第334話

 アダムの足は、プチナイトメアが捕食していた。

 糸でぐるぐる巻きにしてから上に跨り、牙を突き立てて血を啜っているようだった。


 相方と言い、プチナイトメアと言い、よく食えるなこんなもん……。

 いや、相方やプチナイトメアに取っちゃあ、腹に顔のある牛みたいなもんか。

 ……あれ、俺、それも喰いたくねぇぞ?


 俺はアダムが近くに潜んでいた林檎らしきものの木へと近づき、そこに唯一実っていた一つの真っ赤な実へと顔を近づける。

 よく見れば、真っ赤な皮の一部が窪んでおり、苦悶の表情を浮かべる顔のようになっていた。

 目が合って、思わず顔を背けた。


 ただの林檎……ってわけじゃあなさそうだと思ってたが、なんだこの悪趣味な果物は。

 アダムが悪戯したのか?


【〖知恵の実:価値L(伝説)〗】

【原初の人類へと知恵を与えた、神の作った果実。】

【原初の人類に言葉を与え、文明を与え、魔法を与え、技術を与え、そして戦争を齎した。】

【その時の言語や力は口で伝えられ、血で伝えられ、未だに人々に根付いている。】

【役目を終えた知恵の実の木は、天使達によって焼き払われた。】

【今では人々の寄り付かぬ最果ての地に、ただ一本を残すのみである。】


 な、なにこれ……。

 ちょっとよくわかんねぇんだけど。

 え、か、価値、L?


【〖ランクL(伝説)〗】

【ランクAの上を示す、ランクL(伝説)。】

【これに値する魔物、物の大半は、既に世界から失われている。】

【新たにこの領域に足を踏み入れることのできる魔物は、神に魅入られたモノのみである。】


 初耳なんだがそんなランク基準!?

 え、なに? Aの上にLなんかあったの!?

 Aランクモンスターなんて俺除けばさっきのアダムが初だし、アイテムだって勇者の剣とかしか見たことねぇぞ。

 なんだよランク伝説って。んな魔物、この世界に何体いるんだ。


 こ、この島、インフレが過ぎねぇか?

 なんで価値A-の花が雑草のごとく生えてて、伝説級の果実が平原にポンと生えてんだよ。


 ……とりあえずこの果実はスルーだな。

 なんつーか、危なそう過ぎる。

 一個しか実ってねぇが、一体何年に一つ実をつけるんだか。

 アダムがもりもり喰ってたんだろうか。

 頭なくなって、胴体から浮かんできたりしねぇよな?


『喰ワネェナラ、オレガ……』


 相方が首を伸ばし、知恵の実に牙を立てた。

 俺は慌てて相方の頬を張り飛ばし、身体を後ろに引いて邪魔をした。

 知恵の実が相方の牙に引っ掛かり、枝から外れて宙を舞う。


『テェ! 何スンダ!』


 こっちのセリフだっつーの!

 なんでも口に含もうとすんのやめろよ! お前は赤ん坊か!

 お前が喰ったら俺の胃袋で消化するんだからな!

 お前、俺が見た神の声のメッセージ、確認できねぇのか!


『見タ! メッタニ喰エルモンジャネェゾ!』


 見れてたのかよ! つーか見てたのかよ! 見た上で真っ先に出てくる感想がそれかよ!?

 あんなもん喰ったら、どうなっちまうのか、わかったもんじゃ……。


 相方の牙に弾かれて宙を舞った知恵の実が、後方で大口(穴?)を開けて欠伸をしていたトレントの口の中へと入っていった。


「グァッ」「ガァッ」


 俺と相方の鳴き声が揃い、二人同時にトレントの方を見た。

 トレントの口らしき穴が閉じ、トレントの身体が淡く輝き出した。

 俺と相方、アロ、それからプチナイトメアまで呆然とトレントを見つめていたが、当のトレントは俺達の視線を訝しむ様に、幹をわずかに捻って周囲を窺っているだけである。

 やがて、トレントを覆っていた淡い光が消えていく。


 ぶ、無事か、トレント?

 見かけは、変化とかねぇが……えっと……。


『…………?』


 ん? 今何か、言おうとしたか、相方?


『ア? 何のことだ?』


 え? あれ、相方じゃあ、ねぇ……?

 ま、まさか!


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

種族:レッサートレント

状態:呪い

Lv :14/25

HP :86/86

MP :74/74

攻撃力:28

防御力:76

魔法力:65

素早さ:33

ランク:D


特性スキル:

〖闇属性:Lv--〗〖グリシャ言語:Lv2〗


耐性スキル:

〖物理耐性:Lv3〗


通常スキル:

〖根を張る:Lv4〗〖クレイ:Lv2〗〖レスト:Lv2〗

〖ファイアスフィア:Lv1〗〖アクアスフィア:Lv1〗〖クレイスフィア:Lv1〗

〖ウィンドスフィア:Lv1〗〖念話:Lv1〗〖グラビティ:Lv1〗


称号スキル:

〖邪竜の下僕:Lv--〗〖知恵の実を喰らう者:Lv--〗

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 げ、言語スキルと魔法スキルが生えてる……。

 マジであの知恵の実の効果なのか? 果実一個喰っただけで、まさかこんな……。

 お、俺もちょっと喰いたかったかも……。

 ん?


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

〖ウィンドスフィア:Lv1〗〖念話:Lv1〗〖グラビティ:Lv1〗

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 〖念話〗!?

 嘘だろ!? あの実、そんな力あったの!?

 じゃ、じゃあ、先に教えてくれよ! だったら多少のリスク承知で喰ったのに!


『……アーア、相方ガ止メナキャ喰ッテタノニ』


 だ、だって、知らなかったもん!

 ちょ、ちょっとトレントさん、欠片だけでもいいから吐き出せねぇ?


 トレントは静かに幹を横に揺らした。

 お前、〖念話〗スキル絶対いらないだろ……。


 俺は溜め息を吐きながら、知恵の実のなる木を睨む。

 ……次実んの、いつ頃になんだろ。


 しかし、なんか引っ掛かんな。

 嫌な予感がするっつうか……。


【〖知恵の実:価値L(伝説)〗】

【原初の人類へと知恵を与えた、神の作った果実。】

【原初の人類に言葉を与え、文明を与え、魔法を与え、技術を与え、そして戦争を齎した。】

【その時の言語や力は口で伝えられ、血で伝えられ、未だに人々に根付いている。】

【役目を終えた知恵の実の木は、天使達によって焼き払われた。】

【今では人々の寄り付かぬ最果ての地に、ただ一本を残すのみである。】


 ……ただの、昔の人が勝手にあれこれ脚色した伝承ならいいんだが、神だの天使だの、不穏っつうか。

 これって、神の声の神と同一なのか? 他人事みてぇに書いてっけどよ。

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