第139話
「ギヂヂィッ! ギヂヂヂヂヂヂィッ!!」
背後に大ムカデの鳴き声を受けながら、俺は玉兎へと近づいて口を開ける。
ほら、危ないかもしれねぇから中に入っとけって。
玉兎はぶんぶんと頭を振る。
『後ロ、歩ク』
どんだけ口の中に放り込まれるの嫌なんだよ。
……まぁ、それでいいか。
幸い背後は大ムカデで塞がってるから、なんかが入って来る心配もないしな。
口に入れてたら必然的にブレスも使えなくなるし、そっちのがいいっちゃいいかもしれねぇ。
ニーナは玉兎に背負ってもらうか。
「グゥガッ」
軽い鳴き声を交えて、玉兎にニーナを背負うよう指示を出す。
下手に鳴き声を出すと通路先にいる魔物を刺激することになるかもしれんとも考えたが、大ムカデが叫び倒している時点でそれは無駄な心配だった。
多分、向こうさんはすでに警戒心びんびんだわ。
通路の曲り角の先に何かがいることを〖気配感知〗は捉えている。
厚い土の壁のせいか微かな気配しか感じないが、確かにこっちへ向かって動いている。
こんな砂漠のど真ん中に人間がいるとは考え辛い。
ここはなんかの遺跡みてぇだが、魔物の根城と化している可能性が高い。
この砂漠においてぶっちぎりで最大の脅威である大ムカデが通路を通れねぇみたいだし、魔物にとってはちょうどいい住居だろう。
玉兎は俺の指示に従い、耳を器用に使ってニーナを持ち上げて頭に乗せる。
それから俺の尾の方へと動こうとしたのだが、ずるずるとニーナの足が引き摺られていた。
それ……もうちょっと、どうにかなんねぇかなぁ。
俺の目から考えていることを察したのか、玉兎は「ぺふっと」と鳴き声を挟んでから軽く跳ね、上に乗っているニーナを前にずらす。
今度は頭引き摺りそうだな……。
玉兎は一旦床にニーナをゆっくりと降ろしてから、大口を開けて彼女を丸呑みにした。
一瞬玉兎の身体が膨らんだが、ごくんという音がして、それから何事もなかったかのように玉兎の体型が元に戻る。
えっと……これ、大丈夫なんだよな。
咄嗟で何が起こったのかわからなくて反応しきれなかったけど、小腹が空いたから食糧にしたとかじゃあねぇんだよな。
俺を真似て口の中に入れて運ぼうとしてるだけだよな。
そういや玉兎のスキルに〖体内収集〗とかあったけどもさ。
なんか不安が拭えないんだけど。
「ぺふっ!」
玉兎は失敬だというふうに、ぷくりと頬を膨らます。
ああ、うん、大丈夫ならいいんだけど……消化したりするなよ、頼むから。
再度後ろの大ムカデがつっかえて動けなくなっているのを確認してから、俺は狭い通路を前進する。
玉兎は、身体を引き摺りながら俺の後に続く。
一歩ごとに、〖気配感知〗の捉えた何かの気配が近づいてくるのがわかる。
そこまで大きくはなさそうだな。サイズ相応の、さして強くねぇ相手だといいんだけど。
こちらを警戒しているのか、向こうの歩みが少し遅くなる。
曲り角でぶつかることを恐れているのだろう。
俺としても、相手の正体が掴めない状態から急に鼻先を合わせるのは避けたいと思っていたところだ。
利害が一致したな。
俺は一気に直線通路を駆け、角を曲がる。
通路の先にデカい虫が二体いるのが見えた。
てっきり一体だと思っていた。
やっぱ土の壁のせいで〖気配感知〗が上手く働いていないみたいだな。
大きさは俺より二回り小さい程度で、全身が真っ赤だった。
俺とのサイズ比はだいたい人間と中型犬くらいだ。
短めの触覚に、八本の足。胸部と腹部の間が極端にくびれている。
これは、蟻だな。
〖転がる〗で砂漠を駆け回っているとき、一度遠目から見たことがあったような気がする。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
種族:レッドオーガアント
状態:普通
Lv :29/55
HP :246/246
MP :78/78
攻撃力:213
防御力:226
魔法力:48
素早さ:187
ランク:C
特性スキル:
〖土属性:Lv--〗〖社会性:Lv--〗
〖フェロモン:Lv--〗〖赤砂:Lv--〗
耐性スキル:
〖物理耐性:Lv2〗
通常スキル:
〖噛みつく:Lv4〗〖穴を掘る:Lv6〗〖クレイ:Lv2〗
〖クレイガン:Lv3〗〖自己再生:Lv3〗
称号スキル:
〖兵隊蟻:Lv6〗
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
コイツ、蟻のクセに無茶苦茶強いじゃねぇか。
Cランクの分際で攻撃防御、素早さのステータスが馬鹿高いぞ。
完全に近接戦闘特化型か。
俺より数段下には違いないが、二体同時は結構キツイんじゃねぇのかコレ。
単体相手でも割かししんどいぞ。
スキルに特に気に掛かるものは見当たらないし、耐性スキルもほとんどない。
ただ純粋なステータスだけでいえば、片割れだけでも大ナメクジよりも厄介だ。
おまけに後ろには玉兎がいるから、この二体を同時に相手取りながら、脇を通られねぇように気をつけなくてはいけない。
あんまし戦いたくねぇなぁ……。
ひょっとして向こうも、そこまで敵意はなかったり?
俺と二体の赤蟻は、互いに顔を合わせた状態で立ち止まる。
「クチャッ、クチャッ!」「クチャッ! クチャッ!」
赤蟻は俺を見ると、甲高い声で鳴く。
声っつうか、ひょっとしたら歯を擦り合わせて音を立てているだけなのかもしれねぇ。
大ムカデもそういう感じがするんだよな。あんまし自信はねぇけど。
『帰レ、言ッテル』
背後から玉兎が声を掛けてくる。
帰れって、俺の後ろ見てみろよ。
ムカデの鳴き声聞こえてただろ。無理に決まってんじゃねーか。
「グルァッ」
玉兎、後ろにでっかいムカデがいるから無理だって言ってやれ。
頼んだぞ仲介翻訳者。
『ワカッタ上デ、帰レ言ッテル、ミタイ』
なるほど、死ねと申すか。
もっとこう交渉の余地ねーのかよ。
「クチャッ!」「クチャ、クチャッ!」
玉兎の翻訳が来るより先に二体の赤蟻が同時に動き、俺へと突進して来る。
ああもう、結局やるしかねーのかよ!
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