第137話

「ギヂヂヂヂヂィッ!」


 大ムカデの頭部から、赤い直線が放たれる。

 来た、ついにムカデビームが来ちまった。


 ポジティブだ。ポジティブに行け、俺!

 窮地だが、好機でもあるはずだ。

 このまま減速せずに回避して振り切ってやるよ!


 集中しろ、掠ったら終わりだ。

 背を掠めて即死なんてことはねぇだろうが、〖転がる〗に支障が出た時点で大ムカデの餌食確定だ。

 完全回避、それ以外はない。


 俺は大きく左側へと寄る。

 俺がコンマ一秒前までいた場所を、赤い光の直線が貫く。

 そのまま遠くの砂地へと上がり、当たった場所から煙を上げている。


 これだけでは終わらない。

 赤い光の直線は途切れず、そのまま俺を追い掛けて左へと動く。

 熱量の塊が、まるで生き物か何かのように俺へと寄り添ってくる。

 空気を隔てて、その熱さが俺の鱗まで伝わってくる。

 威圧感ヤベェ。


 死力を絞ってスピードを上げ、〖熱光線〗から逃げるため俺は更に左へと動く。

 赤い光は、俺に合わせるかのようにすぅっと移動する。

 あ、無理だ、これ。

 やっぱり飛ぶべきだった。

 威力の割に放射時間が長すぎる。

 チート過ぎんだろ。


 幸い、通過している地面が丘状になっていたため、跳ねて縄跳びのように赤い光を回避することができた。

 俺の下スレスレを〖熱光線〗が通過する。


 へっ、残念だったな。

 やっぱあのムカデビームを二次元平面上で避けきるのは不可能だわ。

 三次元での立体的な動きが必要とされるな。


 宙に跳ねた俺に向かって、〖熱光線〗の照準が上がってくる。

 嘘だろ!?

 まだ放射終わんねぇの!?

 MP全部ぶち込む気かよ!

 もうマジで、本当にもう、大ムカデ嫌い!

 運が悪かったら既に三回くらい殺されてるぞ!


 転がりながらわずかに片翼を伸ばすことで重心を逸らし、ギリギリで回避する。

 俺の真横を、〖熱光線〗が下から上へと通過する。

 当たってもねぇのに、鱗が焦がされるように熱かった。


 肉体の疲労もそうだが、精神の疲弊がヤバイ。

 なんだよこの化け物ビーム。


 地に降りた俺に対し、斜め上から〖熱光線〗が降りてくる。

 俺は背後に死の予感を覚えながら、大きく右へと曲がる。

 追い詰められているせいか、いつもよりも〖転がる〗が速い。


【通常スキル〖転がる〗のLvが6から7へと上がりました。】

【称号スキル〖チキンランナー〗のLvが2から3へと上がりました。】


 キタァッ!

 称号スキルの名称が完全に悪口だが、今の俺には救いに思える。

 まさに地獄に仏。


 自身の速度の上昇が、目に見えてわかる。


 しかし、大ムカデ本体からはかなり離れたはずだが、肝心な〖熱光線〗が終わらない。

 振り切れない。

 文字通り、光速で俺の周辺を撃ち抜いていく。

 俺を狙って撃ってくれているからギリギリで避けられているが、我武者羅に撃って来ていたら多分既に殺されている。


 〖熱光線〗が、俺のすぐ後ろの地に当たる。

 砂の焦げる音がして、煙が上がる。


 向こうもかなりしんどいはずだ。

 ここまで躍起になっているのは、これを凌がれれば逃がすことになるからに違いない。

 後数秒持ち堪えれば逃げ切れる。

 逃げ切っていつか俺がAAA+++くらいのランクになったら、砂漠の大ムカデ全部駆除してやんよ。

 そのときを震えて待ってやがれクソムカデがぁっ!


 〖熱光線〗の照準が、ブレ始めてくる。

 ついに大ムカデも限界が来たらしい。

 が、ブレて動きが読みづらいのが逆に避け難い。

 ここまで来て当たってやるわけにはいかねぇ。

 あそこの小さい丘で右に跳ね、そのまま直角に走り抜けばその頃には〖熱光線〗は終わるはずだ。

 行ける。

 俺ならやれるはずだ。


 丘に登って跳ねる瞬間、大きく左右にブレた〖熱光線〗が、鱗をまるで紙切れのように削り飛ばし、俺の肉体の端を抉った。

 身体を襲う激痛。

 最早それは熱さではなく、肉を削り飛ばされたという激痛だった。

 

「グフッ!」


 叫び出したくなったが、口の中に玉兎とニーナがいることを思い出し、なんとか口を閉じる。

 しかし〖転がる〗を維持することができず、俺は腹這いの姿勢で地面に投げ出されることとなった。

 慣性力に引きずられ、砂との摩擦で腹部の鱗が削れていく。


 頭が痛い、視界がチカチカする。

 思考が纏まらない。


 静止してから俺は首を動かし、後ろへと目をやる。

 皮肉にも、ちょうど〖熱光線〗が止んだところだった。


「ギヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂッ!」


 砂漠の支配者が迫ってくる。

 勝利を確認してか、そのスピードはさして速くはない。

 ただ、今から体勢を直して逃げ切るのはまず不可能だった。


 あ……これ、死んだわ。


 せめて、せめてニーナと玉兎だけでもなんとか逃がさなくては。

 前を向き直して口を開こうとすると、地面に大穴が開いているのが見えた。

 穴の周辺だけ砂が固まっていて、赤茶色に変色している。


 俺は地を這って進み、大穴へと近づく。

 とにかく、ムカデから逃げねばの一心だった。


 何も考えずに近づいた大穴だったが、サイズは俺より一回り大きい程度だった。

 大ムカデでもギリギリ入れそうだったが、しかし満足に足を動かせなくなり、まともに身動きが取れなくなるのではなかろうか。


 地を蹴って翼を広げ、俺は大穴へとヘッドスライディングで飛び込む。

 そのまま〖転がる〗に移行し、ヨタヨタと奥へと進む。

 どうやら地下通路になっているようで、内部も赤茶色の砂で全体を舗装されている。


 悔しいが、俺の洞穴よりも舗装の出来がいい。

 魔土使ってるから強度には自信があるが、見栄えはこっちの方が綺麗だ。

 しかし住居にしては、あまりに位置が酷い。砂漠のど真ん中だ。

 つうことは……遺跡か何かか?


「ギヂヂヂヂヂヂヂィッ!」


 俺を追って、大ムカデが頭を突っ込んでくる。

 追いつかれて大ムカデの頭と背がぶつかり、俺は前へと吹っ飛ばされる。


 天井に頭をぶつけてその場に仰向けで倒れることになったが、逆にこれが幸いした。

 吹っ飛ばされたおかげで距離を取ることができた。

 やっぱりこの通路の中では、大ムカデは足をまともに動かすことができないらしく、俺の後方で動きを止め、必死に蠢いている。


「ギヂィッ! ギヂヂヂヂィッ!」


 ご自慢の多足で壁を叩いているが、通路が崩れる気配はない。

 どう見ても攻撃のための足には見えねぇし、あれで壊される心配はなさそうだ。

 アイツの歯なら削れるかもしれねぇが、この方向じゃ無理だろうな。


 この狭いところで〖熱光線〗を撃たれれば詰んでいたが、さすがにもうMPがないようだ。

 逃げ切ったけど、出られねぇぞコレ。

 奥がどこかに繋がってる可能性にかけてみるしかねぇな。

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