第138話

 足の爪先で、軽く床の感触を確かめる。

 うん、これかなり固いわ。

 いくら大ムカデとて、簡単に崩すことはできねぇだろう。


 俺は口を開いてニーナと玉兎を解放してから、ゆっくりと立ち上がる。

 天井が低いので前傾姿勢を強いられるものの、通路の中を動くのはそこまで不自由ではなさそうだ。

 そもそも身体が重くなったせいか、最近前傾寄りの方が楽なんだよな。

 次に進化したら四足歩行がデフォになるかもしれねぇな。あれ、霊長類的に考えたらそれ退化してね?

 横幅もちょっと狭いが、方向転換をすることは充分可能だ。


 逆さになっていた玉兎が、耳を使って自らを転がして起き上がる。


「ぺふぅ……」


 恨みがまし気な声で鳴き、俺を見る。

 し、仕方ねぇじゃん!

 ニーナ共々舌で覆ってなるべく衝撃から守ってたから、そこまで苦でもなかっただろ? な?

 その分ちょっとまぁ、口の匂いとかが移ったかもしれんが……。


 ニーナは地面に伏せてぐったりとしている。

 気を失ってはいるが、ステータス的に生命に危機はなさそうだ。

 そのことに安堵を覚えてから、それから俺はゆっくり振り返る。


「ギヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂィッッ!」


 相変わらず大ムカデは頭部を振り乱し、忙しなく多足を壁に這わせている。

 もう帰ってくれよ……。

 なに? ひょっとしてつっかえて下がれねぇのか?

 ちょっと頭突っ込んだところですぐ帰ればよかったのに。

 でっかくなっても所詮は虫ってこったな。


 ひょっとして、今ならやれるか?

 MPもほとんど吐き出した後だし、身動きも取れない。

 恰好の的じゃねぇか。


 コイツ倒せば一気に経験値ががっぽがっぽ入って来る。

 なんせBランクの高レベルだ。


 暴れ狂う大ムカデの正面に立ち、ステータスを確認する。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

種族:ジャイアント・サンドセンチピード

状態:通常

Lv :63/80

HP :455/455

MP :54/241

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 やっぱし見立て通り、MPがもうほとんどねぇ。

 大ムカデは〖HP自動回復〗は持っていやがるが、〖MP自動回復〗持っていない。


 へっ、ちょっとデカいってだけでムカデ風情が散々嫌がらせしやがって!

 今までの恨みを込めて、安全圏から一方的にタコ殴りにしてやるよ!


 俺は強く心中で息巻いた後、足音を立てないようにそうっと近づく。

 いや意味がないのはわかってんだけど、さすがにちょっと怖いっつうか。

 顔の左右についている牙を盛大に打ち鳴らしている。

 やめとけって、歯欠けるぞ。

 そういやあれ牙じゃなくて、前足が変化したものなんだっけ。んなこたどっちでもいいか。


 射程範囲ギリギリのところからすぅっと息を吸い込み、〖灼熱の息〗を吐き出す。

 大ムカデの頭部を炎が包むが、まったく反応がない。

 ここまで効かねぇと笑っちまうわ。やっぱ同じランクでLv30以上差あったら絶望的だな。


 距離取って攻撃できんのって、後は〖鎌鼬〗か〖病魔の息〗しかねぇんだよな。

 う~ん……〖灼熱の息〗が駄目だったら、〖鎌鼬〗も厳しいんじゃねぇかなぁ……。

 〖病魔の息〗は時間掛かるから実践的じゃねぇし、空気が流れて玉兎とニーナに吹きかかる可能性がある上に下手にスキルLv上げちまったら進化先狂う恐れまであるから使いたかねぇけど。


 覚悟を決めて近接技を仕掛けてみるか?

 ここで仕留めきれたら、砂漠での生活がかなり楽になる。

 この大ムカデが一体だけって保証はねぇんだけど、それでも大幅にLvが上がればランクは同じなんだし善戦できるかもしれねぇ。


 恐る恐るもう一歩踏み出したところで、玉兎が「ぺふぅっ!」と鳴いた。

 俺へ警戒を促していることは明らかだった。


「ギヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂッ!」


 大ムカデの口から黄色い液体が散布された。

 げっ! アイツのスキル、〖酸の唾液〗か!


 俺は下がりながら、翼で前方を覆う。

 次の瞬間、翼に予想外の衝撃を受けて後ろへと突き飛ばされた。


「ギヂァッ!」


 酸の涎は罠だった。

 恐らく俺が翼で防ぐことを見込み、視界を塞がせるために飛ばしてきたのだろう。

 その隙を突き、飛び込んできやがった。

 俺は背から倒れながらも丸まって、後ろ回りで通路を転がって大ムカデから距離を取る。

 背後に玉兎が見えたため、轢かないように尻尾でブレーキを掛けてから〖転がる〗を解除し、立ち上がる。


 危ねぇ危ねぇ、一瞬判断が遅れたら大ムカデにあのまま押し潰されるところだった。

 大ムカデ、まだこっちに飛び込めたのかよ。

 でもこれで今度こそアイツ、完全にすっぽりと全身が通路の中に入っちまったな。

 さっさと退けばよかったのに、もうこれで本当に身動き取れねぇぞ。


 さて今度こそ仕切り直して……は、もういいか。

 結局コイツを倒そうと思ったら身動きのとり辛いここで顔つき合わせて真正面から殴り合わなきゃいけねぇし。

 このステータス差でそんなことやってられるかっつうの。


 最後に一応、大ムカデの射程外から〖鎌鼬〗を当ててみるとするかな。

 翼を後ろから前へと羽ばたかせ、空気に魔力を込めて送り出す。

 狭いせいで、めっちゃ壁に翼が擦れる。


 風の刃が大ムカデの顔面にヒットするが、これもまともにダメージが通った様子はない。

 さすがにちょっとは入ってるだろうが、これで削り切ろうと思ったらMPが足りなさ過ぎる。

 大ムカデに自動回復がなかったらひょっとしたらどうにかなったかもしれねぇが、もしもを考えたって仕方ねぇ。


 俺は諦めて、風の刃を小さめに調節し、大ムカデの前足を狙う。

 一発撃ち込んだところで、前足に切れ目が入り、体液が滲み出してきた。

 お、こっちにはいけるじゃん。


「ギヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂッ!!」


 おー怒ってる怒ってる。

 俺は続けて二発撃ち込み、足を一本切り飛ばしてやった。

 とはいえ足なんていっぱいあるし、この位置からだと狙えんのは一番前の足だけなんだけどな。


【通常スキル〖鎌鼬〗のLvが2から3へと上がりました。】


 おう、きたきた。

 結構役に立つから、じゃんじゃん上げていきたいところだな。


 大ムカデは怒りのあまりに身体を上下に跳ねさせ、天井と床に頭部を打ちつける。

 通路が微かに揺れるが、破損する気配はない。

 すげぇ頑丈だな。作った奴やるじゃん。

 俺もこれくらい立派な住居を作りたいもんだな。


 更に逆の前足も飛ばしてやろうかと思ったが、これ以上挑発したって意味がない。

 〖鎌鼬〗だって結構MP消費するし、あんまし無駄撃ちするわけにもいかねぇ。

 片方を巨大ムカデが陣取っている以上、未知の通路を進んで行かなきゃいけねぇわけだし。


 怒り狂う大ムカデに背を向け、俺は逆側の通路の先を見据える。

 ……厚い壁のせいで気付くのが遅れたが、なんかいるな。

 大ムカデに気を取られてたせいってのもあるだろうけど。

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