第335話
俺は日の光を浴びながら、ぐぅっと首を伸ばす。
横を見れば、相方が鼻提灯を膨らましながら、頬を地面につけて、すやすやと眠っていた。
目を閉じながら口を動かして、地面に生えている虹色の花、価値A-の、アダムの百年の努力の結晶レイグルアを、もっさもっさと貪っていた。
「…………」
まぁ、もう、いいんだけどな。
世間様がどう評価しようが、俺達にとっては、ただのちょっと綺麗で甘い花だもんな、うん。
どの道ここまで人間がやってくることなんか、まずねーんだから。喰っちまえ喰っちまえ。
しかし……ふぅ、朝が来たか。
昨日、俺も長時間の飛行続きからの全裸首なし男の襲撃で少し精神的に疲れていたため、睡眠を取ることにしたのだ。
眠っている間は尾を顎の下に敷いて身体で輪を作り、その中にアロ達に入ってもらっていた。
ここならば、まず外部から強襲を受けることはないだろうと考えたのだ。
一応念には念を入れ、相方と交代交代で眠ることにはしていたのだが……。
「ガァァァァ…………ガァァァァアア…………」
……このザマだからなぁ。
どうせ、暇だったからレイグルアをつまみ食いして、レイグルアの持つ誘眠効果に負けたのだろう。
俺は更に首を伸ばして、輪の中の様子を窺う。
虹色の花畑に寝そべるアロと、勝手に俺の身体に糸を張っているプチナイトメア、地に根を張って休息を取っているトレントの姿を無事に見つけた。
全員の目が覚めるのを待ってから、俺達はこの島の西の方にある、巨大な木へと向かうことにした。
この島の中でぶっちぎりで一番怪しいのは、あそこである。逆に言えば、あそこに大した魔物が住んでいなければ、この地も概ね安全だと言えよう。
それに……食糧を確保したい。
あれだけ動き回って、俺が摂取した栄養分はアダム一体分である。
俺は数日何も喰わなくたって平気ではあるが、全く食糧を必要としていないわけではない。
腹が減っていれば、HPやMPの自然回復量だって落ちるし、疲れやすくもなる。
リトヴェアル族の集落辺りでは、俺が本気で狩りをしたらリトヴェアル族の暮らしが変わりかねなかったので自重していたため、食事は控え気味だった。
俺の身体が大きすぎて、満足するまで喰ったらちょっとした災害になってしまいそうなのだ。
だが、ここはちょっとくらい生態系を狂わせたって、問題はないだろう。
そろそろたらふく喰って、体調を万全にしておきたいもんだ。
巨大樹の近くは、崖地になっているようだ。
高低さが激しい。
しっかし、あの木……いったい、樹高何メートルなんだろうか。
俺でさえ、自分がちっぽけに思えてきてしまう。
三百……いや、四百メートルはあるのではないだろうか。
近づけば近づくほど、その大きさに圧倒される。
急にこっちに向かって倒れてきたら、俺だって死を覚悟するしかないだろう。
トレントも同じ木として思うところがあるのか、時折立ち止まっては、ピンと背を張っていた。
……いや、対抗してるところ悪いが、全然比べもんになんねーからな?
しっかし、魔物がそんなに見当たんねーな。
アダムが殺して回ってたんじゃねーかと思っちまうくらい、何も見つかんねぇ。
でっけー木の近くなら何かいそうなんだが、高低差が激しくて、根本の方がなんにも見えやしねぇ。
海岸の方を見ると、鳥が数羽、ばさばさと飛んできているのが見えた。
あれなら喰えるか……と思っていると、鳥の首から上が、女の頭だった。
【〖セイレーン〗:Bランクモンスター】
【人間の女の頭部と、鳥の身体を持つモンスター。】
【〖セイレーン〗の歌声は、他の生物達を緩やかに死へと誘う。】
【陸近くの海によく生息しており、人肉を好んで喰らう。】
【船乗り達を歌声で魅了して呪い殺し、死体の肉を啄ばむ。】
【もしも浜辺で積み上げられた人骨の山を見つけたのならば、そこは〖セイレーン〗の狩り場である。】
あ、駄目な奴だ。
この島……ひょっとして、こんなんばっかなのか?
び、Bって、マンティコアとかマザーと同格だぞ? あの小っちゃい鳥女一羽一羽に、マンティコア並みのパワーが隠れてんのか。
集られたら、ちっときついかもしれんぞ。
見回してみたが、人骨の山は見当たらなかった。
まぁ、この辺に人間なんて、滅多に来ないだろうしな……。
つーか、なんで人面鳥だの、首なし人間だの、どうしてこうも食欲そそらねぇ生物ばっかしなんだよ!
大樹にはまとも(主に外見が)な魔物がいたらいいんだがな……。
俺が大樹を見上げると、大樹の高い部分に空いた大穴から、ピンク色の丸っこい頭がこっちをのぞき見していた。
興奮気味に、フー、フーと鼻息を荒くし、挑発してきているようだった。
新たな来訪者に興味津々といった様子である。
蛇……? 蜥蜴……? いや、翼はねぇが、ドラゴンか?
あれなら喰えそうだが……いや、でも俺もドラゴンだぞ。
これ、共食いに入るんじゃねぇのか?
あんまし大きくはなさそうだ。
せいぜい、三メートルといったところだ。
とりあえず、ステータスを……。
こうして出会った奴の強さを見て行けば、この島の魔物の強さの程度も見えてくるはずだ。
【〖ギーヴァ〗:B‐ランクモンスター】
【ピンク色の細身の体を持つドラゴン。】
【素早い動きで地や壁を這い回り、魔法で氷を繰り出して敵を翻弄することを得意とする。】
……やっぱしこの島、最低でもB-ランクからなんじゃねぇのか。
あんなガリガリの奴でも、島の外じゃ最強クラスだぞ。
【また〖ギーヴァ〗は雌雄同体のドラゴンであり、他種族のドラゴンのオスともメスとも子を成すことができる。】
【ほぼ一年中発情期であり、気に入ったドラゴンを見かければアプローチを仕掛け、巣へと連れ込もうとする。】
俺は下げた首を思わず持ち上げた。
先ほど同様にギーヴァは鼻息を荒くして、バンバンと尾を左右に振り回し、巣穴の床へと打ち付けている。
……俺は、そっと目を逸らした。
な、なんか、大樹に近づくの、嫌になって来たな……。
この島、なんでこうもまともな魔物がいねぇんだよ。
多少強くてもいいから、もうちょっと無難な魔物はいねぇのかよ。
色々と考えながら、小さな丘の上へと立つ。
大分大樹に近づいてきたこともあり、この位置からならば、大樹の根本もよく見える。
俺の側から見た大樹の根の部分は、地面が割れたようになっており、根が大きく露出していた。
そして根元に覆い隠されるようにして、大きな石造りの入り口の様なものがあった。
大樹の真下に、何か建物が造られていたようだった。
明らかに人工物である。
かなり古そうだが……大昔は、ここにも人がいたってことか。ひょっとしたら、まだ隠れてるのかもしんねぇけど。
大穴として、アダムが造った建造物ということも、あり得ない話ではないが……。
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