第336話

 大樹の下にある、巨大な建物への入口。

 扉は右側は付いているが、左側は崩れ落ちている。

 大樹の根に紛れ、石製の扉の残骸のようなものが窺える。


 俺は少し迷ったが、好奇心に負け、扉の近くまで近づいてみることにした。

 扉に行き着くまでに邪魔な大樹の根っこを相方と共に噛み千切り、扉の近くに立つ。


 崩れた扉に、何か絵の様なものが刻まれているのが見えた。

 俺は前足で摩り、窪みに入り込んでいた土や汚れを取っ払い、皮膚で擦って綺麗にした。

どうやら絵ではなく文字だったらしいと気が付いたのは、途中のことだった。

 汚れが完璧に取れたわけではねぇし、最初は何と書かれているのかはわからなかった。


 だが、じっくりと見ている内に、最初の文字になんだか見覚えがあることに気が付いた。

 気が付いた瞬間、脳が一気に熱くなった。


『あw/g/ntnzえ/ga』


 正真正銘の、平仮名とローマ字であった。

 文字が崩れていて読めない部分もあるし、平仮名とは似ているだけで、若干異なる謎の文字も含まれている。


 な、なんだよこれ。

 かなり古そうだが……大昔にも、俺みてぇな地球から来た奴がいたってことか?

 それにしちゃあ、なんだが妙な字の並びだが……。


 この先に進んだら、何か答えがわかるんだろうか。

 この建物は、俺が何者なのかに繋がる、何かがありそうな気がする。


 俺はドラゴンになる前の記憶は一切ねぇし、だからか前の世界への未練もそんなに強くなかった。

 それに考えてもキリがなさそうだったから、自分がこの世界においてどういう位置にいるのかなんて、深く突き詰めて考えたことはない。

 だが、こんなもんを見つけちまったら、放置しておくわけにはいかねぇ。

 はっきり言って気になる。


 扉を潜ろうとした俺へと、相方が訝し気な目を向ける。


『……入ンノカ? ヤナ予感スンゾ、ココ』


 ……嫌な予感がすんのは、俺だって同じだ。

 だが、俺の、自分のルーツが、ここにあるかもしれねぇ。

 だとしたら俺は、命を張ってだって、それを解き明かしてぇ。


 だが、それにアロやトレントにプチナイトメア、相方を付き合わせるのは、ちょっと違うか……。

 放置して行っても、この島の他の魔物が攻めてきたら、俺がいなかったら全滅しかねねぇし……。


『好キニシロヨ。オ前ガ行キテェナラ、オレハ付キ合ウシカネーンダカラヨ』


 そう言って相方が、身体の方へと目を向ける。


『ダガ、シッカリウマソウナモン見ツケロヨ。足動カスノハ、相方ナンダカラヨ』


 あ、相方……!


 アロが俺の頭から飛び降りて、風の魔法〖ゲール〗を利用して、華麗に着地して、格好を付けるように胸を張った。

 プチナイトメアがその横に並ぶ。


 お、お前ら……!


 トレントが、アロとプチナイトメアを追い抜いて一扉の真ん前に立ち、くいっと鼻を上げる。

 ……トレントさんは危険だから、木があっても不自然じゃねぇ外で擬態してた方がいいんじゃねぇかな。


 なんにせよ、ここまでされて立ち止まる理由はねぇ。

 俺は大きな期待と、それと同じくらいの不安を抱きながら、扉の奥へと顔を覗かせる。

 建物は古く、天井が穴だらけのようで、ところどころに光が差しており、内部はさほど暗くはなさそうだった。


 〖気配感知〗を巡らせながら、一歩を踏み出した。

 広い。俺がもう一回り大きくても通れるような造りになっている。

 ところどころに、人が彫られた巨大な柱がありそれが建物を支えているようだった。

 神殿、といった趣がある。


 そして広大な広間の奥から、二人の人間が姿を現した。

 中は仄かに暗く、顔はよくは見えない。だがまるで、俺がここに来るのを、ずっと待っていたような、そんな気がした。

 二人は俺を見ると、ゆっくりとこちらに足を向ける。

 二人の横に、何かがぴょんぴょんと跳ねている。ペットだろうか?


 俺はごくりと唾を呑み込んだ。


 もう一歩踏み出そうとして、彼らが服を纏っていないことに気が付いた。

 首から上がなく、腹の部分に顔がある。

 というかアダムだった。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

種族:アダム

状態:通常

Lv :60/100

HP :729/729

MP :374/374

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

種族:アダム

状態:通常

Lv :67/100

HP :785/785

MP :423/423

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 二人の……いや、二体のアダムが、腹の無表情な顔を固定させたままに、俺へと向かってくる。

 俺が一歩退くと、アダム達は足を大きく上げ、我先にと猛ダッシュで俺へと向かってくる。


 二体のアダムの横に何かが跳ねていると思えば、一つ目で首から下が太い一本足になっている、グロテスクな化け物が一体並んでいた。

 髪が長く、唇や目が何となく女性的な気がするが、だからなんだという話である。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

種族:イヴ

状態:通常

Lv :70/100

HP :476/476

MP :598/660

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 無理無理無理無理! 絶対無理!

 あれは無理!

 俺が狩った奴よりレベルは低いが、それでもちょっとあり得ない。

 A-ランクが三体はちょっと笑えねぇ。


 アダムといい、イブといい、なにあの出鱈目な外見!?

 名前詐欺にもほどがあんだろこいつら。


 無理、これは無理。覚悟決めたつもりだったが、絶対に無理。

 あいつら横に並んだらシュール過ぎんだろ。マジでアダムの巣じゃねぇか。

 こんな何体もぽんぽんといていい化け物じゃねぇだろ。


 こんなのに挑んだって、囲まれてフルボッコにされるのが目に見えている。

 俺は身を翻し、即座にアロを頬張ってトレントを両手に掴んで出口へとダッシュした。

 プチナイトメアはいつの間にか相方の頭の上に乗っていた。


 俺は出口を出ると、地面を蹴って飛び上がった。

 かといって空にいると、〖グラビドン〗で狙い撃ちされかねない。

 俺は飛びながら、巨大樹の周囲を回り込んだ。


 これで撒けたらいいんだがな。

 い、遺跡に入るのは、もうちょっと俺が強くならねぇと無理か。

 それか、アロ達が三体掛かりでアダムを押さえ込めるようになってくれりゃ、活路が見えそうなんだが……。

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