第337話

 俺は巨大樹の枝の上から、地上を見下ろす。

 跳ねる生首女と首なし男の姿は見当たらねぇ。追いかけてきてはいねぇようだ。

 ど、どうにか、あのきったねぇアダムとイヴは振り切れたか……。


 舌を伸ばすと、口の中から丸い土を固めたような球体が転がって来た。

 あれ……なんだこれ? と思っていると、球体が割れて中からアロが現れた。

 俺に呑み込まれたとき、咄嗟に〖クレイ〗で土のガードを作ったらしい。


 そ、そこまで嫌か……まぁ、うん、竜臭いもんな。

 とりあえず、ここから降りて、比較的安全そうなところに戻るか。


 ……いや、アダムが襲い掛かってこないと分かった、木の上にいる方がいいかもしれねぇ。

 場合によってはアダムのジャンプで登ってきそうだが、あまり積極的に木に上がるつもりは、どうやら奴らもねぇみたいだ。

 木に穴を掘って潜るっつうのも、ナシではねぇ。


 そう考えていると、微かに何かが迫ってくる気配を感じた。

 木の上も、安全とは言えねぇかもしれねぇな……。


 気配を振り返るが、特に何も見つからねぇ。

 相方がふっと俺の方に首を伸ばし、頭をぶつけてきた。


『ヨク見ロ!』


 言われてから目を凝らしてみると……枝のところに、微妙に空間が歪んでいるような、妙なところがあった。

 なんつーか、そこだけ色が濃いっつうか、不自然っつうか……。


 ぺっと俺が唾を飛ばすと、浮いていた部分を何かが這いずった。

 どうやら、何かが体表の色を変えて背景に溶け込んでいたようだ。


「シシシ……」


 それは太い枝の周りを這いずりながら、エメラルド色の体表を露にした。

 蛇……の、ようだった。

 蛇の身体に、人間の上体がついている。

 だが、その顔は明らかに人間じゃねぇ。左目のところに真っ赤な目が三つあり、口許からはだらだらと体液を垂れ流しにしていた。

 髪は濃い紫色で、長い。髪の根本の左側が割れており、中からピンクの脳味噌らしきものが露出している。

 肩からは、ボロボロの片翼が生えていた。


【〖キメラリッチ〗:Bランクモンスター】

【不老不死を目指し、神の理に背いて自らを魔物化した魔術師の成れの果て。】

【かつては人の英雄であったのかもしれないが、今では過去の同胞に剣を向けられる。】

【狂気に侵食され、かつての叡智は既にない。】


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

『ディージー・テトロム』

種族:キメラリッチ

状態:呪い

Lv :67/80

HP :295/295

MP :326/326

攻撃力:307

防御力:358

魔法力:411

素早さ:420

ランク:B


特性スキル:

〖魔術師の才:Lv8〗〖グリシャ言語:Lv1〗〖アンデッド:Lv--〗

〖HP自動回復:Lv7〗〖MP自動回復:Lv7〗〖触手:Lv2〗

〖変色:Lv--〗〖隠密:Lv4〗〖気配感知:Lv4〗

〖飛行:Lv2〗〖闇属性:Lv--〗


耐性スキル:

〖状態異常無効:Lv--〗


通常スキル:

〖ハイレスト:Lv6〗〖ケア:Lv5〗〖ハイパワー:Lv5〗

〖ダークレスト:Lv4〗〖ダークスフィア:Lv7〗〖腐敗の息:Lv3〗


称号スキル:

〖白魔導士:Lv7〗〖黒魔導士:Lv7〗

〖元英雄:Lv--〗

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 また変なの出てきやがった……。

 つ、つうか、生前の名前ついてるんですけど……。やりづれぇよ……。


 だが、Aランクならともかく、こんくらい俺の敵じゃねぇ。

 襲ってくるなら、遠慮なく返り討ちに……。


 ……いや、待てよ? このくらいなら、アロ達でもどうにかなるんじゃねぇのか?

 遺跡に潜るにも、C+のアロはともかく、プチナイトメアやレッサートレントでは戦っていけねぇ。


 俺は今回、サポートに徹することにしよう。

 キメラリッチ……レベルとランクこそ高いが、HPはやや低めに思える。

 攻撃さえ上手く決めれば、アロ達でも倒しきれねぇ相手じゃないはずだ。

 こいつは、好機だ。もし成功すれば、一気にレベル上げが見込める。

 三体ともレベル上限が近い。充分進化まで持っていける可能性はある。


 全員B~C+になって上手くコンビネーションが嵌れば、後は俺のサポートがあればアダム相手でも立ち回れるだろう。

 こいつらが一体押さえ込んでくれれば、遺跡攻略も勝機が見える。


 とはいえ、アロ達はまず肝心な素早さで圧倒的に劣る。

 キメラリッチの状態異常完全無効がある以上、プチナイトメアの毒糸も効かない。


「グゥォッ!」


 俺が吠えると、アロが俺の頭の上へと跳び乗り、トレントが俺の斜め前に控え、プチナイトメアが上にある大きな枝から、相方の顔近くへと垂れ下がる。

 いざというときに備え、近くにいてもらった方が助かる。

 もしも一撃もらったら大惨事だからな。


 アロが両手を俺の頭に付けた。

 〖マナドレイン〗のスキルだ。

 俺の身体から黒い光が漏れていき、アロの身体を覆っていく。

 今のアロはMP最大状態のはずだが……アロは俺のMPを吸った直後なら、魔法の威力を底増しできる。

 Bランクのキメラリッチといえども無視できない一撃になるはずだ。


 さぁ、アロ!

 先制攻撃で、まずは一発ぶっ放してやれ!


 アロが、キメラリッチへと手を翳す。

 その瞬間、トレントの顔の前に茶色の光が溜まり、土の球体が現れてキメラリッチへと飛んで行った。

 恐らく知恵の実の力で手に入れた〖クレイスフィア〗のスキルだろう。


 キメラリッチは微動だにしなかった。土の球体は途中で勢いを失い、キメラリッチの足元へと落ちた。

 アロが呆然としたようにトレントを見る。


 ……元々、トレントの魔力は65、キメラリッチの防御は358。

 当たってもダメージは通らなかった可能性が高い。


 トレントさん……新しいスキル、使ってみたかったんだな。

 わかる……俺も、その気持ちはわかるんだ……。


『…………』


 トレントが弁解する様に、こちらを振り返る。

 それどころじゃねぇぞ! 前! 前見ろ!


「シャアアアアアアッ!」


 キメラリッチが、片翼だけの翼を広げて、俺達のいる枝へと向かって飛んできた。

 裂けた口を大きく開いて、長い爪のある手を俺へと振り下ろす。

 キメラリッチの動きが宙で止まり、キメラリッチの前に薄っすらと赤い線が見えた。

 プチナイトメアが糸を張り巡らせていたらしい。

 プチナイトメアが追加でキメラリッチへと糸を吐きかける。


 だがそれも束の間、アロが照準を合わせ直したのと同時に、キメラリッチが強引に糸を振り解いて俺へと飛び掛かって来た。

 さすがにステータス差がありすぎるか……。


 俺は前足で、キメラリッチを軽く叩き落とす。

 ダンッと音がしてキメラリッチの身体がバウンドした。

 キメラリッチは素早く態勢を立て直し、俺から間合いを取る。


 キメラリッチは姿勢を低くし、俺を睨みつける。

 ……この調子じゃ、攻撃当てんのも一苦労だな。

 あんましチンタラやってたら実力差に気付いて逃げ出しちまいそうだが、俺は今回、なるべく戦闘貢献と見なされるような行動は取りたくねぇ。

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