第734話 side:トレント

 私とアロ殿の背後に、アロ殿の〖暗闇万華鏡〗の分身二体が飛んでいる。

 背後を二体で守ってくれているのだ。


 アロ殿の〖暗闇万華鏡〗の分身は最悪倒されてしまっても問題はない。


 〖暗闇万華鏡〗は分身自体が魔力の塊であるため、分身体を破壊されればアロ殿自身も魔力を大きく失うことになる。

 魔獣王戦の勝ち筋は〖死神の種〗でのMP切れ狙いのみである。

 長い戦いになることが予想されるため、魔力を失うのは痛手ではある。

 ただ、本体を攻撃されるよりは余程いい。


 この戦い……どう転んだとしても、決して楽な戦いにはならない。

 安全に分身体を守りながら、魔獣王から逃げ続けることはできないだろう。


「〖ゲール〗!」


 アロ殿の分身体二体が、キマイラの群れへと目掛けて竜巻を巻き起こす。


「アア……」

「アォオ……」


 さすがのキマイラ達も攻めあぐねているようであった。

 竜巻を前に身体を翻し、停滞している。


『二重の〖ゲール〗がいい壁になっていますな……!』


 元より〖ゲール〗は範囲攻撃に特化した魔法である。

 数で攻めてきているキマイラ達の、丁度いい牽制になっていた。

 大回りして接近してきているキマイラもいるものの、かなりの数の足止めとして機能している。


『ただ、アロ殿……。あの〖ゲール〗、〖死神の種〗が発動するまで撃ち続けられそうですかな……?』


「規模や威力を調整しつつ、持たせていくしかないと思う。これ以上効率よく、キマイラの群れを足止めできる方法がないから」


『そ、そうですな……』


 現状、私にできることはない。

 対象の攻撃力を下げる補助魔法〖アンチパワー〗はあるものの、単体にしか使うことができないのだ。

 あの数を前にはほとんど意味をなさない。

 この射程で牽制になりそうなのは〖熱光線〗くらいだが、それも複数体を狙うのが難しい以上、焼け石に水程度だろう。

 MP消耗も決して安くはない。


 私にできることなど、せいぜい限界まで回復を続けることのできるスキル、〖不死再生〗で囮になっての時間稼ぎくらいである。

 もっともそれも、あれだけの数のキマイラの前ではロクに持たないだろうが……。


 二体のアロ殿は〖ゲール〗を放っては壁にしてキマイラの動きを牽制し、即座に距離を取っては素早くまた〖ゲール〗を放つ準備へと入る。

 それを繰り返して、上手くキマイラの動きを妨害してくれていた。


 魔獣王本体の動きよりはアロ殿の最高速度の方が勝っているため、この方法でキマイラを牽制できれば距離を引き離し続けられる。

 後は、アロ殿の魔力がどこまで持つか、である。

 

