第735話 side:トレント

「A級上位が五体……」


 アロ殿が迫ってくるキマイラの群れを睨みながら、下唇を噛んだ。


 キマイラ五体も危険だが、それ以上に危ないのは、時間を掛けていれば他のキマイラ達が次々に押しかけてくるところだ。

 そうなってしまえば我々の敗北である。


「トレントさん、魔力、もらうね!」


 アロ殿の私を抱く腕が仄かに光を帯びた。

 私の身体から、アロ殿に魔力が流れていくのが見える。


 アロ殿は少し急いているように見えた。

 ……やはり、〖暗闇万華鏡〗の分身体二体を魔獣王の〖フレアレイ〗で纏めて焼き払われたのが響いているのだ。

 〖暗闇万華鏡〗は強力なスキルではあるが、魔力の消耗は相応に激しい。

 そして分身体を回収できずに消滅させられると、維持のために分け与えていた魔力を纏めて持っていかれることになる。


「アァァアアッ!」


 先頭のキマイラが飛び掛かって来た。


「〖樹籠の鎧〗!」


 私は翼を伸ばし、半球状に木の枝を展開させ、アロ殿と自身を守った。


 キマイラの爪が私の〖樹籠の鎧〗を叩く。

 枝が軋み、拉げて潰れる。

 長くは持ちそうにない……!


『〖ポイズンクラウド〗ですぞ!』


 私は魔法陣を展開し、周囲に紫の煙を放出した。

 

 毒煙を放つ魔法スキルである。


「ウア……」


 キマイラが毒煙を嫌がり、私の〖樹籠の鎧〗の枝から距離を置いた。


「〖暗闇万華鏡〗!」


 私が時間を稼いでいる間に、アロ殿が再び〖暗闇万華鏡〗を発動した。

 アロ殿の輪郭が崩れたかと思えば、彼女の姿が三つになった。


 アロ殿達は、〖樹籠の鎧〗の枝の合間を狙い、キマイラ達へと腕を伸ばす。


「〖ダークスフィア〗!」


 三つの紫の光が射出される。

 キマイラ達は〖ダークスフィア〗から逃れようと、高度を上げようとした。


『逃がしませんぞ、〖グラビティ〗!』


 私は咄嗟に重力魔法を発動した。

 〖グラビティ〗は、範囲内の対象全てに掛かる重力を増幅する。

 黒い光が周囲を覆い、キマイラ達の動きが硬直した。


「ア、アァ……!」


 飛び損ねたキマイラ達へと〖ダークスフィア〗が飛来する。

 紫の爆炎がキマイラ達の身体を包んだ。


「アァアアアッ!」


 キマイラ達が悲鳴を上げる。

 爆発の衝撃で肉が抉れ、翼や腕が折れているのが見えた。


『よ、よし、これで……!』


 今の内に逃げられると思ったのだが、爆炎を通過して二体のキマイラが我々の許へと降りてきた。


『う、うう……!』


 敵があまりにも多すぎる……。

 まともに相手をしていれば、どう足掻いたって数の暴力で圧倒されることになる。


 アロ殿の分身体の二体が、地面を蹴って空へと飛んだ。

 双方とも片腕を肥大化させて鉤爪を生やし、キマイラの爪の一撃を受け止める。

 残った本体のアロ殿が、私を抱えて地面を蹴って飛翔し、その場から離脱した。


『どうにか切り抜けましたな……。しかし、大丈夫ですか、アロ殿? ああも〖暗闇万華鏡〗を使っては、魔力がかなり厳しいのでは……?』


 ワルプルギスにとって魔力は生命力そのものでもある。

 魔力の消耗は、文字通り命を削っての戦いになる。


「ごめん……トレントさん、また、MPもらう」


 アロ殿の顔が青白くなっていた。

 見るかに消耗している。


『それは勿論構わないのですか……』


 しかし実を言うと、私の方もそこまで余裕があるわけでもない。

 私にできることよりアロ殿にできることの方が圧倒的に多いため、アロ殿にMPをほとんど渡してしまった方がいいという部分には異論はないのだが、このペースでのMP消耗は厳しい。

 魔獣王相手に時間を稼ぐのが既にもう難しくなりつつある。


 背後の分身体達へと目を向ける。

 キマイラ相手に接近戦を強いられ、苦戦しているようであった。


「〖ダークスフィア〗!」


 分身体の片割れが至近距離より放った〖ダークスフィア〗は、あっさりとキマイラに回避されていた。

 そのまま噛みつかれそうになれ、肥大化させた腕を伸ばして妨げるも、肩から先を喰い千切られていた。


『アロ殿が……』


 分身体とわかっていても痛ましい。

 それに、今のアロ殿は、既に魔力が限界に近いのだ。

 これ以上、〖暗闇万華鏡〗を潰されるわけにはいかない。


「〖ゲール〗!」


 もう片方の分身体が、二体のキマイラを巻き込む形で〖ゲール〗を放った。

 キマイラ達はその場から下がり、身を縮込めて暴風から自身の身体を守る。


 二体の分身体達は、〖ゲール〗で放った暴風の後を追うように動き、下がったキマイラ達へと素早く距離を詰める。

 輪郭が崩れたかと思えば、分身体の姿が、揃って巨大な牙の並ぶ、大きな口へと変貌した。


 あれは確かアロ殿のスキル、〖暴食の毒牙〗である。

 自身を巨大な口へと変化させ、喰らいつくことで攻撃する。


 そのまま大きな二つの口が閉じ、各々にキマイラの上半身を大きく抉った。

 力尽きたらしいキマイラ達が、そのまま地面へと落下していく。


『やった……アロ殿の分身体が勝ちましたぞ!』


 分身体達の姿が、元のアロ殿の形へと戻る。

 そのとき、二体の頭上へと、新たに追い付いたキマイラ達が姿を現した。

 

 その数は、十体以上であった。


「あ……」

「アアアアアッ!」


 アロ殿の分身体がキマイラに集られ、喰い荒らされる。

 一瞬のことであった。

 バラバラにされた手足が飛び散ったかと思えば、魔力の光へと変わって消えていった。


 キマイラ達は物足りなさそうに口を動かした後、我々の方へと振り返り、地面を蹴って飛び上がる。


『あんなに呆気なく、アロ殿の分身体が……』


 我々の残りの魔力はそう多くないというのに……。


 私はキマイラ達の後方の、魔獣王へと目を向けた。

 魔獣王は執念深く、我々の方へと迫ってきている。


 まだまだ私が魔獣王に仕掛けた〖死神の種〗が発動する気配はない。

 次に〖インハーラ〗と〖フレアレイ〗を放たれたら、無事に対処できる自信がなかった。

 いや、そんな大技を使われるまでもなく、追い付いてきたキマイラ達への対応も既に怪しい状態である。

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