前方に海が見えてきた。
ひょっとしてあの大ムカデ、俺が海に突っ込んだら追いかけてこねぇんじゃないのか?
虫って塩水駄目そうな雰囲気があるんだけど、いけるかな。
……駄目だったとき惨めに即殺されるからやめとくか。
俺は軽く後ろを確認してから進路を傾け、海と平行になるように走る。
もうちょっと遠ざかっといた方がいいな。
いざというとき、逃げる方向が多い方がありがたい。
曲がったところで、進路方向に魔獣がいるのが見えた。
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種族:モータリケメル
状態:通常
Lv :7/31
HP :74/74
MP :48/63
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なんだ、三つ首ラクダじゃねぇか。
三つ首ラクダは、俺の中では高級食材の扱いだ。
脂身たっぷりだし、味にもクセがない。
サボテンばっかり喰ってるからだろうな。
俺が喰ったものの中では、森砂漠含めて一番美味しかった。
いつかピペリスを掛けて喰ってみたいと思っている。
普段ならば狩って切って焼いて塩をまぶして美味しくいただいてやりたいところなのだが、残念ながら今、そんな余裕はない。
素直に回避し、先を急がせてもらうことにするか。
いや、上手く行ったらムカデの標的を変えられるんじゃねぇのか?
大ムカデだって食糧が欲しいだけなんだから、簡単に狩れる奴の方がありがたいだろ。
悪いが、あの多頭ラクダには犠牲になってもらおう。
俺は三つ首ラクダにきっちりと照準を合わせ、一直線に砂漠を駆ける。
「ノグェッ!?」
俺に気づいた三つ首ラクダは、三つの顔を露骨に恐怖の色に染め、えっちらおっちらと逃げていく。
そりゃ怖いよな。
自分より二回り以上デカイ球体が剛速球で転がってくるんだから。
人間時分の俺なら、逃げ切れたとしても一生モノのトラウマになる自信がある。
多分、ビー玉とか見ただけで悲鳴上げるようになる。
ただ、その程度のスピードじゃ俺からは逃げきれねぇよ。
転がってなくても三つ首ラクダくらい余裕で追いかけられるからな。
大ムカデに追われながら三つ首ラクダを追う奇妙な事態に心中で首を傾げつつも、ぐんぐんと三つ首ラクダとの距離を縮めていく。
悪く思うなよ、ラクダ。これが弱肉強食だ。あれだ、生態ピラミッドだ。
こっちも命が惜しいんだ。
「ノグェ……ノグェ……」
懸命に走る三つ首ラクダの背へと、俺はタックルをかます。
当たる直前にほんの少しスピードを落とし、後方へと撥ね上げる。
「ンノブッ!」
三つ首ラクダの身体の骨を、俺の体重がへし折る感覚。
スマン、本当にスマン。
喰う気もないのに格下の魔獣を追い詰めて殺すのって、なんかすげー罪悪感が湧く。
【経験値を28得ました。】
【称号スキル〖歩く卵:Lv--〗により、更に経験値を28得ました。】
おおう……即死だったか。
最高速度の〖転がる〗だと、このランクのモンスターは瞬殺できるんだな。
Dランクモンスターごろごろしてるとこ駆け回ったら効率的にレベリングできそう。
作戦が上手く行ったかどうか確認しようと、俺は大ムカデへと目をやる。
大ムカデの頭部へと、三つ首ラクダが飛んでいくのが見えた。
よし、狙い通りだ。
それでも喰って落ち着いてくれ。
ゴンッベチャッ!
ほぼ同時に響く、打撲音と付着音。
見事、三つ首ラクダの身体が大ムカデの先端へとクリーンヒットしていた。
勢いよく吹っ飛ばされて猛スピードで駆ける強靭な甲殻を持つ大ムカデに激突した三つ首ラクダの身体はその相対速度に堪え切れず、爆ぜた。
前足、後ろ足、そして三つの首が辺りへと飛び散り、血飛沫を上げる。
自らの行動によって生み出された想像以上に凄惨な光景に、思わず意識が一瞬後ろへと釘付けにされた。
三つ首ラクダ、本当にスマン。
こんなつもりじゃなかったんだ。
さすがに大ムカデの高防御力の上からダメージを叩き込むには至らなかったようだが、しかし相手を挑発するには充分だったようで、
「ギヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂィッ!」
激昂した大ムカデが、不快な騒音を鳴らしながら、さっきまで以上の速度で俺へと接近して来る。
なぜだ、どうしてこうなった。
和解の余地は完全に断たれた。
しかし、悪いことばかりでもない。
さっきまで以上にスピードを上げてきたということは、かなり無理をしているはずだ。
自らの残りスタミナ、身体への負担を考慮せず、怒りのままに突進している。
だとすれば、長くは持つまい……と、思いたい。
こちらはペースを乱さず、等速度で転がり続ける。
俺の予想(という名の願望)通り、一時期は近づいてきたあの鳴き声らしき音が、またどんどんと遠ざかっていく。
よかった。
あんましこのペースで走ってたら、本当にニーナが危ないからな。
玉兎は……まぁ、ああ見えて結構タフだから大丈夫だろうけど。
結果としてラクダの犠牲が生きたな。
後でまたこの道を戻って調理……供養してやろう。
玉兎の機嫌も取らなきゃだからな。
臍曲げられて〖念話〗とか〖クリーン〗を渋られたら、かなり苦しいことになる。
ほっと気を緩めた瞬間、後ろからさっきまでとは比にならぬ悪寒を覚えた。
この感じ、覚えがある。
さっと後ろを見ると、大ムカデの口許に赤い光が集まっている。
高威力広射程範囲、悪夢のムカデビームこと〖熱光線〗だ。
思えば、前回遭遇時にムカデビームを撃つときも減速していた。
鳴き声が遠ざかった時点で察するべきだったか。
どうする?
前回は急落下で対処したが、今俺が走っているのは地上だ。
この平面上で回避できるのか?
かといって宙へと逃げれば、今度は距離を詰められる。
落下地点に居座られて即殺される恐れがある。
なんとか地上で回避するしかねぇ。
正直かなり危険だが、それしか手がねぇ。
ここさえ凌げば大ムカデから逃げ切れるはずだ。
避けきれよ、俺。
ここでミスったら、玉兎とニーナも喰われちまうんだぞ。
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