『しかし、私の役目が〖死神の種〗を放ってからは後は置き物というのは、どうにも不甲斐ないですな……』


 私にももう少し何か、遠距離でできることがあればよかったのだが……。


「足りなくなったらトレントさんの魔力、〖マナドレイン〗で吸わせてほしい」


『それは勿論問題ないのですが……』


 ……〖死神の種〗を相手に植え付けたら、後はせいぜいアロ殿の魔力タンクとは。

 この大事な場面で、こんな形でしか戦いに貢献できないのが歯痒い。

 いえ、これで勝てるのでしたら、それに越したことはないのですが。


『〖インハーラ〗』


 背後より魔獣王の〖念話〗が響く。

 嫌な予感がして、私は振り返り、奴の様子を確認する。

 魔獣王の巨大な口の前に、大きな魔法陣が展開されていた。


『あ、あれは、魔法スキルなのですかな……?』


「蠅王ベルゼバブの使ってたスキル! でも、こんな状況で使ったら……」


 どうやらアロ殿は見覚えがあるようであった。

 主殿が話していた気はするが、私はあまり記憶にない。

 アロ殿は王都アルバンでの戦いで見たのかもしれない。

 私は鉱山で待機であったため、そのときの戦いを詳しくは知らないのだ。


 魔獣王の口許の魔法陣を中心に、大きな竜巻が発生した。

 豪風が吹き荒れ、私達の身体も引き寄せられていく。

 どうやら〖インハーラ〗とは敵を吸い寄せる魔法のようである。


『そ、そんな、これだけの距離がありますのに……!』


 アロ殿が懸命に翼を羽搏かせているが、明らかに力負けしている。


 背後では、木々や土は勿論のこと、魔獣王によって生み出されたはずのキマイラ達が、容赦なく魔獣王の口に吸いこまれて行っている。


「アア……アアアアアアアアッ!」


 何十という数のキマイラが次々に呑み込まれていく。

 連中も懸命に抵抗を行っているが、あの距離では暴風の影響も我々の比ではないだろう。


「このままじゃ、私達まで吸い込まれる……!」


『任せてくだされ、アロ殿!』


 私は腕を伸ばし、〖樹籠の鎧〗の応用で、自身の翼の先から一気に木の枝を根っこ状に展開していく。

 吸い込まれる途中で、上手く木に引っ掛けることができた。

 そのまま枝をどんどんと伸ばし、木に絡めつけてより強固な結び目を作っていく。


「ありがとう……助かった、トレントさん」


『それより、分身体のアロ殿達は……』


 私は後方を見回し、〖暗闇万華鏡〗の分身体達の姿を捜す。


「〖ゲール〗!」


 分身体達は風魔法で暴風の中を強引に動き、腕を大きなゴツゴツとした悪魔のようなものへと変形させ、木を掴んでいた。

 彼女達もどうにか助かったようである。

 それからすぐに、魔獣王も口を閉ざした。


『お、脅かさせられましたが、どうにか切り抜けられたようですな……。せっかく生み出したキマイラを大量に喰らった分、むしろMPの無駄撃ちになったのは相手の方のはずですぞ!』


 MPを無駄に使ってくれたということは、その分だけ〖死神の種〗が効力を発揮するのが早くなったということである。

 如何に魔獣王が頑丈とはいえ、宿主の魔力を吸って成長し、肉を喰らって暴れる〖死神の種〗に耐えられるわけがない。


「トレントさん、〖樹籠の鎧〗を解除して! すぐに動かないと! 蠅王のときと同じだったら、これだけだと終わらない!」


『えっ……? は、はいですぞ!』


 私は木に絡めていた自身の枝を解いて、伸ばした枝を縮めて回収した。

 アロ殿は一気に加速して、再び魔獣王から逃げる。


『〖フレアレイ〗!』


 背後では、魔獣王が大きく口を開けていた。

 開かれた口には、今度は真っ赤な魔法陣が浮かんでいる。

 その中央より、巨大な柱が真っ直ぐに、我々目掛けて放たれた。


 規模があまりに違う上に魔法スキルのようではあるが、私の〖熱光線〗に似ていた。


「いやぁぁっ!」


 魔獣王の近くまでいたアロ殿の二体の分身体が、成す術もなく炎に呑まれて姿を消した。

 キマイラ達も容赦なく炎に呑まれていく。


『む、惨い……』


 極力温存したかったアロ殿の分身体が一瞬で無に帰した。

 

 アロ殿が〖フレアレイ〗から逃れるために、一気に高度を落とす。


「あの炎……規模の割に、速すぎる……!」


 次の瞬間、我々のすぐ上を、巨大な炎の柱が通過した。

 避けきれずにアロ殿の右翼の上部が炎に当たり、猛炎と共に消し飛んだ。


「きゃあっ!」


 アロ殿は背中から炎を上げながら、〖フレアレイ〗の勢いに吹き飛ばされた。

 私は咄嗟に〖樹籠の鎧〗で、がっちりとアロ殿の身体を抱き締めて離れないようにした。


 そのまま私は〖樹籠の鎧〗を伸ばし、アロ殿と自身の身体を守り、地面に叩きつけられた際の緩衝材に用いた。

 私はアロ殿と共に地面を転がり、木に衝突してようやく止まった。


 私は〖樹籠の鎧〗を解除して木の枝を縮めた。

 アロ殿の背中からは、まだ炎が上がっていた。


『〖アクアスフィア〗!』


 すぐさま水の球体をその場で弾けさせ、アロ殿の背中の炎を消した。

 背中の服が焼け、爛れた火傷跡が露出していた。

 翼も右翼は根本から焼け落ちている。


『ア、アロ殿! しっかりしてくだされ!』


 アロ殿は地面に手を付け、起き上がる。


「……ありがとう。大丈夫、ワルプルギスは魔力さえあれば、外傷も関係ないから……」


 アロ殿の輪郭が崩れたかと思えば、すぐさま元の姿に戻った。

 翼も服装も、一瞬の内に修復されている。


『よかったですぞ……』


「アアァアアッ!」


 すぐ上空では、五体のキマイラが我々を見下ろしていた。

 追い付かれてしまったようだ。


『……ただ、状況はよろしくないようですな』





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【書籍情報】

ドラたま十六巻、本日発売いたします。

故郷の危機にアロとトレントが立ち上がる!

圧倒的力を誇る魔獣王へと挑む二人だが、果たして奇跡は訪れるのか――。(2022/6/7)

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