第338話

 キメラリッチが片翼をはためかせ、宙へ浮かぶ。

 長い蛇の身体が怪しく揺らめく。


 キメラリッチが両腕を上げると、宙に黒い光が集まっていく。

 スキル〖ダークスフィア〗と見て間違いねぇだろう。

 照準は……俺と見て、間違いなさそうだな。


 キメラリッチは、俺以外はどうとでもなると考えているようだ。

 実際、俺さえいなかったら、キメラリッチはスキルを使うまでもなく、アロ達を三体纏めて握り潰せるだろう。

 戦略としては正しいし、俺としてもそっちの方がありがてぇ。


「〖ゲール〗!」


 俺の頭にいたアロが、キメラリッチへと手を向けて魔法を唱える。

 前方に竜巻が現れ、キメラリッチへと向かっていく。

 キメラリッチは円を描くように飛び、竜巻を回避する。

 竜巻が木に当たり、大樹の体表を縦に抉った。


 ……さすがに速いな。

 ゲールは攻撃範囲が広く、速い。

 だがキメラリッチはスピード型な上に、立体的な動きができる。

 おまけにランク差があることを思えば、まともに当てるのはちっと厳しいか。


 キメラリッチは俺の横へまで飛んできて腕を振るい、手の中にある黒い魔力の塊を放った。


「シャシャァァッ!」


 黒い光の塊が、螺旋軌道を描きながら俺へと迫ってくる。


 さて、避けるのは容易いが……俺が砦になってる以上、下手に動き回るのはまずいか。

 つまらねぇ隙を突かれて、トレントさんがバラバラにされちまっても事だ。

 俺とキメラリッチだってランクの差があるし、俺はHP特化型だ。

 こんくらいは適当に身体で受けてやるか。


 俺は前足を伸ばして魔力の塊を受け止め、握り潰した。

 指の隙間から黒い魔力の断片が四散する。

 手の皮の一部が剝がれ、血が飛び散った。


 つうっ! 痛っ!

 さすがにダメージ通っちまうか。

 手くらいなら再生できるしいいんだけど、あんまし直撃は受けたくねぇな。


 キメラリッチが別の高い枝の上に着地し、再び手の中に魔力を込め、黒い光を溜める。

 また〖ダークスフィア〗か。

 狙いは、やっぱし俺か。


「〖クレイ〗ッ!」


 アロが叫ぶと、巨大な針を象った土の塊が、二つ生じた。

 ……ただ、普段より技の発動がかなり遅い。

 ステータスを確認したところ、魔力の消耗も激しい。

 普段なら地面にある土をそのまま使って魔法の補助に用いているから、消耗が少ねぇんだろう。

 今は木の上だから土が近くにないため、魔法によって作り出してから操る必要があるようだ。


 ……〖ゲール〗と〖クレイ〗が主軸のアロには、不利な場所だったかもしんねぇな。

 ここで格上相手は、ちっとキツいか……?


 アロが腕を降ろすと、巨大な二つの土の針が飛んでいく。

 キメラリッチが腕を降ろし、存分に溜めた〖ダークスフィア〗を放つ。

 黒い光の球体は螺旋軌道を描きながら飛び、二つの土の針を綺麗に打ち砕いた。

 土の針の破片が枝の上に落ちて砕け散り、辺りに土飛沫が飛ぶ。

 黒い光の球体は、土の針を二本破壊しても勢いを失う様子を見せねぇ。

 留まらず、そのまま俺に接近してくる。


 手で弾こうと伸ばしたとき、黒い光が急に速度を上げ、俺の手をすり抜けた。

 俺の胸部の部分に辺り、爆ぜる。


「ゴォッ!」


 グブッ! つう……ああ、油断した!

 向こうさんが狙っているのは俺のはずだが、どうしても意識がアロ達のガードへと向いてしまう。

 俺は当たっても大丈夫だが、アロ達は〖ダークスフィア〗なんてくらったら一発消滅だろうから、それは仕方ねぇことなのかもしれねぇけど……け、結構、モロにもらっちまったな。


 胸部からダラダラと血が流れる。

 〖自己再生〗で回復しておくか? ……いや、この戦いが終わるまでは放置しておくか。

 下手に治したら、キメラリッチが諦めて逃げかねない。


 キメラリッチのMPも無尽蔵ってわけじゃあねぇ。

 自信のある〖ダークスフィア〗が、俺相手じゃ大して意味がねぇとわかれば、早々に逃走するはずだ。

 俺なら、回復なしで後二十回連続で直撃をもらっても耐えられる。

 ここは、敢えて放置しておこう。


「シシシシ……チッ!」


 宙に浮かぶキメラリッチの剥き出しの脳に、土の砲丸が当たった。

 土の砲丸はキメラリッチの頭と衝突した勢いで崩れ、ぱらぱらと彼女の頭へ土塊となって降り注ぐ。

 キメラリッチが鬱陶しそうに舌打ちを打ち、手で髪についた土を払った。


 トレントの〖クレイスフィア〗である。

 トレントが下唇を突き出し、どや顔でアロを振り返った。


「…………」


 アロが若干苛立った顔でトレントを睨み返した。


 ア、アロが怒ってんの、珍しい……。たまに俺に向けるジト目じゃなくて、あれ、普通にキレてねぇか。

 お、抑えてくれ。どうどう、仲間だから。

 可愛い顔が台無しだぞ。

 プチナイトメアと相方に続いてアロまでトレントの敵に回ったら、俺とてどうしたらいいのかわからなくなっちまう。


 そ、そもそも、アロの〖ゲール〗が避けられたのは、警戒されてたからだって!

 避けなきゃキメラリッチだって無視できないダメージになるから、避けざるを得なかったんだよ!

 トレントの〖クレイスフィア〗が急所に当たったのは、多分、完全に意識の外だったからだって!

 実際あれ、1か2程度のダメージにしかなってねぇよ。


 しかし、このままじゃどうどう巡りだな……。

 キメラリッチに決定打が全く当たらねぇ。

 俺が小突いて枝の上に叩き落したせいか、あいつも俺を警戒して、あんまし近づいては来なくなっちまった。

 もうちょっと近づいてきたらチャンスもあるかもしれねぇが……この距離じゃ、アロの魔法攻撃は余裕を以て回避されちまう。


 俺が一回〖鎌鼬〗ぶっ飛ばして翼捥ぐくらいはやった方がいいのかもしれねぇな。

 俺に経験値の大半が流れてきちまいそうだが……。


 迷っていると、アロが俺の頭を降りて、前へと飛び出した。


 お、おい! そこまで前に出たら、ちょっと危ないぞ!

 多分、キメラリッチが一番警戒してんのは俺だが、二番目に警戒してんのは、魔力砲台になってるアロだ。


 なんなら俺が傍観に徹してるから、遠距離攻撃がないと思われている可能性だってある。

 ステータス差から考えて、俺の魔力を吸って強化されたアロの魔法攻撃ならば、まともに当たればキメラリッチとて致命傷になりえるはずだ。


 そんなアロが俺から離れたら、真っ先にキメラリッチが狙いを定めてくるのは、目に見えている。


 アロは俺を小さく振り返り、こくりと頷く。

 ……わかってて、キメラリッチを誘い出して、接近させるつもりか。

 結局のところ、危険を冒さねぇと、レベルを上げることはできねぇってことか。

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